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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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二十五話 ウルガーとケイミィ


 ウルガーの口から告げられた残酷な事実に、その場に居た三人は言葉を詰まらせる。


 一行の真正面に佇む黒い髪の少女ケイミィ――その正体は以前に出会った青年アーレ、彼と同じ人の魂を元に造られた生物兵器。

 それも、幼馴染だった少女ケイトの魂が使われているのだろう。


 ジークヴァルト、カイ、ビッキーは衝撃と困惑の表情を浮かべたまま、ただ黙ってケイミィを見ていた。

 ここでウルガーが感情的になってしまえば、共に居る三人に更に余計な精神的負担を掛けてしまう。

 そんなことになってはいけないと自らを奮い立たせ、気を強く持つ様に全力で努め、力強く足を一歩前に踏み出させた。


「それでも、戦うしかねぇ」


 こんなどうしようもない現実に悲しみと強い怒りが湧き上がる。それが脳内と心を埋め尽くしてしまわない様に耐えながら、拳を握り締め戦闘態勢に入る。

 その悲痛な内心を背中から感じ取り、歩き出そうとするウルガーの肩をビッキーが引き止めた。


「待って。本当にいいの、ウルガー? 無理しなくていいから、私達だけでやるよ」


「ビッキーとテッドさんが居て、ニアも居て駄目だったんだろ。勝つならここに居る全戦力が必要だ」


「ウルガーさん、辛そうですよ……無理してないですか?」


「……無理しないと、いけない状況だろ」


 ただ復讐だけに生きられたらそれの方がよっぽど楽だっただろう。難しい事なんて考えなくていい、周りの人間なんか気にせず、怒りのままに自分の中の奥深くに眠る凶悪な存在に全てを委ね、邪魔する敵を片っ端から殺してしまえばいいのだ。


 だが、そういう訳にはいかない。人との出会いが、理性がそれをさせなかった。出会った人達を、誰も悲しませたくなど無かった。

 今は亡き友人アランの遺言を聞いて、取り返しのつかない道には行っては駄目だと強く思う様になった。

 ――ここで正気を保ったままケイミィを倒して、凶悪な自分の力に呑み込まれない様に、当初の目的を果たさなければならないのだ。


「見ていられんな」


 様々な感情と思考がグチャグチャと渦巻く最中、横からジークヴァルトの呆れた様な一言が聞こえ、彼は更に言葉を続ける。


「今の貴様はとてもマトモに戦える精神状態には見えん。足手まといだ、下がっていろ」


「……本当、気遣いの仕方が不器用だなお前は……」


 確かに彼の言う通り万全な精神状態とは自分でも言えない状況だ。とはいえ、先刻の戦力分析も嘘では無い。


「申し訳無いが、三人だけで勝てるとは思えねぇ。俺を加えても戦力的に不安なくらいだ」


「まあ、正直言えばそうだけどさ……」


 ウルガーの分析を、ビッキーが言いにくそうに肯定した。

 実際に戦ったらしい一人で相手の強さをよく知っている人物からの同意が得られ、やはり戦力的に厳しいのだと確信する。

 ここで私情を挟み、仲間達を危険に晒す訳にはいかない。


「俺も戦う。ここで逃げたら皆に……利用されてるケイトにも、申し訳ない」


 戦う為の覚悟を決め、もう一度足を踏み出そうとした、その時だった。

 ジッと無言でこちらを眺めていた黒髪の少女ケイミィが、「あの」と口を開きながらウルガーに視線を合わせて来て。


「貴方……どこかで私と会いましたか?」


「……!」


 踏み出そうとした足が反射的に止まり、彼女はそのまま考え込む様な仕草を見せながら続ける。


「貴方を見ていると、あの方に似た……いえ、似てはいますが、また違う感覚……」


 そう言い掛けた時だった。おそらく彼女は、ケイミィは無意識にその名を口にした。


「――ウルガー」


 自分で驚いた様な顔を見せ、「え?」と彼女は自らの口を手の平で抑えた。


 その、ケイトとほとんど変わらない声で名を呼ばれ、ウルガーの心は再び揺らぎかける。

 それでも歯を食いしばり、拳を握り締め、なんとか堪えながら理性を保たせた。


 ケイミィは自分の口から手の平を離し、深く息を吐いてから、何かを決めた様に鋭い目付きへと変化する。


「これはいけませんね、あまり長引かせると、不調になりそうです……。早く仕事を終わらせた方が良いと判断しました」


 そう宣言しながら少女は再び背中からニ枚の翼を生やし、ビリビリと肌に突き刺さる程に気配が強まって行くのを感じた。


「帰って頂けるのならば追いません。通るのなら、全力で戦います」


 ケイミィからの宣告に、ウルガーは迷いが芽生える前に力強く答え、


「通らせて貰うぞ」


 ウルガーの覚悟を見届けて、三人は止める事をやめてそれぞれが戦闘態勢へと移る。

 ケイミィはどこかやり辛そうな表情を一瞬だけ浮かべ――


「分かりました」


 そう一言呟いた後、ケイミィの背中のニ枚の翼が発光し始める。その次の瞬間、彼女の翼から無数の光の羽が飛び出し一行へと襲い掛かる。


「何あの攻撃!?」


 ビッキーが驚きの声を上げながら身体中に突き刺さろうとする光の羽を魔法で防ぎ、ウルガーは聴覚を駆使しながら幾つか身体を掠めながらも回避。

 カイは水流の塊を放ち光の羽を迎撃し、ジークヴァルトは岩壁を出現させ防ぎながら何かに気付いた様に声を上げた。


「まさかアレは、日輪鳥の翼か!」


「日輪鳥だと、何だそれ!?」


「南に生息する希少な大型の鳥だ。日光を翼から吸収し力を蓄え、攻撃にも転用出来る特性を持っている」


 ウルガーとジークヴァルトの問答を聞いていたビッキーは納得した様な顔で「だから夜には見なかったのか」と呟いた。

 単純に考えれば、ケイミィは日中の方が強いという事だ。要するにビッキー達が最初に相対した時よりも更に厄介になっている。


 などと思考を巡らせる暇も無く第二の攻撃が放たれ、次はケイミィの衣装の両袖の中から大量の棘の茨が十数本にも及び襲い掛かる。


「クソ、近づく暇もねぇ!」


 連続での広範囲攻撃。接近戦しか出来ない自分には厳しい戦場、蜂の巣にされないよう茨から回避する事で精一杯だった。

 更にその攻防の中で、一人の苦鳴の声が耳に届いて来る。


「いぃぃったいッ!!」


 それは、今まで怪我をする場面を見たことが無いビッキーだった。手足の三箇所、茨を防ぎ切れず突き刺され負傷し出血している場所があった。

 その光景を見たケイミィは、静かに口を開き。


「――カトレアさんの予想通りでしたね。一度攻撃を防いだ箇所は一定時間の間、防げなくなるのですか」


「あんの、ノンビリ魔女! 本当なんなの!」


 この場には居ないカトレアへの悪態を付きながら、反撃とばかりにビッキーは魔力を込めた両腕を前方へと振るい半数以上の茨を薙ぎ払う。


 残る茨が反撃手段の無いウルガーへと迫るその寸前、出現した岩壁が茨の猛攻を防ぎ横から現れたジークヴァルトが騎士剣で切り落として行く。


「行け!」


「ありがとよ!」


 攻撃の勢いが収まったその刹那の間に、ウルガーは全速力で駆け出しケイミィとの距離を詰めていく。

 その道中、ケイミィの黒い髪が変化した大蛇が大口を開きながら真正面から迎撃に出て、そこに一つの氷の塊が大蛇の真上から落ち、頭を潰した。


 魔法を放ってくれたカイに目配せで感謝を伝え、拳に全力を込めながら飛びかかる。


「ぅ……!」


 ケイミィは少し焦った顔を見せながら、翼を一度大きく振るい風を起こし、落ち葉や砂粒が飛んで視界を妨害しようとしてきた。

 止まりかける脚をそのまま動かし続け、亜人の嗅覚、聴覚を頼りにケイミィの位置を把握し、手を伸ばした。


「飛ばさせるかぁ!!」


 上空へ上がろうとしていたケイミィの片脚を飛び跳ねながら右手で掴み、そのまま地面へと引っ張り落とし背中から倒れる。


 幼馴染と同じニオイのする少女に暴力を振るい、胸が痛み強い罪悪感が生まれるのを歯を食いしばり堪えながら、相手の出方を窺う。


 彼女は特に痛みも感じていない様子で冷静な顔のままその身体を起こし――――ウルガーは少し、ホッとしていた。


「……ホッとしてんじゃ、ねぇよ」


 そう自分に言い聞かせ気を引き締め直す。そしてケイミィと向かい合い、思考を巡らせた。

 おそらく弱点は、アーレと同じはずだ。あまりここで時間を掛けたくない、弱点となる核を壊せば、それで終わるのだ。

 胸の痛みがズキズキと治まらないまま、それを気にしない様に必死に努めて――


「――え?」


 緊張感が一帯に張り詰める中、ポツリとケイミィが信じられないものを見たかの様に声を漏らしていた。

 何事かと見てみれば、ケイミィの片目から一筋の涙が流れ落ちていた。


「なん、だ?」


 唐突なその光景にウルガーは立ち止まり、ケイミィも混乱した様に、一気に気配が弱まって行く。


「何ですか、これ……何、え?」


 涙を手で拭い、それでも止まらない。地面に膝をつき、自分でも訳が分からない様で何度も何度も涙を拭って、最早彼女の戦意はほとんど喪失していた。


「……どうする、ウルガー?」


 同じく困惑した表情でその場を見ていたビッキーが、横からそう問いかけて来る。


 自分にも、分からなかった。戦わなくて良さそうな状況に正直ホッとしている自分が居た。そんな自身に情けなさを感じながら、どうするのが正解なのか考える。

 考えようとして、


「もう奴から戦意は感じない。トドメを刺すなら今しか無いだろう」


「……!」


 騎士剣を構えながら、ジークヴァルトが宣言しながら前へと踏み出した。

 そんな彼をカイが後ろから引き止めて、


「待ってください、ジークヴァルトさん。あの人はウルガーさんの友達なんでしょう、トドメを、刺すなんて……」


「甘ったれた発言をするな。放置し、奴が再び戦意を取り戻し、全てが失敗したらどうする。あの様な不確定要素は即刻排除するべきだ」


「そんな言い方、ウルガーさんが」


「……このまま生かして、あの女を魔導会に利用させたまま手を汚させる方が、今この場で殺すよりも残酷だと思わないのか?」


「それ、は……」


 ジークヴァルトの反論にカイは言葉を詰まらせる。どちらの言い分も、ウルガーとケイミィ――ケイトの事を想ってくれての事なのだろう。

 当事者である自分がウジウジしていては駄目だと、決心しながら拳を握り締め。


「もういい二人共。俺が、やらなきゃいけないんだ。ここで、ケイミィの核を――俺が破壊する」


 その決断を悲痛な表情でビッキーが見つめ、


「本当に、それでいいの?」


「このまま悪事に加担させる方が駄目だ。俺の迷いのせいで、コイツに手を汚させる訳にはいかない」


 痛みが激しくなる胸から努めて意識を逸らし、強くそう言い切る。

 そして、地に両膝を着けながら涙を流し続ける少女、ケイミィへと視線を下ろして――目が合った。


「何で、涙が……。足が、もう、立たない……何で……」


 こうして今の状態を見たら、もうただの女の子にしか見えなかった。

 罪悪感が芽生え、躊躇が生まれ、それを頭の中から振り払おうとした、その時だった。


「何だこりゃどういう状況だよ。ッたく、見てらんねェな」


 青年の声が耳に届き、すぐ目の前――ウルガーとケイミィの間に、高速で屋根から飛び降りて来た一人の亜人が現れる。

 猫の耳と尻尾を生やした橙色の髪をした青年――魔導会の一人。


「ランド、か」


 名を呼ばれ、彼は「おうよ」と答えながら、


「また会ったな。どうしたお前ら全員湿気た面しやがって」


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