十二話 それぞれの対峙
場所はシュオン花の群生する山頂。眼前には五人の敵――ジークヴァルトの兄である赤い長髪の男と、その両側には計四名の鎧と剣を装備した兵士が佇んでいる。
対するウルガーは地面を踏みしめ何時でも動ける様に相手の行動を警戒し、更にジークヴァルトも腰に提げた騎士剣を鞘から引き抜き魔力を高めながら戦闘態勢に入っていた。
「オイオイオイオイ、何だぁ、弱虫ジークの癖にいきなりやる気出しちゃってよぉ!」
兄からの挑発を受け流しながら、青年はウルガーへ視線を向け口を開く。
「……昔、テッドさんから言われた事を思い出した。力とは誰かの助けになる為に振るうものだと……俺がお前の助力になったのならば、この努力の結晶も無駄なものでは無いのだろう」
「当たり前だろ。もう大丈夫だな?」
「あぁ、問題ない」
青年の立ち直った姿を見て赤い長髪の男は舌打ちし面白くなさげに眉間に皺を寄せる。
「つまんねーな、元気出しちゃってよぉ。いいさ、ガキん頃みてぇに泣かせてやる! お前らは銀髪の小僧を殺せ!」
男の指示に四人の兵士は「ハッ!」と同時に返答し、剣を鞘から引き抜いた。
兵士一人一人それぞれの動きが洗練されており、ニオイや体格からいずれも精鋭である事がうかがえる。だが――
「殺気が分かりやすい!」
肌に刺さる殺気の視線を頼りに相手の剣の軌道を察知し、首を狙った一閃を腰を屈めて避けながら中腰のまま相手の懐に飛び込み顎の下から一撃の拳をぶつけた。
脳天まで揺さぶる衝撃に敵兵は足をふらつかせ地に膝を付ける。続けて左右から新たに二つの銀閃が襲い掛かって来た。
空気を切り裂く音から二つの攻撃の向かう先を聴覚で感知する。
右から来る足を狙った一閃を地面を蹴りながら跳躍して回避し、左から心臓を目掛け迫る刺突は飛び上がった足で剣の平地を狙って蹴り飛ばし攻撃を防ぐ。
着地と同時に左側の敵兵の顔面に拳を打ち付け、そのまま地面へと背中から叩きつけた。
その後も追撃を掛けてくる右側の敵兵の斬撃を頬に掠りながら避け直進し、その腕の鎧が纏われていない部分に肘を打ち敵兵の苦鳴と骨の砕ける音が響く。
直後、聴覚と嗅覚が新たな気配を感知する。機を窺っていた残る一人の敵兵が、背後から首を狙い刃を振るって来たのだ。
「ッらぁァ!」
地面を踵で削り、相手の目を目掛けて土を蹴って散らす。両目に土の掛かった敵兵は剣の動きが鈍り、その攻撃は空振りに終わる。
相手の視力が回復するより先に瞬時に敵兵との距離を詰め、顔の横から蹴り飛ばした。
頬に受けた傷の深さを確かめる。大した傷口ではない、急いで止血せずとも大丈夫だろう。
周囲の気配を感じ取り、戦闘はまだ終わらない事を察する。
「ふぅ……、流石は戦いの本職だ。簡単には倒れてくれねぇな」
四人の兵士は多大なダメージを受けているものの、戦意は衰えておらず立ち上がり始める。まだ戦闘は続行可能な様だ。
呼吸を整え、どう動くか思考を巡らせた。
一方、兄との交戦に入ったジークヴァルトは、一振りの騎士剣を構え魔力を高めながら刃を交え打ち合いを始めていた。
兄の戦闘に使用する武器は両手に握られた二振りの剣、そのどちらもが希少な金属から作られた高価な剣である。
刃と刃がぶつかり火花の散るたびに、ジークヴァルトの騎士剣に少しずつ傷が付き刃が欠けて行く。
「ハッハッハ! スゲェだろ、俺の剣! 騎士団の汎用的な剣なんざみるみる内にボロ雑巾に変えてやるよ!」
「……」
「どうしたぁ? 怖くて何も言えなくなっちまったか?」
「そうだな……まだ俺は貴方が怖い」
「オウ、じゃあ土下座して泣きながら謝罪しろ! 俺は優しいからなぁ、一生ドブだけ啜って何もせず生きてくと誓うなら許してやらぁ!」
「――だが、実際に刃を交えてみて分かった事がある」
「あぁん?」
「今の貴方の剣の腕は、大した事は無い。それどころか以前より衰えている」
「……あ? テメェ馬鹿か? 自分の剣見てみろや、ボロボロになってきてるだろうが」
「それは剣が強いからだ。貴方自身の実力では無い」
「オイオイ、あんまふざけた事抜かすのも大概にしろよ。マジで殺すぞオイ」
「今の地位にあぐらを欠いて、鍛錬を怠っていたか……貴方のどこまでも強くなろうとする姿勢だけは、尊敬していたのに」
「死ね、クソが!!」
「『砂嵐』」
ジークヴァルトの詠唱と共に、兄の足元から大量の土煙が噴出し、竜巻の形となって周囲に巻き起こる。視界が奪われた兄は、怒りに声を上げ罵声を浴びせる。
「テメェ、何だぁこりゃ! 卑怯だろオイ、何が騎士だ糞が!!」
「中級の土魔法だ、そんなもので狼狽えないで貰いたい」
軍や騎士団の上級の兵士ならこの魔法にも難なく対応出来ただろう。だが、兄はこんな魔法でも狼狽える程に衰えてしまったのかと……どこか複雑な感情が沸き起こっていた。
「ガアアァッ!」
怒りに声を震わせながら二本の刃を全方位に振り回し始める。
この砂の竜巻は、痛みさえ我慢すれば無理矢理突撃し脱出する事も可能だ。だが彼はそれを試そうとさえしない。
「痛みに恐怖を感じる様になってしまったか」
そのままジークヴァルトは助走を付け高く跳躍し、竜巻の中心部へと飛び込んで行く。
砂の竜巻の中では兄がひたすらに剣を振り回していた。そのまま上空から彼の頭上へと降下していき――
「隙だらけだ」
「――ッ!!」
頭上から兄の頭部に蹴りを入れ、砂の竜巻の中へと叩きつける。
「アギ、ぎぃやぁッ!!」
全身を襲う痛みに叫び、そのまま兄は竜巻の外へと投げ出され地面の上を転がって行く。
砂の竜巻を消し兄の様子を窺う。すると彼は息を切らし、歯を食いしばり、強い殺意を瞳に宿しながらこちらを睨み付けて来ており。
「ジーク、ヴァルトぉ……もう、マジで、ぶっ殺すからなぁっ!!」
「……俺はまだ、死ぬ気は無い」
――――ウルガーとジークヴァルトのニ名が山頂にて戦闘を行っていた頃、森の中心部に存在する第五施設と呼ばれている場所にて。
「ウルガーとお兄ちゃんは大丈夫かしら」
ニアは窓から外を覗きながら、ゴロゴロ山へ向かった二人の事に想いを馳せていた。
どちらも強いからちゃんと帰って来れるはずだとは信じているが、怪我でもしたら痛いだろう。無事に帰って来て欲しい。
それに出発前、二人はあまり仲良くなさそうな様子だった。主にピリピリしてる兄のジークヴァルトが原因なのだが、出来れば仲良くしてもらいたい所だ。
現在、テッドは協力者で凄い技術者らしいチャックと二人で話し合っていて、ニアは暇なのでこうして窓際に来て外を眺めている。ここに来た理由は、
「何か見張り飽きて来たよ、何も無さ過ぎて」
外のすぐ近くにビッキーが居るからだ。いきなり用心棒として駄目な発言をしているが。
「駄目よ、お仕事なんだから真面目にやらなきゃ」
「分かってるよ、言ってみただけ」
「ん〜、でも確かにいつも周りに気を張ってちゃ大変よね。いつもありがとうございます」
「お客様からの感謝は仕事の励みになるよ」
感謝を伝えるニアの頭をビッキーが撫で回して来る。
母に頭を撫でてもらっていた記憶がふと蘇り、寂しい気持ちが込み上げそうになるのをグッと堪えた。
そうしていると、ビッキーが顔を近づけ「そういえばさあ」と何か問い掛け様と口を開いて
「ニアちゃんてウルガーの事好きなの?」
「ぴゃぁっ!?」
「何その変な反応」
あまりに唐突な質問につい変な声が出てしまった。
顔が何やら熱い気がするが風邪は引いていないはずだ。
「な、何よいきなり変な質問して……」
「暇だし〜。何かニアちゃんたまにウルガーの事を異性として意識してる様な顔になってる気がするから」
「と、友達としては、好きです……」
「恋愛的な意味で聞いてんだけどね」
「そんなの分かんないわよ……恋とか……本の中でしかそういうの見たこと無いし」
「う〜ん、そっかぁ。じゃあ質問の仕方を変えよう。ウルガーとチューしたいと思う?」
「き、キ、キスなんて破廉恥過ぎるわ! 結婚した大人同士しかやっちゃ駄目なのよ!?」
「ちょっと待って、その認識はどうなの」
「え?」
何故かビッキーが信じられないものを見る様な目で見てくる。特に何か変な事を言ったつもりは無いのだが。
「まあいいや、キスの事は置いといて。じゃあ、手を繋いだりとかは?」
「う……」
「繋いだの!?」
「す、少しだけよ! それに危ない所で怪我しない様にだから!」
「あー、なるほどねぇ」
ビッキーは楽しげにニヤニヤしているが、こういう話をするのは非常に照れ臭い。顔がやけに熱いし心臓の鼓動もうるさくなってきた。そろそろ話題を変えたい。
「あ、そ、そういえばあれよ! そういえばビッキーってどこ出身の人なの?」
「話題の変え方雑ぅ……」
「う〜、もういいでしょ、恥ずかしいの! あと出身地聞きたいのも本当だし!」
「分かりました、分かりました。私の出身地はねぇ、北の国ノーゼン。イースタンと同じ、世界で最も大きい『四大国』の一つだよ」
「ノーゼン……、確かツヴァイクルド王が統治してる国よね。ビッキーも『四大国』出身の人だったんだ」
「まあ、暮らしてたのは七歳くらいまでだけどね。色々あって出てったんだけど……唯一の心残りは……友達を置いてきちゃった事くらいかな」
「じゃあまた会いに行けばいいじゃない。今のビッキーならノーゼンに行くのも難しく無いでしょ?」
「……無かったんだよ」
「え?」
「少し経ってから戻ったら村が無くなってた。いや、そもそも始めから……存在しない事になってた」
「どういう、事?」
「――ちょっと話し過ぎちゃったかな。まあ、大した事じゃないし、忘れて」
ビッキーが話題を終わらせようとする。
いきなり村が無くなっているなど、どう考えても只事では無い。だがこの件に関してはもう話をする事を避けたがっている。
なら、これ以上の深入りは良くないだろうと――
「お話の最中に申し訳ありません」
「――っ!?」
その時、外から突然知らない女の人の声がした。
ビッキーは即座に警戒態勢に入り、ニアも声のした方向へ視線を向ける。するとそこには、黒い髪を長く伸ばしたニアと同い年くらいの少女の姿があった。
その人物からは何となく、以前出会った青年アーレと似たような気配を感じた。
「誰、あなた……?」
ニアの問い掛けに黒髪の少女は表情を変えぬまま落ち着いた口調で返答する。
「夜分に失礼します。私の名前はケイミィ……この施設を、渡して貰いに来ました」




