三話 神なんか居ない
「君の名前は? ふーん、ビッキーね……店内の床と天井が一部焼けてるのは君の仕業だよね? それと酒瓶等の器物損壊も」
「はい……その……ごめんなさい……」
店での強盗騒ぎが収束してすぐに町の衛兵が駆け付けて来て犯人二人はボロボロな状態のまま拘束され連行されて行った。
現在、店の中は落ち着いた雰囲気を取り戻して来ている。
そして、黄色い髪の毛を両側に結う少女……名をビッキーと呼ばれていた彼女は現在店内で衛兵から取り調べを受けていた。
ウルガーとニア、テッドの三人で食事を取る中そのやり取りの内容が耳に入って来る。
「店主に脅迫もしたらしいね。どういう事?」
「いや、あの、違くて……巻き込まれない様に離れさせようと……」
「でもさぁ、ちょっとやり方が良くないよね」
「はい……」
「ちょっと詳しい話するから駐屯所まで付いて来て貰うよ」
「きゃあぁ、助けて雇い主様ぁ! 神様ぁ!」
こちらを見ながら助けを求める顔をしているが、まだ雇った覚えなど無い。というかすぐに衛兵が来たからろくに会話も出来ていないのだが。
そのまま少女は店の外へと引きずられて行った。
「何だったんだアイツ……」
「でもお店の危機を救ってくれたからきっといい人よ」
「まあ悪い奴では無いんだろうけど」
ニアの言う通り、あの少女は演技をしてまで店を助けたのだ、悪人では無いのだろうと思う。だが……亜人の嗅覚が、第六感が何かを訴え掛けている気もして……
「何か隠し事もしてそうだな、そういうニオイだ」
「え、ニオイ? クンクン」
「いや、ニアには分かんねぇと思うし、感覚的なもんだから……」
「うん。嗅いでみたけれど美味しそうなニオイしかしなかったわ」
「そりゃあ飯屋の中だからな」
会話の内容を聞かれていたのか周囲からクスクスと小さな笑い声がまばらに聞こえてきた。ニアは小っ恥ずかしい気持ちで顔を俯かせ、その後テッドが一度咳払いしてから口を開き話し始める。
「昼食を済ませたら、取り敢えず用心棒を探しに行くとしましょう。先刻の彼女ともまた会えるかもしれませんし」
「そうね。それに、あのお姉さんの特徴……どこかで聞いた事ある気がするのよね」
「へえ、知り合いか?」
「いえ、知り合いでは無いけれど……」
「――魔女の若き傭兵、ビッキー。名を聞いて思い出しましたよ。若くして実力の高い事から有名な傭兵だった人物ですね」
テッドが口から出したその回答にニアは大口を開けながら
「その人よー!」
「……有名人だったのかよ……」
有名人なら実力としては確かに信用出来るのだろう、だが、何故そんな人物が突然ウルガーに声を掛けて来たのか余計に疑問は増すばかりであった。
――港町マリンサイドの一角に存在する酒場。そこには用心棒を生業として生きる者が集まっている。
昼食を終えた三人は、早速その酒場へと足を踏み入れて行ったのだが――
「マジか、誰も居ねぇ……」
聞いていた話では、用心棒を生業とする者達は店の一番右奥の席に居るそうだがそこには誰も居なかった。それどころか客も誰一人居らず酒場の店主らしき老齢の人物しか見当たらない。
「いらっしゃい。用心棒を雇いに来たのなら悪いね……最近、鉱山の街クリストで物騒な事件があっただろう。あれから利用する客が増えてねぇ」
「あぁ、なるほど……そういう事か……」
魔導会の魔の手からクリストを救う事は出来た、だが、それがこの国に与えた影響は大きかったという事だろう。
皆の危機感が高まっている……そしてそれは、魔導会の理不尽な悪意が人々に恐怖を広げているという事でもあるのだ。
「もしかして、もう雇える人物は残されていないと……」
テッドの問い掛けに店主は「いや」と答えた後
「まだ雇われてない子は居るよ。一人はちょっと要求する金額が高いし、それ以外にも理由はあるんだが……名前はビッキーって言うんだけど」
そう言い掛けた直後、店の外から騒々しい声と物音が響き渡って来る。
咄嗟に背後を振り返り酒場の扉を開け外を見る。するとすぐ前の道には大きな身体の男と、男に服をつままれたフードを被った小柄の人物が一人居て。
突如、大柄の男は悪態を付きながら小柄な人物を勢い良く投げ飛ばした。
「こんなとこウロチョロしてんじゃねえ、小汚いチビが!」
「――っ!」
投げられた小柄の人物の身体をウルガーは咄嗟に両手で受け止め、無事に助かったのを確認してからニアは大柄の男を睨み付け
「ちょっと貴方! いきなり投げ飛ばすなんて酷いじゃない! この子に謝りなさいよ!」
「あんにゃろ……っ!」
悪態だけをつきながらそのまま大柄の男は走り去り、男の態度にウルガーも表情に怒りが現れ始める。が、テッドが二人の肩を落ち着かせる様に叩き
「落ち着いてください、ここであの男に喧嘩を売っても無駄でしょう。何より私達の目的を忘れてはいけません」
「そ、そうよね……」
「悪い、テッドさん。確かに今は、喧嘩売ってる場合じゃねえ……」
何とか怒りを落ち着かせ、投げ飛ばされた小柄な人物の様子を見る。
特徴的なのは深く被ったフードの上からもよく分かるその尖った耳……これはエルフの特徴だった。
怪我が無いかを確認しようとした、が――彼はフードで顔を深く隠し俯きながら黙り込んでしまう。
エルフは1000年近く生きる程の長寿で並外れた身体能力と魔力を持つ希少な種族であり、他種族から迫害を受けている。
この世界ではいかなる国、いかなる種族であっても人々は「神」の存在を大人から教えられ「神」の存在を信じ生きている。
だが、エルフが異端と扱われているのは、「神」の存在を否定する種族だったからだ。つまり、宗教的な思想の違いで他種族からは忌み嫌われて迫害されるにまで発展した。
そう考えている中でウルガーは以前出会った、犯罪グループに捕われ売られそうになっていたエルフの少年を思い出した。
そして目の前に居るエルフの少年……顔はよく見えないが、このニオイには覚えがある。まさかと思い、その名を呼んでみる。
「お前、カイだよな?」
「あ……え?」
少年は呆気に取られた様な声を出しながらこちらを見上げ、視線が交差する。その顔は見覚えがある、間違いない。
「やっぱりカイか!」
「ウルガーさん!」
互いの名を呼び合い、エルフの少年カイは顔を隠す様に深く被ったフードを外して安心した様に笑みを浮かべる。
「え、カイくん!? 何してるのこんな場所で!?」
「あの時の少年でしたか」
ニアとデッドもそれぞれ反応を示しカイを見る。
どうやら彼もこの街に来ていたらしい、理由はわからないが。
「お恥ずかしいところを見られましたね……やっぱ、どうしても、エルフの僕を気味悪がる人が居るみたいで……」
「お恥ずかしい事など無いでしょう」
「何が気味悪いのよ、顔整ってるし良い子じゃないの君」
「全くだ、もっと自信持て。悪いのはあのオッサンだ」
褒められたり庇われ慣れていないのか、エルフの少年は反応に困った様に戸惑いの表情を浮かべながら、頬を赤く染めていた。
カイは落ち着きを取り戻した様で安心した表情になり、頭を下げながら礼を伝えて来た。
「本当に、ありがとうございます。久しぶりに会えて安心しました」
「……カイも船に乗ってどこか行くのか?」
「乗るのは船じゃ無いですが、そうですね……行きたい場所があるんです」
「そうか。もう少し話したいところだが、俺達も用事があるんだ。またどっかで会えたらいいな」
「はい、そうですね。僕も、やるべき事があるので」
「意地悪に負けちゃ駄目よ、カイくん!」
「はい、ありがとうございます」
カイはもう一度感謝を伝えるように深く頭を下げフードを被り直し、背を見送られながら街の中へと歩いて行った。
少年は晴れた青空を見上げ、静かに呟く。
「神なんか居ない……けど、優しい人達はちゃんと居る……また、会いたいな……」