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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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五話 内緒話


 天気も荒れる事は無く船の旅は順調に進み、マリンサイド出航から三日が経過。

 水平線まで広がる青い海の向こう側に、目的地である大国イースタンの姿が段々と見えてくる。


「あれがイースタンか……」


 故郷である島を出てから一年、ずっと同じ大陸の中で行動し生きてきたのでそれ以外の国に行くのは初めての事だった。

 それもニアの生まれ故郷であり、魔女へ対する差別が特に激しい国だと聞いている。彼女の様子は大丈夫なのだろうかと、目を向けてみれば


「実は私もイースタン行くの初めてなのよね」


「マジかよ」


 生まれ故郷の国に来たのが初めてだという事実を聞かされ驚愕していると、横からテッドが続けて口を開き周囲には聞こえない様に小声で耳元に語り掛け


「ニア様は生まれてすぐ、母であるアンネリー様と共に外国まで追放されましたからね。なので、イースタンではなるべくニア様の正体はバレない様にしたいのです」


「なるほど……じゃあ偽名とか要るんじゃないか?」


「フッ、それなら既に考えているわ。というわけでイースタンに着いてからは私の事はアニーと呼んでちょうだい」


「了解しました、アニー」


「分かった、アニー」


「……何だかむず痒いわね」


「自分で提案したんだろ」


 ニアの偽名も決まった所で、背後から「おーい」という声が聞こえて来る。それは もう一人の同行者であり用心棒の少女。


「念の為にブラブラ散歩しながら船の中見廻って来たけど、私達に敵意向けてる奴や怪しいのは居なかったよ」


「ありがとうございます、ビッキーさん」


「船での旅は最後まで、順調に行けたみたいだな。何も無くて良かった」


「海の上で荒事とか面倒いから同感だよ。さて次はニアちゃんの故郷……」


「ビッキー、私はニアじゃないわ。アニーよ」


「アニー……ってそれ偽名にしても安直すぎない?」


「かっこいいと思ったのだけれど……」


「かっこいい偽名ならもっとこう、エリザベスとかグランヒルデとかいいんじゃない?」


「え、かっこいい! 凄いわ、ビッキー! 私グランヒルデにしようかしら!」


「ふふん、もっと私を褒めなさい」


「凄いわ! 天才よ!」


「ん〜、もう一声!」


「アニーのままでいいから、無駄に名前長くするなよ」


 ニアとビッキーはこの数日の間に割と仲良くなっていた。同性で年も近いからだろう。


 ――そうして三日の海の旅を続けた客船は港町の船着き場へと向かって行く。

 大国と呼ばれているイースタンの港町なだけあり、そこはマリンサイドよりもさらに一回り以上な大きい街となっていた。


 船体が動きを止め、客船からは続々と老若男女、様々な人種も混じる人々が降りて行く。


 そしてウルガー達は念の為人混みは避けるべく一番最後尾に位置し、更にニアは認識阻害魔法である『黒い霧』を周囲へ微量に発生させる。この少量であれば周囲から存在は認識されるが個人の特定には難が生じるレベルの阻害効果が出るらしい。


「クリストでの戦いが終わった後に自分の魔法で何かもっと出来る事が無いか特訓しながら探してたら出来る様になったわ」


 との事である。


 ただ、魔力の操作が意外と難しいらしく長時間は持たないと語っていた。


 認識阻害の魔法を使った理由は、船を降りた先ではイースタンの軍人らしき兵が客の荷物のチェックを行なう為に待ち構えていたからだ。

 特に見られて困る物は持って来ていないので荷物を見せることに躊躇する必要などは無いが、もし魔導会の息の掛かった兵士であれば大変な事態になりかねない。

 ――と、兵に荷物の確認をしてもらおうとしたその時だ。


「あ、待ってください。そこの貴方」


 若い兵の一人がテッドへ視線を向け、そう声を掛けて来た。ウルガーは一瞬警戒してしまったが、その続く言葉は


「片手で荷物を持てますか? 難しそうなら手伝いますが……」


「いえ、問題ありません。ありがとうございます」


 どうやら、片手を欠損しているテッドを心配し声を掛けただけだったらしい。見た感じ、嘘を付いている様子もない、普通に良い人だったのだろうと安心しそのまま通り抜ける。


 兵による荷物のチェックを終えて、なるべく会話を最小限にしながら港街の人気が無い裏通りへと移動する。幸いここに来るまでに尾行や監視などをされている気配も感じられなかった。

 薄暗い裏通りへ集まった四人は一斉に緊張を解いて口を開いた。


「ふー、緊張した。心臓バクバクしちゃったわ」


「お疲れ様です。ですが本番はここから……イースタンの軍内の情報を探らなくてはなりません。魔導会との繋がりがあるのならば、それを暴く為に」


「軍の情報仕入れるなんて簡単なことじゃないだろう、何か良い考えはあるのかテッドさん」


「まず、現在のイースタンの騎士団と軍隊の現状がどうなっているのかによりますね。信頼出来る人員は何人か心当たりがありますので……彼等と連絡を取り話す手段があればいいのですが」


 テッドがそう語る中、用心棒のビッキーが「はいはい」と手を上げながら話題に参加し


「どうしたの、ビッキー?」


 ニアの質問に、ビッキーは腕を組み口に笑みを作りながら答えて


「情報収集なら私にお任せ。こんな大きな港町なら警備の兵士も結構居るだろうし、魔導会にマークされてない私なら余裕のよっちゃんじゃない?」


「……!」


 最後の発言はよく分からなかったが、確かに兵士から軍隊についての情報を聞き出すのならビッキーは適任かもしれない。それも彼女は有名人の傭兵だ、怪しまれずに兵士と接触出来るだろう。


「確かに、アンタに任せるのが一番確実かもしれないな」


「ふふ。貰ったお金の分はしっかり、働くよ」


 そうして、港町に居る兵への接触と情報収集に向かう事になった。

 そこでまず、テッドから一つの案を提示されそこへ歩いて向かって行く。すると――ウルガーは鼻に嫌なニオイを察知し足が止まった。


「――この建物から酔っ払いのニオイがする」


「つまりお酒臭いのね」


 テッドからの提案通り兵の駐屯地にある建造物の前を通った所、その中からは中年男性数人の騒ぎ声と酒のニオイがした。

 気配を消しながら窓から中を覗いてみれば案の定、アルコールのニオイを撒き散らし顔を赤くしながらテーブルを囲んでいる三名の中年の兵士が酒を飲みながら談笑している。

 真っ昼間から兵が飲酒をする光景に、流石のニアも顔をしかめながら


「信じられない……こんな時間から兵隊さんがお酒を飲むなんて」


「テッドさんが言ってた通り、――いや、それ以上に弛み過ぎだろ、この街の兵士」


「えぇ、私も分かってはいましたが、非常にビックリしています」


 テッドが言うには、イースタンの軍隊の上層部のうち一部は腐敗が進行していたらしく、街の警備などに関しては部下に任せっきりで上官は酒を飲み時間を潰すというのも日常茶飯事らしい。

 勿論全員がそうでは無いのだが、そういった兵士としての自覚の無い弛んだ者達が悪目立ちしているのもまた事実。


 まだ軍に居た頃に港町には一度教育のやり直しとしてテッドが派遣された事があるのだが、どうやらテッドが軍を抜けて以降再び兵の態度は悪化してしまった様だった。


「――これについては副団長殿と合流出来たらその時に報告しましょう。今は、この状態を利用します」


 多くの兵は街の見廻りに出ている時間であり、更に酒を飲み判断力の鈍った男達なら本来迂闊に漏らしてはいけない情報をポロッと溢してくれる可能性もある。

 だから、酒で判断力の低下した上官達を狙い話を聞き出す。


「あとは任せましたよ、ビッキーさん」


「気を付けてね」


「はいよ」


 駐屯地の正門へと向かうビッキーを身を潜めながら見送り、あとはその様子を見守るだけだった。

 正門に立つ若い兵へビッキーが何か話しており、中へと通される。そうして、上官三人が酒を飲んでいた部屋へと向かって行き――ここから先は亜人の聴覚を研ぎ澄ませ、会話の内容を聞き取る事に集中した。


 酒のニオイが充満した部屋の扉が開かれ、そこにビッキーが入り明るい声で挨拶をした。


「はじめまして、傭兵をやってますビッキーです。この辺りで仕事を探しに来たんですが〜……」


「ああん? 何だこの女、誰か店から呼んだか?」


「オイ、流石に酔っ払いすぎだぜオメェ、ビッキーつったら有名な傭兵だぞ」


「ったく、傭兵の仕事だぁ……? ヒック。別にねぇよ、ウィ〜……傭兵なんか金の無駄遣いだ」


「ここでなくとも、別の場所でも良いんですよー。お礼は払いますよ、何でも」


「何でも、ねぇ……ヒヒ」


 男達の声から感じる空気にはとても街を守る立派な兵士という威厳は感じられなかった。ただの酒に溺れた駄目オヤジの群れだ。

 不快で仕方ないが、今は堪えて外から様子をうかがい続ける。

 上官の集まった部屋の中に居るビッキーはそのまま交渉を続け、「どこかに仕事は無いか」という体で根掘り葉掘り話を聞いていく。

 ここまではテッドが軍に在籍していた頃からの情報ばかりが出ていた。が――


「あー、ならあの仕事いいんじゃねぇかぁ」


 その時、酔っ払いの上官一人が何かを閃いた様に口を開き、ビッキーに手招きし顔を近付けさせた。


「あんまデケェ声じゃ言えねぇからな……姉ちゃんもこれは口外すんなよ」


「はい、勿論口外しません。傭兵事業は信頼の元に成り立つものですから」


 ビッキーは笑顔を崩さぬまま、上官の口元へ耳を近付けた。

 そして酔っ払った声で男は囁く。それは、ビッキーと、聴覚の優れたウルガーにだけ聞こえた言葉。


「一年以上前からイースタン軍で行方不明になってたフレデリック団長がな、実は国に帰って来てて裏で良い仕事を斡旋してんだ。報酬が高いから、コッソリ裏でやってる兵が結構居るんだぜ」


 ウルガーは一瞬、思考が止まった。フレデリック――その名前には聞き覚えがあった。前に遭遇した魔導会の剣士であり、ニアとテッドとも敵同士だった男の名。


「ウルガー?」


「どうかしましたか?」


 すぐ横に居たニアとテッドが心配気に小声で声を掛けて来る。これはおそらく、この二人にはちゃんと伝えなくてはいけない事だ。


「フレデリックが……この国に帰って来てて、裏の仕事を斡旋しているらしい」


 その言葉を聞いた直後、ニアとテッドは目を見開き驚きの声を外に漏らなさい為に抑える様、黙り込んだ。

 そして――――突如、その場には居ないはずの声がした。


「あら〜〜、仕事が早いですね〜~」


「――っ!?」


 咄嗟に声がした方向へと視線を向ける。


「な、何で、貴方達が……っ」


 すぐ近く――目の前に、先刻まで居なかったはずの気配が二つ、そこに現れていた。

 それはどちらも、クリストで見た人物だ。その人物のうち女の方が、ニコニコと笑顔を浮かべ手を振って来ながら。


「またお会いしましたね〜、今度はイースタンに来るはずと言われてたんですが、本当だったんですね〜〜。あ、私カトレアと申します〜」


「ヨッ。ちょっと待ってろ、あと一口でこの干し魚食い終わるからよ」


 緊張感の無い笑顔を浮かべた桃色髪の女と、干し魚を片手に食事中のネコ科の亜人の青年が、すぐ目の前に座りながらこちらを眺めて居た。


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