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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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九話 兄と妹


 ――柔らかな布団の上で寝かされている自分に、大人の女性が声を掛けて来る。慈愛の込められた音色で、語り掛けてくれているのが分かった。


 目の前には大人の男女二つの人影が見えている。

 二人の顔は靄がかかった様に認識する事が出来ず、何かを話しているもののそれを聞き取り内容を理解する事も出来ない。

 しかし、その話している二人からは悪意は感じずむしろ暖かささえ感じた、それだけは確かだった。

 隣を見ればそこには、自分と同じ布団の上に寝かされているらしい赤子がいる。しかしその姿もはっきりとは認識出来ず、靄がかかった様に白い姿で。


 それらはどこか、懐かしいニオイのする光景だった。優しい人達の居るこの場所に、ずっといつまでも自分も居たいと思うような……




「――ウルガー」


 名を呼ぶ少女の声がして、目の前に見えていた光景は搔き消えた。忘れかけていた自分の名を思い出し、出会った人々の姿が脳裏に蘇り、意識が浮上する。


 暗い闇の広がる中、瞼を開けば目の前には赤い髪の少女、ニアの顔が視界に映っていた。


「ウルガー、そろそろ出発よ。起きましょう」


「あぁ……そうか、わざわざ起こさせて悪い」


 頭を搔きながら腰を上げ、「獣人化」の力で激しく消耗した体力を回復させるため眠りについていた事を思い出す。

 先刻まで見ていたものは、夢だったらしい。あんなに優しい感じのする夢は久しぶりに見た気がするが……


「誰だったんだアレ」


 覚えの無い何者かに対し懐かしい様な奇妙な感覚を抱いていた自分が気になったが、夢は夢だ。深く気にしても仕方ないだろうと気持ちを切り替える。

 大人の女性の声はきっと若い頃の祖母の声だろうと自分に言い聞かせながら立ち上がった。


 現在、港街から逃走し脱出に成功したウルガー、ニア、テッド、ビッキーの四人は近くの森の奥に存在する廃村に身を隠し潜伏していた。

 今居るここは、廃村の中にある古びた一軒家。窓は割れ屋根にも穴の空いた箇所が数か所あるが、身を隠のに利用するだけならば問題の無い範囲だ。

 しかし、ただ息を殺し隠れ続けているだけではこの国にやって来た意味が無い。


「生きていたフレデリックに他にも魔導会のメンバーが二人……そして我々の入国も既に筒抜けだったとなれば、迂闊な行動は取れません。移動するなら夜の今が良いでしょう」


 埃を被っていたボロボロのテーブルを囲む四人の内の一人、テッドが周りの三人へ視線を向けながらこれからの行動について語る。


 ビッキーがフレデリックの口から聞いた情報を信じるならば、魔導会に在籍する『占術師』によってこちらの居場所が割れてしまっていたらしい。

 以前リシェルからも占術師についての話は少しだけ聞いていたが


「まさか俺達の居場所まで分かるとはな。ただのインチキ占い師じゃなさそうだ」


「ね、ねぇ、大丈夫かしら。今の私達の居場所もバレてたりしたら……」


「……確かにそれは気になるが、今の所は嫌な気配はしない」


 ニアは不安気な表情を浮かべながら、嫌な想像を口に出す。

 その不安は最もだ、しかし嗅覚や聴覚を研ぎ澄ませて見ても近い範囲内には怪しい気配は感じられなかった。だから、今ならまだ見つかってはいないと思いたい。


 そして隣に座っていたビッキーがニアの肩を「大丈夫、大丈夫」と手の平で軽く叩きながら答え


「占術ってのは言っちゃえば、極まった魔力探知の一種だからね。一箇所に留まるより移動しといた方がバレにくいと思うよ」


「へ〜、ビッキー物知りね」


「初めて聞いたぞ、そんなの」


「占術が魔力探知の一種とは……私も初耳ですね。ビッキーさんは占術に詳しいのですか?」


 テッドの投げ掛けた疑問に、ビッキーは「別に詳しいわけじゃないけど」と前置きしてから言葉を続ける。


「昔、幼馴染と暮らしてた村にさ、小さい学校の教師やってる凄腕の占術師の婆さんが居てね。その人からちょっと聞いた事があるの。今はどこで何してんのか知らんけど」


「ふーん、教師もしてるなんて凄いお婆ちゃんね」


「まあ凄いのは凄いけど、正直私は嫌いだったなあの婆さん。今にして思えば子供に対して変な事ばっかり教えてたし……」


「おい。婆ちゃんとか年寄りの話はうるさい時もあるけど、聞いといた方が役立つ事もあるぞ」


「いや、そういう知恵袋的なやつじゃなくて、神は貴方達だの選ばれし者だのと変な事をさ」


「それは間違いなく変な事だな、すまん」


 祖母の事を思い出しつい突っ掛かってしまったが、ビッキーから返ってきたモノは想像以上に意味不明な内容だった。

 自分もそんな話をされたら変な事言ってるとしか思えないだろう。


「では、皆さんそろそろ出発しましょうか。協力してくれそうな人物に心当たりがあります」


 話も終わった所で、テッドが出発の合図を出した。必要最低限の荷物だけを持ち、周囲に気を配りながら、四人は静かな闇夜の中へと足を踏み出していく。


「これから向かう場所に居るテッドの知り合いって人、信じても良い人なのよね」


「はい、彼ならば正直に話をすれば手を貸してくれる筈です」


「そんなに良い人なのか、これから会う協力者ってのは」


「……良い人かと聞かれると……肯定しづらいですね。性格には難があり軍内で問題を何度か起こしていますし。それでも技術力の高さでまだ技術部に雇って貰えている状態ですが」


「テッドさん、それ本当に大丈夫なのか?」


「何だか怖い人なイメージしか湧かないわ……」


 不安気な表情を見せるウルガーとニアに対し、テッドは「ですが」と一拍置いてから言葉を続けて


「彼が問題行動を起こすのは、軍の不正行為や上からの理不尽な命令に逆らう時なんです。物事の好き嫌いが激しく気難しい方ですが、悪人ではありません」


「なるほどな。そういうタイプの人間なら確かに、協力してくれる可能性はありそうだ」


「不正行為が嫌いなら、魔導会と軍が裏で繋がりがある事も許せないかもしれないわね」


「はい、ですから先ずは彼に接触します……そろそろ会話は控えましょうか。誰かに聞かれたらいけません」


 四人は声を殺して足音をなるべく立てない様に進み、月の光のみが照らす道を歩き山道へと入って行く。

 周囲からは虫の囁き、夜行性の獣の足音が聞こえる。山道を歩く道中、遠くには微かに街の灯りが見えた。大国の街は深夜でも灯りが付いているとは聞いた事があるが、本当だったらしい。


 そうして山道を抜け、森に入りその道中、別れ道が目の前に現れる。先頭のテッドが指を差した右側の道へと四人で進んで行く。

 その最中、ウルガーの嗅覚が何かに反応を示し足が止まる。これはヒトのニオイだ、そして、よく知るものに似たニオイ――


「……!」


 それと同時に、先頭に居たテッドは足を止めてから「止まれ」と背後の三人に手で合図した。その後、ビッキーが小声でボソリと呟き。


「誰か居るね」


 どうやら彼女も何者かの気配に気が付いた様だ。ニアも気配は分からずも何かあるらしい事は察してなるべく声を出さない様に周りを警戒している。


 その場から動かず何者かの出方を窺っていると、相手の方から先に動き始めた。


「どうやら俺も気付かれているらしいな。隠れても意味は無いか」


 それは若い青年の声だった。その落ち着いた音色と共に高木の陰から現れた人物はフードで顔を覆い隠し右手には一振りの騎士剣が握られていた。微かに赤い前髪も見えている。


 突如現れた赤髪の青年はこちらに切っ先を向け言い放つ。


「名を名乗れ。貴様らは何者だ」


「いや、待てよ、お前こそ何者だよ……」


 いきなり剣を突き付けられ名乗りを迫られるが、聞きたいのはこちらの方だ。相手の正体が分からない以上、迂闊に素性を明かす事は出来ない。

 そしてもう一つ嗅覚で感じ取った気になる事があるのだが、相手の素性が分からない今それも簡単に口に出すわけにはいかなかった。


 膠着状態の中、テッドが一歩前へ足を進め、腰の騎士剣に手を添えながら相手に返答する。


「人に名を聞く前に先ずは自分から名乗るのが礼儀ではないでしょうか。いきなり剣を向けて来る怪しい人物に名前など教えられません」


 その応えに対して赤髪の青年は一層視線を鋭くさせ、剣を強く握り締め構えた。


「この道の先はどこに繋がっているか答えてみろ。気配を抑えながらコソコソこちらへ来るなど、怪しいのは貴様等の方だろう!」


 次の瞬間、赤髪の青年は地面を蹴りつけながら飛び掛かって来た。振り抜かれた高速の剣は先頭に立つテッドへ向け放たれ、対するテッドも瞬時に腰の剣を抜き一閃を受け止め火花が散る。


「これは警告だ。この場から去れ」


「帰るわけには、いきませんよっ!」


 テッドは剣を打ち返し、相手の切っ先を弾き飛ばす。更にそこへ続けてウルガーも赤髪の青年に飛び掛かろうとして。


「いきなり攻撃してくる奴に怪しいとか言われたくねぇよ!」


「待ってください、ウルガー君!」


 その最中、テッドに手で動きを制止され足を止めた。

 何かに気が付いた様にしているテッドの視線の先を見れば、赤髪の青年のフードが脱げ顔が見えていた。


 更に青年は目を見開きながらテッドの顔を見ている。そして、刹那の沈黙のあとテッドは青年の名を口にして。


「君は、ジークヴァルトか?」


「貴方は、まさか、テッドさん……っ!」


 先刻までの威圧的な態度が一気に軟化し、ジークヴァルトと呼ばれた青年はテッドに対し頭を下げ


「申し訳ありませんでした!」


「いや、いいんだ……こんな所で何をしているんだ、ジークヴァルト」


「……」


 青年はどうやらテッドの背後に居る自分達三人を警戒しているらしい。明らかに強い敵意を向けられている。

 それに気付いたのか、テッドは落ち着かせる様にジークヴァルトへ声を掛ける。


「大丈夫だ、後ろの三人も私の仲間だ。それより、本当に君は何をしているんだ。ここから先にあるのは、技術班の第五施設だろう」


「……テッドさんは、俺を追って来た訳じゃないんですね?」


「むしろ、私達が追われている方だよ」


「そうですか……テッドさんの話なら信じましょう」


 どうやらジークヴァルトと呼ばれた青年はテッドの事をよっぽど信頼している様だった。

 彼は剣を鞘に戻しながら「申し訳ない」とこちらへ一言謝罪を告げる。

 そして、ニアの顔をジッと見つめ始め


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「……アンネリー叔母さんに似ているな」


「え、お母さんの名前知ってるの!?」


 その反応に、ジークヴァルトは何かを確信したようにニアの顔を見つめながら眉間に皺を寄せ


「そうか。お前がニアか……魔女らしいな」


「そうよ。……あれ、テッド。もしかして正体明かしちゃ駄目だった?」


「大丈夫です。――ジークヴァルト、我々がこの国に居る事は他の人には内緒にしてもらえますか?」


「はい、テッドさんの頼みとあらば!」


「テッドさんにはあからさまに態度が柔らかくなるんだな……」


「何だか凄く懐いてるのね。それで、ジークヴァルトさんは何で私やお母さんの事を知ってるの?」


「彼は、アンネリー様の姉の息子に当たる人物です。ちなみにニア様より二つ上です」


「そうなの!?」


 テッドから明かされた二人の関係に、ニアは驚きに目を見開き、ジークヴァルトは無愛想な顔で彼女と視線を合わせる。


 亜人の嗅覚で似たニオイを感じた理由にも合点がいった。


「血の繋がりがあったのか……そりゃ似てる訳だ」


 その後、ニアはジークヴァルトに顔を近づけて


「つまり、私のお兄ちゃんって事ね!」


 その呼び名に、ジークヴァルトは一層不機嫌そうな表情になり


「貴様……何だ、その凡俗な呼び方は。俺達は貴族家出身の人間だぞ。他に言い方があるだろう」


「ん? えーと……じゃあ、お兄様? 何だか呼びにくいけど」


「……そもそも貴様の兄になどなった覚えは無い。好きにしろ、どうでもいい」


「じゃあ、お兄ちゃん」


「……ふざけているのか?」


「ふざけてないわよ、怒らないでよ……」


 ジークヴァルトはあからさまにニアに対して苦手意識を抱いている様だった。

 そこへテッドが咳払いしながら二人のやり取りをいったん止めさせて。


「――それで、少し前の君の発言を聞く限り。ジークヴァルトも軍から追われているという事かい?」


「はい。実は……」


 と、ジークヴァルトは悔しげに歯を食いしばり、自分の身に起きた事を話し始める。


「お祖父様が、無実の罪を着せられ軍に捕らわれてしまいました。無実を証明しようとした俺もまた、追われる立場となってしまったのです」


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