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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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二十八話 重なる面影


 当時、ウルガーがまだ十歳だった頃のとある日。

 島の村の近くにある森を抜けた先は崖になっており、地面には草花が広がっている。崖の向こうには水平線まで広がる海が見えていて、空からは鳥の鳴き声が聞こえていた。ウルガーはこの場所が好きだった。


 今日もまたここに、三歳年上の少年アラン、幼馴染の少女ケイトとの三人が集まり遊んでいた。

 生い茂る雑草の上に三人で座り体を休めていた最中、視界の先に果てしなく広がる海を眺めながらポツリと口から溢れる。


「いつか行ってみてぇなぁ……あの海の向こう側」


 その呟きを聞いていたケイトとアランは同時にこちらを振り向いて、最初にケイトが焦った様な表情で慌てながら両肩を掴んで来た。


「えぇ、ウルガーどっか行っちゃうの!? やだよ、もっと遊びたい!」


「いや、今すぐじゃなくて大人になってからだっての……」


 すぐ出ていく訳では無い事を聞きケイトはホッとした表情を浮かべ、そのやり取りを見ながら笑みを浮かべていたアランが続けて口を開く。


「ウルガーは本当に、外の世界に出たいんだね。今年だけでもう聞いたのは何回目かな」


「婆ちゃんからは今朝で今年50回目って言われた」


「ウルガーのお婆ちゃんよく回数覚えてるね……」


 祖母の記憶力にケイトが感心していると、隣のアランが海の向こう側へと視線を向けながら楽しげに笑っていて。


「夢があるのは良い事だ……僕は応援しているよ、ウルガー。君が外の世界を楽しんで旅出来る様に」


「む〜、いつか出て行っちゃうのは凄く寂しいけど、世界を旅して回りたいんだよね。なら私もその夢を応援する!」


 二人の友人からそう言われ、口元が緩む。


「ありがとうな。そん時は面白い土産話もたくさん持って帰って来る!」






 ――――その二人は、今はもう居ない。 

 外の世界を楽しんで旅するなんて、もう……


「うおおぉォォッ!!」


 突如脳裏に過ぎった遠い昔の記憶を咆哮で掻き消しながら、銀狼の右腕を振り上げ眼前の敵に拳を打ち込んだ。

 敵――水色の髪を持つ青年アーレは、凄まじい跳躍力で空中へと跳び回避する。それを読んでいたかの様にウルガーも獣人化させた両足で地面を強く蹴りつけ、アーレとほぼ同時に宙へと跳んだ。


「――っ! 僕の動きが読まれ始めたか」


 アーレは少し焦りを見せながら、左腕から三本のツルを伸ばし花弁に牙の付いた「毒牙草」を差し向け襲い掛からせて来る。

 毒を含む牙に齧り付かれる前に獣人化させた右腕の爪で二本を切り裂き、残る一本の「毒牙草」の牙は右腕に突き刺さり痛みが走った。


「チィ!」


 毒を受け、動けなくなる程では無いにしろ痺れで動きに刹那の遅れが生じる。その刹那の間に、アーレはスライムの性質を持った右腕の形状を鉄球に変化させてウルガーの身体に向けて容赦なくぶつけて来た。


「ガァ――ッ!」


 空中では地に足を付けている時の様な動きは出来ない。その上、毒の牙による負傷で出来た一瞬の隙をつかれてもう回避する事は不可能だ。

 せめて少しでもダメージを抑えなければと毒を受けていない左腕を瞬時に前方へ向け、鉄球を受け止める――が、その勢いを殺し切る事は出来ず重たい衝撃にそのまま弾き飛ばされてしまう。


 このままの勢いで落下し地面に直撃してしまえばいくら頑丈な亜人の身体でもただでは済まないだろう。体を回転させながら受け身を取り、続けて頭上から放たれた風圧の波を地面を転がりながら避けた後、素早く立ち上がった。


 常に意識は相手の動きを見ることに集中させる。アーレが地面に足を付け着地しようとした瞬間を狙い、地面を蹴りつけ瞬く間に距離を詰めていき、拳を握り締めた。

 相手は複数の厄介な力を備えており手数ではこちらが不利だ、だが、スピードならこちらに分がある。


「速いね、流石だ」


 アーレは急いで硬質化の盾を生成し、銀狼の右腕による一撃を防ぐ。衝突音が空気を震わせて、硬質化の盾は一気にひび割れながら粉々に砕け散り――


「飛べ」


 アーレが一言呟いたその直後、粉々に砕けた盾の破片が散弾の様にして前方へ向けて放たれた。


「なに!?」


 咄嗟に両腕を盾の様にして頭部と心臓への直撃は避けたものの、散弾はウルガーの全身にぶつかり至る所に破片が突き刺さり出血する。

 痛みは歯を食いしばりながら耐えながら、脚の動きを止めずに破片の散弾を掻い潜り目と鼻の先まで接近して


「っらぁァァァッ!」


 右腕から生える太く鋭利な狼の爪をアーレの胸部を狙い一気に振り下ろす。肉を抉りながら白いローブと衣服を引き千切り、爪が何か硬い物を引っ掛けたのが分かった。


「くぅっ!」


 アーレは苦鳴を漏らしながら即座に地面を蹴りつけ、後退し距離を取る。

 アーレの破れた衣服の下から露出したのは、心臓のあるべき位置に埋め込まれている魔晶石らしき物体だった。まだ破壊するには至っていないが、爪で引っ掻かれた傷跡はしっかりと残っている。


「攻撃するべき部位は……分かった、傷も、付けられる……!」


 全身への負傷の痛みと、毒による右腕と脚の痺れがまだ残っているが、呼吸を整え意識を目の前の敵に集中させた。

 出方を窺っていると、アーレは一度大きく息を吐いてから右腕を刃の形状に変化させ、自らの左腕に突き刺した。


「!?」


 突如眼前で起きた想定外の光景に目を見開いていると、嗅覚がとあるニオイに反応し気が付く。右腕の刃が、左腕から何かを吸い取っている――このニオイは


「『毒牙草』の、毒か!」


「……死なない様に気を使っていたら君には勝てない。ここからは殺すつもりで挑もう。出来れば死なずに倒れてくれ」


 アーレは冷静な声でそう言ってから右腕の刃を引き抜きその直後、刃が膨張し――破裂した。

 破裂した刃は複数の破片となり、破片は散弾となってウルガーに襲いかかる。散弾の一つ一つからはスライムの溶解液と毒牙草の毒が混じったニオイを感じ取れた。

 急所に当たればまず助からないと直感で理解する。


「ニオイが分かりやすいのが救いだが」


 鼻を突き刺す様な刺激臭で散弾の飛んでくる位置や距離は感知しやすい。が、気を一瞬でも抜けば死に至る程の量が眼前から迫って来ている。

 僅かな隙間を掻い潜り、毒の散弾を避けながら突き進んで――


「ぐぅ――ッ!」


 毒の散弾が獣人化された両脚に当たり、銀色の体毛を皮膚が消化液で溶かされその下の肉体にまで侵食し、更にそこから毒が広がり脚を蝕み始めた。

 焼ける様な熱と激痛が襲い掛かり、苦痛に叫びそうになるのを奥歯を強く噛み締めて堪える。


 両足の動きが鈍くなり回避に遅れが生じて、続け様に右肩へと直撃し銀色の体毛と肉が焼ける様に蝕まれていき、人間体のままの左横腹にも掠めてしまった。

 直撃は免れたものの、溶解液と毒が皮膚を溶かし肉体を蝕んで刃物で突き刺された様な激しい痛みを生じる。

 両脚、右肩、横腹から一斉に襲い来る苦痛に頭が真っ白になりかける。更にそこへ畳み掛ける様に両足と左腕に新たな突き刺さる様な痛みが走った。


 三本の『毒牙草』だ――意識が一瞬ぼやけそうになった間に、毒の牙に深く齧り付かれてしまった。


「ガァァァァァァァッ!!」


 毒が、身体中を蝕んで行く。熱が、痛みが、痺れが、特に人間体のままの左腕は齧り付かれた部分が黒く変色しており、ジワジワと少しずつ広がっていき、痛みも強くなっていく。

 意識が、飛んで、無くなってしまいそうだった――このまま気を失ってしまった方が楽な程に、全身を焼き、溶かし、破壊していく様な激しい痛みが……


『ウルガー!』


 走馬灯の様に脳裏を過ぎったのは、幼馴染のケイトの声だった。愛しい少女の顔が浮かんで、友のアラン、唯一の家族である祖母、島の人達……殺されてしまった人達、今も悲しみに暮れ生きている人達。


 島の外で、海の向こう側で出会った人達……レオン、ミリー、カミル、テッド――そして、ニア。


 気が付けば、守りたいと思う人達が増えていた。ここで死んでしまったら皆は、悲しんでしまうだろうか。

 やるべき事もまだ果たしていない。奪われた人達の魂を取り返し、ベルモンドを、魔導会を倒して、被害をこれ以上拡大させないために……まだ、駄目だ。倒れたら、駄目だ。

 まだ、やるべき事がある。立って戦わなきゃいけない理由がある。そして、戦いが終わった先に――その先に



「――アアアアアァァァァァッ!!」


 咆哮と共に、無理矢理消えかけた意識を覚醒させる。

 獣人化された右腕と両足は痺れと苦痛を耐えればまだ動かせる。左腕は、あまり動かせる状態には無い。横腹からは出血がとまらず毒が広がり続けている。

 それでも、まだ戦える力があるのなら、止まらない。止まるわけには、いかない。


「なっ、まだ、動けるのかい!?」


 齧り付いて来た『毒牙草』を全て引き千切り、両足の痛みを堪えながら再び加速する。瞬き一つする間も無く接近し、アーレは咄嗟に防御態勢へと移った。


「超硬化!」


 右腕から生成された硬質化の盾を、銀狼の右腕で残る力を乗せた一撃の拳をぶつけて粉砕する。すれば、先刻と同様に粉砕された破片は散弾の如く一斉に飛び掛かり全身に叩きつけられていく。


「止まるかァ!」


 破片の散弾によるダメージを奥歯を噛み締めながら堪え、怯む事なく更に一歩、力強く前へ出て。


「喰らい、やがれェェッ!」


 アーレが回避行動に移るよりも速く銀狼の脚が動き、残る力を注いだ音速を超えた速度の一撃を胸部に埋め込まれた魔晶石へと叩き込んだ。


「――っ!!」


 ヒビ割れた魔晶石の破片が宙に舞い散っていく。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ふらつく脚を何とか立たせ、呼吸を整え、全身を襲う毒の痛みに耐えながらアーレへと近寄って行く。


 胸部の魔晶石は粉々に砕かれて、僅かに残っている部位はあるが――


「……どうやら、僕はもうじき死んでしまうようだね」


「……!」


 何故か、胸に痛みが生じた。毒の影響ではない――やはり心のどこかで、彼にアランの面影を重ねてしまっていたからだ。

 そんな様子に気がついたのか、アーレは穏やかに口元を緩めながら、最後の力を振り絞る様に口を動かし語り掛けて来る。


「最後に、少し、聞いて欲しい事があるんだ……ウルガー。すぐに話し終わる」


「――え?」


「君の友人……アランの、最期の記憶の話だ。やっぱりこれは、君には伝えた方が良いと、思ってね」


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