三十二話 魔導会の正体
赤子の大きな泣き声がして、釣られた様にして隣に居た赤子もまた泣き始める。
銀髪の男性はオロオロと不器用ながらに赤子の一人をあやそうとしていて、そんな彼を微笑ましく見つめる白髪の女性が、最初に泣き始めた赤子を抱き抱えていた。
次第に泣き声は静まり、やがて二人の赤子は安心した様に眠りへとつく。
そこには、穏やかで、暖かな時間が流れていた。
――ウルガーは、カトレアの魔法『記憶遡行』により赤子時代の自分、そして血の繋がった家族の姿を初めてその目で見た。
自分には、血の繋がりのある者が三人居たらしい。
一人は母。白髪に色白で、柔らかく温かい雰囲気を持つ女性だ。
名は、クリスティナと呼ばれていた。
一人は父。長身に銀髪の男性で、一見普通の人間と変わりないが、微かに亜人らしきニオイも感じ取れる。
口数少なく表情は乏しいが、赤子に触れる彼の手は優しさに満ちているのが分かった。
名は、ラウロスと呼ばれていた。
そして最後の一人。
ウルガーと同じく生まれて数ヶ月くらいの赤子、青い双眸に髪の毛は白く、性別は女だ。
名は――
「クルル……」
そう、呼ばれていた。
その名には聞き覚えがあった。確かビッキーが一度その名を呟いたのを、耳にした事がある。
状況から察するに彼女、クルルとは、双子の兄妹……という事か。
何故ビッキーがその名を知っていたのかは、引っ掛かるが。
祖母から聞いた話では、赤子だった自分は島の浜辺に打ち上げられていたという。
しかし、腑に落ちない点も幾つかあった。
父も母も、子を捨てる親には見えない……それに赤子一人で海を渡り、生きたまま島の浜辺まで辿り着くなど、出来るのだろうか。
何故、祖母はウルガーが赤子の頃から亜人との混血であると知っていたのか。そして、何故か頑なに島の外へ出ることをやめさせようとしていた事も――
祖母の事を疑ってはいない。むしろ、今でも自分にとって大事な家族だ。血の繋がった家族を目の当たりにした後でも、その気持ちに変わりはない。
しかし、今、目の前に居る両親と妹。三人が今、現実世界でどうしているのか……そもそも、生きてくれているのか……気になって、仕方が無かった。
「父ちゃんも、母ちゃんも、クルルも……今は、どこに……」
そう口から出た疑問に、黙り込んだまま何かを考えていたカトレアが、真剣な面持ちで答える。
「君のお父さんとお母さんの事は知りませんが〜……クルルちゃんなら、知っていますよ〜」
「――ッ、何だって!? どこに……ッ」
「光の魔女様です」
「………………は?」
光の魔女と、そう聞こえた。それは、現在魔導会のトップに立っている人間だ。
しかし、見た感じクルルに刻印らしきものは見当たらない……筈だ。
兄妹の行方を聞き出そうとして、即座に返って来たその一言に、脳が理解に追い付かず一瞬思考が停止した。
――いや、聞き間違いだと、思いたかったのだ。
しかし、その願望を打ち砕く様にカトレアは更に続ける。
「魔導会の現トップ。光の魔女様こそが、彼女、クルルちゃんです」
「な……、でっ、デタラメ言ってんじゃ……!」
反射的に否定しようと食って掛かろうとしたが、カトレアの表情と返って来るその視線は、真剣そのものだった。
……その言葉は、嘘では無いと、理解してしまった。
「赤ちゃんの頃のクルルちゃんにはまだ、魔女の刻印は無いみたいですね〜。――やはり、後天的に得たものでしたか」
「後天的、って……、魔女の刻印は、生まれてすぐに発現するものだと、聞いてるぞ」
「普通はそうですね〜」
「……クルルは……」
「はい〜?」
「クルルは、自分の意志で、魔導会に居るのか?」
自分の家族が魔導会に所属――それも、その中のトップに立っているなどと認めたくなかった。が、きっと……真実なのだろう。
その理由を、聞くべきだと思った。
カトレアは少し考える仕草をした後、
「私は……クルルちゃんが小さい頃に一年と、あとは魔導会が今の様になってからしか彼女を知りませんが……少なくとも、小さい頃のクルルちゃんは、おとなしく優しい子でした」
「――今は?」
「今は、まるで別人です。……洗脳教育だけでなく、どうやら記憶も弄られている様で」
「は……洗脳、だと? 記憶を弄られてるって、どういう事だよ、オイ!」
双子の兄妹であるクルルの身に、何が起きたのか。無意識に声を荒らげながら、その詳細を聞き出そうとカトレアに迫る。
クルルとは話した事も、会った事も無ければ、今の姿も知らない。
それでも、血の繋がった家族であると知ってしまった以上、無視は出来なかった。
カトレアは冷静にこちらを見返しながら、投げかけられた疑問に答える。
「やり方までは私にも分かりません。ただ、クルルちゃんは、ある目的の為に……巨悪を作り出す為に、利用されているんです」
「……は? どういう、事だよ」
「ウルガー君。魔導会と繋がりのある国はイースタンだけではありません。北の大国ノーゼン、西の大国ウェスティリア、南の大国サウズ……四つの大国全てが、繋がっています」
「な、四大国全部が、魔導会の手に墜ちたって事かよ!?」
この世界で最も強い力を持つ四大国、その全てが魔導会の支配下に墜ちたとなれば、事態は想像以上に最悪だ。
「――ウルガー君は勘違いしています」
そう思った時、カトレアが、ポツリと呟いた。
何を勘違いしているというのか、聞き返そうとする前に。
カトレアの口から、その真実が告げられる。
「四大国の裏に魔導会が居るのではありません。魔導会を操る真の黒幕こそが、四大国の王達なんですよ」
――真の黒幕が、四大国の王。
いきなり飛び出した、あまりにも突飛な話に、頭が追いつかない。とても信じられる話では無い、正気とは思えない。めちゃくちゃ過ぎる。
「待て、んなの、おかしいだろ。そんな事して、王に何のメリットがあるんだよ。意味が分からねぇ」
「……四人の王は、『オウリュウ』との契約により、千年も昔から……魂の転生を繰り返し、王の座に着き続けて来ました」
カトレアが口を動かすたびに、話はどんどんと突飛な方向へと進んで行く。
『オウリュウ』だの『契約』だの『転生』だの『千年前』だの、何を言っているのか、全く意味が分からない。
もしかしたら適当な事を言っているだけじゃないのか、そうとしか思えない、あまりにも非現実的としか思えない話だ。
しかしカトレアの目は真剣そのもので、とても否定などは出来ず、ただ黙って聞いていた。
「そして今回の転生準備に際し、『オウリュウ』から求められた契約条件があります。それが、世界の八割の人間の命を差し出す事。――ですが、四大国の王が人類を虐殺するなど、誰も許してはくれませんよね」
「……オイ、まさ、か……」
先の話を聞き、ウルガーの脳裏に一つの嫌な想像が浮かび――
それを肯定する様に、カトレアは続けて口を開く。
「たぶん君の想像通りです。人類を虐殺する為に、彼ら王は一つの巨悪を作り出した――それが、今の魔導会です。そして最後は、王が巨悪を打ち倒す……そういう筋書き」
「……なんだよ、それ……」
今まで、考えもしなかった真実を聞き、愕然とするしか無かった。
まさか、四大国の王が、今の魔導会を生み出した元凶で、黒幕だなんて――
「じゃあ、何で、何でクルルなんだ!? 魔導会の、一番上に居るのが……!」
「私も、何故クルルちゃんを選んだのかは分かりません。ですが、魔女をトップに据えた理由は分かります。悪評を世界に根強く残す為です」
「悪評を、残す?」
「四大国の王は千年前、魔女に計画を阻止させられ掛けた事があります。それから彼等は魔女を恐れている……とはいえ刻印を見つけるたびに殺していてはキリが無い。だから、魔女の悪評を広めるんです」
「な……っ」
「つまり、魔導会の目的は。四大国の王にとって、理想的な未来を……平和な世界を、作る事なんです」
「――ッ、ざけんなよ!!」
湧き上がる怒りのままに、叫んだ。
全て、これまでの魔導会がしてきた悪事も、犠牲も、全て、奴等は知っていて黙認していたという訳だ。
そんな真実、とても受け入れ難かった。
だが、合点も行く。
世界一強い力を持つ四大国が、世界中で指名手配までされている魔導会に対して、目立った行動を見せなかった理由。
四大国が力を合わせれば、犯罪組織一つくらい潰せた筈だ。今までそれをしなかったのは、そもそも奴等こそが元凶だったから。
「俺の育った島の……皆は、ケイトは、アランは、そんなくだらねえ私欲の為に、そんな事の為に、殺されたってのかよ!? 婆ちゃん達は、そんな事の為に、あんな傷つけられたのか!?」
「……そうなりますね」
「クルルも、そんな事の為に、人類虐殺なんかの為に、汚れ役を押し付けられてんのか!!」
「はい」
「ふざけんな、ふざけんじゃねぇよォーーッ!!」
憤怒なのか、慟哭なのか、胸中を支配する激情を、声にして口から発し、咆哮の様に、ただ叫んだ。
それを横から何も言わずに聞いていたカトレアは、ウルガーの耳元まで近寄り、「そろそろ行きましょう」と声を掛けて来る。
怒りに荒げる呼吸を整え、思考を冷静にする様に努め、カトレアへと意識を向け、
「行くって、どこへだ……」
「――次の過去へ」