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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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二十話 王都決戦前日


 クリファイス洞窟を抜け、人気の無い草原の中の道を馬車が真っ直ぐ駆け抜けて行く。


 手綱は体力の残っているカイに任せ、ウルガーとジークヴァルトの二名は荷台に尻を着け身体を休めていた。

 加えて他二名、先刻洞窟内の道中にて偶然助けた魔女の刻印を持つ女性と、長年魔女を生贄として捧げて来た老人が同行している。

 老人に付いていた二人の男には逃げられてしまったが。


「国に関わる事だ。全てが終わった後、テッドさんも混じえこの二人からは詳しく話を聞き出さなければいけない」


 とジークヴァルトが語っており、結局連れて行く事になってしまった。

 とは言え勿論戦場へは連れて行けないので、同行するのはこれから向かうもう一つの研究施設までである。


 魔女の刻印を持つ女性の名前はトリシャというらしい。

 老人の方は頑なに自分の事を話そうとしないため名は分からないが、一緒に居た男達から「司祭様」と呼ばれているのを聞いたので司祭と呼称しておく。


「お二人の受けた毒は、これで大丈夫です。完治までには数時間掛かりますが」


 道中馬車を停め、カイが幾つかの花と薬草を採取し、それらを擦り潰し混ぜた即席の解毒薬をウルガーとジークヴァルトの患部へと丁寧に塗る。

 すると、みるみる内に紫色に変色していた部分は本来の肌色へと変化していき、激痛と痺れもゆっくりとではあるが取り除かれて行った。


 とはいえ、失った体力までは回復しないため、満身創痍である事に変わりは無いのだが。


「ありがとうよ、カイ。だいぶ楽になった」


「貴様には解毒の知識もあるのだな」


「植物についてはエルフの村で大人達から教え込まれて来ましたから」


 褒められ照れくさそうに笑みを浮かべながら答えるカイから視線を移し、続けて魔女の刻印を持つ女性トリシャへと意識を向ける。


「さて……トリシャさん。嫌じゃなければ、そろそろ話の続きを聞かせてくれないか」


「はい、お話します」


 ――ここからは少しだけ、一般人の魔女トリシャの話へと移る。

 彼女は農村で生まれ、魔女である事を理由に幼少から差別を受けて育った。

 働ける年齢になってからは村から出て、王都近くの小さな町へと引っ越し新聞記者として働きながら暮らしていた。


 町でも基本的に魔女は忌み嫌われる事が多いが、田舎に居た時ほどの陰湿な扱いまで受ける事は少なかった。

 それに、仕事さえ出来れば魔女だろうと関係なく記者として重宝される職場である。だから、生まれ故郷の村と比べればとても過ごしやすい町だった。


 彼女の持っていた魔法は人の心を読むものである。

 しかし、人の心を勝手に覗き見るのは気が咎めたため、普段はその能力は緊急事態でない限りなるべく使わない様にしていた。

 自分の心を覗かれるなど嫌だろうから、その能力を周りの人に教える事も無く隠し続けて――


 そして、記者として過ごし五年経過した今年。イースタンで頻発していた政治家や上流階級の人間の死亡事件を調査していく中で、トリシャはある情報に行き着いてしまった。


「……オウリュウ……サマ?」


 それは、王城から現れた一人の老婆の心の声だった。

 国王が、裏で魔導会と呼ばれている犯罪組織と接点があるらしい情報は得ていた。

 その真実を明らかにするため、多数の命が失われるくらいならと、なるべく使わない様にしていた読心の魔法を使用した所――聞き覚えの無い単語が脳内に入って来る。


「間違いない、あのお婆さんは、魔導会の人だけど……。オウリュウサマって、何? とにかく、メモしておこう。他には……『四つの始まりの大国の王が集まり』――」


「おやおやおや、誰だい私の心の中を覗いてるのはぁ?」


「――――っ!?」


 それは突然の事であった。建物の陰に隠れながら心を読み、その内容を書き記していた最中――耳元から老婆の声がした。

 老婆はすぐ真横まで接近しており、目を細め笑みを浮かべながらそこに立っていた。

 まさか読心を気付かれるとは思っておらず、放心状態になってしまう。


 そんな姿を老婆は、滑稽なものを見るように笑いながら


「あらあら、ビックリしちゃってるじゃないさね。ヒヒヒ。読心も所詮、魔法は魔法さ……敏感な人間なら気付くよ」


「――くっ!」


 このままではまずいと本能が警鐘を鳴らし、意識を現実に引き戻し直ぐ様に逃走へと移る。

 しかし、立ち上がった時には既に反対方向に幾人かの兵が回り込んでおり、逃げ道を塞がれてしまった。


「そんな……っ」


「今までも読心の魔女は見つけ次第殺すことにしてたんだがねぇ……そんな年まで生きてるとは、あらあら。アンタ今まで自分の能力の詳細を隠して生きて来たんだね?」


「今までも、ですか……? 他にも魔女の人を、殺して……」


「あぁ、そうさね。戦闘特化の能力なら放置でもいいけれど、少しでも世界の真実を暴く可能性のある邪魔な能力は見つけ次第消すに限る……覚悟してもらおうかね」


 戦闘などしたこともないトリシャは抵抗も虚しく、呆気なく捕らえられてしまった。

 直ぐに殺される事を覚悟していたが、殺されるまでには数日の時間があった。儀式の生贄として、神の使い――そう呼ばれているだけの、鬼大蛇へと差し出される事になったのだ。


 儀式はイースタン王家のみに伝わる風習、魔女を生贄に捧げる事で安寧を保つというものである。

 捕らえられた後、一度国王と顔を合わせその心の声を聞いた。国王から感じたものは恐怖だった、魔女への、強い恐怖。

 しかしその恐怖には実体験が伴っていない事も分かった――空っぽの、恐れだった。


「全ては国の安寧を保つ為……国王様の為じゃ」


 それは司祭と呼ばれていた老人の言葉だ。

 司祭は、「これが王から与えられた偉大な仕事」だと語っていた。しかし、トリシャはその老人の胸中を、読心の魔法で読み取ってしまった。


 彼の心の中にはこれまで殺して来た魔女の記憶が渦巻いていて、その数だけ心に傷を負っているのが分かった。

 その罪悪感を、使命感で上から塗り潰し誤魔化して――自分の行いは国の未来の為だと信じ込もうとしている。


 初めて魔女を殺してしまった日から――国王から命じられ自分の娘を生贄に差し出してしまったその日から、もう、引き返す事など出来ないのだから。


「……」


 司祭の老人はその事を人に話したく無いだろう。

 だから、彼の事情についての詳細を口で語る事は無く、トリシャの胸の奥にしまいこまれた。




 ――三人がトリシャの口から聞かされた話は、彼女が生贄させられるまでの過程と、儀式について、国王についてだった。

 話を聞き終えたウルガーとジークヴァルトは、強い不快感と怒りを表情に滲ませながら奥歯を噛み締めていた。


「イースタンの王は魔女を恐れてるってか……だから、500年前からこの国の王はずっと、先祖代々生贄の儀式を続けてると。胸糞悪い話だ」


「腹立たしいな。裏でその様な蛮行を繰り返していたとは」


 その二人の横でカイも悲しげに視線を俯かせて、その後顔を上げ決心した様に胸に手を当てながら口を開く。


「僕も、ウルガーさんとジークヴァルトさんに、最後まで協力します。途中で別れる予定でしたが、こんな話を聞いて黙ってはいられません」


「いいのかよ? 故郷の人達を助けるのが目標って馬車で言ってたろ。関係ない事にまで足を突っ込む必要は無い」


 カイは、負の魔力を撒かれ苦しむ故郷の人々を救う為に旅をしていて、情報収集の為に大国であるイースタンへ来たと聞いていた。

 流石にこれ以上彼を無関係な戦いへ巻き込むのは申し訳ない。第一、故郷の人々を救う事が目的ならば他の事に構う必要など無いのだ。


「確かに故郷の皆を助ける事が僕の一番の願いです。けれど、だからと言って困っている人を見て見ぬふりなど出来ません。この状況の中ではトリシャさんも安心して帰れないと思いますし」


「まぁ、な。あの人をこのまま帰すのは危険だけど」


 トリシャが生贄に捧げられた事に国王が関わっているのなら、彼女を家まで送り返してもまた命を狙われてしまうだけだろう。

 彼女の身の安全を考えるのならば、国の裏で行われている悪事を止めなければならず……


「考えてみたら俺もどんどん変な方向に巻き込まれてねぇか?」


 元々は魔導会の情報を集める為にイースタンへ来た筈が、魔導会と繋がっていた騎士団には敵対され、ニアとテッドは拐われ、気が付けば先刻助けた女性の身の心配までしている。

 考えてみれば、とても自分もカイの事を言える立場では無かった。

 しかし見捨てるという選択肢を選べるほど非情にもなれず。


「難しい顔してどうしました? ウルガーさん」


「いや、どの口で言ってんだと自分で思っただけだよ。分かった、カイがそこまで言うなら……協力してくれ」


「はい! 勿論です、恩も返したいですし!」


「恩? まあでも、無理はすんなよ。命が危ないと思ったら逃げていい」


「逃げません!」


「いや、そこは逃げてくれ」


 二人のそんなやり取りが繰り広げられていた隣にて――ジークヴァルトは司祭の老人へと視線を向けながら脅す様な音色で問い掛ける。


「詳しくは知らんが、貴様にどんな事情があろうと今までしでかして来た罪の重みは変わらん。死罪は免れんだろう。素直に話せば多少は罪が軽くなるかも知れんがな」


「……」


「……ふん、あくまで黙秘を続けるか。まあいい、いずれ全て吐いて貰うぞ」


 夜の闇の中を、馬車は駆け抜けて行く。

 幸い、凶暴な獣に遭遇する事も、魔導会の刺客から襲撃を受ける事も無く、一行は目的地である第二研究施設の姿が視界に映り込んで来る。


 ジークヴァルトから聞いた話では、そこは数年前に廃棄された地で今は廃墟と化しているらしいが、実はチャックか秘密裏に無断で内部を改装しており現在も研究施設としての役目を果たしているらしい。


 第二研究施設は高い壁に囲まれた王都より馬車で三十分程の距離に存在しており、外壁は傷付き窓ガラスも割れたままで、建造物全体が蔓に侵食されていて周囲には草花が鬱蒼と生い茂っている。

 外から見ればボロボロの廃墟にしか見えない状態だろう。


「これは、まさか中が改装されてるとは思わないだろうな」


 亜人の嗅覚でも施設内のニオイを感じ取れない。周囲に生い茂る草花にニオイの強い花が混じっていて、嗅覚が遮断されているのだ。

 細かい対策まで考えあり、感心する。たまたま近くにそういう花が生えていただけかも知れないが。


 そうして馬車を進め近付いて行く道中、施設内から少女の声と共にその本人が顔を見せ駆け足でやって来た。

 馬車を停め、下の地面へと足を着けてから駆け寄るビッキーへと目線を向ける。


「おーい、ウルガ〜! 無事で良かったよぉ!」


「おう、ビッキーも大した怪我は無さそうで良かった」


 互いに無事を確認しあい、続けてビッキーはジークヴァルトへと視線を移した。


「うんうん、兄貴も無事みたいだね」


「……貴様の兄になった覚えなど無いのだが?」


「ニアちゃんのお兄ちゃんなんだから兄貴で良いでしょ」


「色々と言いたいことはあるが、もういい。面倒だ」


 面倒くさ気に溜息をつき視線を逸らす青年から目を離し、ビッキーは次に残る三人へと顔を向ける。

 先ずはその中の一人であるエルフの少年カイと目を合わせ、


「ところでそこに居るエルフの男の子は誰なん?」


「はい! 僕は訳あってウルガーさん達と行動を共にしており、名前はカイと言います。よろしくお願いします、お姉さん!」


「あれまぁ、礼儀正しくて可愛い子じゃないの。私の事はビッキーと呼んで頂戴ね」


 互いに軽く自己紹介を交わした後、最後に魔女の刻印を頬に持ち身体に拘束された様な跡が残っている女性と、身体を縛られた老人の計二名へと視線を移した。

 老人は沈黙していたが、魔女の女性の方は頭を下げながら「トリシャです」と自己紹介し、ビッキーもまた同じく応える。


「私はビッキー、よろしく。…………ねえ、もしかしてこの二人誘拐したの、ウルガー?」


「するわけねぇだろ!?」


「うん、だよね、ごめん。でも端から見たらそうにしか見えなくて」


「そう言われたら確かに絵面はアレだが……こっちにも色々あったんだよ」


「……貴様等もう無駄話はいいだろう。早く建物の中に身を隠すぞ」


「う、そうだな。悪い」


 痺れを切らしたジークヴァルトから施設内への立ち入りを促され、それに従う事にする。

 ビッキーの安全を確認出来たのは朗報だが、他にも確認しておくべき事があった。


「――ニアとテッドさんは、本当に拐われちまったのか」


「うん。ごめんね、私が付いていながら……」


「気にするなよ、謝らなくていいし。命があっただけでも良かった」


 彼女は先刻までのどこかふざけた調子を一切消し、心から悔やむ様に歯を食い縛りながら答える。

 命があるだけでも良かったという言葉に偽りは無い。しかし、それだけでは足りないと、守れなかった後悔の残された表情をビッキーは浮かべたままであった。


「次で、勝ちゃいいんだ。ニアとテッドさんを助けて、この国に居る魔導会の幹部は全員潰して、情報も手に入れて、ついでにイースタンの裏で行われている悪事も潰す……」


「ついでが一番規模デカい気がするけど、その意気だね。って、うわ!?」


 話の最中、ウルガーは一気に全身の力が抜け膝が崩れ落ちる。咄嗟にビッキーは彼の肩を支え、地面に顔面から落ちる前に受け止めた。


「ウルガーさん!?」


「大丈、夫だ、カイ……ちょっと、疲れた……」


 体力がもう既に限界に達していたのだ。思えば今日は一日ほとんど寝ずに体を酷使し動き続けていた。その上、獣人化の力も使用して……むしろここまでよく動いてくれていたと自分の身体を労いたい。


「けど、急がねぇ、と……ニアと、テッドさん、が……」


「ちょいちょい、焦らなくていいから、もうゆっくり休みなよ。捕らえられている場所の目星は付いてるから、今は安心して寝なさいな」


 焦燥感を滲ませながら溢すウルガーを少しでも落ち着かせようとするビッキーの言葉に、ジークヴァルトが反応を示した。


「おい、それは本当か? 目星が付いているという話は」


「マジだよ、王都の方からニアちゃんの残り香がする。よく分かんない黒い靄の魔法使ってからあの子のニオイが強まってるから分かりやすいの」


「ニオイだと?」


「お、俺の嗅覚でも分かんねぇのに、お前は分かるのかよ……」


 前にもニオイがどうの言っていたが、それがどういうことなのかよく分からなかった。見た感じ亜人の血があるわけでも無さそうだ。

 そこへ、カイが何かを思い出した様に「あっ!」と口を開き


「そういえばお父さんから聞いた事があります。世の中には魔力を視力や嗅覚といった五感で感知出来る人が居るって話。ビッキーさんはそれですか?」


「ギクッ」


「お前、今、ギクッて言ったな……?」


 分かりやすく図星な反応をビッキーが見せる。どうやらカイの思い至ったものは的外れでは無いらしい。

 ビッキーは一度溜息をついてから、「仕方ないなぁ」と呟いてから言葉を続ける。


「仕事上のルールであんま自分の能力を他人に明かしたりしないんだけど、この際もういいか。私は嗅覚で魔力の感知が出来るの。ここから王都の距離までなら感知可能なギリギリのラインだね。ついでにニアちゃんにはバレちったから明かすけど、ビッキーは偽名です」


 最後にサラッと意外な事実を混ぜ込んで来たが、もういちいち反応していられる体力も無くなった。

 最早脚を立たせる事も困難になり、ビッキーの背中に背負われ施設内のベッドまで運ばれる。


 激しい疲労と睡魔が襲いかかり、意識が段々と薄れて行く。瞼を閉じる直前、ビッキーはこちらの顔を覗き込み何かをボソリと呟いた。


「――何でクルルと似てんだろね」


 聞き覚えの無い名前だ。

 聞こえた名前の事について思考を巡らせる暇も無いまま、意識は闇の中へと落ちていく。

 そして、深い眠りにつく寸前――脳裏に一人の少女の顔が過ぎる。


「……ケイ、ト……」


 その少女の名を口から溢しながら、束の間の休息についたのだった。


更新遅れて申し訳ありません


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