十四.五話 到着
「おかしい……」
鉱山の街クリストの門前に一人の老齢の人物が居た。
金色の髪の毛を後ろに結び、長い髭を生やし、腰には『刀』と呼ばれる希少な剣を一振り携えた男。
彼は、門の外に居ても感じる異様な雰囲気に、眉間に皺を寄せながら呟き、門の向こうへと向かい歩んでい行く。
「これは、何が起きた?」
毎日、一日中警備の居た門前に兵が一人も居ない時点で異常事態が発生したであろうことは勘付いていた。
しかし、三日ぶりに足を踏み入れたその街は、想像以上に凄惨で別世界と化していた。
街中には掘り起こされた穴が大量に出没しており、建造物にも破壊された形跡があり、壁や地面に血痕も確認出来た。そして、それだけではなく――今までに感じた事の無い醜悪で異様な空気も流れている気がする。
もう既に街の中で戦いの気配は無く、事態は終わった後なのだろう……胸騒ぎは一向に収まる気配が無いが。
状況を整理しながら歩いていると、前方に複数の気配を感じた。――見覚えのある顔、街の住民達の姿だった。
向こうもこちらに気付いた様で、安心した様な表情で手を振って来る。
その中の一人、よく世話になっている店の主である中年男性に声を掛ける。
「到着が遅れてすまんかった。一体なにがあったのだ?」
「聞いてくれ、チャドさん。実はね――」
聞けば早朝に鉱物盗難事件があり、その後街全体に人喰い蟻が発生――怪我人は多発したが、幸い死人は無かったらしい。
死人が出なかった事に内心安堵していると、男性は更に話を続けて
「けど、ベルモンド様が私達を救ってくれた。悪魔の手から我々を助けてくれたんだ」
「ベルモンド……? その者が街の危機を救ってくれたのか?」
「あぁ。マチルダちゃんが血相変えてあの方に襲い掛かった時はビックリしたけど……」
「――ッ! マチルダが襲い掛かっただと!? 何故だ、その男は本当に、信用出来るのか!? マチルダは、どうなった!?」
孫娘であるマチルダはもう心を入れ替えた。よっぽどの事や相手が悪人では無い限り、他人に襲い掛かるなどしないはずだ。
ベルモンドと呼ばれる男は本当に信用に値する人物なのか、マチルダの安否はどうなのか、問い詰め様とすると、中年男性は表情を怒りに歪め声を荒げながら反発する。
「ベルモンド様を信用していないのか!? あの方は血を流す事に涙を流しながら私達を助けてくれたんだ! あの方を侮辱するな!!」
「……!?」
彼の異常な反応に、一瞬言葉を失った。
現在話している男性は、いつもは冷静にものを見る目のある人間だ。
それが今は――何かに取り憑かれた様に、ベルモンドを悪く言われた事に対し憤怒の色を見せた。
しかしその数秒後、彼は僅かに冷静さを取り戻し、こちらと視線を合わせて来て
「すまない、チャドさん……怒鳴ったりして。アンタも孫娘が心配なんだよな、大丈夫だ。あの子は怪我しちゃ居るが無事だよ」
「そう、か……」
孫娘が無事である事は良かった。
だが、先刻の反応は明らかに異常だった。街に突然訪れた事件による精神的な疲労だけでは、無いと思う。
何か他に理由があるはずだと周囲を見渡せば、そこには見覚えの無い人物の姿があった。
紫色の髪と眼鏡か特徴的な、穏やかな雰囲気を纏った青年――まさかと思い、彼に声を掛ける。
「兄ちゃんが、ベルモンドかい?」
青年に静かに笑みを浮かべた後、肯定する様に「はい」と答え
「私がベルモンドです。この街を救う為に参上いたしました」
表面上は、表情も口調も柔らかで好印象な青年といった風だ。
だが――まるでそれは自分の本心を覆い隠すための鎧の様にも感じられた。
証拠は無いが、簡単に信用も出来ない。孫娘を信じたい気持ちもあったが、本能的な部分でも、この男を信用することは出来なかった。
暫くは様子見に徹しようと、今はただ青年に顔を近付けて。
「ありがとよ、兄ちゃん。街を救ってくれて」
「いえいえ、礼に及ばない事で……」
その直後、ベルモンドの耳に口を近付け小声で警告する。彼だけに伝わる様に全身から殺気を放ちながら
「ただし、もし兄ちゃんが何か企んでんなら。覚悟しとけよ」
「――――」
青年は一瞬無言になり、老齢の男はそのまま離れ通り過ぎて行く。
ベルモンドは横目で、背後のチャドへと視線を向けながら小さな声で。
「私に緊張で手汗をかかせるとは……只者ではありませんね」
 




