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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
一章 出会いと旅立ち
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二話 ありがとう


 女性達を背後に庇う様に立ち、床を踏み締めて、握り締めた拳を振り上げる。


「テメェ、何のつもりだオラァ!!」


 眼前から迫る、ナイフを手に取り襲いかかって来る人相の悪い男。

 怒りと殺意を乗せた切っ先を向け、躊躇なく命を奪うつもりなのが理解出来た。

 相手がこちらを本気で殺す気で来るのなら、


「俺も加減はしねぇ」


 亜人の血特有の鋭い聴覚で刃の迫る距離を、視覚で動きを捉え、回避し、同時に相手の顔面へと鼻の骨を砕く勢いで拳を叩きつけた。


「ンブッ!!」と出血と共に苦鳴が響き、殺意を更に燃え上がらせた他の悪漢達がそれぞれ武器を手に取り、容赦の無い攻撃を一斉に放つ。


「女の身体目当てかクソガキ、帰るか死ね!!」


「んな目的じゃねぇよ!!」


 男達の動きはウルガーからすればどれも遅く、動きも単調で、難なく全てを回避出来、回避と同時に一撃ずつ重たい拳を、蹴りを加えて行き、悪漢達は掠り傷さえ負わせる事もできずに次々と倒れて行った。


「黙って見てりゃ調子に乗りやがって、コラァ!!」


「俺達、『ポイズデス毒殺兄弟』がテメェをぶっ殺してやる!!」


 その名の通り、相手二人が取り出した短剣からは毒物の刺激臭がした。

 そのニオイを感じ取り、左右から迫る斬撃を後退し、跳躍しながら回避し、反撃態勢に入る。


「分かりやすい、避けやすい毒は怖くねえ……」


「な、何故、俺達が毒を使っていると分かったあ!?」


「自分で毒って言ってただろうが!!」


 答えながら左右の拳を二人の顔面へとぶつけ、そのままの勢いで床の上まで叩きつける。


「故郷の森に住んでる獣や虫の方が、もっと強かった」


 それだけ言い、残る最後の一人へと視線を向けた――その時。顔に入墨のある男が、金髪の少女リリーの右目に刃を向け人質に取っていた。


「な――っ、お前!」


「動くんじゃねえ! この女の片目抉り取るぞ!」


 動けば少女を傷付けると脅され、足が止まってしまう。相手の目に一切の躊躇も良心も無い事を悟り、一歩でも動けば、本当に片目を抉るだろうというのが分かった。


「……クッ、ソ……ッ!」


 怒りに、悔しさに、守れなかった自分の不甲斐なさに、ただ奥歯を噛むしか出来なかった。

 もっと注意していれば、もっと周りに意識を向けていれば、こんな状態にはならなかった筈だ。


「俺等の要求に逆らおうとした女への罰は後でいいや。最初にその生意気なガキ殺っちまえ」


 入墨の男が悪意を込めた音色でそう言った直後、背後から鼻血を流しながら立ち上がった男が棍棒を振るうのを、聴覚と肌で感じ取った。普段なら避けられる遅い攻撃だ――が。


「避けんなよ。この女の目え潰すぞ」


「グゥ――ッ!」


 脅しに、大人しく屈するしか出来なかった。

 故郷での惨劇の様に、罪の無い人間が理不尽に痛めつけられるのを、見たくなかったから。


「ヒャッハーっ!!」


 背後から、男の笑い声と共に、ウルガーの頭部に勢い良く棍棒が叩き付けられる。


「グッ、アァァッ!」


 頭部を襲う重たい衝撃に、意識がふらつき、地面に倒れる。頭部から、出血している。怒りが沸き起こり、立ち上がろうと――


「立つんじゃねえよ、ガキ!!」


 入墨の男はリリーの目に更に刃を近づけた。あと一センチでも動けば、彼女の目に切っ先が当たってしまう。


「――ッ!」


 やはり、他人を傷付けさせる事は出来なかった。

 悔しさに歯を食いしばり、地に手を付けた態勢のまま。そこへ、今度はウルガーの左手の甲に一本のナイフが突き刺される。


「ウゥゥッ!?」


「ヒャッハハ、痛いか? 痛いかあ!?」


 新しく立ち上がった二人の男、そのうち一人から手の甲にナイフを深く刺され、更にもう一人からは鳩尾への蹴りを食らってしまう。


「グッ……、ブッ!!」


「オイオイ、さっきまでの威勢はどうしたんだよ、クソガキぃ!!」


「オラ、謝れや! 謝ったら楽に殺してやるからよぉ!!」


「ヒャハハハハッ!!」


 三人の男から次々と、棍棒で、ナイフで、脚で、暴力を全身に受けていく。

 わざと致命傷を避け、長く暴行出来るようにして楽しんでいるのが分かった。どこまでも腐った連中だ。

 このまま好きな様にやられるつもりなど無い、どうにかしなければ、理不尽な悪事を、このままにさせておくわけにはいかないから。

 だが、どうすればいい。どうすれば、この窮地から脱する事が出来る――


「もう、いいですから! 私の事は気にしないで戦ってください! 貴方が死んでしまいます! 私は、いいですから!」


 リリーが恐怖に涙を零しながらも、覚悟を決めた様にウルガーへと向けて叫んだ。

 彼女の覚悟に報いる為に、戦うべきか。だが、片目を失うなど、肉体的にも、精神的にも、尋常では無い苦痛があるはずだ。

 他に方法があるなら、他の方法を選びたい。


 迷いが生じる中で、更に大人の女性達がリリーを庇う様に声を上げる。


「その子は、リリーは解放して、私が代わるから!」


「いえ、わ、ワタシが……代わりに!」


「私達はいくら傷付いてもいいわ! リリーだけはやめてあげて!」


 女達の訴えに、入墨の男は暫し考える仕草をした後、悪辣な笑みを浮かべ応えた。


「分かった。じゃあ人質はこのリリーちゃんのままで続行な。お前らの顔が悲痛に歪むとこ見たいから」


「な……っ!」


「ふざ、けんな!」


「もういや、やめてよー!!」


 その時、ウルガーは気付いた。入墨の男の殺意は、声を上げ訴えた女達へも向けられている事に。

 このままでは、あの女性達も入墨の男の刃で容赦なく傷付けられ、最悪命までも奪われてしまうかもしれない。


 そもそも、自分が大人しく暴力を受けて、リリーが解放されるとも限らない。いや、確実に、彼女も酷い暴力を受けるだろう。

 ここに来て最初に目に映ったのが、髪を引っ張られ殴られた跡の残る、リリーだったから。


「選ぶ、しか、ねえのか……ッ」


 棍棒で殴られ、切り付けられ、蹴られて、このままでは、やがてウルガーも死ぬ。

 死ぬつもりは毛頭ないが、仮に自分が死んだら、悪漢達の対象はリリーと女性達に向かうだろう。

 そうなれば、今以上の惨状になる事は間違い無い。最悪死人も出るだろう。


 それならば、リリーの片目を犠牲にして、入墨の男と残る敵を潰し、他の犠牲を抑えるのが、最善手なのか。


「最善手なんて、言いたくねえけど……!」


 彼女は泣きながらも覚悟を決めた。ならば自分も、他人を犠牲にする覚悟を、決めなければ……いけない。

 躊躇と迷いと罪悪感を、奥歯を噛んで抑え込む。そして、少女へ向けて叫んだ。


「――リリー!!」


「……!」


「本当に、ごめん! ――耐えてくれ!!」


「……はい」


 少女は涙を流したまま、受け入れる。

 彼女の覚悟を見届けて、ウルガーは全身ボロボロの身体を無理矢理動かし、立ち上がると同時に男三人全員を蹴り飛ばした。


「ギャアアア!!」


 それを見た入墨の男は、表情一つ変えずに。


「あーあ。じゃあ抉るね」


 微塵の躊躇も無く、その刃は少女の眼球へと突き刺さ――


「そこまでだ」


 突如、新たな知らない男の声が聞こえて、それは一瞬の事だった。


 入墨の男のナイフを持った右手が少女の目から遠ざかり、気付けば彼の右腕は関節の逆方向へと曲がっていた。


「――は?」


 目の前の入墨の男は自分の身に何が起きたのか分からぬまま、続けて彼の腹部に一撃の重たい衝撃が叩き込まれる。

 そのまま入墨の男は身体ごと吹き飛ばされ、壁と衝突し、理解の追いつかぬまま床へと倒れ気絶した。


 ――そしてそこには、獅子の顔をした、亜人の大人が立っていた。


「……なんだ、今の……」


 亜人の視覚を持つウルガーには何が起きていたのか、分かった。だが、それは動きを目で追い掛けるだけで精一杯だった。


 先刻の入墨の男を襲った一連の流れは、新たに現れた獅子の亜人の手によるもの。

 彼は先ず、常人では目で認識するのも困難な速度で足音も立てずに接近し、リリーを襲おうとした右腕を逆方向へとへし折り、その後、男の腹部に一撃の拳を叩きこみ一瞬にして倒したのだ。


 あんな驚異的な速度で戦える者を、ウルガーは今日初めて目にした。


「大丈夫ですか!? 早く、手当てをしないと!!」


 そして解放されたリリーが、真っ先にウルガーの心配をしながら駆け寄って来る。

 さっきまで自分が窮地に陥り、片目まで失う所だったのに……とことんお人好しな少女だ。


「大じょ……ッ、つぅう!?」


 大丈夫だと立ち上がろうとした時、全身から戦意が抜けた影響か、一気に身体の至る所に激しい痛みが襲いかかる。

 全身には棍棒や蹴りによる打撲、痣がついて、深くは無いが身体中に切り傷が刻まれていた。頭部からも出血していて、意識してみれば自分の身体はかなり酷い有様になっている。


「動いちゃ駄目よ、坊や!」


「直ぐに医療道具持って来るからジッとしてて!」


 リリーだけでは無い。他の女性達も、重傷のウルガーの為に動き出して、心配する様に視線を向けて来る。

 その中には、最初に出会った時、敵意の様な目を向けていた女性達も含まれていた。


 結局、何も出来なかったのに、彼女達は、自分なんかに優しくしてくれるのか。

 悔しさに拳を握り締め、自らの不甲斐なさを呪いそうになって……。

 そこへ、更に新たな男の足音が玄関から近付いて来るのが分かった。


「……アンタ、は……」


 新たに現れた、頬に傷を付けた男。ウルガーにはその男に見覚えがあった。

 少し前に、魔導会の情報を聞き出そうと話をした、闇組織の穏健派の構成員だ。


「あーらら、だから関わるなっつったのに。チッ。聞き分けのなって無い子供はこれだから困るんだよ。案の定酷い目に遭ってやがる」


 舌打ちを混じえながら、床へ倒れるウルガーを見下ろしながら厳しい言葉をぶつける。

 だが、何も言い返せなかった。人質を取られ、何も出来なくなり、情けない醜態を晒してしまったのは事実なのだから。


 傷の男は床に倒れる入墨の男を一発蹴り飛ばしてから、獅子の亜人へと顔を向けて。


「今日も依頼受けてくれてありがとさん。悪さやってる残党狩りの手伝い、いつも助かってるぜ」


「うむ。新たに見つかった別の拠点はどうなった?」


「そっちには俺らの精鋭を向かわせてる。そろそろ潰して返って来るだろ」


 どうやら二人は知り合いだった様だ。獅子の亜人は依頼を受けてやっているみたいだが。


 傷の男は女性達へと視線を向けて、大きな声で全員に伝える。


「姉ちゃんら、もう安心してくれ! 多額の背負わされた借金は、こいつ等の持ってる金から全員に返す! もう怯えて暮らす必要はねえ!!」


 その言葉を聞き、女達の顔に安堵の表情が浮かび、喜びに泣き出す者も居た。

 そしてより一層、自分が情けなくなる。


「俺、何のために、来たんだよ……!」


 少女を人質に取られ、何も出来なくなり、暴力を受け、ボロボロにされて、最後は獅子の亜人に助けられた。更には、そもそも自分が来ずとも、こいつらは今日で潰される運命にあった。自分が来なくても、女性達は助かっていた。


「俺は、何しに来たんだよ!」


 グチャグチャとした感情が胸中を渦巻き、自分への不甲斐なさに、愚かさに、自分自身を引き裂きたくなるような感覚に襲われて――


「ありがとう」


「……あ?」


 そんな中、リリーが感謝を伝えて来た。

 意味が、分からなかった。自分は何も出来ていない。ただ無駄に騒いで、無駄にボロボロにされ、彼女達に迷惑を掛けただけで……


「貴方が来なければ、私は、私達は、もっと酷い目に合っていました。私達の為に戦ってくれて、ありがとうございます」


「……いや、俺は、俺は……何も、出来ていなくて……」


 自分は何も出来なかった役立たずだ。そう言おうとしたのを遮る様に、他の女性達もウルガーに声を掛けて来る。


「そんなこと無いわ。貴方が来ていなければ、リリーはあのまま、私達の目の前で……」


「あの男達に暴行され弄ばれた後だったら、今もこうして解放される事に喜べる程の余裕は無かったよ」


「こんなになるまで無理させてごめんね。本当に、ありがとう」


「い、や……俺は……っ」


 尚も自分は何も出来ていないと言い張ろうとするウルガーへ、今度は重たい足音が近付いて来る。あの、獅子の亜人だった。


「いや、彼女達の言う通りだ、少年よ。今回は来るのが遅れた俺の失態だ。君が居てくれなかったら、俺が到着した頃には既に手遅れで、取り返しの付かない事態になっていただろう」


「……」


「俺からも感謝する。君が居てくれたお陰で、彼女達の受けた被害は最小限に抑えられたのだ」


「まあ、そこは確かに、俺からも感謝を伝えておく。だがもう、ガキンチョが無茶すんなよ」


 獅子の亜人に続き、傷の男もぶっきらぼうな口調でそう伝えて来る。


「俺は、何か、出来てたのか……ちゃんと……」


 自分の行動は無意味じゃなかったと、そう思ってもいいのだろうか。

 故郷で、何も出来ずに、大事な人を死なせて、たくさんの人を傷付けられた時と違って――何か、役に立てたのだと。


「ありがとう……」


 涙声で感謝する少女の声が、また聞こえた。


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