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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
一章 出会いと旅立ち
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五話 一人の戦い


 エルフを拐い逃亡し、国内に潜伏している犯罪グループ。

 それらの残した頭髪からニオイを辿り山道を進み、行き着いた先には周囲にはポツンと佇む小さな一軒家が見えた。

 周囲には山や畑しか見えず、他の建造物や人の気配は無い。ここならば、助けを求めたところで誰にも声は届かない。

 その状況に、ウルガーの脳裏に嫌な予感が過ぎる。


「まさか、あの家の住民……殺されたんじゃねぇだろうな……っ」


 瞬間、心の奥底から強い怒りが湧き上がりかけるが、脳内が憤怒に支配される前にハッと気が付く。


「……死体や血のニオイはしない、か」


 仮に死体を遠くに埋めて隠したところで、被害現場に残ったニオイまではすぐに消えない。だからまだ、生きているはずだ。

 怒りに染まりかけた頭を冷静に保つよう努めて、嗅覚を更に研ぎ澄ませて、一軒家の中からニオイを感じ取る。


 家の中からはヒトのニオイが六人――その内三人は残された頭髪のニオイと一致する。そこに、拐われたエルフを一人を含めれば……残る二人のニオイがおそらく、あの一軒家の住人だ。


 住人が生きているにしろ、犯罪グループから脅迫されて隠れ場所にされているのであろうことは想像に難くない。

 拐われたエルフと住民、どちらも早く助け出せなければならない。


「だが、焦るな、俺……。冷静に、だ」


 師であるレオンのこれまでの教えを脳内で反芻し、慎重に行動に出る。足りない頭でも出来得る限り様々な事態を想定しながら、動くべきだ。


 敵にもこちらに匹敵する五感の持ち主や、気配察知に優れた者が居るかもしれない。なので息を潜めて気配を殺し、足音を消して、ニオイの強めの草花が群生している中を選びしゃがんで進みながら、ゆっくりと距離を詰めて行く。


 そうして一軒家を囲む柵まで近付いて来た所で、玄関扉がゆっくりと開く音が聞こえた。咄嗟に頭を伏せながら草むらの中に身を潜めて相手の様子を窺う。


 玄関から出てきたのは、体格の大きな筋肉質の強面な男。

 辺りを見回しながら、周辺を歩き回っている。人が来ていないかどうか、ああして定期的に見回りしているのだろう。 

 ウルガーの隠れている位置に意識は向いていない為、こちらの気配がバレた訳では無いはずだ。


 中に居る他のニオイは動く気配が無い、外に出てきた敵は一人。今は自分が隠れている位置とは別の方向を向いている。

 行動を開始するなら、今だ。


 ウルガーは草むらにしゃがみ込み隠れている態勢のまま、バネバッタが群がっている隣の草むらへと小石を投げ込み、草の擦れる音を立てた。


「ん?」


 物音のした方向へと男が近寄り、確認するが


「……ただのバネバッタか」


 そう呟きながら振り返り警戒心が解けたその瞬間を狙い、ウルガーは草むらの中から男へと向かい横から飛びかかった。


「な――ぬん!?」


 男の反応は遅れ、大声を発する前に顎下へと右拳による一撃を入れられる。

 顎下から頭を激しく揺さぶられて脳震盪を起こし、そのまま男は気を失い草むらの中に倒れ込んだ。


「――中の奴等が気付いてる気配は無いな。よし」


 男が完全に気を失っている事をもう一度確認する。暫くは目を覚まさないだろう。

 そのまま男の側を離れ、嗅覚を研ぎ澄ませながら一軒家へと気配と足音を殺しながら近付いて行く。

 残る敵二人と、拐われたエルフ、住人二人のニオイは全て一箇所に固まっている。

 それらのニオイが密集している部屋があるであろう窓へと近付き、窓の側の壁に貼り付いて次は聴覚に意識を集中させる。


 すれば、中から若い男女の話し声が耳に届いて来た。


「なぁ、いつまで潜伏すんの? もうそこの爺と婆殺しても良くね?」


「まだ駄目よぉ。そこの住人二人には衛兵が見回りにでも来た時、表に出てもらって私達の存在を誤魔化す役目があるんだからぁ」


「衛兵もブッ殺しゃいいだろがよ」


「そんな目立つ真似はだぁめ。エルフの坊やを売れたら大金なのよぉ、今は我慢なさい」


 やはり二人分のニオイは住人のものだった。

 自分達の身を隠す為に一般人を脅し潜伏に協力させ、エルフの事も商売道具としか見ていない。あまりの汚さに怒りが込み上げて来た。


「クソ共が……」


 そのまま、感情的に窓を割って屋内へと突撃する――などという事をやってしまわない様に、一度静かに深呼吸し、思考する。


 このまま中へ突っ込んでも、老夫婦を人質にされてしまってはウルガーは何も出来なくなってしまう。

 だから先ずは、敵二人から老夫婦を離れさせる必要がある。

 その方法は、先程聞いた会話のおかげですぐに思いついた。


 嘘や演技は正直苦手で性に合わないが、自分の頭で考えられる有効な手段はこれしかない。


 ウルガーは玄関側へと戻って行って、扉を叩き出来るだけ声を低くしながら屋内へ向けて声を発する。


「衛兵でーす! 住民の安否確認の見回りに来ましたー!」


 中へと呼び掛けて数秒後、聴覚を澄ましてみれば、扉の向こう側から小さくボソボソと話し合う様な声が聞こえた。

 その後、小さな二つの足音が近付いて来る。それが扉の向こう側で立ち止まり、ドアノブを開く音が聞こえて――老夫婦が必死に笑顔を作りながら顔を出した。


「衛兵さん、私達は大丈夫です、何もありませんので」


「えぇ、その通りです。いつもお仕事お疲れ様です」


 ウルガーは衛兵らしい格好などしていないのに、その事には特にツッコまれなかった。それだけ周りをよく見れない程に余裕が無くなっている。

 早く、この二人も安心させてあげなくてはいけない。


 玄関から真っ直ぐ廊下を進み突き当たりにある扉の向こうから、敵のニオイを感じる。

 ギュッと拳を握り締め、ウルガーは姿を見せた老夫婦に顔を近付けて小声で呟いた。


「俺はアンタ達を助けに来た。声を出さずに、急いで逃げてくれ。町の方まで」


「――え?」


「いいから早く」


 老夫婦は一瞬戸惑いの表情を見せてからすぐ安心した様に目に涙を浮かべ、頭を下げてから外へと出て行った。

 老夫婦を玄関から見送り、そのまま足音を弱めてゆっくりと廊下の突き当たりの扉に向かう。

 そうして扉の目の前に到達したと同時、扉の向こう側の部屋から若い男の声が聞こえた。


「おい、ちゃんと衛兵は帰したよな? 確認すっから見せ……」


 そう呟きながら扉が開かれ――細身の男が顔を出し、目が合った瞬間。


「ぁ――ンごッ!?」


 ウルガーは出会い頭に男の顔面へと一撃の拳を速攻で叩き込んだ。男は歯を砕かれ口から血を流しながら足をふらつかせる。


 奥には目と口を布で塞がれ、手足を拘束されている、黄緑色の頭髪をした小柄なエルフの少年が見えた。

 その隣に立つもう一人の敵――金髪の女は異常に気付いた瞬間、二の腕程のサイズはある大型ナイフを構えた。


 直後、細身の男は右手に装備した長い鉤爪を振り上げて、真横からウルガーの顔面目掛けて斬りかかる。


「見えてんだよ!」


 迫る鉤爪の一閃を頭を下げて回避。掠った銀髪が散らばり宙を舞った。

 攻撃をした後の無防備な瞬間を狙い、男の細い脚へと一撃の蹴りを入れ骨を叩き折った。


「ァッギャァァァッ!!」


 男が激痛に叫び声を上げ床へ倒れ込んだのと同時。ウルガーは残る敵、金髪の女が居る方向へと視線を向けて――

 女は妖艶な笑みを浮かべながら一回指を鳴らし、屋内にその音が響いた。


 その直後、ウルガーは信じられない光景を目の当たりにし、足が止まる。


『ウルガー』


「……は……?」


 すぐ目の前から自分を呼ぶ声がして、一人の少女が佇みこちらを見つめていた。それはウルガーのよく知る顔と声だ。忘れない、忘れるわけが無い。

 島で一緒に育った、幼馴染みで、大切な少女――


『ねぇ、ウルガー』


「なん、で……」


 そこには、既に死んでいるはずの、ケイトの姿があった。

 呆気に取られて、思考が真っ白になる。そして、ケイトはウルガーに顔を近付け――苦しげに顔を歪めながら言った。


『何で助けてくれなかったの?』 


「う、ぁ……ッ」


『何で助けてくれなかったの? 痛かった、苦しかった、死にたくなかった』


「あぁぁァァッ!」


 少女の声が、表情が、言葉が、刃となって消えない傷を更に深く抉って来る。

 分かっている、あの少女は死んだ、もう居ない。

 これは以前、師から聞いた事のある幻覚魔法の一種……ただの紛い物に過ぎない。そう、頭で理解しようとしていても、感情が追いつかなかった。


 自分が弱くて守れなかったせいだと、ずっと、ずっと、後悔してきていたのだから。


『……ウルガーや、お前が島の外に出たのは、辛い現実から逃避する為では無いのか? 自分だけ気持ちを楽にする為に、ワシらを置いて逃げた。悲惨な現実を、直視したくなかった』


「婆、ちゃん……ッ!」


 今度は育ての祖母の姿が現れる。

 重傷を負った彼女を置いて出て行ってしまった事――一人にしてしまった事。それもずっと、後悔していた。目的の為には今更帰れないなんて、そんな言い訳を自分に言い聞かせて。


「ご、めん……ごめん……ッ!」


 感情が、心が乱れる。錯乱する。手も足も言う事を聞かなくなり、目眩がし、身動きが取れなくなって、このままでは、壊れる、壊れる、壊れる――


「あらら。ちょっと効きが強過ぎたかしらぁ」


 そんな声が耳に届き、直後。

 横腹に何かが食い込み、激痛が襲い掛かる。意識は強制的に現実世界へと引き戻された。


「ガハァッ!? アッ、ガァッ!?」


 さっきまで居たケイトと祖母――その二つの幻覚は消え去り、代わりに激しい痛みと熱が横腹に発生する。

 片脚が崩れ、床に膝を着いてしまった。

 見てみれば、ウルガーの横腹には貫通するほどの深い刺し傷があり、出血している。

 金髪の女が持つ大型のナイフは血に塗れていた。その刃先に付いた血液を舐め取りながら、女は目を細めて笑い口を開く。


「うふふ。致命傷は避けてあげたけれど、放置すれば死ぬ傷よぉ? お姉さん若い男の子は好きだから、商売道具になってくれるなら手当して生かしてあげるわぁ」


「今のは、お前がやったのかよ……? 趣味の悪い、事やりがって……!」


「私の名前はキルコ。お前だなんて言われたらお姉さん悲しくて泣いちゃうわぁ」


「うるっ、せえんだよ……女を殴るのは、嫌いだが……お前みてぇな奴なら殴れる!」


 刺された箇所の痛みを堪えながら、ウルガーは立ち上がり拳を強く握り締める。そして床を踏み締めて、蹴りつけながら目の前の敵に飛びかかる。


「もう、血の気の多い坊やねぇ」


 笑みを崩さずに呟きながら女は再び指を鳴らし、またもケイトと祖母の幻覚が目の前に出現する。しかも今回は、殺された友人や他の村人達まで一緒に現れた。


「――ッ!」


 また心の傷を深く抉られそうになるも、一度意識が現実に戻ったおかげで冷静な思考力が僅かに残っていた。

 ウルガーは握り拳を作り自らの横腹の傷を上から叩きつけ、外部からの痛みを与える事で目の前の幻覚を無理矢理掻き消した。


「なんて大胆なやり方かしらぁ!」


 呆れ混じりに言いながら、女は次の手段へと移行した。

 キルコがまたも指を鳴らしたと同時、その眼前に映ったものを見て ウルガーは手が硬直し止まってしまった。

 目の前に居る女の見た目が、ケイトになっていたのだ。

 騙されるな、これはただの幻覚、そういう風に見えているだけだ、中身はあの腐った性根の人間。躊躇などする必要は一切ない。だから、殴れば良い。殴ればいいのだ。


「きゃああぁ! やめて、怖いよぉっ! お願い、許してぇ!」


「ぐ、ぅっ」


 ケイトの見た目で、怯えた目で涙を浮かべて来た。手が、止まる。動かない、動かなければ、殴らなければ、倒さなければ――


「お願いやめて、私に酷い事しないでよぉ!」


 そのまま女はケイトの顔で泣き叫びながら、右手に持ったナイフを振るう。そして、今度はウルガーの首を狙い刃が走って――


 それを、ウルガーは前腕を盾にして受け止めた。その刃は前腕の半分近くまで深く食い込み新たな激痛が襲いかかる。

 その叫びたくなるような痛みによって、目の前に見える女の顔は元の憎たらしい女の顔に戻っていた。


 ケイトは、殺された。もう居ない。その魂は、奪い去られたのだ。これは、ケイトじゃない。

 大事な幼馴染みの顔を利用して惑わせようとする、ただの憎たらしい敵だ。


「もう二度と、その顔を、すんじゃねぇッ!!」


「ブぉッふ――!!」


 容赦なく相手の顔面へと一発の拳撃を打ち込む。 

 喋る暇も無くキルコは鼻血を撒き散らしながら吹き飛ばされて、床の上を転がっていった。



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