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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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二十三話 開戦の狼煙


 東の大国イースタン王都の一角に存在する軍事施設。その地下牢に、手足を鎖で厳重に拘束された状態で幽閉されている騎士の青年テッド。

 彼の前に向かい合うのは魔導会に手を貸す元騎士団長のフレデリック。その男が手に持つモノは禍々しさを放つ『負の魔力』を元に生成された黒い液体の詰まった瓶。


「さあ、テッドよ。これで正気を保っていられるか、見物だな」


「……」


 もう退路は無い、何が襲い掛かって来ようとも意志のある限り抗ってみせるとテッドが覚悟を決めた、その時――牢の中に新たに一人の声が入って来た。

 その男はテッドのよく知る人物で、酒の臭いを纏わせながら現れる。


「オーオー、面白そうな事やってんじゃねぇかフレデリックぅ。俺様も混ぜろよお?」


 焦茶色の髪に小太りの横幅が大きな体型だが筋肉質で、強者の雰囲気を漂わせる男。腰に提げられた一振りの騎士剣と、背中に負われた大斧はどちらも長年使い込まれている事が分かる。

 しかし、それを台無しにする程に酒臭い息を発しながら、テッドの眼前まで近付いて来た。


「副、団長……」


「フレデリックが軍から抜けた今ぁ、俺様が団長代理だぜテッド。まあ、慣れねえから別に副団長でも良いが」


 副団長と呼ばれたその男は、顔に悪辣な笑みを作りながら「それより」と言葉を続けながらテッドの頭を鷲掴みにし睨みつけながら、


「テメェ、負の魔力なんざ体に取り込んだらどうなんのか分かってんのか? アァ? 俺ぁ言葉通じねえ獣同然の糞兵士従えんのなんざ嫌だぜ」


 そう悪態を付きながら、副団長はテッドの鳩尾を狙い勢い良く膝を打ち込んだ。


「ぅぶ……ッ!?」


「ンなもん飲まんでも魔導会に従えやボケが。俺ァ面倒事は嫌いなんだ。テメェは本当に命知らずのバカ野郎だなァ」


 続けてテッドの顔面に拳を打ち込もう時、その右腕をフレデリックが横から止める。


「それ以上はやめておけ。テッドが気絶したらコレを飲ませられなくなるだろう」


「――ハン、しゃあねぇな」


 そう言いながら副団長は振り上げた拳を大人しく下に降ろした。

 テッドは先刻の一撃により乱れた呼吸を整え、副団長へ視線を向けたまま問いかける。


「副団長が、何故ここに……」


「俺様ァ今、団長代理って立場を利用してフレデリックと裏で色んな情報をやり取りしてんのさ。つまり俺様もテメェの敵だ」


「……」


「だが、俺様に大人しく従うってンなら引き入れてやろうと思っていたんだがなァ。まさか負の魔力を取り入れるなんてバカな真似するたァ思わねぇだろ。アァ?」


 副団長の目と真っ向から向かい合いながら、テッドは思案する。思考を巡らせて、その間ほんの数秒の後、口を開き副団長へと視線を合わせたまま言葉を返す。


「私は、しっかり自分で考え、これが最善だと判断しました」


 副団長はテッドの相貌と黙って睨み合った後、「チッ」と舌打ちをしながら顔を離して


「アーアー、もう知らねぇ。勝手にしろよ、バカ野郎が」


 副団長は顔をしかめ溜息をつきながら腕を組み、言葉を発するのを止め傍観に移る。状況が落ち着いたのを見て、フレデリックは瓶の蓋を開けテッドの口元まで近付けた。


「さあテッド。これを飲み込め」


 負の魔力を身体に取り入れた者がどうなるのかは、以前ニアやウルガーから話を聞いた。

 目に見えない気体状でも精神に多大な影響を与える。心持ち次第でその症状を軽く出来ていた子供も居たらしいが――今からテッドが取り入れるものは液体状。

 おそらく、鉱山の街クリストに撒かれたモノよりも濃度は高いだろう。


 それでもこの場を切り抜けるには、これしか無い。意を決して、負の魔力で禍々しく黒く濁った液体を、口の中へと含んだ。


「――――っ」


 口内へ入れた瞬間、腐った泥水を含んだ様な強い嫌悪感が襲い掛かる。反射的に吐き出しそうになるのを堪えながら、ソレを一気に喉を通して飲み込み体内へ取り入れる。

 口内と喉に泥の様にベタベタと張り付く不快感、そして、胃まで到達したソレは少しずつ身体へと吸収されていき――

 ドス黒い何かが、全身の細胞を、脳味噌を、魂を掻き乱す感覚が襲い掛かる。


「ぅぅっ、ぐうぅっ!」


 歯を食いしばりながら、魂にこべりつき侵食しようとするドス黒い何かへ必死に抵抗を試みようと意志を強く保つ。


 父と母の姿を、アンネリーを、ニアを、ジークヴァルトを、家で世話になった執事やメイド、街に住む守るべき人々、軍の中で世話になった者達、ウルガー等これまで出会って来た人達の姿を――強く脳裏に思い浮かべ、記憶も心も持っていかれまいと必死に耐える。


 だが、目眩が、耳鳴りが、激しい頭痛が止まらない。意識が段々と曖昧になって行く。その抵抗を嘲笑い蹂躙するかの如く、思考までもが黒く闇に包まれる侵食されていく。

 脳裏に思い浮かべていた者達の姿が消え掛け、記憶が、――自分の名前までもが、薄れかけて……


 忘れては、駄目だ。


 テッド、テッド、自分の名前は、テッド。

 ガラフ、ソフィア、アンネリー、ニア、ジークヴァルト、チャールズ、コレット、マグナス、チャック、シュバルツ、ノーマン、レイニ、ウルガー、レオン、ミリー、カミル、ビッキー、ディンゴ――


 自分と、これまで出会って来た人達の名前を何度も、何度も心の中で復唱した。忘れない様に、深くまで自分の中に刻み込まれる様に。

 大事な記憶だけは何としてでも呑み込まれまいと、必死に、曖昧な意識の中で抗い続けた。


 頭痛が激しくなり、白目を向き、目眩と耳鳴りが更に強まって襲い掛かり、頭の痛みが全身まで伝わり全細胞が悲鳴を上げ、気が付けば大きく口を開き咆哮を上げていた。


「があアぁぁぁァァァーーーー!!!!」


 全身の悲鳴に気を逸らせばその瞬間、更に奥底にまで入り込まれ魂を蝕まれると感覚的に理解した。

 本能のままに叫び、脳が身の危機を感知した事により、人体に備わっている力の枷が外れ、限界を超えた力が瞬間的に芽生える。


 意識の半分途絶えそうな中、何とか微かに残された理性を保たせ、枷の外れた限界を超えた力で片腕を振るう。

 たちまち甲高い金属の破砕音が鳴り響き、鎖が破壊、力任せに引き千切られる。

 更に両脚も無理矢理動かして二本の鎖を無理矢理引き千切り、白目を剥き呼吸を荒らげたまま一歩ずつ前に進んだ。


 テッドが暴れながら鎖を引き千切る、目の前で起きた光景にフレデリックは一つの想像が脳裏を過ぎる。


「――っ、コイツ、まさか、鎖を外す為に飲んだのか!?」


 負の魔力に当てられ魂を蝕まれると、人の持つ生存本能が発揮され、瞬間的にであるが枷が外れ限界を超えた力を発揮出来るかも知れないという仮説は以前からあった。

 まさかテッドもその可能性に至り、一時的にでも驚異的な力を得る為に取り入れたのか、という疑念が生まれる。


 嫌な予感を察知し咄嗟に騎士剣の持ち手を掴むフレデリック、その直後。


「グアアアァウウゥゥゥアアァッッ!!!!」


 正気を失ったかの様に、咆哮を上げながらテッドが殴り掛かる。

 意識が、理性が、完全に途絶えそうになり――


「落ち着けやバカ野郎」


 ――途切れかけていたテッドの聴覚に何かの音が入る。この音は、人の声だ、人の、男の声……


 そうして意識が途絶える寸前で止まった時、更に新たな外部からの情報がテッドの身体に伝わって来た。

 何かが「ドンッ」となった。重たいものがぶつかり、衝撃が、苦しい、息が出来ない、ぶつかった部分に何かを感じる。そうだ、この感覚は、痛みだ。

 痛い、苦しい、息、身体の中、これは胃だ、先刻の衝撃で胃の中のものが逆流し、喉、喉を通って、口――


「ガハッ! う、ぐぅ、オェッ!」


 痛みと苦しみがテッドに襲い掛かり、胃の中のものを吐き出していた。声の主は、副団長だ――先刻の衝撃、あれは彼がテッドの胃を狙い全力で殴り付けて来たものだ。


 乱れた呼吸を何とか整え、気が付く。意識が、現実に引き戻されている。まだ頭痛と目眩は治まらない、倦怠感もある、記憶は……名前は、大丈夫だ。もしかしたら細かい部分で抜け落ちたものはあるかも知れないが、ちゃんと大事なものは全部覚えている……はずだ。

 意識を、心を、記憶を、保ったまま戻って来れた。


「はあ……はあ……、はあ……ッ!」


 地面に膝を付くテッドを、フレデリックが怒りを滲ませた冷たい視線で見下ろし、口を開く。


「テッド、貴様は、何故そうも私の思い通りにならんのだ」


 不機嫌に眉間に皺を寄せながらそう言い、フレデリックは副団長へと視線を向け新たな指示を出す。


「マグナス。テッドの片脚も斬り落とせ、義足は何とでもなる……その後もう一度負の魔力を与える。信頼していた副団長から脚を落とされれば、こいつも心に傷を負うだろうよ」


「ハハ、おもしれぇ事考えるじゃねえかフレデリック!」


 副団長マグナスは笑いながら応え、腰の鞘から剣を引き抜いた。苦しげに地面に膝を付くテッドのすぐ眼前まで接近し、剣を振り上げる。そして――刃がテッドの左脚近くまで迫ったその時。

 男は小さく呟いた。


「テッド。剣を受け取れ」


「感謝します、副団長」


 左手でマグナスから剣を受け取り、グッと握り締め、勢いよく床を蹴って立ち上がる。狙いは二メートル先に居るフレデリックだ。


「何ぃ!?」


 フレデリックは素早く鞘から剣を引き抜き、テッドの放つ一閃を受け止め、刃の打ち合う音と共に火花が散る。


「マグナス、貴様ぁ! 私を裏切る気か!?」


「バカ言ってんじゃねえよ、フレデリック。裏切るも糞もねぇ。俺様ぁ元から本気でテメェらに仕えてなんかいないっつーんだよ」


 マグナスは背負った斧を右手に持ち、大きく振りかぶりながらテッドと同様の敵を狙う。

 縦に振り降ろされる斧をフレデリックは寸前の所で回避し、ぶつかった石造りの床が破壊された。


「まさか俺様が本気で国に絶望して酒に溺れてスパイのクズに成り下がったと思ってたか? 気が付かなかったってたんならテメェのケツもまだまだ青いな」


「この、デブの酔っ払いが……あまり私を舐めるなよ……!」


 マグナスの挑発にフレデリックは更に強い怒りをその瞳に滲ませながら、殺気を放つ。肌に突き刺さる殺気と威圧感に、反射的に全身の鳥肌が立った。

 やはりあの男の存在は脅威だ、フレデリックだけは何としてでも、今日、本当に決着を付けなければならない。


「マグナス副団長、奴は戦闘力だけなら世界でも上位の存在です。油断なさらないでくださいね」


「それが分かってっから今まで俺様も下手に動けなかったんだよ」


 二人は意識を目の前の敵に集中させ、騎士剣と斧をそれぞれ構えたその直後。牢の外から騒がしい足音と声が近付いて来るのが分かった。

 その音が牢のすぐ目の前まで到達し、そこに現れたのは複数人の兵士と派手な衣装と化粧をした赤髪の女――イオナだ。


「ちょっとアンタ達、何私のフレデリック様に剣を向けてんのよ、えぇ!?」


 怒り荒ぶる女の横で、兵士の一人がフレデリックの側へと駆け寄り報告する。


「緊急事態が発生しました! 王城の門前に複数の兵……反乱軍を名乗る者達が集結しています!」


「――チィ、どいつもこいつも、余計な真似を!」


 そのやり取りを聞き、外の状況を把握し、テッドは再びマグナスへと視線を向ける。


「裏でずっと、反乱を企てていたんですね」


「おうよ。予定より早まっちまったが……狼煙はもう上がった。行くぜ、テッド」


「はい」


 この騒動に乗じこの場を脱し、フレデリックを打倒し、他の魔導会の幹部も打倒して、ニアと、仲間達と合流する。

 まだ頭痛と倦怠感は残るが、ここからが正念場だと自らを奮い立たせ、騎士剣の切っ先を眼前の敵へと突き付けた。


「フレデリック、これ以上は貴様の好きにはやらせない」




 ――――開戦の火蓋が落とされる一方、ニアの居る場にも僅かに遅れてその情報が入って来ていた。


「それは本当なの、カトレアさん?」


「はい〜、何でも王城前に反乱軍が現れ外では戦争状態になっているみたいですよ〜」


「戦争状態って、そんな……、街に住む人達は大丈夫なの?」


「最初に街の人達を心配するだなんて可愛らしいですね〜、うふふ。ランド君が率先して避難活動を促しています。終わり次第戦場に戻るそうですよ〜」


「確かあの亜人の男の子よね。まあ民衆を欺くにはまず民に優しくしておく方が、フレデリックにも都合が良いって事かしら」


「それもありますが〜、フレデリックさんからの命令が無くともランド君は住民の避難を優先したかもでしょうね〜」


「何でその人、魔導会なんかに居るの……?」


 今ではベルモンドやフレデリック、あとリシェルといった悪人達の巣窟になってしまった魔導会だが、そんな現在でも住民を気にする様な性格の人が居るとは驚きだ。

 しかし今はそれよりも気にするべき事がある。


 共に捕まったテッドはこの状況でどうしているのだろうか。

 ウルガーやビッキー、ジークヴァルト、チャックの面々の動向も気掛かりだった。こんな場所で閉じ込められている場合ではない、自分も速く外へ出たい。


「けど、凄く強い人が二人も居る状況……どうすれば」


「うふふ。ニアちゃんの顔は分かりやすいですね〜」


 どう動くべきか思案していると、先刻から沈黙していたケイミィが静かに口を開きカトレアへと声を掛けた。


「カトレアさん。外の戦闘へは私が出ます。その間、ニアさんは頼みました」


「あらあら、ケイミィちゃん。自分から進んで戦場に出るなんて珍しいですね〜」


「――私はニアさんを少し、人として、好きになってしまっています」


「へ? 好き? いや、照れるけれど……」


 突如ケイミィの口から飛び出した言葉に驚いていると、彼女はニアの方へと視線を移しながら言葉を続ける。


「ですので、私が監視についていると……もしかしたら、情に流されてしまうかもしれません。それは、良くないと思います」


「なるほど〜、そういう事なら、仕方ありませんね〜。いいですよ、ケイミィちゃん。私が監視役を代わってあげます」


「申し訳ありません」


「いいんですよ〜。年下の子に頼られるのは好きですから〜、うふふ」


 どうやらケイミィが戦場へと赴き、カトレアがニアの監視として残るらしい。

 ケイミィは性格的に虐殺紛いな行為はしないだろう。しかし、彼女の高い実力は知っている。厄介さで言えばおそらくカトレア以上だ。


 早く皆と合流しなければと、焦燥感が強まって行く。


「はい、こちょこちょ〜」


「って、うひゃあっ!? ちょっと、いきなりくすぐらないでくれる!?」


「ニアちゃん表情が硬いですよ〜、リラックスリラックス〜」


「流石にリラックス出来る訳ないでしょ!?」


 いきなり腋をくすぐられ取り乱すニアの姿を他人事の様に微笑ましく見てから、カトレアは最後にもう一度ケイミィへと声を掛け


「そうそうケイミィちゃん、出掛ける前に一つ伝えたい事があります〜」


「はい?」


「ニアちゃんのお仲間のもう一人の魔女……確かビッキーちゃんだったかしら。知ってるでしょう?」


「はい。攻撃を全て無効にして跳ね返す……厄介な能力を持つ人ですね」


 振り返り答えるケイミィに、カトレアは穏やかな笑みを浮かべたまま「はい」と話の本題へと入る。


「ずっと考えていたのですが、あの子の能力の弱点が分かったかもしれません。参考に聞いておいてください〜」


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