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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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十話 第五施設にて


 一行は広大な森の中央にポツンと存在する一階建ての小規模な石造りの建造物に足を運んでいた。

 そこはイースタン国軍技術班の第五施設、テッドが目的地として挙げていた場所がここだ。


「んじゃ、私は念の為外の見張りやっとくから」


「気をつけてね」


「何かあったらすぐに呼べよ」


 ビッキーは見張りの為に一人外へ残る。あとのメンバーで中に足を進めると、施設内は物音一つせず静かで人の気配が感じられなかった。

 床の上もとても清潔とは言えない状態で大事な物なのかゴミなのかよく分からない物がそこら中に散乱している。


「なんだこりゃ……まさか、誰かに荒らされたのか?」


「違うな、いつもこうだ」


「マジかよ」


 屋内の惨状を目にしたウルガーの嫌な想像を、ジークヴァルトが即座に否定する。目の前の惨状がこの場所にとって普通だとは、最初とは違った意味でまたも驚く。


「踏んだり勝手に動かしてはいけませんよ。ここの施設長にとっては意味のある置き方かもしれないので」


「そうなの!?」


 更にテッドがそう語り、床を片付けようとしていたニアは掴もうとしていたよく分からない物をすぐに手放していた。

 その施設長というのが、テッドの言う協力者になってくれるかもしれない人物らしい。屋内の状態だけで、癖のある人物であろう事は察せられた。


「恐らく施設長は今は寝ていますね。起きるまでの間に、話の続きを聞かせて貰いましょうか、ジークヴァルト」


「はい」


 道中、突然出会ったニアの義兄ジークヴァルト。彼から新たに与えられた情報は二つだった。


 まず一つ目に、貴族アインスソード家の当主――即ち、ニアやジークヴァルト達の祖父が無実の罪を着せられ軍に捕らわれている事。

 実は国内では政治家が殺される事件が相次いでおり、その事件の実行犯として罪に問われている。


「だが、実際は国王にとっての不穏分子を始末した悪行を、お祖父様の罪として擦り付けられてしまっただけなんだ」


 何故、罪を被せられる事になってしまったのかまではまだ分からない。だが、上層部の人間にとって何か都合の悪い事があったのだろうとテッドが推測から語っていた。


 そして問題はそれだけでは無い。当主が捕らえられた事で、家の中の勢力は大きく二つに分かれてしまった。


「お祖父様を助けようとする者と、国王に味方する者の二つだ。そして、多くは国王側に付いた……俺の両親やその兄弟もほとんどは国王の味方になっている」


「そんな……家族が、大変な目に遭っているのに」


「ニア。貴様は、あの家では育って無いから分からんだろうな。国王に切り捨てられる不甲斐ない当主など要らんというのが共通認識だ」


「酷い……。でも、お兄ちゃんは、助けようとしてるのね」


「――勘違いするな。今、お祖父様が居なくなれば他の者が当主になる。いずれ当主になる事を目的としている俺にとってそれは都合が悪い。ただ、それだけだ」


 ジークヴァルトは視線を冷たくしながら自分の目的を語り聞かせる。どこまでが本心なのかは分からないが、今はそこに触れる所では無いだろう。

 一通り話を聞き終えて、テッドが静かに口を開いた。


「ジークヴァルト、何故お祖父様が冤罪を掛けられる事になったのか……何か心当たりはあるかい?」


「……」


 ジークヴァルトは、一瞬黙り込む。そしてほんの微かに、ニアへ視線を向けていた気がしたが、すぐにテッドと目を合わせた。


「心当たりは、ありません」


「そうか。……念の為に言っておくけど、この状況だ。隠し事はあまりしない方がいいよ」


 テッドの言葉に、ジークヴァルトはまたも一瞬黙り込む。そして、すぐに切り替える様に口を開いて


「――申し訳ありません。テッドさんだけに、あとでお話してもいいでしょうか」


「分かった。あとで聞こう」


「え、テッドだけ? 私は?」


「貴様は聞かなくていい」


「え〜……」


 詳細は分からないが、テッドだけに話したい事が何かあるのだろうとは勘付いた。だから、ニアを制止する様に肩を叩き


「まあ、いいじゃねえか、テッドさんには話すみたいだから。あんま無理に話を聞き出そうとするのも良くない」


「ん〜、そうね。分かったわ……」


 なんとなく納得いかない雰囲気の表情だが、承諾し再び椅子に腰を掛けた。


 状況の整理が終わり、これからどうするか次の話に移ろうとした所で、その場に新たに割って入る人物が現れる。


「はぁ〜あ、よく寝たよく寝た。おやおや、おはよう君達、いい朝だね。何してるんだい、なにか楽しい話でもしていたのかい?」


 砕けた雰囲気の声で喋りながら現れたのは、ボサボサの金髪と無精髭を生やした眼鏡の中年男性だった。

 テッドとジークヴァルトは、彼の顔を見てそれぞれが口を開く。


「チャックさん、おはようございます」


「今はもう夜だぞ」


「ハハハ、僕からしたら時間など関係ない。起きた時が朝で寝る時が夜なのさ!」


 よく分からない理屈を言いながらこちらのテーブルに近付き、空いた椅子に勢い良く尻を着ける。そして、ウルガーとニアにそれぞれ視線を移し。


「見ない顔も居るね。僕はここの施設長のチャックだ、よろしく。まあ、人員は僕一人しか居ないんだけどね!」


 人員が居ないという悲しい事実を楽しそうに笑いながら言い放つ彼に、二人は頭を下げながら答える。


「俺はウルガーだ、よろしく頼む」


「ニアです。よろしくお願いします」


「何だい、君達も真面目かい? もっと楽しい自己紹介を期待していたんだけど」


「え、楽しい自己紹介?」


「それやってくれそうな女なら今、外に居るけど……」


「へえ、良いね。しかも女の子か、ちょっと外見てくるよ」


「待ってください、チャックさん。ビッキーさんには後で会わせてあげますから先ずは話を聞いてください」


 肩を掴み外出を妨害するテッドに、チャックは唇を尖らせながら不満げに振り返るも、「分かったよ」とすぐに落ち着きを見せ


「ジークヴァルトだけでなく、テッドまでもが僕の所へやって来たか……外では今、大変な事が起きているんだよね?」


 魔導会についての判明している部分や、軍と魔導会の繋がりなど、これまでに得た情報を全てチャックに伝え聞かせる。

 どうやら軍が不穏分子殺害を行いその罪をアインスソード家当主に擦り付けた事は、既にジークヴァルトから聞かされていたらしい。

 それらを全て聞いたチャックは目を閉じ腕を組みながら思案する仕草を見せ、その後ゆっくりと瞼を開き


「うん。それは許されないね。大国の軍隊が犯罪組織なんかと繋がりがあるなんて、反吐が出るよ」


 彼はそう言い、その目には確かな怒りを宿しているのが分かった。分かりやすく不正を嫌うチャックは、事前に聞いていた話よりもマトモそうな人物で――


「悪人には食う暇も寝る暇も与えず僕の手で拷問し苦しみを何日間にも渡り与え続け、涙も鼻水も小便も垂れ流しながら謝罪させ今までの行いを後悔させてやる」


「いや、やっぱ怖ぇよ」


「流石にそれは駄目だと思うわ、チャックさん」


 想像以上に過激な発言が飛び出して、ただただ絶句するしか無かった。

 今回は味方に付いてくれるみたいだが、敵にならなくて良かったと心底ホッとする。


「安心してください。彼は口ではああ言いますが、本当に拷問する事はありません」


「そうなのか……それは良かった」


「この国では罪に問われますからね」


「罪に問われなかったらやるの……?」


「オイ、貴様ら二人。今はチャックがどういう人間かなどどうだっていい。話を戻せ」 


 脱線仕掛けた話にジークヴァルトが不機嫌そうにウルガーとニアを睨み付ける。確かにそんな話をしている場合では無い、ここは彼の怒りが正しいだろう。

 素直に反省し黙り込む二人を横目にテッドが話を元に戻す。


「さて、チャックさん。協力してくれる、という事で良いんですね」


「勿論さ。僕はそんな不正、見過ごせないからね。だけど……何か作戦はあるのかい? 元々君達は魔導会とこの国との繋がりを探り、そこから魔導会の拠点を暴き出すのが目的だったんだろう」


「そうです。そのために騒ぎを起こさぬ様に軍の関係者から情報収集をする予定だったのですが、現状それは不可能になりました。恐らくフレデリックが既に軍全体に私達の事を敵として伝えているでしょう」


「それに下手に正面からぶつかれば国全てを敵に回しかねない、ね」


「その通りです」


「……」


 厳しい現状に対しどうするのが良いのかそれぞれが考え込む中、チャックは再び口を開き


「なら、この国が裏で行っている悪行の証拠を突き付けて、国民全体にそれを晒してしまえば良い。国は民が居なければ成り立たない、奴等も国民全てを敵に回したくは無いだろうね」


「ふむ。言葉だけでは信じて貰えないでしょうから、それが出来れば一番いいです。しかし、目に見えて分かる証拠が無いと厳しいでしょう」


「……けど、そんな都合の良い証拠なんてあるのか?」


 国が悪事を隠蔽しているなど、いきなり口だけで伝えても信じてくれる者は少ないだろう。おかしな妄想を垂れ流していると思われるかもしれない。

 誰が見ても分かる様な証拠となる確実な物、そんなものがあるのかどうか……国の上層部も証拠を残す様なヘマはやらないだろう。簡単に行く事では無い。

 そう思い口に出たウルガーの疑問に対し、チャックは明るい笑顔を浮かべながら答え


「都合よく証拠を残す方法ならあるよ!」


「あるのか!?」


「あるの!?」


 アッサリと即答され驚くが、証拠を残す方法、とはどういう事なのか。疑問に感じ


「証拠じゃなくて、その方法って……どういう事だ? チャックさん」


「映像と音声に残せば良いのさ。素材さえ揃えば僕が記録用の魔道具くらいは作れる。それよりも問題はどうやって全国民に記録した内容を伝えるかだけれど」


「そういや、そんな魔道具が世界にはあるってレオンさんから聞いた事があるな。けど、素材は貴重品なんじゃ無かったか?」


「そうだよ、希少な花と外国に棲息する獰猛な鳥獣の視覚器官が必要だ。まあ、視覚器官についてはこの施設に在庫があるから大丈夫なんだけれど」


「まさか、もう一つの材料は無いのか?」


「そうなんだよ。まあ、幸いこの国に棲息している花なんだが……」


「ゴロゴロ山の頂上に数少なく咲いているシュオン花ですね。あそこには一流の戦士でも一人で行くには厳しい、それ程に強い猛獣が棲息しています」


「え、それ凄く危ないじゃない……」


 どうやら、素材を揃える事も一筋縄では行かないらしい。しかし、それ以外に方法が無いのならば危険な場所だとしても行くしか無いだろう。

 その山へは自分が向かおうと手を挙げ志願しようとしたと同時、椅子から立ち上がる音が聞こえた。音のした方向へ目を向ければ、ニアの義兄ジークヴァルトが立ち上がっており、テッドへ視線を向けながら


「ゴロゴロ山へは俺が一人で行きます、テッドさん。念の為、この施設にも戦力は残していた方がいいでしょう」


「ジークヴァルト……確かに、この場にも戦力はあった方が良い。フレデリックが勘付く可能性もあるからね。けれど、流石に単身でゴロゴロ山へ向かう事は危険だ」


「そうよ、お兄ちゃん。一人で行っちゃ危ない場所なのよ」


「……」


 テッドもニアも、心配を込めた眼差しでジークヴァルトを見ていた。戦いが得意なわけでは無いニアを行かせるわけにはいかないし、実力者であるテッドとビッキーは残しておいた方が良いだろう。

 ならば、やはり


「俺も一緒に行く。いいか? ジークヴァルト」


「……テッドさんに要らぬ心配を掛ける訳にもいかない。良いだろう、付いて来い。俺の邪魔はするなよ」


「何で高圧的なんだ」


 こうして、ウルガーとジークヴァルトのニ名が、危険地帯であるゴロゴロ山へ向かう事に決まった。


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