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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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二十六話 定まらない感情


 地に膝を着けながら涙を流す黒髪の少女の前に現れたのは、魔導会の一人であり人の外見に耳と縞模様の尾を生やしたネコ科の亜人ランド。

 面倒くさそうな現場に来てしまった、という感情を分かりやすく顔に見せながらその青年は背後を横目に口を開く。


「オイ、ケイミィ。体調悪いならもう帰れよ」


 退却を呼び掛けられた少女ケイミィはその言葉が聞こえていないかの様に、苦しげに首を横に振りウルガーへと視線を向けながらブツブツと呟き始めてた。


「小さい、村……ウルガーさんが、――ウルガーが居て……何、この記憶……? 何で、あなたが、私と居るの……?」


「――ッ!」


 以前アーレと相対した時にも彼の身に同じ様な症状が出ていた。詳しくは分からないが、おそらく彼女の中でケイトの記憶が少し蘇ったのだろう。

 せっかく決心していた覚悟が鈍ってしまいそうだ――迷いが再び湧き上がる。

 このままではいけないと、アーレから聞いた言葉を思い出し、反芻し、自身に言い聞かせる。


『同じ記憶を持つだけの別人』


 そうだ、彼女はあくまで『ケイミィ』という別の存在。同じ記憶を持っているだけ――ケイト本人では、無い。

 拳を握り締め、地を踏みしめながら眼前に佇むランドを睨み付け、口を開いた。


「そこをどけ、ランド。俺が用があるのは、ケイミィだ」


 力を振り絞る様な声で言い放つウルガーに、ランドは溜息をつき、頭を掻きながら「あのなぁ」と呆れた様な音色で返す。


「ウルガー、オレはな、お前との再戦を楽しみにしてたんだぜ。なのになんだその今にも泣き出しそうな情けない面は、ガッカリさせんなよ」


「ぐっ、知らねぇよ……! 今は再戦だの言ってる場合じゃないんだ、そこどけ!」


「退かねえ。オイ、ケイミィ! いつまでもボサッと座ってんじゃねェ!!」


 目と鼻の先で大声で叫ばれ、ケイミィはハッと意識を目の前の現実に引き戻された。


「あ……ランド、さん……?」


「今更気付いたのかよ!? ッたく、マトモに戦えない奴が近くに居たら気が散るんだよ、退却してくれた方がマシだっつーの!」


「です、が……っ」


「――それに、カトレアにも頼まれてるしよ……ケイミィは絶対に死なせない様にってな」


「……私を、ですか? カトレアさんが……」


「クリストに行く時もベルモンドさんは絶対に死なせるなって念押しに言ってたし、カトレアがどんな基準で何考えて何を見てるのかは知らねぇけど。とにかく、さっさと退けよ。放置して死んだら俺も寝覚めが悪いし」


「…………分かり、ました……」


 ケイミィは僅かな沈黙の後、顔を青くしたまま青年の言葉を受け入れ立ち上がり、先刻よりも形が歪になっている翼を広げながら空を飛ぶ準備をし退却を選んだ。


 眼前の二人のやり取りを静観していたウルガーは、無意識に足が前へと踏み出ており、気が付けば、彼女を引き止める様に必死に声を上げていた。


「待てよ!!」


 何故止めようとするのか、その答えが自分自身でもよく分からなかった。

 引き留めようとする声を聞いたケイミィはいまだ苦しげな表情のまま、こちらへと振り向き。


「ウルガー……さん――」


 何か言いたげにしていたが、そこから先は何も言わず再び背を向けて地を蹴り翼をはためかせながら宙へと飛んで行く。

 彼女の背を追おうとウルガーを、「コラ!」と背後から腕を掴みビッキーが引き留める。


「隙だらけで追い掛けようとしないの!!」


 耳元に大声をぶつけられ、意識がハッと我に返る。

 正面、前方に佇むランドは一見腕を組みながらただ棒立ちしている様に見えるが、その青年から感じられる気配は完全に戦闘態勢に入っていた。

 このまま感情のままに走り出していれば、ランドから致命的な一撃を受けていた可能性のある事に気が付き、


「……悪い、ビッキー。感情的になっちまった、情けねぇ」


「まあ、仕方ないけど。平常心保つのも難しい状況だったろうし」


 気を遣われ余計に申し訳無さが込み上げる。

 またいずれケイミィと相対しなくてはならないのかと思うと気が重くなる……が、同時に、殺さずに済んだと心のどこかで安心してもいた。

 どうしたいのか感情の定まらない自分自身に舌打ちしたい気持ちを噛み殺し、意識を切り替えようと頭を横に振る。


 明らかに様子が変なウルガーに対し、ランドは怪訝な視線を向けながら口を開く。


「オイオイ、なんだよ、お前のその表情は。まさかケイミィのお友達だったのか? あ? まあ、んな訳ねぇか、ハッ」


「――――」


「……オイ、マジかよ」


 より深刻な表情を見せるウルガーに、ランドは戸惑いを見せ、事態を何となく察し気まずそうに視線を逸した。


「アイツが元々別の人間の魂を使ってるってのは知ってたが、マジか……そういう事かよ……。何かやり辛くなったじゃねえかよ、チクショウ」


 視線を地へと俯かせ、刹那の静寂の後、「だが」と心を切り替える様に声に力を入れながら顔を上げ――


「同情はするが、加減はしねえぞ。こっから先には行かせや――」


 そう言いながら視線を上げた先に……言葉を向けていた筈の相手、ウルガーの姿は、消えていた。


「んな!?」


 ランドは咄嗟に、気配のした背後へと振り向く。すると、その先にはウルガーの腕を引きながら走るビッキーが見えた。

 二人は戦場を離れ王城の方角へと向かって行る。

 その最中、ビッキーはランドへと向けて指差しながら言い放つ。


「最初に会った時から、本当に甘いねアンタは! 戦場で敵から目を離すな!」


「クッソ、しくじっちまった!」


 ランドが急いで二人を追い掛けようと地を蹴り付け、走り出そうとしたその直後。

 彼の眼前に一枚の岩の壁が追撃を妨害する様に地面から出現。ランドは反射的に背後へと後退すれば、そこから追撃する様に中空から水の散弾が降り掛かる。

 その全てを凄まじい反射神経と速度で回避した後、二つの魔法の発動者へとそれぞれ視線を向けた。


「オイ、オメェら、邪魔すんじゃねぇよ」


「一人の敵に全員が足止めされるなどくだらん状況は避けたいものでな。貴様の相手はこの俺だ」


「一人で相手するみたいな言い方やめてください。僕も居ますよ、ジークヴァルトさん!」


 進もうとした先に立ちはだかる二人は、赤髪の騎士ジークヴァルトと、黄緑髪のエルフのカイだ。

 騎士の青年は剣を構えながら、エルフの少年へと指示を出す。


「カイ。お前には後方からの魔法による援護を頼んだ。前衛は俺に任せろ」


「はい!」


 戦闘態勢に入る二人を見て、対するランドは「ハッ」と口の中に鋭い牙を見せながら笑い。


「ま、ヤるならやる気充分な奴相手の方が面白えか。前回の戦いは、不完全燃焼だったんでなぁ!」


 そのままランドは地を削る勢いで蹴りつけ、先ずは前衛に立つ騎士を狙い拳を握り締めながら攻撃を仕掛ける。

 すると、先刻と同様眼前に出現する一枚の岩壁。今回はそれを回避せず、握った両拳を真正面からぶつけた。


「ッらあアアァ!!」


 右拳をぶつければ、衝突した地点から岩壁全体へと一気に亀裂が広がり、そのまま音速に達する速度で左右交互に両拳をぶつけていき、瞬く間に岩の壁を粉々に粉砕する。

 破壊された岩壁が小さな石粒へと変えられ、宙を舞う中、ランドの真正面から騎士剣による高速の刺突が迫って来た。


 首を傾け頬を掠りながら刺突を回避しつつ、一気に相手の懐へと距離を詰め腹部に一撃の蹴りを入れ、騎士は苦鳴を上げながら建造物の壁へと向かって吹き飛ばされて行く。


「助けます!」


 吹き飛ばされる途中で騎士の身体を水のクッションが受け止め、寸前の所で硬い壁との衝突を免れた。

 その後、クッションとしての役割を果たした水の塊は無数の氷の散弾へと変化しランドへと狙いを定め降り掛かる。


「へえ、魔法の扱いが上手いじゃねえか」


 少年の魔力の扱いに感心しつつ、氷の散弾を真っ直ぐ駆け抜けながら回避。二発、肩と足に当たったが、戦闘に支障は無い。


 そのまま敵対者との距離を一気に詰め、咄嗟にエルフの少年が作り出した氷の防壁を拳の一撃で薄氷の如く粉砕、続けて少年の右頬からもう一撃の拳を撃ち込んだ。


「うあぁっ!!」


 勢いのままに地面の上を転がり、少年の全身に土埃が付着する。

 彼は痛みを堪える様に歯を食いしばりながら立ち上がり、もう一方でも騎士の青年が呼吸を整えながら再び剣を構える。


 その二人の衰えない闘志の視線に、また楽しげに牙を見せながら笑う。


「いいぜ、オメェら。もっとオレを、楽しませろ」




 ――――その頃、王城近くの軍事施設に幽閉されていたニアは桃色髪の魔女カトレアに連れられて、薄暗く殺風景でどこまでも続く長い廊下を歩かされていた。


 一度隙を見て逃亡を計った……つもりだったが、いとも簡単に捕まってしまい現在に至る。

 カトレアは魔法も厄介極まりないが、素の実力も非常に高い。素人から見た雰囲気ではあるが、おそらくテッドと同等に近い身体能力を持っている。


 身体能力は並の自分では逃げる事は不可能。もっと小さい頃からテッドに戦い方を教えて貰っていれば良かったと後悔する。


「――ねぇ、カトレア。この廊下はどこまで続くの? 私はどこに連れて行かれてるの?」


「王城ですよ〜。疲れて歩けなくなったら教えてください、おんぶしてあげますからね〜」


「いや、おんぶはいらないけれど。それより、王城って……え、王様の居る所?」


「はい〜、王様の居る所ですね〜。この廊下は、王城と軍事施設を繋ぐ隠し通路なんですよ〜」


「……何で王城に連れて行かれてるの、私?」


 その疑問に答える様に、カトレアは穏やかな笑みを浮かべたまま喋り始め、


「あのまま軍事施設に居たらニアちゃんが、お仲間さんに連れて行かれる未来が見えましたからね〜」


「ふーん」


 未来が視える、おそらくそれは以前戦闘中に見せた能力の事だろう。

 そういえばカトレアと一番最初に始めて出会った……鉱山の街クリストにてベルモンドと相対していた時にも、「未来が見えたから」と言って――


「……ん?」


 その時、ニアの脳裏に一つの疑問が生じた。

 未来が視える、それがどの範囲までなのかは自分には分からないが……

 ベルモンドを助けに来たあの時、いくらカトレアでも未来が視えて数分でクリストまで来れるとは思えない。幾らかの時間的な猶予はあった筈だ。


 ニアが連れて行かれる未来が視えた、という事は――


「ねぇ、カトレア。貴女……もしかして、今日、反乱軍が現れる事も知っていたんじゃないの?」


「――――」


 カトレアは、フレデリック達が反乱軍の奇襲への対応に追われていると話していた。しかし、その情報が周知されていたならば、そもそも奇襲を許す事も無く防げた筈だ。

 おそらくフレデリック達は反乱軍の奇襲を知らなかった。何故カトレアは、それを誰にも報告しなかったのか。


 そのニアから投げかけられた疑問を聞き、そこに一瞬の沈黙が訪れる。ほんの僅かに、先刻とカトレアの雰囲気が変わった気がした。

 その後、彼女はこちらへ視線を向け、表情に穏やかな笑顔を貼り付けたまま口を開く。


「知っていたけれど報告しなかった」


「――え?」


「……な〜んて、言ったら驚きますか〜? ウフフフ」


 途中からフワフワとした言い方で誤魔化したが、大して鋭くもないと自負している平凡な自分の直感でも分かった。

 たぶんカトレアは、本当に知っていてわざと何も報告しなかった。


 一瞬、彼女は実はニア達の味方なのでは、と微かな希望が湧いて来たが――


「あ〜、いけませんよニアちゃん。私は浮気はしません、いつまでも光の魔女様一筋と決めていますから〜」


「浮気て」


 またもフワフワとした様な言い方だが、おそらくその発言に嘘は無い。どうやらニア達の味方という訳でも無い様だ。

 光の魔女を慕い、ベルモンドは助けに来て、それなのにフレデリックを助ける気は感じられない。

 彼女の立ち位置や目的が、ますます分からなくなる。


「ケイミィちゃんは大丈夫でしょうか。一応、危なくなったら帰っていいとは言ってますし、ランド君が居るから無事だとは思いますが〜」


「……ケイミィさんは心配なのね」


「はい〜。あとはランド君もですよ、あの子は大丈夫だと思いますが〜」


 彼女の目的も考えもさっぱり分からないので、これ以上深入りする事は止めた。


 テッドも、来ているだろうウルガー、ビッキー、ジークヴァルト等も心配だ。

 正直言えばケイミィの事も少し心配になってしまっているのだが、立場は敵同士。だからなるべくそのことは考えないように努めた。


「……階段が見えて来たわ」


 薄暗く、長い長い廊下を歩んで行った突き当たりに、一つの上へと続く階段が見えた。

 その前でカトレアはいったん立ち止まり、こちらへ顔を向けながら


「ここから上へ登れば王城です。さあ、行きましょう〜」


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