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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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三十三話 誓い


「クリスティナ……ちょ、ちょっと、来てくれ!」


「あら、どうしたの? ラウロス」


「クルルが僕の指を握りながら、笑ってくれたんだ……!」


「ふふ。貴方のそんな嬉しそうな顔、久しぶりに見た気がするわ」


「だって、僕……ずっと、子供達から怖がれているものだと……」


「まあ、そんな訳ないじゃない。クルルはずっとお父さんの事好きだもんね〜?」


「うぅ、は、恥ずかしい………」




 背後から、父と母の会話が耳に届いて来る。

 後ろから聞こえてくる二人の声を聞きながら、扉を開き部屋から出て、無数の扉が立ち並ぶ真っ白な空間へと再び戻って来た。 


「……」


 現在、ウルガーの内心は酷く動揺し、混乱し、そして――強い怒りが芽生えている。

 それは、つい先刻カトレアから四大国と魔導会の真実を聞かされたからだ。


 四人の王は一つの巨悪を作り出し、自分の手は汚さず、人類の八割を虐殺しようとしていた。

 そんな事は、絶対に、許せなかった。


 ……しかし、それと同じくらいかそれ以上に、平穏な光景だった家族がこの先どうなったのか、気掛かりだ。

 クルルの現状は理解した。だが、両親がどうなったのか、分からない。


 だから、カトレアからの「次の過去へ行く」という提案を拒否する理由は無い。自分も、自分の事を、家族の事をもっと知りたいから。


「――だけど、アンタにとっちゃ正直他人事だろ。カトレア」


「あらあら〜、もしかして私が何か企んでいるんじゃないかと、疑っているんですか〜?」


「まあ単刀直入に言えばそうだ」


「うふふ。正直な人は好きですよ〜」


 いつもの調子が戻って来たらしいカトレアは、笑いながらそう答えた後、「そうですね〜」とその真意を語り始める。


「君の言う通り、ご両親に関しては私には関係ありません。ただ、クルルちゃんの事は気になりますからね〜」


「本当にそれだけか」


「――あとは、私の計画をこのまま進めてもいいのか。それを判断する為です」


「計画だ?」


 明らかに聞き捨てならない単語が聞こえ、それを詳しく問い詰めようとしたと同時。彼女は一つの扉の前に立ちながらこちらへと振り向き、


「ウルガー君。この扉の先へ行ってみましょ〜」


「……話を逸らされた気がするが、まあいいか」


 問い詰めるのはまた後で良い。今は、とにかく、家族の事をちゃんと知っておきたかった。両親はこの後どうなったのか、どの様にして、ウルガーは島へやって来たのか。

 それらを解き明かす為に、次の過去へと繋がる記憶の扉を開け、その向こう側へと足を踏み入れる。


 扉を通り抜け、最初に嗅覚に入り込んで来たのは――火のニオイ、木が焼けるニオイ。そして、


「血……」


 無意識に口からその一言が零れ出て、視界の先には広がる光景は、燃え盛る炎。焼ける小さな木造の家。更に周囲の森にも飛び火しており、火の勢いは止まる気配を見せない。


「――ッ!」


 それは、ウルガーと三人の家族が住んでいた家だと直感的に理解し、全身の血の気が引くのを感じた。


「母ちゃん、父ちゃん、クルル!!」


 誰にも届かない叫びを発し、咄嗟に走り出そうとしたその時、耳を突き刺す様な赤子の泣き声が横から聞こえて来る。

 泣き声の主は、赤子のウルガーだった。その声の感情は恐怖に彩られており、懸命に慟哭している。


 その赤子を守る様に抱きかかえる母、クリスティナは今にも瞳から零れ落ちそうな涙を必死に堪えながら、「大丈夫」と我が子に何度も言い聞かせ、落ち着かせようとしていた。


 更に、その彼女のすぐ隣には――


「クリ、ス……」


「ラウロス、駄目、動かないで!」


 血塗れになり、地に横たわる、父ラウロスが居た。


 その姿を見てウルガーは、「父ちゃん!」と呼びながら駆け寄る――が、その声も、伸ばした手も届かない。

 ただ、見ていることしか。


「――ッ!」


 横たわっていたラウロスは上体を起こし、地を踏み締めながら、立ち上がる。

 そして、燃え盛る炎の先へ視線を突き付けながら――


「拐われたクルルを、助けに……行かなきゃ、駄目だろ?」


「……」


 クリスティナは表情に幾つかの迷いを見せた後、彼の言葉を肯定する様に頷いた。

 そして、振り絞る様に、懇願する。


「――お願い、クルルを……、助けて……!」


「ああ、僕に任せてくれ」


 ラウロスは妻の目から零れ落ちる涙をソッと指で拭い、その後ウルガーの頭を優しく慈しむ様に撫でて、


「妹は必ず助けるからね、ウルガー」


 そう我が子へと声を掛け、妻へと視線を移し、肩へ手を起きながら口を開いた。


「クリスティナ、君はこの子と一緒に逃げてくれ。この国に居たらマズイかもしれないから、外国か、別の島まで……」


「――クルルと、ラウロスは?」


「クルルを助けたら、ニオイを辿って合流しに行く。だから、今はとにかく遠くまで逃げるんだ」


 クリスティナは迷いを表情に見せた後、それを振り払う様に力強く立ち上がり、意を決して応える。


「分かったわ、私はウルガーを守る。だから、クルルをお願い。――けど、ラウロスも、死なないで」


「あぁ。生き延びて、また家族四人で暮らそう」


 二人が言葉を交わしたその直後、端から聞いていたウルガーの肌に強烈な威圧感が突き刺さる。

 それは、肉体の無い、精神体だけの今でもはっきり分かる程の……今までに感じた事が無い強者の気配。


「――ッ!」


 その威圧感を放つ者が、足音と共に近付いてくるのが分かった。

 ウルガーが振り向くのと、ラウロスが振り返るのは同時で、その視線の向かう先も同じ。

 新たに現れた人物、それが強烈な気配を放つ張本人。

 

 そこに立っていたのは、体格から見て女だ。前髪のみが赤く他は黒い頭髪、顔には白い仮面を付けており、頭部には二本の角が生えていた。

 そして、身に纏っているものは「キモノ」と呼ばれる珍しい衣装。


 これらの特徴を持つ種族、ウルガーには覚えがあった。

 祖母の書棚に置かれていた本に書いてあった、確か「鬼族」と呼ばれていた者だ――が、それは普通ならばあり得ない事の筈である。

 何故ならば――


「鬼族は千年前に、滅んだって、書いてあった筈だ……」


 何故、滅んだ筈の者がここに居るのか。その疑問に答えてくれる者は、この場には居ない。


 一方、鬼族と思われる女は、ラウロスとクリスティナへゆっくりと近付きながら、少女らしき声で、一言だけ口にする。


「……ごめんなさい」


 嘘の無い声で一言の謝罪が聞こえ、鬼族の少女は全身に膨大な量の魔力を集中させ始めた。

 対するラウロスは直ぐ様戦闘態勢へと入り、妻と子を庇う様にして立ちはだかる。


「新たな刺客か……! それも、さっきまでの奴等とは、比べものにならない気配だ! 早く行け、クリスティナ!! ウルガーを連れて!!」


「――っ! ラウロス、絶対に、帰って来て……!」


「うん。約束だ」


 クリスティナは赤子のウルガーを守る様に抱きかかえ、涙を堪えながら、走り出す。


 ラウロスは妻と我が子を横目で一瞬だけ見てから、小さく呟いた。


「クリスティナ、ウルガー……生き延びてくれよ。僕の、大事な、唯一の家族……」


 直後、鬼族の女から火、水、土の三属性の魔法が放たれ、獣の様に咆哮を上げ飛び掛かるラウロスは、凄まじい反射神経でそれらを回避、防いで行く。

 そして、拳を握り締め、攻撃を仕掛けて行く。


「僕は、銀狼の末裔ラウロス! クルルは返しに行かせて貰う!」


「――『四天将』ヤエカ。オウリュウ様の命に従い、貴方を討ちます」




 互いに名乗り上げ、ラウロスと鬼族の女の激しい戦いが開始され……そこで、場面は途切れた。


 これはあくまでも、ウルガーの過去の記憶。赤子時代のウルガーが居ない場所の過去は、見れないのだ。




 ――そして、場面は移り変わり、森の中を呼吸を荒らげながら走る、クリスティナの姿が映る。

 ウルガーを落ち着かせる様に声を掛けながら、必死に、真っ直ぐと走って行く。夫から言われた通り、遠く、とにかく遠くへと目指して。


「クルル……ラウロス……!」


 二人を置いて逃げる罪悪感はまだ胸中を渦巻いている。

 それでも、今ウルガーを守る事が出来るのは自分しか居ないのだと、そう自身に言い聞かせ気持ちを奮い立たせる。


「ウルガーは、私が、守らないと……!」


 森を抜ければ、海岸に着く。そこにはいざという時にすぐ外へ移動出来る様に小さな船が隠され、用意されている。

 この国には既に自分達の居場所は無いかもしれない。だから、海を渡り、別の場所へ行く。


 森の出口が、その向こう側に小さく海が見えて来た。このまま真っ直ぐ走る。疲労で重たくなる足をそれでも動かし前へ、前へ、前へ――


 そうして更に一歩足を前へ踏み出したその瞬間、後方から高速の何かが飛んで来て、左脚に鋭く痺れる様な痛みが走った。


「うぅっ!?」


 見てみれば近くの地面には矢が刺さっており、それが脚を掠っていた。

 痛みに脚がふらつき倒れ掛ける。だが、我が子を手放し怪我をさせてはいけないと、倒れそうになるのを堪え、子を抱き締めながら再び走り出す。


「逃がさん、絶対に……っ、うぐっ!」


 後方には一人のローブ姿の男が居り、彼は矢を放った後、力尽きた様に倒れ息絶える。

 見てみれば、彼の後頭部には一つの石が突き刺さっていた。


「ラウロス――!」


 おそらく、こちらの危機を察したラウロスが、五感のみを頼りに遠くからここまで投石を放ったのだろう。


 彼に感謝し、無事を祈りながら、クリスティナは子を守る為に、痛みに耐えながらひたすらに進み続ける。

 森を抜け、我が子を守る様に抱えながら、海岸沿いへと続く道を走った。周囲に人は居らず静か、逃げるなら今しか無い。


 海岸沿い近くにある、海へと繋がる小さな洞窟。そこに、緊急時の為の小舟が隠されている。


 洞窟の中を真っ直ぐ進んで行き、そこには海へと繋がる水路がある。その近くにある、認識阻害の効果を持つ岩壁の色をした布を被せられたモノ。

 認識阻害の布を取り外せば、その下からは小舟が現れた。

 そこには非常食や怪我を負った際の応急処置の道具、飲水などに使える水の魔晶石も一緒に用意されている。


 小舟を引っ張り出して、赤子のウルガーと共に乗り、クリスティナはこの口を発ち別の場所を目指す。


 彼女の脳裏に浮かび上がるのは、非常に短くも暖かく幸せだった、家族四人での生活だった。


「――またいつか、平穏な日常に戻れますように」


 海へと出て、我が子を見つめながら、祈る様にそう呟いた。


 ――その直後、脚にまた、鋭い突き刺さる様な痛みが走る。


「いッ……!」


 矢を掠った部分が酷く痛む。そういえば、処置もせずにそのままだった……そう思い、怪我をした部分へ目を向けると、


「え」


 矢を掠った傷口の周囲が紫色に変色し、腫れ上がっていた。

 そういえば、呼吸はまだ苦しい。全身を倦怠感が襲いかかる。これは、ひたすらに走った事が理由での苦しさでは、無い。

 クリスティナは一つの可能性に思い至る。


「まさか、毒……」


 あの時、放たれた矢に、毒が塗られていたのだろう。

 一度意識してしまえば、その全身に襲いかかる苦痛は一層強くなっていく。


「ふ……うぅ……っ」


 赤子のウルガーが、不安気な目で母を見ながら泣き出しそうになっていた。

 毒への恐怖に侵されそうになっていた意識がハッと我に返り、ウルガー不安にさせてはいけないと、穏やかな笑みを顔に浮かべながら優しく語り掛ける。


「大丈夫よ、ウルガー。大丈夫……お母さんが、居るから。またいつか、四人で一緒に、暮らそうね」


 こんな海の真ん中で、息絶える訳にはいかない。赤子一人で生きて行ける訳が無い。

 傷薬と解毒薬を塗り、包帯を巻いて止血する。この解毒薬は、致死性の強い毒には効果が薄い……気休めにしかならないかもしれない。

 それでも、ウルガーを、一人にはしたくなかったから。




 ――――海の上を漂流してから二日が経過し、まだ周りに島は見えない。


 解毒薬のお陰か症状の進行はゆっくりだが、痛みも倦怠感も取れない。

 毒の影響で視力は低下し、遠くのものを認識する事が出来なくなってしまった。これでは島の近くに流れても見逃してしまう恐れがある。


 だが、ウルガーの顔はちゃんとハッキリ見れるのが、救いだった。

 我が子が起きている間は苦痛を耐え、顔には出さない様にする。不安がらせたく無かったからだ。


 幸い赤子専用の非常食も有り、母乳は体内の毒が混入されていたら怖いので、非常食の方を与える。


「大丈夫……また、家族で、一緒に暮らせるよ……」


 ウルガーと自分自身にそう言い聞かせ、二人はその日も乗り越える。


 ――――三日目。

 視力は更に低下した。ウルガーの顔はまだ見れる。口が上手く回らなくなって気がする。倦怠感も傷の痛みも強くなっていく。だが、手足はまだ動く。

 身体が動く限り我が子を手放してはいけないと、抱き締め続けた。


 ――――四日目。

 聴力と微かに残った視力以外の感覚が無くなって来た。身体を動かす事も困難になって来た。もう立つことは出来ない。

 それでも、ウルガーの為に、震える手を力を振り絞りながら動かした。

 この子だけは死なせたく無い、死なせたく無い、死なせたく無い――




 ――――そして、五日目。

 我が子を抱き寄せ、顔を見る。目と鼻の先まで近づかないと、この顔を認識出来なくなっていた。

 このままでは、もう……誰か、誰か、お願いします。


「この、子を、助……け……て……」


 ……その時。流れ続けていた舟が止まった。

 その変化に気が付き、何が起きたのか確認しなければと立ち上がろうとするも……立ち上がれない。

 そして、耳に、人の声が届いて来る。


「オイ、こんな夜中にどうしたアンタ。大丈夫かい?」


 それは大人の女性の声だった。

 誰かが、人が、来てくれた。動かす事が困難な口を必死に動かし、声を上げた。


「う、る、がぁ……、ウル、ガーを……助け、て……!」


「ウルガー、って、この事かい? ってか、アンタも酷い事なってるじゃないか!」


「わた、し、は、いい……から……っ!」


 その女性はクリスティナの異常に気が付き、駆け寄る。

 クリスティナの脚は全体が紫色に腫れ上がり、巻かれた包帯の下からは出血もしていた。呼吸も荒く、ここまで生きていた事が、奇跡に見える様な。


「アンタ、この子を守る為に……」


 そう呟いてから、女性は赤子とクリスティナを抱きかかえ、自分の家まで連れて帰る。


 子供の方は怪我も無く、栄養失調といった症状も無い元気な身体だった。子供の為を想い、あの身体で食事はちゃんと与えていたのだろう。

 だが、母親の方は……


「――すまない、ウチにある解毒薬も、効果が無さそうだ……」


 毒を受けて直ぐなら、僅かにでも可能性はあったかもしれない。しかし、ここまで進行してしまったら、もう手の施しようが無かった。

 それでも母、クリスティナは――安心した様な顔を浮かべて。


「良かっ、た……ウルガー……が、無事、で……」


 もう彼女の命は長くは無い。そう悟り、赤子を直ぐ隣に寝かせてやる。

 クリスティナは最後の力を振り絞る様に震える手を動かし、ウルガーを撫で、慈愛のこもった眼差しで見つめていた。


「……私が見つけちまったからね。その赤ん坊の面倒は、私が見てやるよ。だから、安心しな」


 その女性はクリスティナに、優しい音色の込められた声で、そう伝える。


 それを聞いた彼女は、自分達を、ウルガーを助けてくれた女性へと、ぼやけてほとんど見えない視線を向け、


「あなた、の……お名前を、聞かせ、て……」


「――私はエリザ。……アンタは?」


「クリス、ティナ…………。ありが、とう……エリザ、さん……ウルガーを、お願い……します……」


 感謝を伝えた後、クリスティナはどこか申し訳無さそうな表情へと変わり、続けて話し始める。


「エリ、ザ、さん……話す、べき、事が……」


「オイオイ、もうやめときなって。喋るのも、辛いだろう」


「い……え、話せる、うちに……話して、おか……ないと……」


 その後、クリスティナが語ったのは自分の子供の事だった。


 まず、ウルガーには特別な亜人の血が流れている。だが、本人にはそれを隠し、一般的な犬の亜人の血だと教えてあげて欲しい。

 余計な重荷を背負わせたくないから、クリスティナがウルガーを守る為に命を落としたとは言わないで欲しい。一人だけでここまで流れ着いたと伝えて欲しいという事。


 そして、できるだけ大きな国には行かせず、静かに、平穏な人生を歩ませてあげて欲しいという事。

 それでも、いずれは、ウルガーが戦わないといけない日が来るかもしれないという事。

 ウルガーの持つ力で無いと、止められない何かが、現れる可能性があると。


「……本当は、そんなの、嫌よ……ウルガーには、ただ、平和に、生きて……欲しい……隠れなくても、自由に……世界を回れる、そんな……人生を、送って、欲しいの……」


 我が子を大事に、慈しむ様に抱き締めながら、クリスティナは声を震わせながら語る。


 エリザは、少しでも彼女を安心させる様に、力強く応えた。


「分かった。この子には、ウルガーには……出来る限り、平穏な人生を歩ませてみせるよ」


「……ありがとう、エリザ、さん……」


 エリザへと感謝を伝えた後、クリスティナは、ゆっくりと家族の名を口にしていく。


「ラウロス……ごめん、ね……」


 そして、慈しむ様な声で、子供達の名を呼んだ。


「ウルガー……クルル……幸せ、に……生、き、て…………」


 その言葉を最期に、ウルガーを優しく抱き締めながら、彼女は……息絶えた。




 ――――それから、ウルガーは、エリザの家で育てられる事になる。ここからは、ウルガー自身にも記憶にある島での日常が始まる。


 そして、ウルガーの祖母、エリザの家の裏に立てられていた大きな墓と小さな墓。

 祖母はどちらも先祖の墓だと言っていた。だが、この過去の記憶を見て、分かった。大きな墓は先祖のもので――小さな方は、


「――あれ、母ちゃんの、墓だったのかよ……っ」


 声を震わせ、涙声で、ウルガーはそう呟いていた。


 命を懸けて戦い守ろうとしてくれた父。

 毒の苦しみに耐えながら、生かそうとしてくれた母。

 そして、自分をここまで育ててくれた祖母。


 家族の事を想い、涙が再び溢れて来る。


 母は死に、父は……

 もし、生きていたら、助けに来てくれていた筈だ。だから……おそらく、彼は既に……


「クソッ…………!」


 だが、まだ生きている家族は居る。祖母は重傷を負わされながらも、健在だ。島で、待っていてくれている。

 そして――――妹、クルル。


「これ以上、失って、たまるかよ……」


 父の顔が浮かび、そして、最期に、クルルの幸せも願いながら死んだ母を想い、決意する。


「俺は、クルルを、助ける」


 拳を強く握り締めながら胸に誓い、涙を拭い取った。




「……それが、君の決断なんですね」


 その時、横から声がした。口を閉じ、共に過去の記憶を見ていたカトレアだ。

 彼女もまた何かを決めた様に、こちらへ視線を向けながら口を開く。


「君が上手く行けば、私が強硬手段を取る必要は、無いかもしれません」


「なに?」


「ウルガー君……クルルちゃんを」


 そうして彼女は、声に力を込めて伝える。


「クルルちゃんを、助けてあげてください」


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