十八話 カイの旅立ち
書き直しまくってたら遅れました、ごめんなさい
黄緑髪のエルフの少年カイは、地図上でいう西側に存在する小さな孤島の村に生まれた。
彼のみならず、エルフは基本的に皆その村の出身である。理由は、孤島の外ではエルフ族を忌み嫌うヒトが多いから。
とはいえ、村の中で極端な思想の教育が施されている訳では無く、「ヒト全員に差別意識があるわけでは無い」「外の世界にも優しい者はたくさん居る」と大人から教えられて子供達は育つ。
だから、会ったことも無い『ヒト』へ対する恐怖心は少なからずあるものの、『ヒト』への差別意識は持たずに生きて来た。
自然豊かな緑に囲まれた地で、動植物を狩り、畑を耕し、年に一度はエルフ族伝統の祭りを村中で開催して、小規模な生活ではあったが、平和で穏やかな日々を送り過ごしていた。
――しかしその日、長きに渡り続いていた平穏は突如として終わりを告げるのだ。
「行ってきまーす」
「おう、気を付けてなカイ君」
その日カイはいつもの様に村の出入り口の見張りをしているオジサンと挨拶を交わし、魚を釣りに海辺へと出掛けていた。
村を出てから約三時間。いつもよりも多めに魚が連れて上機嫌に村へと歩いて帰った時の事だった。
海と村とを繋ぐ必要最低限に整備された森の道を通り抜け、村の入口が遠目に見えてくる。歩き近付いて行くと同時に、ある違和感に気がついた。
「なんだか……静かだな……」
小さな集落なので元々騒がしいという程の場所でも無いが、それでも何かしらの物音、声、人の気配は遠くからでも分かる。
しかし、今は異様な程に周囲が静かに感じた。それに村外れにも一人か二人はいつも居るし、村の出入り口には見張りのオジサンも毎日居る。その姿も一切この目では確認出来ない。
嫌な、予感がした。
ただの杞憂であればそれでいい。しかしこんな事は今まで無かった、海へ行っている間に村で何かあったのかもしれない。
「急いで確認しなきゃ!」
両手に持っていた釣り竿と大きなバケツをいったん地面に置き、駆け足で村の中へと真っ直ぐ向かって行く。
ただの杞憂であってくれと、祈っていた。今日はたまたま普段より静かなだけだろうと、思いたかった。
だが、そんなカイの願望を打ち砕く光景が、村の中に広がっていた。
「う、あ……ぁ……っ?」
愕然となり、目の前に広がる光景に理解が追い付かず、言葉に詰まってしまう。
まず初めに足元で倒れていた見張りのオジサンを発見する。異常事態だと直ぐに分かり、助けを呼ぼうと声を上げながら顔を上げれば――
そこには目に入る村人達が尽く、苦しげに表情を歪め、白目を向きながら、地面に倒れ伏していたのだった。
「トトさん、キュイさん、ペルさん、リタくん、ピナちゃん……、お父さんに、お母さんまで!!」
倒れている人々の名を呼び必死に声を掛けるが、応答は無い。混乱に思考が、心がグチャグチャに掻き乱され、呼吸が苦しくなる、涙が溢れてくる。
それでもまだと自分を奮い立たせ、倒れている人達の呼吸と脈を確認した。
まだ、皆生きてはいる――まだ命はある事に僅かに安堵するも、これまでに無い異常事態だ。安心など出来る筈が無い。
「一人でも、無事な人は……っ」
居ないだろうか、と顔を上げたその時。
背後から「カイ」と名を呼ぶ声が耳に入った。無事な人が居たのかと希望を抱きながら背後を振り返るが、すぐにその希望は打ち砕かれる。
「あ……」
そこに居たのはエルフの村の長老だった。彼は既に顔色も悪く、全身が脂汗に塗れ、まともに立つ事も出来ない様子で膝を引きずりながらゆっくりと、こちらへ近付いて来ていた。
「長老!」
声を上げながら直ぐに側へと駆け寄っていき、せめて背負ってあげようとする。
それを長老は「いい」と手を震わせながら制し、ゆっくりと力を振り絞る様に話し始めた。
「高濃度の負の魔力を……村に撒かれた……。エルフの身体でも、これは耐えられん。カイよ、ここに長居するな、お前だけでも早くこの島から出るのだ」
「いきなり、そんなの……皆を、置いて行くなんて!」
どう見ても皆が危険な状態だ、それを放置して自分だけ島を出て逃げるなど出来ない。
一方、長老は申し訳なさげに「すまない」と謝罪を口にしてから、真剣な眼差しで視線を合わせ話を続ける。
「辛い気持ちは分かる。しかし、もうカイだけでは、この惨状をどうする事も出来ん……そして何より、残る一人であるお前を、奴等は今探している真っ最中だ」
「奴等って!?」
「魔導会と、名乗っていたが、――恐らく、その裏に居る黒幕こそが……」
長老が何かを言い掛けた時だった、その言葉の続きを遮る様に青年らしき声が割って入って来た。
「お爺さん、まだ喋る元気があったんですか。しかし、あまり余計な事は言わない方が良いです。無力化で済ます予定だった作戦を殺戮に切り替えますよ?」
「――っ!」
そこに居たのは紫髪に眼鏡の青年だった。一見物腰柔らかそうな雰囲気ではあるが、その声と視線からは冷たい殺気を感じ緊張感が張り詰める。
隣に立つ部下らしき男が紫髪の青年に「ベルモンド様」と呼び掛け、
「あそこに居る少年のエルフが、残る一人です」
と、カイを指差しながら伝え、ベルモンドと呼ばれた青年はそれを聞き微笑を浮かべた。
「なるほど。しかし、負の魔力を凝縮させて作った『毒結晶』も使い切ってしまいましたし……彼をどうするか、困りましたねぇ、ふむ」
暫し思案した後、ベルモンドはカイへと視線を突きつけながら言い放つ。
「では、あの黄緑の髪の毛をした少年のみ殺処分という事で。一人くらいなら殺しても問題ないでしょう」
瞬間、凄まじい殺気と圧がベルモンドから放たれ、同時に村長が残る力を振り絞り叫ぶ。
「行け、カイ! 逃げろ!!」
「村長……! くっ、お父さん、お母さん……皆、ごめんなさい!」
今まで戦いの経験など、凶暴な獣相手にしか無かった。そんな自分でも分かる、ベルモンドと呼ばれた青年の実力は別格だと。戦っても、無駄死にするだけだと。
そして、話すのも苦しいだろうに必死に呼び掛け逃がそうとする村長。彼の思いを、無駄にする訳にはいかない。
「うあああぁぁぁっ!!」
悔しさを声に乗せて叫び、全速力で疾走する。後ろを振り返りたい、皆が気になって仕方ない。逃げるしか無い現状が、ただただ悔しかった。
その時、背後から殺気が突き刺さり
「逃しませんよ」
ベルモンドの声と同時に、風の衝撃波が足元を襲う。近くの魔力の感知に関しては自信があるため、咄嗟に地を蹴り跳躍してそれを回避出来た。
しかし、その衝撃波を受けた地面は大きく抉れ凄まじい破壊力を物語っていた。もし直撃していたら、一瞬で両足が使い物にならなくなっていただろうと背筋がゾッと寒くなる。
「素人でもあんな動きが出来るとは、エルフは本当に厄介ですねぇ」
その後も背後から何発もの風の衝撃波が襲い掛かる。それは周囲の木々や岩壁を破壊していき、地を深く抉り取る。
回避しきれない一撃を寸前の所で水魔法で生成した氷の盾を張り防ぐ――が、衝撃を殺しきれず、爆風に身体を吹き飛ばされ地面を転がり近くを流れていた川へと転落する。
「ぶはぁっ!」
酸素を取り入れようと水面から顔を上げると、川岸の上にはベルモンドとその部下数名が追い掛けて来て、こちらを見下ろしていた。
先制攻撃を許しては不味いと、川の水も含ませながら水の魔力を両手に集中させた。そして川岸に向けて、一撃の魔法を放つ。
「飛べ! 『水龍』!」
詠唱と共に水が一本の龍の姿へと変化し、川の水を大量に含んだ事により本来よりも二回りは大きく肥大化して、水の龍は敵対者へと突撃していく。
ベルモンドは風の衝撃波を放ち迎撃するも、巨大な水の龍は風穴が開きながら形を崩さずそのままベルモンドの頭上へと落ちていき――
「ちぃっ!」
大量の水の塊が降り掛かり、その水圧に敵対者達は数秒間の足止めを喰らう。
その隙に、カイは水魔法で身体を補助しながら川の中を泳ぎ、海の方角を目指して逃走していった。
――悔しさと怒りを噛み締め、涙をギュッと堪えながら、今はただ逃げるしか無い。
何故、静かに暮らしていただけの村が、あんな惨状に遭わなければならなかったのか。このまま、ただ逃げ続けるだけで終わりなど、嫌だった。
いつか、必ず助けてみせる――大切な村の皆を。
そう心に強く誓いながら、やがて海へと到達した頃、海底から大きな影がゆっくりと浮上してくるのが分かった。
大きな影はカイの身体ごと持ち上げ、海上へと浮き上がる。それはまるで小さな島の様な形をしている――一匹の青い鯨だった。
「エルくんじゃないか、来てくれたんだね!」
「――ッ!」
その青鯨は、小さかった頃からのカイの友人だ。青鯨が怪我をして浜辺に打ち上げられていた所を見つけて、大人に頼み込み手当をしてもらってからずっと仲良くやっている。
青鯨のエルは鳴き声を上げ、頭上に居るカイへと優しい目を向けていた。
あんな惨状を見たあとだから、元気な友人の姿を見ると余計に救われた気持ちになる。
「エルくん、僕の村は……酷い目に、遭っちゃったんだ。ここだと悪い人達に見つかるかもしれない、直ぐに島から離れよう」
「――ッ!」
カイの言葉に応える様に、エルは鳴き声を上げつつ島から離れて行く様に泳いで進む。
まずは陸地を、他の島を目指して――
ここから始まった。カイの、大切な人々を救う為の旅が。
……しかし、その旅は想定以上に過酷なものだった。
「チッ。薄気味悪いエルフが、本なんか触んなよ汚らわしい」
とある国で、負の魔力について調べようと図書館に訪れた時。
本に触る事を嫌がられ、追い出されてしまった。その後、同じ図書館に居た優しい夫婦がカイの見たかった書物をコッソリと持ってきてくれたのだが、やはり誰かから差別的な扱いを受けるのは辛かった。
「けど、優しい人達だっている、泣いちゃ駄目だ……」
そう心の中で何度も念じながら、故郷の村を救う為に、色々な知識を集めようと奔走する。
だが、運が悪かったのか……それ以来どこへ行ってもひたすらに差別や中傷ばかりを受け、優しい人に会える事が無かった。
精神的にも疲れて来て、青鯨のエルも心配そうな目で気遣う様になってくる。そして、カイは人間不信になりかけて来ていた。
心の中で何度も「全員がそうじゃない」と念じた、だがそれでも酷い扱いや言葉ばかりを受け、傷ばかりが増えて行って――
ある港町で、たまたま通り掛かった近くに居る人を助け、酷い暴言を吐かれ……そのすぐ後だった。
「エルフかどうかなんて関係ないだろ」
「困っている人が居たら助けなきゃ!」
銀髪の少年と、赤髪の少女に出会った。二人は優しく、エルフという種族を気にせずにヒトとして扱ってくれて、冷えかけていた心に熱が蘇って来るのを感じた。
嬉しかった、信じて良かった、やっぱり――優しい人は居るんだって。
いつかまた会えたら、二人が困っていたら、何か力になってあげたいと思った。
そうして油断していた所を悪そうな貴族の人に捕らえられ、隙を見て脚だけ動かして馬車の荷台から脱走し、そこは見知らぬ猛獣だらけの山の中で……そんな場所で、再会したのだ。
そして、今――
「とんでもない事になっちゃってるんですがぁっ!」
現在カイが居る場所はイースタンで一番大規模と言われている洞窟だ。そこには発光虫が多く生息しており深夜でも明るい。
そして、広大な森と王都の近辺へと繋がる近道でもある――が、
「カイ、ジークヴァルト、落っこちんなよ!」
体力ギリギリのウルガーが馬車を引き、カイは荷台に立ち後方へ向けて魔法を放つ。そしてジークヴァルトは片腕を毒に侵されその部位が紫色に変色していた。
ジークヴァルトは毒に侵された腕を抑えながら、二人へ謝罪を口にし、
「俺が提案した結果、すまない……まさか、ここで『ヤツ』に遭遇してしまうとは……」
「気にすんな、近道はこの洞窟しか無かったんだ!」
「そうですよ、謝る必要はありません! この場を切り抜けて、全員で生き延びましょう!」
馬車の背後から迫るのは、脚の無い巨大な爬虫類――緑の鱗に覆われ鋭い牙を剥き出しにした全長十メートルもの蛇、『鬼大蛇』。
その洞窟は、年に一度、地中から現れた『鬼大蛇』が行き来すると言われている場所でもあったのだ。
 




