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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
一章 出会いと旅立ち
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四話 一年後の朝


 洞窟の最奥にて封印されていた『古代魔晶石』を奪われ、島民が虐殺された事件は鮮明に脳裏に残り続けている。


 その一人一人が俺のよく知る人物であり、話したり、遊んだことのある者達も居た。


 更に俺が最も愛していた女、幼馴染みのケイト。彼女も目の前で、剣で心臓を貫かれて死んだ。


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、八つ裂きにして殺してやりたい。島の皆を……ケイトを殺した仇を。


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い――皆を助けるために戦う事すら出来ず、ただ無様に叫んで見ているしか出来なかった自分が。


 意識が覚醒した後、見たものはあまりに悲惨なものだった。

 婆ちゃんは四肢をめちゃくちゃにされて、全治半年の重傷。

 多くの者を殺され、その者達と親交のあった多くの住民達は深く悲しみ、絶望し、生贄にされそうな人間を庇おうとして殺害された者、後遺症が残る程の重傷を負った人間も多数居た。


 そして婆ちゃん以外で最も関わりの深かった大人、ケイトの両親。


 父は娘を守ろうとした結果、片足を失う重傷を負い、母は夫を支えながら悲しみに暮れる日々を送っていた。


 親しい者や愛する者を殺された人々の心の傷は、完全に癒える事などない。


 自分が頑張れば何でも守れると思っていた。


 だが、現実は違った。俺は、弱い。結局何も――守れやしなかった……






「――――ウルガー!!」


「ッ!!」


 獣の雄叫びの如く大きな声が耳に突き刺さり、銀髪の少年――ウルガーの意識は覚醒する。

 目の前には木造建築の天井、自分は一室の布団の上で眠りに付いていて――先刻まで夢を見ていた。


 一年前、故郷の島で経験した惨劇の光景を、また。


 全身に汗をびっしょりと掻いて、思考は錯乱しかけていて、呼吸が乱れていた。今もまだ――あの記憶は大きな傷として残り続けている。


 上体を起こし、部屋の扉の方角へ視線を移す。

 そこに佇み厳しい視線を向けるのは、獅子の顔を持つ獣人の男だ。


 ウルガーは島を出てから、小舟で一週間程掛かる場所にある大陸セントラルへと渡った。大陸には五つの国が存在し、現在暮らしているのは、その中の一つの国。

 自然に囲まれた豊かな地、ウォレスト。


 獅子の獣人である彼とは、小国サンドラにて犯罪組織と交戦する事になった時、絶体絶命の危機へと陥った際に出会い助けられた。


 ボロボロになってもなお敵討ちに向かおうとするウルガーに、『今のお前では無駄死にするだけだ』と厳しく叱られ、その獅子の獣人の圧倒的な強さに惹かれて以降、彼の下で修行を積み重ねつつ、倒すべき敵の情報を収集し生活している。


 この約一年の間に集めた情報で、故郷の人達を殺し傷付けた団体『魔導会』と、憎き紫髪の男『ベルモンド』の名は特定した。


 奴等の目的や居所まではまだ掴めていないが。


 そして世界中で暗躍している『魔導会』は現在では全世界で指名手配されている。


 そんな巨大な組織に、世界で一番強い力を持つ『四大国』が目立った行動を見せない理由が引っ掛かるが。


「ウルガー。また貴様はうなされていたぞ」


「あぁ……悪い。レオンのオッサン」


「……あまり自分を責めるな。弱い事は恥では無い。自分の弱さを認め向き合える者ならば、まだ強くなれる」


 獅子の獣人レオンはそれだけ告げ、部屋から出て行き廊下を歩いて行った。

 恐らく、うなされつつ口から漏れていた寝言をまた聞かれたのだろう。


 ウルガーは自分の頬を両側から掌で叩き、無理矢理意識を切り替える。


 着替えて顔を洗い、廊下を歩いて行く。台所の方角から焼き立てのパンの香りが漂って来た。


「おはよう、ウルガーくん」


「あぁ。おはよう、ミリーさん」


 そこで朝食をテーブルに並べている金色の髪をした人物は、人の姿に猫の耳と尻尾を生やした混血の亜人の女性、ミリー。

 レオンの一人娘で、年齢はウルガーよりも五歳ほど上らしい。


 父娘とウルガーの三人でテーブルを囲み、いつもの様に朝食をとる。


 そして毎回、考える――こうしていて良いのだろうかと、焦りの感情は日々強くなっていく。


 島に残して来た人々は、どうしているだろうか。こんな悠長にしていて、今この瞬間にも、どこかで奴等の被害に遭い死んで行く人々がいるかも知れないのだ。


「――どうしたの、ウルガーくん? どこか痛いの? 何だか、顔が苦しそうだけれど」


「……! いや、大丈夫……だ」


 ミリーにも勘付かれてしまうくらい、分かりやすく焦燥感が顔に出てしまっていたらしい。


 分かっている、焦った所でどうにもならないことは。奴等に挑むにはまだ至らない、足りない。まだまだ弱いから、レオンの元で修行している。


 だがもう一年だ。この焦燥感は、これ以上、抑えられそうに無い。



 ――朝食を終えて少しの休息を挟んだ後、父娘の暮らす一軒家の広い庭にて、いつもの様にレオンと一対一の組み手を行う。


 敵と相対した時の姿勢、身体の構え、気配の察知、相手の動きの観察の仕方にそれに対応した動き方、相手に攻撃を加えるタイミング、効率的な身体の動かし方……様々な事を彼から教わって来た。


「っらああァァァッ!!」


 レオンから繰り出される正拳を地面を蹴って跳躍しながら回避し、死角から十数発もの拳の雨を叩き込む。

 しかしそれらは全て、瞬時に振り向き対応したレオンの掌に受け止められ、そのまま腕を捕まれて地面に投げ付けられた。


「ぐぁっ! だっ! ぐっ……いっ、てぇ……ッ!」


「……動きも攻撃も、悪くない。受け身も取れている。まだ荒さはあるが、ここまで成長するとはな」


「俺の拳が全部防がれちゃ本当に成長出来てんのか不安なんだが」


 複雑な心境で頭を掻きながら腰を上げて立ち上がり、レオンへと目を向ける。

 すると彼は真剣な面持ちになり、こちらを見ていた。

 どうしたのかと問おうとしてその前に、彼から先に口を開く。


「……ウルガー。今からお前に伝えておく事がある」


「なんだよ、レオンのオッサン?」


 何かを決断したような眼差しのままレオンは続けて口を動かし、話の本題に入る。


「今日の昼も俺の仕事を手伝って貰うが――今回はお前一人でやってもらう。いいな?」


「……!」


 

 師である獅子の獣人レオンは、ハンターの仕事をしている。

 ハンターとは、人から依頼を受け、犯罪者の取り締まり又は討伐。危険な獣の駆除等を行っている。

 物探しや人探しの依頼も受け付けているが、基本的には荒事が主な内容だ。

 これまでは彼を手伝う形で二人一組となり活動していたが――今日、ついに「一人で」と言われた。


 それはつまり、一人で任せてもいいと思われるくらい、強さを認められた証だ。


「勿論だ。一人でも、やってやるよ」


 拳を握り締め、即答で承諾した。

 人探しか人に害をなす猛獣の駆除か犯罪者の討伐か、勿論なんであろうとこなすつもりだ。

 今回の仕事の内容を聞こうと口を開こうとするより前に、レオンが言い聞かせるように言葉の続きを話す。


「だが、無理は禁物だ。命が危険だと感じたら素直に助けを呼べ。強がりはするな。分かっているな?」


「わ、分かってるよ……流石に俺も以前ほど馬鹿じゃねぇし……」


 彼は普段は厳しいが、何故だかやけに過保護な瞬間もある。

 そんな彼に心配を掛けない為にも、師の力を借りずともしっかり仕事を成し遂げなくてはならない。


「アンタが安心して俺を送り出せる様に、仕事は完遂してみせるさ。今回の依頼内容を教えてくれ」




 ――朝の稽古を終えて、ウルガ―は単身目的地へ向かうことになった。


 今回の依頼は、ウォレスト国内に潜伏しているらしい人身売買を行う犯罪グループの捕獲だ。

 元々は東の大国イースタンで行動していたらしいが、逃げ延びた三名の残党がこの国まで来ているとの事らしい。

 更にその犯罪グループの手から救出出来ず連れて行かれた者が一名居る。


 それは世界でも希少な亜人、エルフだ。

 人類の中でもトップレベルの身体能力と魔力を有している長命種族。エルフ族は戦闘経験の無い素人でも大国の一般兵士十人分に匹敵する力を持っていると言われている。

 基本的には自分達の暮らす小さな島から出る事は無く、気性は温厚。だが、彼等エルフは――世界から差別意識を向けられていた。

 その理由は、「神の存在に対して否定的」であるからだ。


 正直、神の存在など信じていないウルガーからすればエルフへの差別意識はよく理解出来ないが、それが世界から見た多数派の意見なのである。


 しかも、丈夫な身体を持つ上に雑に扱っても罪悪感の湧かない都合の良い奴隷として、昔から一部では需要があり高い値段で取引されているらしい。

 そもそもエルフは数が少なく多くは島に引きこもり生活しているため、十年に一度取引があるかないかの範囲らしいが……いずれにしろ胸糞悪い話でしかない。


 潜伏している犯罪グループ三名の捕獲と、奴等に捕らえられているエルフの救出。それが今回の依頼だ。


 現在ウルガーは、レオン、ミリーと暮らしている町カントから出て隣町へと訪れている。


 ジンから届けられた犯罪グループの人間の頭髪を手に取り出し、そのニオイを確認しながら居場所を探る。


「……結構近付いて来たな」


 嗅覚の強さならば自信がある、居場所を特定する事にはそんな時間は掛からないだろう。問題は特定したあとに、どう攻めるかだ。


「以前の俺なら考えなしに突っ込んだろうが、無闇に攻めても駄目だ。捕らえられているエルフも居るし、慎重に行かねえと」


 本心では早く犯罪グループの残党をブチのめしてエルフも救出したい。だが、その感情的になりそうな気持ちを理性で抑える。


 そんな道中、商店の立ち並ぶ道の真ん中で何やら喧嘩の様な声が耳に届いて来て、自然と目がそちらへ向いた。


 一人は無精髭を生やした大柄の男、もう一人は赤い髪を長く伸ばし黒いローブを羽織った橙色の双眸を持つ少女だった。


「貴方さっき私の財布盗んだでしょ!? 出しなさいよ!」


「だから俺は知らねえっつてんだろが、うるせえな!」


「待ちなさい、返すまで逃がさないわよ!」


「――ニア様。私が会計を済ましている間に何をしているんですか」


「テッド! この男が私の財布を盗んだのよ、でもそれを認めないの!」


「ニア様のウッカリとか勘違いでは無いんですよね?」


「真っ先に私を疑わないで欲しいわ……」


 どうやら、財布を盗んだか否かで言い争っていたらしい。近くを歩いていたウルガーは、無精髭の男の服の中からニオイを感じ取る。


 金属や革のニオイに、赤い髪の少女と同じニオイも微量に付いていた。

 仕事に集中したいところだが、見て見ぬ振りをするのは気持ち悪いので、横から助け舟を出すことにする。


「たぶん、そのオッサンが盗んだんで合ってるぞ。赤い髪の女と同じ匂いの付いたモンが服の中に隠してある」


「え……」


「――チッ!」


 観念したのか、無精髭の男は舌打ちしながら乱暴に服から財布を取り出し見せた。

 そして、わざとらしい荒い言い方をしながら財布を赤い髪の少女の前に差し出す。


「あ~っ、本当だ、間違えてたわー!! これ俺の財布じゃなかったわー!!」


「あ……間違えてただけなの? それなら私も言い過ぎたわ、ごめんなさい」


「いやニア様、今の適当な謝罪を信じて許すんですか? 絶対にあの態度はわかってて財布盗みましたよ。間違いでわざわざニア様のポケットから財布取らないでしょう?」


「言われてみればそうだわ! ちょっと貴方、謝罪はちゃんとしなさいと親から教わって……ってもう遠くまで逃げてる!!」


 何とも騒がしい少女だな、と考えながらそのまま道を歩いて行こうとする。――と、背後から赤い髪の少女に声を掛けられた。


「銀髪の君、ありがとうねー!」


「……おう」


 元気一杯な感謝の言葉に、ウルガーは軽く手を上げ応える。

 ああいった善良な人達の為にも、近くに潜む犯罪者を放置してはおけないと再び気合を入れ直し、目的のニオイへと続く道を歩いて行った。


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