十四話 山頂の決着
――故郷の島を出てから一年世話になった師である獅子の獣人レオンの仕事を手伝う中で、複数の敵に囲まれた戦闘も何度か経験はあった。
『ウルガー、お前は感情的になると行動が直情的になる悪癖がある。敵がある程度戦闘慣れした相手ならば簡単に動きを見切られてしまうだろう』
あれはレオンに弟子入りしてから三ヶ月経過した頃、子供を誘拐した数人の武闘派グループを相手にした時。
子供の命と身柄は無事保護されたものの、全身に痣や傷が付いており怒りのまま犯人グループに単身突撃していった事がある。結果は敗北して結局レオンに助けられる事になってしまった。
当然厳しく叱られる羽目になり、自身の不甲斐なさを後悔した。
もしかしたらあの時も、故郷の島にベルモンド達が訪れ古代魔晶石を奪おうとしていた日も、一人で突撃せずもっと冷静に動いていれば被害を抑えられたかもしれない。
ケイトだって、アランだって、皆、死ななかったかもしれない。
「――なんて、今考えても、仕方ねぇ……」
過去の後悔に引きづられている場合ではない。現在、シュオン花の群生する山頂にて四人の兵士に囲まれている状況だ。
それも恐らく全員が精鋭、無言で連携も取ってくる。少しでも気を抜けば、瞬く間に剣撃の集中砲火を受けてしまうだろう。
四人の兵士が剣を構え四方に広がり機を窺っている。
微かな音でも拾おうとウルガーは聴覚に全神経を集中させた。獣の鳴き声、虫の羽音、水流の音、風の音、呼吸音、様々な音が入り乱れる中、その微かな音を見つけ出す。
前方、後方にそれぞれ構えていた兵士の土を踏み締める音が聞こえた。
まずは前後から一人ずつ来る、そう判断し身構えた瞬間――
「――っ!?」
ウルガーの意識が前後へ向かったと同時、前方と後方に立っていた兵はそのまま踏み止まり、左右に構えていた兵士がそれぞれ動き出す。
「チッ、さっきの音は罠だったか!」
敵兵はこちらの聴覚の鋭さに気付いて居る、それを逆手に取ったのだろう。決して油断していた訳では無いが、想定以上にやり辛い相手だ。
だが焦りは禁物だ、冷静さを失ってはいけない。師の教えを反芻しながら自身を落ち着かせる。
敵兵の行動の目的は、こちらの集中力を奪い取る事だろう。集中が乱れれば感覚も狂う、亜人の長所を潰されてしまう事になる。
このまま焦って敵兵の計画通りに動いては相手の思う壺だ。左右から迫る兵士へ意識を切り替えた瞬間にまた別の一手を出してくる可能性がある、まんまと罠に嵌まってはいけない、ここで取るべき行動は――
「なら、こっちはテメェらの陣形を崩してやる!」
左右から迫る敵兵二人への対応は、何もしない。相手にしない。狙うべきは正面前方に剣を構えながら足を止めている一人の兵士。
想定外の行動だったらしく、左右から斬り掛かって来た兵士と正面で構えていた敵兵の動きに刹那の遅れが生じた。
その刹那の隙間を掻い潜り、一気に正面前方へと距離を詰めて行く。反射的に反撃態勢へと移った敵兵の剣閃を腰を低く屈めて回避し、地面を蹴り付けて跳躍、そのまま敵兵の顎下から飛び膝蹴りを食らわせた。
「これで一人目」
敵兵は気絶し、地面に背中から倒れ込む。
残るは背後から迫る三人、相手は焦った様子をすぐに引っ込めて瞬時に一斉攻撃へと移行する。
前衛に二人、後衛に一人の配置だ。どう攻撃をしてくるのか待ち構えていれば敵兵三人が大口を開き、一斉に大袈裟な程の大声を発した。
「おおオオォォォーーっ!!!」
兵達の大声が鼓膜を震わせ、他の音が搔き消される。咆哮はこちらの聴覚を掻き乱す為だろう、前衛の敵兵二人は叫び、駆け走りながら剣を下から振り上げて――
「うっ!」
剣を振り上げ彼等が斬り付けたものは、地面だった。地表を削り、抉り取った土をウルガーの両目へ向けて投げ飛ばす。
飛び掛かる土を咄嗟に両手で払い除け、その直後。
『オオオオオオオオオオオォォォーーーー!!!!!!』
凄まじい轟音がその一帯を包み込んだ。
「ガァぁッ!?」
脳から内蔵までを激しく揺さぶられる様な衝撃が全身に襲いかかる。
これはシュオン花によるものだ、後衛に居た残る一人の敵兵が石を投げつけ、わざとその花に刺激を与えた結果発せられた轟音。
聴覚が鋭い分、普通の人間よりも音に対する感じ取りが敏感だ。敵兵よりも動きに数秒の遅れが生じてしまう。
こちらが態勢を整える前に前衛の兵二人が剣を構え飛び掛かり、頭部と脚を狙う剣閃が同時に放たれた。
脚に襲いかかる一閃を背後へ身体を後退させながら回避、更に続けて頭部に放たれた一閃――回避行動を取る余裕は、無い。
「――っ!?」
次の瞬間、敵兵は驚愕に両目を見開く。
ウルガーは口の両端に小さいキズを付けながら、歯で刃に齧り付き顎の力でその攻撃を受け止めた。
その状態のまま脚を伸ばし、鎧で覆われて居ない敵兵の膝関節に一撃の蹴りを放つ。
態勢を崩し地面へ倒れ込む兵士を跳躍しながら飛び越えて、もう一撃剣閃を放とうとしていたもう一人の敵兵の顔面に上から足裏を打ち込んだ。
着地と同時に、残る最後の一人が心臓を狙い切っ先を突き付けて来た。
腕を掠りながら素早く横に避け、回避と同時に相手の眼前へ一撃の拳を叩き込む。鼻の骨の砕ける音が響き、鼻血を撒き散らしながら地に膝を付き倒れた。
「はあ……はあ……、クソ、体力削られた……」
まだ帰り道も長く体力は温存しておきたい。そうも言っていられない状況なのだが。
一方で兄と交戦しているジークヴァルトへと視線を移した。すると彼等の決着も付く寸前の状態になっていた。
――ジークヴァルトは、魔力を高めながら兄のがむしゃらに振るう二振りの剣撃を回避し、機を窺っている。
その様子に、兄は一層怒りの形相を強くさせ
「オイコラテメェ!! 逃げてばっかりか糞が、腰抜けがぁ!!」
「流石にこんな猛獣も彷徨いている場所で剣を失えば命が危うい。剣自体の強さならば貴方のほうが上だ……無闇に打ち合いは出来ない」
「理由付けて逃げんなゴラァっ!!」
「……もう勝手に言ってくれ」
大振りに縦から振るわれる剣を、ジークヴァルトは背後へ後退しながら避ける。
これから使用する魔法は、まだあまり得意では無いものだ。おそらく短時間しか持たない。だから機を窺う必要がある。
兄は呼吸が荒くなり動きにも俊敏さが無くなって来ていた。大声で叫び両手で剣を振り回せば消耗も激しくなるのは当然だ……今、ここで勝負を掛ける。
「『魔巌の鎧』」
回避に専念しつつ高めていた魔力を一気に放出し、ジークヴァルトの全身を砂塵が覆う。纏われた砂塵は強固な岩へと変化していき、やがてそれは鎧の姿を形作る。
「岩の鎧がなんだ、ブチ砕いてやらぁ!!」
兄からの二振りの剣撃――首を狙った一撃を岩の手甲で覆った左手で受け止め、心臓を狙ったもう一撃は岩の鎧に直撃し浅く削られたがまだ破壊されるまでには至って居ない。
ジークヴァルトは右手に握られた騎士剣にも砂塵を纏わせ、それは岩石の剣へと変化した。命を奪うまでするつもりは無いので、剣の刃先は丸く成形する。
再び大振りで迫る兄の剣撃を巌の鎧で受け止めたと同時、岩石に覆われた騎士剣を振り上げた。
それを鈍器の様に兄の右腕へと叩き付けて、骨の折れる音が響き断末魔の様な叫び声が上がる。
「ギャアアアアッ!!」
「……これで右手は使えなくなった。おとなしく引き下がってくれ」
激痛に、両腕に握られていた二振りの剣が地面の上に落ちた。
――ウルガーの眼前で行われていたジークヴァルトとその兄である男の一騎打ちは勝負が付いたらしい。
男の強い怒りは更にヒートアップしているが、完全に戦意は削がれているのが分かった。それでも尚、歯を食いしばり、息を荒げながらジークヴァルトを睨みつけていて
「ジークヴァルトォッ!! よくも、やりやがったなぁ! いつか絶対殺してやる!! クソ、痛ぇっ!!」
そう言い放った後、男は左手で右腕を抑えながらウルガーに対しても睨みつけ、続けて自分の部下へと声を荒げる。
「クッソ、テメェらもそんなガキ一人に殺されてんじゃねェ!」
「いや、殺してはいねぇよ」
「生きてんなら立てやボケ共! 早く俺を連れて帰れ、俺を治療させろ!!」
「おいおい、部下使いが荒すぎるだろ……」
あの様な男が上に立っているとは、正直この兵士達には同情する。
意識のある兵二人が立ち上がり、体格の良い一人が残る兵士二人を担ぎ、残る一人は怒り叫ぶ男の方へと向かった。
「俺が言うのも変な話だが、あんたらも大変だな」
「……君達も、死にたくなければあまり余計な行動はしない方がいい」
「――そうかよ」
最後に兵の一人へ声を掛けると、余計な行動はしない方がいいと、警告を受けた。その言葉は脅迫というより、忠告の様に感じられた。
そして近くに停めてあったらしい特殊な造りで出来た馬車へと帰っていき――また、男の怒声が聞こえてくる。
「おい、拘束してたエルフのガキが居ねぇじゃねーか!!」
「申し訳ありません!」
「ええい、クソ、変態姉貴の機嫌取りに捕まえたのによ!! どうすんだよ、シュオン花も、フレデリックにはどう説明すんだ!! テメェらが言い訳考えろ!!」
「か、考えておきます!」
面倒事は部下へと押し付ける姿勢にまたも兵に同情してしまいそうだ。しかし今は他人の事ばかり気にしていられる状況でも無い。
「……怪我は無いか、ジークヴァルト」
「俺の身体は無事だ。が、剣は……もう長くは使えないだろう」
青年はボロボロになった騎士剣を見ながらそう溢す。その後、ウルガーへと視線を移して
「貴様も大した傷では無い様だな」
「神経使ったから疲労は大きいけどな」
互いの状態を確認した所で、本命であるシュオン花へと二人同時に意識を向けた。
「問題はこいつの掘り起こし方だな。下手につつきゃまた煩い音が出るし」
「俺の土魔法で根から掘り起こせばいい」
「またお前頼りか……今回あんま役立ってねぇな、俺」
「……地上からではどこまでが根なのか判断するのは困難だ。貴様の嗅覚を貸せ、そして俺に根の位置を教えろ」
「なるほどな、共同作業って訳だ。無駄に偉そうな言い方なのは気になるが」
「無駄話はいい、早く始めるぞ」
シュオン花のニオイを記憶し、そのニオイが地下のどこまで続いているのかを感知する。
それが把握出来ればジークヴァルトへと根の位置を伝えた。そして青年は地表に手の平を置き地中深くまで魔力を流して、シュオン花の根元の土砂を一気に噴出させた。
土を撒き散らしながら根こそぎ掘り起こされたそれはそのまま地表に倒れその花から根までの全体像が露わになる。
「根から掘り起こせば、もうコイツ触っても大丈夫なんだよな?」
「シュオン花は音を出す際、根から水分や栄養素を吸収する必要がある。故に根を地から離してしまえばあとは音を発する事は無い」
「それなら安心だ。残る問題は……どうやって戻るかだが」
この山頂での戦いで、想定以上に消耗してしまった。ジークヴァルトも顔には出さないがだいぶ疲労が溜まってきたはずだ。青年の魔力もそろそろ尽きてしまうかもしれない。
「こうなりゃ、最終手段の脚だけ獣人化させて獣から襲われる前にさっさと麓まで降りるか」
「無闇に獣人化させる事にはリスクもあると、道中、貴様の口から聞いたが?」
「言ったけど、状況的に仕方ないならやるしかねぇ。山に降りた後の帰り道でお前に背負って貰う事になっても許してくれ」
「なるほど。それは俺にとってもリスクがあるな」
冗談ではなく、もしウルガーが力を使い果たして動けなくなりジークヴァルトに背負って貰うという状況は望ましく無い。
もしその時に先刻の様に何者かの襲撃に会えば、絶体絶命の危機に陥ってしまうだろう。他に策が無ければ仕方ないが。
その後折衷案として、行きと同様途中までは普通に足で降りていき、厳しいと感じたら即座に獣人化の力を解放し急いで降りて帰る、という方針に決まった。
その帰り道の山道、ウルガーは嗅覚にどこかで感じた事のあるニオイを察知する。
「……ん?」
「どうした?」
「いや、何かどっかで嗅いだ覚えのあるニオイが……あそこの木の裏だ」
「何?」
ニオイのする方角を指差し、そこには一本の立派な大木が佇んでいる。指差す大木へジークヴァルトも視線を移し、鋭く睨みつけながら。
「言われてみれば――微かに何者かの気配を感じるな。達人レベルでは無いが、意識しなければ気配に気付けないくらいには手練の様だ」
「まさか、いきなり新たな刺客か。オイ、隠れてないで早く出てこい、居るのは分かって……」
居るのは分かっていると、警告しようとしたその直後。
「あー! やっぱり貴方じゃないですかー!」
その大木の裏からは少し高めで嬉しそうな声と共に、黄緑の髪の毛を持つ顔立ちの整った少年が現れた。そして特徴的な尖った耳を有しており――
「あ! 港町のマリンサイドで会ったエルフ!」
「はい、そうです、僕です。その節はどうもありがとうございました!」
エルフの少年は丁寧にお辞儀しつつ礼を言う。
見てみれば少年の両手には何やら錠が付けられており、それを見たジークヴァルトが呟いた。
「それは魔力を乱す効果を持つ抗魔の錠か」
それを聞き、ウルガーは先刻山頂で耳にしたジークヴァルトの兄の発言を思い返し――
「まさか、お前……捕まってたのか?」
「お、お恥ずかしながら……」
エルフの少年は恥ずかしげに頬を赤くしながら、首を縦に振り答えていた。
 




