三十話 追放の真実
イースタン王都の中心に位置する王城、その最上階に王の部屋が在り、現在ニアはそこに監禁されている。
周囲には、ニアを見張る様に配置された、見るからに屈強な騎士四人。そして、いまだにテーブルの下に隠れながら怯えて震えている王様。
先刻まで同室に居たカトレアは八人の騎士を連れて「用事がある」と言い残し、この部屋を出て行った。
嫌な予感がする。もし、皆が助けに来てくれていて――それを迎え撃つべく彼女は出陣したのだとしたら。
「それなら、私も行かなきゃいけないのに」
テッド、ウルガー、ビッキー……あとは兄のジークヴァルトも来てくれていたら嬉しいが。
もし、この王城まで来てくれているのならば、いつまでもこんな場所で閉じ込められている訳にはいかない。
しかし、カトレアが部屋から出る数分前に、この場に現れたもう一人の魔導会の人物が居た。それが現在、部屋の床に座り込んでいる黒い髪の少女――
「……ケイミィさん、なんだか顔色悪いわよね、やっぱり」
「――そんな事は、ありません」
それは少し前に、窓の向こうの空を飛んでいた所をカトレアが発見、彼女から屋内まで来るように呼ばれて、苦しげな表情で戻って来たケイミィだ。
現在は少しは落ち着いた様子で、床に座り込みながら監視する様にこちらを見ているが――
最初に出会って話していた時と比べ、明らかに精神的な余裕が失われている様に感じる。
「ねぇ、ケイミィさん。体調が悪い時はそこから離れて、寝た方がいいわよ。そう、例えばそこにあるベッドとかで」
「……ニアさん。貴女は人を欺く事に向いて無いですよ」
「ひゃえ!?」
「それに、王様のベッドで寝るのは不敬ではないでしょうか」
「正論!」
ケイミィを監視から引き離す為の作戦は一瞬にして看破されてしまった。
が、冷静に考えてみればこんな手に引っ掛かる訳が無かった。焦りのあまり頭の中がこんがらがってしまっているのかもしれない。
「う〜、いけないわ。落ち着きなさい、私」
胸に手を当てながら一度深呼吸し、自身を落ち着かせるように努める。
こんな時、テッドなら冷静に逃走する算段を立て、ウルガーは力づくでも脱出しようとするのだろう。
自分にはそのどれも出来る自信は無い。
だからといって、大人しく助けられるのを待ち、ここでジッとしていられる性分でも無かった。
と、そんな事を考えていると、テーブルの下で怯えていた王様が突如ニアへと怒りの形相を向けながら叫び出す。
「全て、貴様の、貴様等の家のせいだぞぉ!!」
「――へ!!?」
突然、何かをこちらのせいにされ、ひたすら困惑しか頭に浮かばず言葉を詰まらせていると、王はテーブルの下に身を隠したまま、激しくまくし立て始めた。
「貴様を、赤子の頃に、処分していれば……! 魔女は、我等の世を不幸にする、中でも『闇の魔女』は絶対に生かしてはならん存在だ、見つけ次第駆除すべき害虫なのだ!!」
「え……生かしては、ならない存在……? 私が……、何で?」
「貴様の祖父、アンドレアに私は命じた筈だった――生まれて来た闇の魔女を生贄に捧げ、抹殺せよと。だというのに、闇の魔女はこうして生きていた。アンドレアは私を裏切り、魔女の味方をしたのだ!!」
「ま、待って、待って王様! いきなり色々言われて頭が混乱しちゃう……! アンドレアって、たぶん私のお爺ちゃんよね。抹殺しろだなんて、お母さんは……、私達は魔女だから追放されたって……」
「追放だと? それでは闇の魔女が生きているだろうが、馬鹿にするなぁ!! 私は闇の魔女を殺せと、言ったのだ!!」
「……」
魔女だからと差別的な発言を受ける事は辛いが、小さい頃から何度もそんな経験はあったので、慣れた――訳では無いし勿論嫌だが、深く気にせずに思考を切り替える術は持っている。
しかし、ここまで強い恐怖と敵意、それに殺意を向けられながら暴言を吐かれた事は初めてだった。
少し前に出会った姉のイオナでさえも、大きな悪意と敵意はあれど殺意までは感じなかった。
だが、もしかしたら、相手にも何か、差別的な思考になってしまう仕方のない理由があるのかもしれない。
そういう風に考えて、理性を保たせながら、巨大な殺意をぶつけてくる王との対話を試みる。
「王様。私に……いえ、闇の魔女に、どんな恨みがあるの? 過去に何か、酷い事をされたのなら……」
「違う」
「え?」
「違う、違う、そうじゃない、闇の魔女は、我等の世を滅ぼすに決まっている、だから、殺される前に、我等が闇の魔女を殺さねばならんのだあ!!」
「だ、だから、何をされたのかって、聞いてるの! ――あ、聞いてるんです!」
「だというのに、魔導会の連中は闇の魔女を生かせという。貴様はどこまで、我等の疫病神なのだあ!」
「は、話が噛み合わない……」
もしかしたら敬語を忘れていた事が怒りを買ったのかと思ったが、言い直しても全く相手の雰囲気は変わらない。そもそも敬語かどうかだの気にしてすらいない様子だった。
彼の言う事の意味がさっぱり分からない。更に「我等」という言い方が何か引っ掛かるが、今はそこを気にしている場合ではない。
王から感じられる異常なまでの、闇の魔女への恐怖と殺意が只事では無いと感じ、改めて問い詰めようとした、その時だった。
「――聞いても意味は無い。何故なら、その王は特に自分が何かされた訳でも無いからな」
「――――!?」
新たな声が割って入って来る。そしてそこに居たのは、赤い髪に白髪の入り混じった一人の老人だった。
「アンドレア……!? 何故、貴様がここに!? 幽閉されていたはずだ!」
王の疑問には答えず、老人アンドレアはニアへと視線を向けながら、口を開く。
「そもそもが逆なのだ。王家が闇の魔女から何かをされたのでは無い――――王家こそが、闇の魔女から恨まれているのだよ。ニア」
「え、何で私の名前を……あ」
脳内で、その老人が呼ばれていた名と、王から聞かされた祖父らしき人物の名が一致する。
つまり、眼前に現れたその老人は、
「お爺ちゃん!?」
「その呼び方は――全く、アンネリーが、ちゃんと教育をしていなかったのか……。まあ、今は良い」
よく見てみれば、彼は身体中が痣だらけで、両手の爪は全て剥がされ、歯も何本か無くなっている様に見えた。
酷い拷問を、受けていたのかもしれない。
その事に対し触れようとしたと同時、祖父は微かに溜息を付きながら先刻までの話を続ける。
「王はな、闇の魔女からの恨みを買っている事が怖いのだよ」
「え――恨まれてる、って……私は別に恨んでないわよ……」
「それはそうだろう。遥か古代に存在した、初代闇の魔女の話だからな……、っと」
何かを話そうと口を動かす最中で、祖父の首元に一閃の刃が迫り、ぶつかる寸前の所で止まる。
護衛に居た四人の騎士がアンドレアへと殺意の乗せた刃を向けながら、無言の牽制をしていた。
その後、いまだテーブルの下に隠れたままの王が「私の許可なく喋るな」と脅してから、言葉を続ける。
「私の質問に答えよ、アンドレア。何故、ここに居る」
「魔法を使い脱出するだけならば私にはいつでも出来た。反乱軍との戦いで監視の兵も居なくなり、好機だと抜け出したのだよ」
「貴様……! 昔の、魔法も剣もろくに扱えんというのは、偽りだったのか!?」
「いや、紛れもない真実だ。今も私は弱い。魔法の使い方も……自慢できるものでは無い。臆病で、必死で色々なものから逃げようとして、その結果、身についたものだ」
「――質問を、次に移す。何の為にここへ現れた? まさか、貴様も反乱軍の味方をしているのか!?」
「私も、王と同罪の悪人だろう。反乱軍に加わるなどする資格も、共に戦う資格も無い。ただ、個人的な理由で、ここまで来た」
「個人的な理由だと!? 分かっている、どうせ私を殺しに来たのだろう!」
「違う」
「ならば何だ! 答えてみよ、アンドレア!!」
「……我等、東西南北の四大国の王家は古来より『オウリュウ』との契約により、長年、血筋の繁栄と安寧を享受して来た。が……もう、いいだろう。こんな事はやめにしないか、王よ。――いや、我が友、ヌエル」
「……!」
友と、名を呼ばれた王は、微かに感情の揺らぎをその表情に見せた。
だが、直ぐにその顔に、より一層強まる憤怒を滲ませながら叫び訴える。
「友と呼ぶのならば、何故、私を裏切る様な真似をした!? 私は闇の魔女を殺せと命じた筈だ!! 何故、追放して魔女を生かした!!」
その怒りの訴えに、祖父は微かに表情を曇らせながら俯いた後、こちらへと視線を向けて答えた。
「ニアが、笑ったのだ」
「――は?」
返って来た言葉に訳が分からないという表情を浮かべる王へ視線を移し、祖父はその詳細を語る。
「私が殺そうとしていたなどとも知らずに、赤子だったニアは、何も知らない無垢な表情で――私の顔を見て、笑ったのだ」
「……」
「それが理由で、私は、孫を殺す事が出来なくなってしまった。大層な理由などは無い、ただ、それだけなんだ……」
ニアは実際に祖父と出会うまで、もっと怖い人物像を想像していた。
いや、以前は本当に怖い人物だったのだろう……が、今の彼から感じるものは、ただただ、何かに疲れた様な表情だった。
一室に一時の静寂が訪れ――暫しの沈黙の後、王ヌエルが声を震わせ、「分かった」……と、そう呟いた後、突如怒声を発する。
「そうか、分かったぞ! アンドレア、貴様はそうやって私を聞こえの良い言葉で惑わし、王の座から引きずり降ろそうという魂胆か! そして我家が長年築き上げて来た地位を、富を、名声を、全て横取りしようというのだろう!? 貴様の思惑は騙されんぞ!!」
「な……、ヌエル、私は、その様な事は決して……」
「裏切り者の発言に聞く耳など持たん! 兵どもよ、その裏切り者をさっさとこの場から――っがぁっ!?」
感情のままに叫び、更に立ち上がろうとした王は、自らの頭上にあったテーブルの底に頭をぶつけ、苦鳴を漏らしながら頭を抑える。
それを見ていた騎士達は即座に王の近くまで駆け寄り、
「国王様、無事ですか!?」
「……! 待て、来るな、それ以上近付くな! 私に、お前達の剣が届く範囲に、近寄るなぁ!!」
「は、はいっ!」
どうやら王は、自分の護衛に付いている騎士すらも、心から信用はしていないらしい。
ここまで人間不信を拗らせた人を見た事が無く、ただ唖然とするしか無かった。
「ヌエル……そこまで、他人を排斥する様になっていたのか……」
「他人など、何を考えているのか分からん敵だ! 唯一、フレデリックだけだ、信頼出来るのは……、あれは、私と王家の安泰を、第一に考えてくれている」
その王の発言を聞き、祖父は何も言えなくなり、騎士達にも複雑な感情が滲み出て来る。
それもそうだろう、身を捧げてまで守っている王から、何を考えているか分からない敵扱いなどされれば、騎士達も嫌な気持ちになるはずだ。
そんな中、一人の若い騎士が王へと顔を向け、
「国王様、先程の発言は、訂正していただきたい。我々は命を捧げて王を守るべく、ここに立っているのです。決して、我々が貴方に対し刃を向ける事など」
「貴様、私に意見するのか?」
「――は、も、申し訳ありません。出過ぎた真似をしてしまいました。しかし……」
「お前達、こやつの首を落とせ」
「――え?」
飛び出した発言に、再び場に沈黙が訪れる。が、その沈黙を破る様に、王は続け様に叫び、まくし立てる。
「私に意見をぶつけるものは全て敵だ、早くこの若僧の首を落とせ! 従わぬならば、フレデリックに報告するぞ!」
「う……っ、ぐ」
フレデリックの名を聞き、騎士達は苦渋に満ちた表情を浮かべながら、剣を手に取った。
祖父はその蛮行を止めようと、声を上げるが
「待て、ヌエル! 流石に、そこまでやる必要は無いだろう!」
「黙れ裏切り者が! 分かったぞ、貴様ら二人で共謀し、私を陥れようとしたのだな! その手には乗らん!」
「……っ!」
ピリピリとした空気に緊張の糸が張り詰めて、ニアはどうするべきなのか、考える。このまま放っておけば、目の前で惨劇が起こるだろう事は、想像に難くない。
今、王の怒りを買い、殺されそうになっている騎士は立場的には敵だ。とはいえ、理不尽に命を奪われそうになっている状況を、見て見ぬ振りは出来なかった。
自分も王を止めに入ろうと、足を前へと一歩踏み出した、その直後。
「ぐうぅぅ、ああぁぁぁーーっ!!」
耳に突き刺さる様な叫び声が、怒声が響く。
その叫びを発した主は、王の怒りを買い殺されそうになっていた若い騎士だった。
彼は声を上げながら鞘の騎士剣を引き抜き、国王へとその切っ先を突き付ける。
「この狂ったイカレジジイがぁ!! もうアンタの護衛なんかやってらんねぇんだよ、家族の生活の為に我慢して仕事してたけど、もう限界だ!! アンタが死ねよぉ!!」
今までの溜まりに溜まった鬱憤を晴らす様に本心をぶちまけながら、テーブルの下に潜んでいる王の顔面を狙い騎士剣を突き刺す。
「ヒィッ!」
しかし、国王は意外にも鋭い反射神経で刺突を避け、頬に刃が掠り出血する。
「ひゃ、ヒャッ、ヒィヤアアァァッ!!」
王は痛みに涙を流しながら悲鳴を上げ、王へ刃を向けた若い騎士へと斬り掛かる、もう一人の騎士の姿がその背後から迫っていた。
ニアは「ダメ!」と声を上げながら止めに入り、闇魔法『影の鞭』と『影縫い』を発動し、若い騎士ともう一人の騎士の身柄を拘束しようとして――
「やめろ、魔女! 貴様の祖父を殺すぞ!」
「――!」
祖父の首に剣を押し当てる騎士が、ニアへ向かいそう叫んだ。祖父の首は薄っすらと傷付いており、練っていた魔力が――緩んでしまった。
「あ……っ」
一瞬の躊躇が騎士の一閃を許してしまい、若い騎士は背中から斬られ、血を吹き出しながら床の上に倒れる。
倒れた際に血液が王の顔面へと飛び散り、「ヒィッ」と怯んだ後、重傷を負った若い騎士へ怒声を上げる。
「貴様ぁあ! 薄汚い血を掛けるで無いわ、汚らわしい! 汚らわしい!!」
そう叫びながら、テーブルの下から足を出し若い騎士の頭を何度も蹴りつけた。
珍しくも、強い怒りが、込み上げてくる。躊躇してしまい魔法を発動出来なかった自分にも、そして、あの王らしさの欠片も無い国王に。
だが、そんな怒りを声に出す暇も無く、王は次の怒りの矛先を残る三人の騎士へと向けて叫び、まくし立て始める。
「貴様らぁ! 私は、首を落とせと命じた筈だ! 何故背中を斬った、首を落とさんかぁ! ほら、まだ息があるだろうが、さっさと殺せ! この役立たず共が!! 役立たずがぁ!!」
またも怒鳴りつけられ、騎士達に動揺が走る。その時、祖父に向けられていた刃から一瞬力が抜けるのが見えて、
「――影の鞭」
影から伸ばした鞭を祖父の身体へと巻き付かせ、引っ張り、騎士の手から離れさせる。
同時に『影縫い』で、若い騎士にもう一度斬り掛かろうとしていた騎士の動きを止め、そんな中で王はまたも妄言を叫びながら兵に命令を下す。
「闇の魔女め、まさか私を殺す気か!? お前達、私を守れ! 魔女を殺しても構わん!」
「はっ!? しかし、生け捕りせよと……っ!?」
「王たる私の命より大事なものは無い! 早く殺せ!!」
「りょ、了解っ!」
騎士達は戸惑いを見せながらも剣を構え、ニアへと一斉に飛び掛かる。
「逃げろ!」と叫ぶ祖父の声が耳に届く。が、騎士三人ともきっと精鋭だ。ケイミィも居る。簡単には逃げられない。
「戦うしか……!」
そう呟きながら、戦う為の魔力を練ろうとした、その瞬間。
「――それはいけません」
少女の声がして、ニアと騎士達の間に一人が割って入り、その攻撃を阻止しようと立ちはだかる。
その少女は、つい先刻まで傍観者に徹していたケイミィだ。彼女はニアを守る様に、騎士三人の前に現れた。
騎士達は迷いを切り捨てる様に歯を食いしばり、声を上げる。
「――っ! 邪魔をするな、そこをどけろ!」
「私は、闇の魔女……ニアさんを生きたまま連れて帰れと、あの方から命じられました。命を奪うというのなら、それはあの方の意に反する行為です。黙ってはいられません」
表情を変えないままケイミィはそう言い、戦闘態勢に入っていた。
「ケイミィ、さん……」
ニアから名を呼ばれ、ケイミィは視線だけを背後へと向けながら、
「守りはしますが、逃しはしませんからね」
「そうよね。けど、ありがとう」
「……私がお礼を言われるのは、変な気がしますが」
ケイミィはあくまでも光の魔女の意向に沿い行動しているのだろうが、それでも助かる事は間違い無い。
この間に、背中に重傷を負った若い騎士の様子を確かめる。
「息はあるけど、出血が酷い……このままじゃ……」
周りを見渡しても、医療道具は見当たらない。
焦りが胸中を支配し始めたその時、横から祖父の足音と声が聞こえて来た。
「これは酷い傷だな……。だが、お前にとっては赤の他人だろう。そんなに助けたいのか? ニア」
「……うん。お母さんもきっと、そうしたと思うから」
「――そうか」
祖父は刹那の沈黙の後、何かに気が付いた様に口を開いて。
「……ヌエルはどこへ行った?」
「え?」
見てみれば、ついさっきまでテーブルの下に居たはずの王の姿が見当たらない。まさか逃げたのか、と、再び周囲を見渡せば――少し離れた位置にある豪華な装飾のされた木棚の前に、王が立っていた。
彼は左手に高価そうな傷薬……おそらく自分の頬に使う為であろう薬を持ちながら、右手には赤と緑の入り混じった一つの石を握り締めており、
「ヒィッ、ヒィッ、ヒィッ! 私に近付くな、魔女! これを、貴様に投げるぞぉ!!」
それを見た祖父は、冷や汗を浮かべながら、その石の正体を口にする。
「まさか、あれは、爆風石か……!」
「ばくふうせき……って、確か広い場所での戦争で使われるものじゃないの!?」
「そうだ、火の魔力と風の魔力が石の中に詰め込まれている。衝撃を加えれば爆発を起こし、この部屋全体を巻き込むだろう」
「それ自分も巻き込むんじゃ……」
「そのとおりだ、が、もうアレは完全に冷静さを失っている」
こんな場所で爆発が起これば取り返しのつかない大惨事になってしまうだろう。
王自身がこの様な事態を引き起こしているというのが最早意味不明なのだが、実際に目の前で起きているのだから、この現実を受け入れるしか無い。
事態を受け入れた上で、王の蛮行を止める。
「私が止めるわ、お爺ちゃん」
「……やれるのか?」
「うん、大丈夫」
本当は内心かなり怖いし、逃げ出したい気持ちもある。流石に部屋を巻き込む爆発から身を守る術は持っていないからだ。
それでも、やるしかない。勇気を出して――
「……影縫い」
『黒い霧』で気配を消しながらコッソリ伸ばしていた影の糸で、王の影を捕える。
「なぁっ!?」
自身の異変に気が付いた王は右手に握り締めていた爆風石を投げようとした――が、その手は動かず、ニアへと向かい怒声を上げた。
「貴様ああぁ! 私を殺せばどうなるか分かっているのか! この悪魔が! 疫病神が! 人殺しのクズがぁ!!」
「殺さないわよ!」
そのまま『影の鞭』で爆風石と傷薬の両方を、衝撃を与えない様に奪い取る事に成功したが、細かい操作に集中した影響で影縫いが解けた。
「ヒィッ! 殺される! 闇の魔女に殺される!」
今度は泣き出しそうな目で怯えながら、王は木棚を開けようとして――そこから微かに、奪い取った爆風石と同じ魔力の気配を感じた。
つまり、他の爆風石を使おうとしている。
「させっ、ないわぁ!!」
このままでは不味いと、影の鞭を伸ばし、思い切り力を込めて横から王の身体へと叩きつけた。
「ぎゃあああぁぁっ!」
王は悲鳴を上げながら身体を横に吹き飛ばされ、床の上を転がり、助けを求める様に叫び出す。
「助けて、助けてえ! 殺される、殺される、殺される、やだぁ、死ぬのは嫌だぁ!!」
「……しまった、力入れすぎちゃったわ……」
あまり余裕が無く無理矢理にでも止めようとした結果、王へ叩きつけた魔法に力が入りすぎてしまっていた。
もし怪我をしていても打撲で命に別状は無いだろうが、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
けど――
「後悔は、してない!」
怯えた目を向ける王を見下ろしながら、力強くそう言い切った。




