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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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二十六話 二つの戦い


 老剣士は、新たに出現した二体の漆黒の鎧の異形の動きに目を配りながら戦闘態勢に入る。


 ベルモンドはあともう少ししか力は残されていない。二種類の魔法、風魔法と近距離の雷魔法にさえ注意しておけばいいだろう。

 しかし新たに現れた異様な気配を放つ二体は何をしてくるのかまだ分からない。迂闊に近付くのは良くないと判断し距離を取りながら相手の出方を窺っているとそれぞれの動きに変化が生じる。


「ギイぃエエェェぇっ!」


 二体の異形は悲鳴の様な咆哮を上げながら、それぞれ背中から十本ずつ――計二十本の先端が鋭利に尖った黒い触手を伸ばし攻撃してきた。

 全方位から襲い掛かって来る黒い触手の気配を察知しつつ、刀を強く握り締め刀身に水の魔力を纏わせ


「『霧雨』」


 音速の如きスピードで水魔法を纏った細かい斬撃を全方位に向けて繰り出した。射程内に接近して来た順から凄まじい速度で触手の先端を次々と斬り落としていく。

 更に、二十の触手の攻撃の中からベルモンドの放つ三発の衝撃波が迫り、刀身から放たれた大波で風の塊を全て上から押し潰した。


 全方位からの攻撃を防いだ後、刹那の間の隙が生まれる。その瞬く間の一瞬を掻い潜って行き、一気に一体の異形の懐へと飛び込んでいく。


「ちぇぇぇアァッ!」


 反撃の時間も対応する暇も与えぬまま異形の胴体を一閃した。


「ギャウァ!」


 胴体が真っ二つに割れ、上半身は地面に転がり落ちる。

 直後、ベルモンドの殺気を感知しその場から足早に後退し左腕の雷魔法を回避――それと同時に、両腕から黒い槍を一本ずつ生やしたもう一体の異形が奇妙な高笑いを上げながら攻撃を仕掛けて来る。


「ゲラゲラゲラゲラ!」


 二本の黒い槍を一本の刀でそれぞれ弾き、打ち返した後、水の魔力で形成された長い刃で刀身を覆い、射程距離の伸びた一閃を首に向けて放つ。

 異形の首から上を切断し、「ゲラゲラ」と笑い続けたままソレは宙を飛んで行った。


 そして残るベルモンドへ視線を向けようとした、その次の瞬間。


「――ッ!」


 迫り来る殺意の気配に身体が反応し、咄嗟に顔を避ける。飛んできた黒い槍が目の下を掠め一本の切傷が出来る。

 攻撃の飛んで来た方角を振り向けば、そこには先刻胴体を切断したはずの異形が身体を引っ付けながら立ち上がり行動を再開していた。


「チッ! 見た目通り怪物かよ!」


 もう一方へ目を向ければ案の定、首と胴体を繋げながら攻撃を再開しようと動き始めており、十本の触手を伸ばし襲い掛かる。

 そして、反対側からは黒い槍を両手から生やしながら迫るもう一体の異形。

 敵は再生能力持ちだ、同じ様に斬るだけでは効果は無いだろう。


「だが、不死身なんて事ぁねぇはずだ。次は細かく切り刻んでみっか」


 ゆっくりと思考を回している時間は無い、まずは思いついた事から実践しようと刀を構えた……その時だった。

 ――先刻の黒い槍によって生じた掠り傷、そこに強い違和感が唐突に芽生えた。


「うっ!?」


 両目の内側からドス黒い何かに汚染される感覚を味わい、そのすぐ後、視界が段々とぼやけ始める。視力が急激に、失われて行く。


「何っじゃ、こりゃあ!」


 受けた傷の影響だと悟り、態勢を立て直すため後退しながら敵の触手を気配を察知しながら斬り落としつつ、飛び込んで来た異形の二本の黒い槍を水の魔力がこもった刃で叩き折る。

 そして続け様に左側から衝撃波の気配が迫り、刀身から波の壁を発生させ防ぎきった。


「視力が落ちてほとんど見えていないはずですが、厄介ですね」


 ベルモンドの小声が微かに耳に届く。

 感覚を奪われたのは恐らく、あの異形の攻撃を受け、それに何かが含まれていたからだ。

 毒とはまた違う、負のエネルギーの塊の様な危険なものに感じた。少量であれば命に関わる程度では無さそうだが、あまり攻撃を受けるのも良くないだろう。


 危機的状況に絶望を感じるどころか、かえって更に闘争心が熱く燃え始める。

 視覚はほとんど奪われてしまったが、同じ様な状況での戦いならば今までの人生でも何度か経験はあった。

 まだ頭も回るし手足も自由に動く、耳も鼻も効く。まだ剣も折れていなければ、魔力も尽きていない。ただ目が使いものにならなくなっただけだ。


「毒で一時的に視覚を奪われた中で戦った経験もある。この程度で勝ったと思うんじゃねえぞ、若造」






 ――――一方、父のノーマンと共に行動しているニアは、静まり返っている街の中を走り回る中で見覚えのある一頭の馬を見つけていた。


「あの子、もしかして!」


 駆け足で近づけば、その馬は優しい目で顔を擦り寄せて来る。カミルの愛馬のアディーで間違いないだろう。


「……知っている馬か」


「うん、アディーって言うの。女の子よ」


 アディーと触れ合いたい所だが、今はそんな時間は無い。軽く手で触れた後すぐに近くの木造住宅の中へ入ろうと玄関前まで歩いて行く。


 すると、父のノーマンが途中で立ち止まり周囲を目視で確認しながら


「今のところは何も無さそうだが……ベルモンドの奴がここに来る可能性もある。俺は玄関前で見張りをしておこう」


「そうね……確かに。気をつけてね、お父さん。何かあったらすぐにワーッて呼んでね」


「呼び方は別のにするが、分かった」


 見張りに残る父の無事を心の中で祈ってから、家の中へと声を掛けつつ玄関の扉をノックする。


「カミルさん、私よ!」


 ノックと呼び掛けが終わり数秒後、鍵を回す音が聞こえて玄関扉がゆっくりと開かれる。

 ソーッと顔を覗かせて来たのは案の定、緑髪の青年カミルだった。


「そこの男の人は……貴女のお父さんですか。気になる点はありますが話は後にしましょう。ニアさん、誰かに見られる前に急いで入ってください」


「はい。お邪魔します」


 普段の癖で御辞儀をしながら中へと入り、古めかしい雰囲気の屋内を歩きながらこれまでの事をカミルに話す。

 街の中でリシェルと交戦し、その後ベルモンドが現れるも何とか逃げ延び、山の中でウルガーと共に潜伏していた事。

 そして今朝の盗賊団の事や、現在ウルガーがどうしているのかも全て青年に伝えた。


 話を聞いたカミルは頭を抱えたそうな表情をしながらも真剣に思考を回していて。


「とりあえず、ベルモンドの話が本当ならば、ウルガー君はまだ無事なのでしょう。チャドさんが現在ベルモンドと交戦中であるのなら、彼を助けに行くチャンスは今かも知れませんね」


「うん。だけど、問題は……」


「もう一人の敵、ですか」


 水色の髪の毛をした魔導会の一員らしいあの青年。彼が今どこに居るのかも気掛かりだった。もしウルガーの所に居るのなら、自分とカミルだけでは戦力不足だろう。


「それに、マチルダさんは今……」


「マチルダさんならば、ここに居ます。ただ、彼女は現在意識が無く眠ったままなんですが」


「え!?」


 マチルダの身に何があったのかと、強い不安が湧き上がる。もし命に関わる様な事態だったら、あのとき置いていかなければ良かったと――


「安心してください、生きてはいます。脈も呼吸も正常で、身体的な異常はありません。ただ、眠ったままで目を覚ましていないんです」


 不安を察したカミルはそう言って少しでも落ち着かせようとしてくれていた。

 しかし身体に異常は無いとしても、意識が覚醒しないというのはやはり不安で仕方が無い。


 そんな時、すぐ目の前の部屋の中から扉越しに醜悪な気配が漂って来るのを感じ取り


「う……っ!?」


 咄嗟に鼻と口を塞ぎ、一瞬頭がクラっとなる。

 すぐに異常に気づいたカミルは肩を支えながら驚いた顔で心配する様に声を掛けてくる。


「ニアさん!? 大丈夫ですか、どうしました!?」


「そこの部屋の中から、気持ち悪い、空気が……」


 醜悪の気配を感じた扉の向こうへ指を差すと、カミルはますます異様な事態に顔色を変えて。


「そこ、マチルダさんが眠っている部屋ですよ……」


「……!? マチルダさん!?」


 それを聞いて居ても立っても居られなくなり、部屋の扉を開けて中に急いで入る。そしてベッドの上を確認すれば、そこにはマチルダが寝かされた状態になっていた。

 カミルはベッドの上のマチルダの状態を見て、脈や呼吸を確認しながら


「……朝に見た時と状態に変化はありませんね。安心してください、ニアさん……」


 と、安心した様に伝えて来る。が、自分にはとても正常には感じ取れなかった。

 ベッドに寝ているマチルダから感じる醜悪な気配……これは、様子のおかしくなった住民達と同じもの。いや、それを更に強くした様な嫌な気配だった。


「街の人達よりも、もっと強い、嫌な感じがするの……」


「え……」


 ニアの言葉にカミルは不安の色を更に濃くさせる。


 恐らくリシェルの言っていた、古代魔晶石に蓄積されていた負の魔力を散布したものをマチルダもまた吸ってしまった影響だ……と、思う。

 マチルダはベルモンドに対して強い憎悪を抱いていた様に見えた。

 しかし、ベルモンドに怒りを覚えているのはニアとウルガーも同じだ。なのに、自分達二人には同じ場に居たマチルダと同様の症状は出ていない。

 その違いがまだ自分には分からなかった。


「なるほど――負の魔力の影響、ですか。マチルダさんもそれを吸ってしまった事による症状かもしれないと」


「えぇ。けれど、それをどうやって取り除いたらいいのかは……分からないの」


「そうですね……こんな事例は僕も今までに経験が無いですし、聞いた事もありません。困りましたね」


 ニアから話を聞き、カミルは考え込む様にして腕を組む。

 この事態を引き起こした張本人であるベルモンドならば取り除く方法を知っているかもしれない……が、あの男が簡単に口を割るとはとても思えなかった。


 どうするべきかと、頭を悩ませ考えていると――声が、聞こえた。


「……出て、いけ……」


 声のした方向へ目を向ける。それは、つい先程まで眠ったままであったはずの少女の口から発せられた言葉だった。


「ワタシ、から、出ていけえ!!」



 苦しそうに何かに対して叫び、布を引き千切る勢いで布団を握り締めていた。


「マチルダさん、どうしたの、マチルダさん!?」


「様子がおかしい、一体何が……!」


 すぐマチルダの元へと向かい、苦しそうにするマチルダの手の甲にソッと手の平を置くと


「さわ、るなぁ!」


「ひゃっ!?」


 手を払い除けられ驚いていると、マチルダは瞼を少しだけ開きこちらを見ながら


「身体が、暴走しそう、だから――触るな!」


「暴走って……!」


 意識が戻ったかと思えば、今度は息を荒げながら苦しそうに藻掻き始めた。

 触るなとは言われたがとても放置していい状態にも思えず、どうするべきかと考えていると今度は窓の向こう側――家の外から、邪悪な気配を感じ取る。


「――ッ! 今度は、何!?」


 急いで窓の外を確認しようと向かって行くと同時に、部屋の外の廊下から父の大声と共に走って来る足音が聞こえて来た。

 そして部屋の扉から顔を出したノーマンが冷や汗を掻きながら叫ぶ。


「オイ、爺さんとベルモンドがやり合ってた方角から、黒い化け物が一匹通って行ったぞ!」


「黒い化け物――!?」


 窓の外へ目を向ければ、父から伝えられた通り遠くの家の屋根を黒い鎧姿の怪物がどこかへ走って行くのが見えた。

 あの黒い鎧姿の怪物には、見覚えがあった。前にウルガーと共に戦った、人工魔晶石によって生まれた異形。


「何で、あいつが……」


 更に横から同じものを見ていたカミルは、声を震わせながら呟く。


「あの向かって行く方角は、まさか、住民達の避難所」


 もう他の事に考え頭を悩ませている時間など無い。急いで追い掛けてアレと戦う選択肢しか、残されていなかった。


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