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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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二十話 奪われた左腕


 風と風が衝突し、互いの魔力を相殺しつつ一帯へ爆風が吹き荒れる。激しく空中を舞う砂埃と葉を掻い潜りながら、戦闘の行われている中心地へと駆け込んで行った。


「おぉオォッ!」


 地面を凹ませる勢いで踏みつけながら、一気に距離を詰める。握り締めた右拳を振り上げ、ベルモンドの顔面に向けて打ち込んだ。

 が、その一撃は頬に掠りながらも回避され空振りに終わる。それと同時に、ベルモンドの指先が魔法を放つ構えになる瞬間を察知した。


「だァッらぁ!!」


 魔力を溜めていた青年の手を片足で下から打ち払い、衝撃波を不発に終わらせた。


「やりますね――!」


 更にそこへリシェルの放つ風の刃が青年へと襲い掛かり、ウルガーとリシェルの追撃から逃れる様に地面を滑りながらその場から離れ距離を取った。

 青年はまだ余裕の表情が崩れておらず、態勢を即座に整えながらこちらに視線を合わせ


「なるほど、ウルガー君。きみの目的は時間稼ぎですね?」


「あ?」


「ここで私を討つつもりならば、ニアさんも協力した方が良いでしょう……それに今、君は『獣人化』の力も使用していない。それは力を温存しておく必要があるから。では何故、ニアさんを街に行かせる時間を稼ぐ必要があるのかと言えば」


「リシェルちゃん無視してゴチャゴチャ喋ってんな!」


 話の最中で割り込んできたリシェルの風魔法を横目で一瞬見た後避けながら、青年は言葉を続け冷徹な笑みを浮かべる。


「――街へ行けば君達へ協力してくれる者が居る、という事ですか?」


「……ッ! だから、何だってんだ!」


「誤魔化し方が下手ですよ、ウルガー君」


 ベルモンドの言う通り、今ここで戦闘に参加したのは時間稼ぎが目的だ。

 本来はニアと二人で街へ降りる予定だったが、ベルモンドと遭遇した事でそんな余裕は無くなってしまっていた。しかし、そこで現れたのが、ベルモンドを敵視するリシェルである。


 ニアだけでも街へ行かせて、カミルと彼の知り合いである老剣士や、マチルダに協力を頼む時間を稼ぐには今しか無いと判断した。

 その作戦も、今見破られてしまったのだが……結局やることに変わりはない。


「絶対にここからは離さねぇぞ!」


「リシェルちゃんがベルモンドを殺す邪魔はするなよ、亜人!」


 鬼気迫る勢いの二人に対し、ベルモンドは眼鏡の位置を指で直しながら笑みを消して、全身の魔力を高め始めた。


「戦い方を変えた方が良さそうですね」


 その静かな一言が耳に届いたと同時、青年は佇んだまま両手を広げ左右に大きく振りかぶる。直後、空中に無数の風の散弾が発生し、幾つもの小さな衝撃波となってウルガーとリシェルの全身を襲った。


「ぐあァッ!」

「キャアーっ!?」


 一撃一撃の威力は人体を破壊される程のものでは無い、が、それも全身に受ければ重い負担となる。身体の動きが、微かに鈍くなる。


「どうです? 威力を抑えればこんな事だって出来るんです」


 再び同じ様にベルモンドは両手を振りかぶり、またしても無数の風の散弾が放たれる。

 聴覚を研ぎ澄まし、散弾の軌道を読む――が


「チィッ!」


 風の散弾は広範囲に広がり、避ける隙間も無く一斉に全身の至る所へと直撃する。なかなか脚が前へ進めない、飛び道具の無い自分には不利な戦法だ。


「調子に乗るなァっ!」


 一方リシェルは風の刃は自分の周囲に発生させ、風の散弾を切り裂き相殺している。

 その後、鬼土竜の背の上から風を纏いながら飛び、上空から数発の風の刃をベルモンドの頭上へと叩き付けた。ベルモンドは風の刃の落下地点から素早く地面を蹴って後退しつつ反撃態勢へ入る。


「今、だ!」


 風の散弾が止んだその一瞬に、今が好機とウルガーは両足に全ての力を込め風を切りながら駆け走る。瞬く間にベルモンドとの距離は縮まって行き両拳を握り締めた、その時。


「フッ。未熟ですね」


 その声がしたと同時に、顔面に見えない何かがぶつかり、衝撃と共に脳天を揺さぶられる。


「ぁ――ッ!?」


 ベルモンドからはまだ魔法を放った動きも気配も感じられなかった。何が起きたのか分からず、原因を突き止める暇も無く、続けて背中に無数の衝撃がぶつかる。

 体勢が保てず、膝が地面に崩れてしまった。


「ぐぅ……っ!」


 リシェルも同様に背後から衝撃波を受け、声も出ぬまま地面の上に落とされていた。

 何が起きたのか瞬時には理解出来なかったが、その答えはすぐにリシェルの口から明かされる。


「ウッザ……ッ! 飛ばした魔法の一つ一つも自由に操作出来るとか!」


「どういう、事だ?」


「アイツ少し前に風の散弾撃ってたでしょ、全部がそのまま直進してきた訳じゃなかったの! 飛んでくる途中で空中に停止して待ち構えてた風の塊や、私らの後ろから軌道変えて飛んで来たのがさっきの衝撃だよ! 戦闘中に説明させんな、自分で分かれバーカ!」


「ああ、そうだな。それに関しては悪かった」


「……いや、素直に謝られても困るんですけど!!」


 どうやら、ベルモンドの撃った風の散弾は回避し通り抜けた後、そのまま消えずに軌道を方向転換し背後へとぶつかって来たらしい。更に、罠の様に空中に設置されていた風の塊……

 複雑な操作が必要なぶん威力が抑えられているのは救いだが、このままでは文字通り手も足も出せない。


「――力を抑えてる余裕なんかねぇってか、クソッタレ」


 威力特化の魔法だけでなく、その場に応じて細かな操作を行う事も出来る。悔しいが、ベルモンドは強い。

 だが、ベルモンドにも弱点は一つある。それは昨晩、リシェルから聞かされた事だ。


『ベルモンドは懐に入り込まれての接近戦が苦手なの。まあ、リシェルちゃんの今の身体じゃ接近戦なんて無理なんだけどさ』


 問題は、どう相手に近づくかだ。

 力押しだけで戦っても恐らく通用しない。ならば、相手の動きを更に上回るスピードで接近出来れば。


 視覚と聴覚を研ぎ澄まし、集中させ『獣人化』を発動するタイミングを見計らう。

 ベルモンドが落ち着いた笑みを崩さぬまま、両手の指先をピクリと動かすのが見えた。ほぼ同時に横から殺気を帯びた甲高い叫び声が聞こえ


「はぁああァァッ!!」


 叫びと共にリシェルは何発もの細かな不可視の刃を突風に乗せ眼前の敵に叩き付けた。

 一方ベルモンドは風の散弾を再び無数に生成し、先程の倍の量にして放ち迎う撃つ。


「――ッ!」


 今が好機と、両足にありったけの力を注ぎ込み、魂の奥底に眠っている獣の力を呼び起こし、咆哮を上げる。


「ウォオオオオオッ!!」


 声が空気を震わせ、両足にたちまち銀色の毛が生え渡り、筋肉は膨張する。鋭く太い爪が伸び、銀狼の両足がそこに顕現した。


 地表を削り、土をぶち撒けながら足を跳ね上げる。直後、迫り来る風の散弾を銀狼と化した右脚で蹴り潰し、その風圧で周囲の散弾も掻き消した。


「ほう」


 ベルモンドは感心した様に見ながら、再び魔力を高め始める。また風の散弾を撃たれる前に――


「全速力で突っ込む!!」


 地面を抉りながら蹴り付けて、跳躍。その速度は音速の域へと達し瞬く間にベルモンドの懐、すぐ顎の下まで接近していた。


「――っ!」


「るぁァアアアッ!!」


 速度を極限まで高めた膝蹴りが青年のみぞおちへと食い込み、勢いのまま背後の高木の幹へと突き飛ばされる。その衝撃に高木の幹が割れ、枝が揺さぶられながら大量の葉が舞い落ちた。


 呼吸が乱れ、えずきながら地面に膝を落とすベルモンドにリシェルが風を全身に纏わせながら飛び掛かって行く。


「今ならリシェルちゃんの足でも行ける!」


 動けない片足を身体に纏わせた風魔法で補いながら一気に青年の目と鼻の先まで飛んでいき、右手に風の刃を纒わせた。


「お前の弱点は分かってんの、こんだけ近づけばもう防げないよねぇ!」


 リシェルは右手の風の刃を振るい、その切っ先はベルモンドの首元まで迫って


「フッ」

   

 ベルモンドの、不気味な笑みが溢れた。それが耳に届くと同時に、リシェルの動きが止まって


「ぎゃあああぁぁぁーー!!」

 

 断末魔の様な少女の叫びが一帯に響き渡り、リシェルは気を失ってその場に倒れ込む。


「――ッ!?」


 優勢な状況だったはずだ、いきなり何が起きたのか、ウルガーはベルモンドへと視線を向けると……彼の左手に着いていた手袋が外されていた。


 あれは、以前島で失っていたはずの左腕だ。

 ベルモンドはその左手を眺めながら、溜息をついて


「これはまだ後に取っておく予定だったのですが……仕方ありませんね」


「テメェ……その左腕は何なんだ。記憶はおぼろげだが、前に暴走した俺が引き千切ったはずだろ」


 その問い掛けを聞き、ベルモンドは指で眼鏡の位置を直し笑みを作りながら答える。


「君に左腕を奪われてから一年間、私は自らの体を実験体として様々な義手を作り試して来ました。どれもこれも人としての生活に支障が無い動きが出来る程度の駄作でしたが」


「人としての生活が出来るなら充分だろうが」


「それでは駄目なんですよ。ですが、つい先日完成しました……私が追い求めて来た理想の義手が。そこに居る愚か者は知らなかったみたいですが」


 愚か者と倒れ伏しているリシェルを指差し言った後、義手の左手をこちらに見せ付けながら恍惚とした表情で語る。


「これはですね、近距離魔法の天才と言われていた戦士の左腕なんです。その能力を維持したまま、私の身体に移植する事が成功したんですよ。体の一部だけでなく、能力も含めた他人への移植――――素晴らしい事だとは思いませんか?」


「……その魔法の天才ってのはどうなったんだ」


「勿論死んでいますが?」


「そうかよ」


 人体実験を嬉しそうな目で語る青年に、胸糞悪くなり舌打ちをしたくなる。だが義手で近距離戦闘の弱点を克服しているとなれば、余計に状況は厳しいものへと変わる。


「さあ、残るは君だけですよウルガー君。遊びは終わりにしましょう」


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