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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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十六話 新たな同行者


「自己紹介が遅れました。僕の名前はカイと言います」


 ウルガーと意外な場での再会を果たした黄緑の頭髪を持つエルフの少年、その名はカイと言った。


 魔力を乱す効果を持つ『抗魔の錠』を付けられ捕らえられていた彼はどうやら隙を見計らい逃げ出したらしく、誰かの気配が近づいてきたのを察知して大木の裏に隠れていたらしい。

 その誰かとは、ウルガーとジークヴァルトの事だったのだが。


 『抗魔の錠』は決められた詠唱をする事で解除されるらしく、その知識を有していたジークヴァルトにより少年の腕に付けられていた錠は外される。


 まずは麓まで降りる為、エルフの少年カイを含めた三人で協力し下山する事に。


 道中、一行の前に迫る無数の大きな羽音。その正体は群れを為す、大きな身体を誇る大量の蜂だった。

 前方から飛んで来る十数匹の大蜂が尾から毒針を射出する。それらは高速でこちらへ飛んで来るが――


「やらせません!」


 エルフの少年は左手の平を正面に向け、前方に氷の壁を発生させて毒針の直撃を防いだ。


「えい、やぁっ!」


 少年の声が響き、上空に大量の水滴が発生する。そして掛け声と共に、大量の水滴は雨の散弾となって眼前に群がっていた巨大蜂の大群へと上から降り注ぐ。


 水魔法から氷を生成出来る者は一流の魔法使いのみだという話を、以前に師から聞いた事がある。それだけあのエルフの少年の実力は高いということだ。


 巨大蜂の群れは一匹残らず地面に落ち、生きてはいるが暫くは動けないであろう個体と、先刻の水魔法の散弾で絶命している個体とが混在していた。


 絶命した個体を見下ろしながら、カイは瞼を閉じ祈る様に両手を合わせる。


「エルフは神の存在など信じていない種族だと聞いていたが?」


 それを横目に見ていたジークヴァルトの疑問に対し、カイは「はい」と振り返りながら答え


「僕も神なんか信じていませんよ。ただ、奪ってしまった命がせめて、安らかに眠れる様にと祈っていたんです」


「ふん、律儀な事だな。まあ、神など信じていないのは俺も同じだが」


「え?」


「理不尽な目に遭うヒトを手助けする事も無ければ、罪無き者を虐げる極悪人に裁きを与える事も無い。そんな存在、信じる方が無理というものだ。仮に居たとして、ヒトに幸福をもたらす様な存在では無いだろう」


「……僕も、そう思います。今まで生きてきて、困った時に僕を助けてくれたのは神では無く生きているヒトでした」


「貴様とは話が合いそうだな」


「オイ、二人だけで盛り上がんなよ。俺もだ、俺もそう思うぞ」


「ウルガーには話していないが」


「お前、俺への当たり最初より強くなってねぇか!?」


「――……冗談だ」


「え? あ、あぁ……そうかよ……お前も冗談とか言うんだな……」


 ジークヴァルトの意外な一面を見た所で、男三人一行は移動を再開する。

 カイの参戦もあり最初の想定よりもハイペースで下山は進んで行く、その最中。ウルガーの嗅覚が、嫌な気配を纏う何かを微かに感じ取った。


 このニオイは以前にも何度か嗅いだから覚えがある、負の魔力から発せられる悪臭だ。

 距離は遠い、そしてこのニオイが発せられている方角は――第五施設と呼ばれている研究所。そこにはニア、テッド、ビッキーに、あとは施設長であるチャックが居る。

 皆が敵襲を受けている、そんな予感が脳裏を過り、背後の青年へと振り返り


「第五施設のある方角から、ヤバいニオイがしてる! 急いで降りるぞジークヴァルト!」


「……向こうで何が起きた?」


「何が起きたかは分かんねぇが、負の魔力のニオイがする! 嫌な予感しかしねぇ!」


「負の魔力だと……。話でしか知らんが、どんな強者であろうと関係なく命を蝕むものだと聞いている。――急いで戻るぞ」


「あぁ、力の節約なんて言ってる場合じゃねぇな。全速力で降りるぞ。悪い、カイ! 俺達急がなきゃならないから」


「それなら僕も手伝いますよ」


「――いいのか? ヤバい事に巻き込むのは流石に」


「ウルガーさん、先程……負の魔力と言いましたね。僕が故郷を出て旅に出た理由と、それは無関係では無いですから」


 少年はそれまでの人の良い穏やかな表情とは打って変わり、険しさの入り混じる真剣な音色でそう語った。

 詳細はまだわからないが、彼にも何かしら抱えている事情があるのだろう。


「しかし、もし緊急事態が発生しているとあらば、それこそウルガーの力は戦いの時まで温存しておくべきだろう」


「それはそうだが、間に合わなかったら元も子もねぇだろ。力が切れる前に山を降りてついでに戦いにまで獣人化をなんとかして持たせる」


「何ら具体的な作戦では無いな。都合よく物事が進めば良いという理想論でしかない」


「ぐ、じゃあ」


 確かに、ジークヴァルトの言うことも理解出来る。自分の言っている事は都合よく獣人化の力が持続してくれること前提の都合の良い考えでしかない。

 しかし、このままヒトの足で進んでも到底間に合うとは思えなかった。こうしている間にも時は刻一刻と進んでいる。

 「どうしろってんだ」と、そう言おうとした直後。


「今現在、限界に近い俺の力を使い果たす方がまだ効率的だ。残る力を使い、土魔法で近道を作る」


 そう言い、ジークヴァルトは山道に設けられた木製の柵から顔を出し眼下を見下ろしていた。ウルガーも柵の下を覗き込めば、山の表面を覆う木々が生い茂り、ここから麓まではまだかなりの高度がある。

 土魔法で無理矢理山を開拓し新たに近道を作る、という事なのだろうが――


「待て。んな事、出来るのか? すげぇ大規模な魔法になるだろそれ、そんなに魔力残ってんのかよ」


「実践した経験は無いから何とも言えん。だが、やるしかないだろう」


「お前、全然人の事言えねぇじゃねえか……!」


 あまりにも彼らしくない無茶な作戦に、ジークヴァルトも内心焦っている事を察する。


 しかし、限界を超えた無茶な魔法の使い方をすれば最悪、身体を壊し何らかの後遺症が残ると昔、故郷の祖母から聞いた覚えがある。

 その祖母自身が、若い頃に無茶をして全盛期程の力は出せなくなってしまったと聞いているので、流石にこれは見過ごせない。

 だから「とりあえず落ち着け」と、青年の肩を叩いて、


「流石に、自分の身体を壊す様な真似はやめろ、ジークヴァルト。もう限界近いんだろ」


「ならばどうする。貴様の無茶な作戦で――」


「落ち着いてください、お二人共。僕ならやれるかもしれません」


 意見が衝突しかけた所を、三人目の声が制止した。それをした少年カイは、何かを閃いた様に二人へと呼び掛けた後、魔力を集中させ始める。


「――何か手立てがあるのか?」


「はい。少々乱暴なやり方ですが……」


 それから少年は一拍置き、言葉を続け


「道中で落っこちない様に気をつけてください」






 ――静かだった夜の山の中に騒がしい音が鳴り響き始める。

 地面に激しく擦れながら高速で進んで行くモノに眠りを妨げられた獣達は、牙や爪を向け怒りのままに飛び掛かろうとするも、それはより早く通り抜け過ぎ去って行ってしまう。


 それは山道から抜け獣道へと入って、鬱蒼とした木々の隙間を縫うようにして掻い潜り、斜面を下り続け――


「いや、カイもカイでやることめちゃくちゃだな!」


 そう口から発したウルガーと、その仲間達計三名は、カイが水魔法を応用し生み出した氷の小舟に乗り、山の斜面を勢い良く下りながら滑走していた。

 少年の高い魔法技術による細かい操作で、氷の小舟は木々や大岩、立ち塞がる獣等を避けながら下へ下へと進んでいる。

 ウルガーが発した一言を聞き、カイは唇を緩ませ


「えへへ、照れますね。ありがとうございます!」


「いや、凄いけど褒めたわけではない……、けど助かる!」


 このまま上手く下まで進み続ければ速くに麓まで到達出来るだろう。このエルフの少年には感謝しか無い。


 その道中、ウルガーの嗅覚が前方から獣のニオイを感じ取る。更にニオイと共に強い敵意と殺気の視線も肌が突き刺さって、危険を察知し咄嗟に口を開いた。


「――! カイ、前方から大熊のニオイが……全部で五匹だ!」


「五匹ですか!?」


「確かに、ウルガーの言う通り嫌な視線を感じるな」


 単純な力と身体の頑強さならば恐らく、大熊がこの山で一番強い生物だ。それが真っ向から五匹待ち構えている、一匹ならまだしも五匹同時は厳しいだろう。

 しかし、引き返す事など出来ない。選択肢はただ一つのみ。


「それでも進むしかねぇか! 俺達もカイをサポートするぞ、ジークヴァルト!」


「言われずとも、やる」


 ウルガー、ジークヴァルトのニ名が立ち上がり戦闘態勢に入った直後、前方から五匹の大熊が牙を剥き出しにし地を揺らすかの如く足音を立てながら突撃して来る。

 カイは氷の小舟の操作に集中しなければならず、残る二人で対処しなくてはならない。


「喰らいやがれ、大熊ぁッ!」


 ウルガーは、緊急事の為に拾っておいた拳ほどもある石を掌に掴み、大熊の殺気に満ちた目を狙い投げつける。

 放たれた投石は真正面真ん中に居る大熊の右側の眼球に直撃し、その痛みに脚の動きを止め咆哮を上げた。


 更にその左右から二匹の大熊が地を揺さぶりながら迫り――その進行を妨害する様に、それぞれの足元の地面から砂を吐き出しながら土の壁が浮上する。

 二つの土の壁は大熊の巨体を下から勢い良く突き飛ばした。


 そして息つく暇も無く、続けて眼前には唾液を垂らしながら大口を開き仁王立ちで待ち構える大熊の姿があり――


「皆さん、伏せてください!」


 速度は落とさずそのまま滑走し、立ちはだかる巨体の股下を一気に潜り抜ける。

 その直後、最後の一匹が太い爪を振りかざしながら襲い掛かって来た。直撃を喰らえば氷の小舟など紙細工の様に呆気なく破壊されてしまうだろう。

 そこへ頭上から迫る大熊の右腕に真っ先にジークヴァルトが騎士剣を構え立ち向かう。


 振り上げられた騎士剣は大熊の右手の肉球を切り裂くが、巨体から繰り出される圧倒的な力の前に騎士剣の刀身は真っ二つに折れ、刃先は空中を回転しながら地面へと落ち突き刺さる。


「くっ……」


 しかし、鋭い痛みに大熊は一瞬だけ怯み、そこに刹那の隙が生じる。ウルガーは拳を握り締め、近くまで迫っていた熊の顔面――柔らかい鼻の部位を狙い全力で殴り付けた。


「――ッ!」


 大熊は咆哮を上げながら後退り、氷の小舟は更に速度を増しつつ斜面を滑りながら進み猛獣の群れとの距離を離していく。

 攻撃を加えてくる気配が無くなり、カイは安心した様に深く息を吐いて


「あっぶなかった〜!」


「お疲れさん。馬車のニオイが近い、麓はもうすぐだ!」


「他にも来るかもしれん。最後まで気は抜くなよ」     


「はい!」


 二人からの言葉に少年は元気よく答え、その後も氷の小舟は木々や障害物を回避し獣達からは逃げ、斜面を滑走し下り続け――やがて、馬車を停めていた位置に三人を乗せた小舟は到着した。


 しかし到着を喜んでいる様な時間の余裕は無い。早々に立ち上がり馬車へと向かおうとしたウルガーは、その時一つの近付いて来るニオイに感付く。


「……何だ?」


 手元まで飛んできたやって来た、一匹の小さな鳥。その足には一枚の手紙が括り付けられていた。




 ――――その頃、ニアとテッドを拐われ残されたビッキーは、チャックと共に移動を開始していた。

 実はチャックは戦いが繰り広げられていた最中、施設を燃やす前に必要最低限の荷物だけをもう一つの馬車に詰め込んで準備していたらしい。


 本当は、ウルガー達と合流してから出発したかったのだが……


「待っている間に僕達を狙う敵襲の第二波が来る可能性もあったからね」


 合流より、逃走を優先する。その判断を促したのはチャックだった。

 次のビッキー達の目的地は、彼が施設で飼っていた軍用鳥に手紙を持たせウルガー達へ知らせる手筈になっている。


「用心棒として雇われといてこのザマ……我ながら情けないよ」


 そんな自虐的なビッキーの発言に、チャックは「そんなことはないさ」と口を開き言葉を続け


「ケイミィと言っていたかい。アレは普通じゃない……とんでもない生物兵器だよ、勝てないのも仕方ない。恐らく西の国で研究され闇に葬られていた『キメイラ』の類だと思うが」


「とんでもない相手だったから、敗走も仕方ないって言いたいの? 私は全然そうは思えないけど」


「アレと戦って生きてるだけでも御の字だと思うんだがね」


「まあ、死ぬよりはマシだけどもさ」


 これは戦場で生きてきた自分の個人的な意地だった。二人も拐われ、おめおめと逃げるなど自分があまりに情けなく感じてしまう。

 一方で、チャックは研究者で生きる場所も違う。だから考え方に少々違いがあるのは仕方ないのだろう――そう思っていると


「人の意思と人格を持った生物兵器、か……興味深いね」


「ちょっと、怖いこと言わないでくれる?」


 ビッキーには悪趣味にしか見えない生物兵器に対し、好奇心に満ちた様な声を発する男の姿に一瞬背筋が寒くなった。

 一方の彼は、「アハハ」と軽く笑みを浮かべてから


「心配しないでくれ、あくまでも研究者としての好奇心だよ。ただしそれを悪用するのは、勿論許せないさ」


「……そう」


 正直ビッキーには少し苦手なタイプの相手だった。しかし悪人ではない……筈だ。

 そう信じてビッキーは、もう一つの研究施設を目指し、馬車を走らせて行った。


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