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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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十七話 焼き付いたニオイ


 ウルガーは二人の同行者を連れ険しい帰路を下山した後、先ずは第五施設へ向けて馬車を最高速度で走らせていた。

 つい先刻、軍用鳥により送られてきた手紙が真実であればもう既に施設は燃えカスと化しており、そして何よりも


「ニアとテッドさんが、敵に連れて行かれたってのかよ……ッ」


 自らの不甲斐なさに、奥歯を噛み悔やむ事しか出来なかった。

 もっと自分が速く山頂まで行き、目的のものを手に入れて、直ぐに下山していれば、ウルガーにジークヴァルトも加わり魔導会の刺客を逃がさず倒せていたかもしれない。

 そうすれば、二人が拐われる事も無かったかもしれなくて……


「俺がもっと、強けりゃ……もっと力があれば、手こずる事も無かったはずだ」


 そう口から発した時、背後の荷台に座る青年ジークヴァルトが厳しい視線と音色で話し掛けて来る。


「……ただ悔やみ自らを責めるだけでは、事態は何も変わらんぞ、ウルガー。少なくとも俺はそれだけで何かが解決した経験など無い」


「分かってる――、いや、すまねぇ、そうだな。確かに思考が自罰的過ぎたかもしれない」


 こういう時、自罰的になってしまう傾向にある事は自覚があった。師のレオンからも、それは指摘されていた。

 昔はこんな事は無かった筈だが……原因は分かっている。一年前の故郷で、守りたい人達を守れなかった、あの惨劇から――


「――ッ!?」


 ちょうど故郷の事を考えていた、その時だった。

 第五施設跡地の間近に迫った時、ウルガーの嗅覚が、かつてよく知っていた気配を……もうこの世には存在しない筈のそのニオイを、感知した。


「は……」


 一瞬、訳もわからす頭が真っ白になった。忘れる筈も無い、このニオイは、記憶に焼き尽く程に自分の中で残り続けている懐かしいニオイは……


「う、ウルガーさん? どうかしましたか? 体調が悪いなら寝てください」


「……わ、るい、そうじゃ、無いんだ……」


 エルフの少年カイが心配する様に顔を覗かせて来る。おそらく今ウルガーの顔は酷い形相になっているのだろう。

 気遣いをみせてくれるのは嬉しい。が、混乱していてマトモに言葉も返せる状態ではなかった。

 確認しなければ――ニオイの正体を。……いや。


 本当は、分かっている筈だ。ただ、認める事が怖いのだ。


 鉱山の街クリストで、アーレが……かつての友人アランの魂を元にして生み出されたあの青年と会った時から、その可能性は微かにでも過ぎった筈だ。

 それでも、考えない様にしていた。考えたくも無かった。


「悪い、先に……行く!」


「ウルガーさん!?」


 一人馬車を降り、走って、走って、ニオイのする方角――第五施設跡地へと向かってひたすらに風を切って走り、真っ直ぐ駆け抜ける。

 やがて焦げ臭いニオイが鼻を突いて来る、林道から開けた場所に出ればそこには既に燃え尽きて灰と化した施設跡が残されていた。


「……」

 

 他に感じるものはニア、テッド、ビッキー……チャックのニオイも残されている。死体の気配も感じる、おそらく敵兵だろう。戦闘になっていたという事だ。

 ――そして、ずっと感じ取っていた負の魔力のニオイに、もう一つのニオイが重なっている。それこそが、ウルガーの思考を乱す……あの、懐かしいニオイだ。


「マジ……かよ」


 間違えようが無い、このニオイを。故郷で長年毎日の様に共に過ごしていた、あの少女の。いつしか異性として愛していた、黒髪の優しい少女を。


「ケイト、お前……なのか」


 その名を口にする時、自分でも分かる程に声が震えていた。

 口に出してはっきりと言ってしまった。もう認めるしか無い。クリストで出会った青年アーレと……あの時と同じ存在。

 ヒトの魂を元にして生み出された、生物兵器だ。


「それが、アランだけでなく、ケイト……まで?」


 アランの時でも、胸が張り裂けそうな程に、頭がおかしくなりそうなくらいに、痛んだ。痛かった。ただ、最後に、アランの気持ちを、遺言を聞けたから……それを支えにやって来れた。

 けど、駄目だ……続け様にこんな事、心が持たなくなる。アランだけでなくケイトまで敵に利用されて、また、自らの手で、殺さなくては……


「ぐ……ぅ……ッ!」


 苦しい、苦しい、苦しい、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘じゃない実際に感じただろう、これはケイトのニオイだ。こうなる事も、ちゃんと覚悟しておくべきだった筈で、それでも、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、これ以上やめてくれ、また、大好きだった人をこの手で殺させるのは、大好きだった人の魂を利用し弄ぶのは、やめてくれ。誰だ、誰がこんな事をするんだ、許せない、こんな残酷な事をやる人間を、許さない、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、何でこんな、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でナンデナンデナンデ


「――!」

「――――!」


 背後から声が聞こえナンデナンデナンデおかしいこんなの狂ってる背後から声がするが聞こえない、心が、頭がめちゃくちゃになる。誰だ、後ろから呼んでいるのは。分からない、もう何も分からなく――


「ッ、ァァアアアぁっ!!!」


 頭に大きな衝撃が走る、額に傷がつき、脳天が揺さぶられる。大木の幹に、自ら額をぶつけていた。

 何度も、何度も、何度もぶつけて――


「ウルガーさん!!」

「もうやめろ、死ぬ気か!」


 両肩をそれぞれ違う人物から抑えられる。そうだ、背後から声を掛けていた人物は、ジークヴァルトとカイの二人だ。


「ハァッ、ハァ……はぁ、はァ……ッ!」


 荒くなった息を何とか鎮め、深呼吸し、少しでも、自らの精神を落ち着かせる。額に手で触れれば、そこからは案の定出血していた。


「心配掛けて、悪い。もう大丈夫だ……無理矢理、落ち着かせたから」


 精神が、めちゃくちゃになってしまう所だった。大きな痛みを自らに与えるかなり荒く野蛮なやり方だが、頭の悪い自分にはこれくらいしか抑え方が分からなかった。


 こんな場所でウジウジと悩み立ち止まっている場合ではない。魔導会を止め、潰して……奪われた魂を解放して。そして、故郷の外でも出来た大事な人達の為にも、ここで躓いている暇は無いのだ。

 そう自らへ言い聞かせ、痛む心を、今は自分の奥底へと引っ込める。


 もう一度ゆっくりと、胸中で激しく渦巻く負の感情を吐き出す様に深く息を吐いて―


「表情もまだ苦しそうですし、とても平気そうには見えませんよ」


 その時、カイが不安気な表情で額に手の平を当ててくる。直後、魔法で緩やかな流水を発生させ血液を洗い流してくれた。


「ありがとう……悪い」


「――俺にも貴様が大丈夫な様には思えん。足手まといになるくらいなら大人しく馬車で寝ていろ」


「普通に休めって言えばいいだろ……、気遣いはありがたいが。まだ寝てるわけには、いかねぇよ」


 そうだ、こんな場所で折れていて良い訳が無い。皆に顔向け出来ない。

 順番を間違えるな、今優先すべき事は、拐われたニアとテッドを助ける事だ。


「拐われてからどれだけ時間が経ったか、俺の嗅覚使って調べてみる」


「そんな事が可能なのか?」


「師匠からやり方は教わった。まあ、俺はあんま得意じゃねえけど……」


 得意では無いが、一時間も経っていないなら時刻は特定出来る。そこまで時間が経っていないのなら、今からでも全速力で向かえば間に合うかもしれない――

 そう、微かな希望を期待してみたが……


「……結構、経っちまってるな……」


 残り香の濃度から察するに、もう既に十分以上の時間は経過していた。逆算し時刻を特定する。二人が連れて行かれた時刻は、ちょうど自分達が負の魔力に気付いた約一分後だろう。


「あの、どうでしたか? ウルガーさん」


「仮に俺の獣人化で、最高速度で走っても結局間に合わなかったみたいだ……」


 カイの問いかけに答え、舌打ちしたい気持ちを堪えながら立ち上がる。

 それを聞いていたジークヴァルトは「そうか」とだけ答え無表情を貫いていた、が……彼の強く握り締められた拳は微かに震えていた。

 悔しいのはウルガーだけでは無い、そう自分を戒めながら次なる行動に移すため気持ちを切り替える。


 背後に立つジークヴァルトとカイへ振り返り視線を向け、


「出発しよう。先ずはビッキー達と合流する」






 ――――一方、黒髪の少女の手により拐われたニアは、見知らぬ場所にて監禁されていた。


 魔導会と軍の繋がりを探り、そこから本拠地の事など有用な情報を手に入れる為に、生まれ故郷イースタンへとやって来た。

 とはいえ、赤ん坊の間の一ヶ月くらいしか居なかったらしいので、生まれ故郷という印象は正直無いのだが。


 昔馴染みのテッドに、最近仲良くなったウルガーや、新しく出来た友達のビッキーらと共にイースタンへ訪れるも、入国早々から魔導会より送られた強い刺客に次々と襲われ――遂には今、こうして


「まさか誘拐されちゃうだなんてね」


 困り顔で腕を組みながら、ニアはそう呟いた。

 黒髪の少女ケイミィに連れ去られた場所は、イースタン国内の王都の一角に存在する地下施設だった。

 現在、その地下施設の中の殺風景な一室に監禁されており、更に扉の前ではケイミィが立ちはだかり出られない様に監視している。

 テッドは別室に居るらしい。自分なんかより強いし頼りになる青年ではあるが、それでも彼も心配だった。


 どうやら彼女はフレデリックから、ニアを捕らえたらここに閉じ込めて絶対に逃がすなと命令されているらしい。

 どこに連れて来たのか、とケイミィに質問したら素直にそう答えてくれた。


「まあ、そんなに口が軽くて怒られないのかしらとは思うけれど」


「嘘をつくのは苦手なんです」


「悪の組織に向いていない発言ね……」


 監視役として同じ一室に居るケイミィは、話し掛ければしっかり受け答えしてくれる。

 この素直な性格を上手く利用して何とか脱出出来ないものかと考えてみるが、自分もそういったやり方は得意でないことに数分で気が付いた。


「戦っても私じゃ勝てないだろうし、うーん……」


「――そうでしょうか」


「へ?」


 無理だと分かっている上で、戦っても勝てるわけ無いとそう口にした時。ケイミィは真剣な眼差しと音色で静かに答え、 


「ニアさんは、『黒炎』を使用していましたよね。まだ不完全な状態ではありましたが――あれを使いこなされたら、私に勝ち目は無いかもしれません」


「……黒炎? って、何の事?」


「あぁ、知らずに使っていたのですか。負の魔力を消滅させた、あの魔法です」


 どうやら、以前には鉱山の街クリストで発動した魔法――今回は小規模だったが、闇色の靄を発していた。アレの名は『黒炎』というものらしかった。


「初めて知ったわ、そんな名前……けど、全然『炎』って感じじゃなかったわよ」


「先程も言った通り、ニアさんの使用したモノはまだ不完全でした。本来の姿は、黒く燃え上がり、全ての魔力を滅し焼き尽くす炎だと聞いています」


「全ての魔力を、焼き尽くす炎……」


 聞くだに恐ろしそうな魔法だ。そんなものを気軽に使っても大丈夫なのだろうかと、不安が微かに脳裏を過ぎるが――


「けど、その魔法のおかげでクリストの人達を助けられたんだし……使い方次第よね、うん」


 そう自分を納得させ、今は話を次に進める事を優先する。そもそもまだ思い通りに『黒炎』を発動させる事も出来ないのだし、悩んでいたって仕方ない。


「話は変わるけれど、ケイミィさん。魔導会の本拠地って何処にあるの?」


「それはお答え出来ません」


「あう、やっぱそこまでは話してくれないのね……」


 もしかしたらと単刀直入に聞いてみるも、流石に本拠地を特定出来る情報までは話してくれなかった。

 たぶん彼女なりに、話していい事と話しては駄目な事の線引はしているのだろう。


「それに……あの方を裏切る様な真似は、したくありませんから」


「あの方……って、きっと光の魔女とやらの事よね? その人がボスだとは聞いたわ」


「……」


「沈黙も答えと受け取っておくわね。どうして貴女は、その人に協力するの? 話してる感じ、とてもケイミィさんが悪人には思えない」


 今、自分に出来る事といえばとにかく話すことくらいだ。だから、対話の中でどこかに解決の糸口は無いだろうかと手当たり次第に話題を振ってみる。

 投げ掛けられた疑問に対し、ケイミィは暫しの沈黙の後、静かに語り始め


「私を生み出してくださった恩……それもありますが、一番の理由は」


 と、黒髪の少女は自らの胸に手の平を当てながら、その言葉を続ける。


「側に居ると、暖かい気持ちになると言いますか。あの方には、どこか懐かしいニオイがするんです。私の記憶にはありませんが、私の中の魂が、そう感じている気がして……」


「懐かしいニオイ? そういえばビッキーは、ウルガーを見て同じ様な事を言っていたわね……」


 ふと、初対面の頃のビッキーがウルガーへした発言が思い起こされるが、たぶん今は関係の無い事だといったん頭から切り離す。


「つまり、ケイミィさんにとって大事な人だから……協力しているってこと?」


「そう……なるんでしょうか」


 ケイミィは視線を伏せながらどこか自信なさげに答え、それからニアと再び目を合わせ「私も気になっていた事があるのですが」と何かしら聞きたそうに質問を返した。


「ニアさん、怖くは無いのですか?」


「うん?」


 その時、突然ケイミィから向けられた質問の意図がよく分からず首を傾げていると、彼女はそのまま言葉を続け


「貴女がやけに落ち着いているので。拉致され、薄暗い地下室に監禁され、自由に行動も出来ない状況です――ヒトとはこういう時、もっと恐怖を感じたり焦ったりするものかと思っていました」


「いえいえ、落ち着いてなんか無いわよ、むしろ本当に焦ってるわ! やらなきゃいけない事だってたくさんあるのに!」


 密室に閉じ込められ危機的状況な上、テッドも心配だし、ウルガーやビッキーに、兄のジークヴァルトがきっと心配しているだろう。

 魔導会の情報を得て、本拠地を特定し、その悪事を止め、囚われの母を救わなくてはならない。


 焦っているのは本当だ、悠長に構えている気など毛頭ない。しかし、言われてみれば確かに、焦燥感はあるものの恐怖感はあまり感じていない。

 その理由はきっと……


「あまり怖くないのは、ケイミィさんが話しやすい人なおかげかしらね」


「私が、話しやすい……ですか?」


「うん」


 ケイミィはポカンとした顔をしていて、少しの沈黙の後どこか困った様な表情へと変化しながら口を開く。


「そんなことを言われたのは……初めてです。それに私を、まさか人として扱うだなんて……」


「あれ、何か変な事言ったかしら?」


「いえ。……悪くない、気分です」


 その時の、目の前に居る黒髪の少女の表情は、微かに笑っている様にも見えた。


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