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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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十四話 心を蝕む悪意


 一年前、故郷の人々を――年上の友人だったアランを、愛していた幼馴染のケイトを殺して、その生と魂を奪った憎き敵、ベルモンド。

 その男が今目の前に現れ、怒りが、憎悪が爆発し今にも暴れ出しそうになるのを奥歯を噛みながら必死に抑え込んでいた。


 感情的になりやすい部分を、師であるレオンにもよく指摘され叱られていた。

 あの男を絶対に許すことなど出来ないが、ベルモンドを相手に感情を爆発させるのは得策では無いのは分かる。今は感情を圧し殺すべきだ。


 すぐ横に立つニアは警戒を強めた視線を、マチルダは佇みながらも抑えきれない殺気を、それぞれベルモンドへと向けている。


 住民達の間で何やらざわめきが聞こえて来た。

 銀狼の力を使い果たした影響で時間の経過と共に視覚と聴覚も段々と衰えて来ているが、かろうじて周囲の人々の表情は認識できる。


 住民達は先刻のベルモンドからの発言を受け、怪訝な顔をした者や困惑の色の滲む目をした者、ウルガーらに敵意を向ける者など、様々な視線が飛び交っていた。


 あの男はまたも人々を惑わし、騙そうとしているのは分かった。

 皆、少し前に逃げて避難していたはずだ。それがここに現れ、危険な場所に顔を出しているのも、恐らくベルモンドの策略によるものだろう。

 以前、失ったはずの左腕が確認できるが、それがどうなっているのかは手袋で隠されていて分からなかった。何故新しく左腕が生えているのか疑問が過ぎるが、今はそれを気にしていられる状況では無い。


 周りの反応から察するに、まだ住民達の信頼は完全にベルモンドへ傾いている訳では無い。今ならばまだ間に合う――そうして、ウルガーは口を大きく開き。


「騙されるな、皆! あの男は、俺の――」


「……」


 あの男は故郷の人々を殺した、罪の無い人の命を平気で奪う悪人だと、そう叫ぼうとしたその瞬間。

 声と同時に、飛ばされて来た魔力の塊がウルガーの喉とみぞおち、頭部にそれぞれ直撃した。


「――ッ!?」


 魔力が小さく、放たれた魔法に気が付かなかった。ベルモンドは周囲に気づかれない程に魔力を薄く小さくして、身体をほとんど動かさずに衝撃波を放って来ていたらしい。


 紙細工の様に人体を破壊する今までのモノと比べればその威力は抑えられているが、疲労が限界に達しているウルガーの気を失わせるには充分だった。

 声が出ない、苦痛に悶える暇もなく、意識が暗くなって――。





「ウルガー!?」


 真横で突然声を止め地に伏したウルガーへとニアは咄嗟に呼び掛ける。


 息はある、生きている――が、完全に気を失っている様だった。奥歯を噛み、前方に佇むベルモンドへと視線を突き付け、問い詰める。


「あなた、何をしたのよ!?」


「私は何もしていませんよ? その少年は既に疲労が限界に達している様子でした。その影響で気絶したのでは?」


「――っ!」


 マチルダが見たことの無い顔を見せて、ウルガーも敵意と警戒心を剥き出しにする程の男だ――絶対に信用出来ない。

 しかし、ベルモンドが何かをしたというハッキリとした証拠も掴めていなかった。街の人達は、誰を信じればいいのか困惑している顔を見せながらざわめいている。


 一方、マチルダは眉間に皺を寄せ、ベルモンドを睨み付けながら再び剣を構えた。


「しらばっくれるのも大概にしろ。お前の本性は分かっている」


 丁寧な言葉遣いが完全に消え失せており、怒りの滲んだ声を眼前の青年に突き付ける。

 それに対しベルモンドはただ静かに笑みを浮かべて、穏やかな音色を崩さず


「落ち着いてください、必要の無い殺し合いはやめましょう……落ち着いて、その剣を降ろしてください」


「ふざけんな!!」


「マチルダさん!」


 ニアはその少女の名を叫び止めようとした、が――間に合わなかった。


「ぅっ――!」


 うめき声を漏らしながら、マチルダは衝撃波に弾き飛ばされ地面に身体を打ち、そのままピクリとも動かなくなった。

 急いで彼女の元へと駆け寄り、呼吸の有無を確認する。マチルダも気絶しているだけで、まだ生きている。

 生きているが――状況はますます深刻になった。


「ベルモンド、あなたは!」


 怒りの声を聞き、ベルモンドは困った様な顔を浮かべた後、双眸に涙を浮かべ始めた。そして涙を拭いながら倒れるマチルダへと近寄り――


「な、なに、何をする気よ!?」


「これ以上何もしませんよ――ただ、悲しいのです。彼女の暴走を止めるには、力に頼るしかなかった事が」


「は……?」


 涙を浮かべ、いきなり悲しいなどと言い出す意味が分からなかった……思考が混乱し始めた所で、ベルモンドは静かに言葉を続け


「街の皆様も聞いてください。彼女、マチルダさんは――昔、スラム街に潜む反社会的組織のボスでした。そしてある日、犯罪組織撲滅の命令を受けた私は、マチルダさんの組織を壊滅させてしまいました。その中で何人か、殺してしまったのです。彼女の部下を……」


 唐突に語られるマチルダの過去の話に、ニアの混乱は一層深まるばかりだ。

 周囲の反応に耳を澄ませば、「そういえば自分を罪人だと言ってた」という声も聞こえる――反社会的組織にマチルダが属していたというのは本当なのかもしれない。

 だが、ベルモンドの話のどこまでが本当なのか、分からなかった。


「マチルダさんが私を憎み、斬りかかったのは仕方の無い事なのです。非は私にあります――なのでどうか皆様、マチルダさんを怖がらないであげてください!」


 涙を流しながら、ベルモンドはそう訴えかけていた。

 周囲の民衆達もつられたかの様に涙ぐみ、「なんて優しい方だ」「自分を殺そうとした相手に慈悲を見せるなんて」といった声が上がりだした。

 その光景に、ニアは段々と恐怖を覚え始める。


 住民達の様子が、顔付きが、何かおかしい。


 ついさっきまで混乱していた人々の顔は、完全にベルモンドを信じ切った様な表情になっていた。

 言葉だけで、あそこまでになるとは思えない。

 明らかな異常を感じ周囲に集う住民達へ注意深く視線を移して行くと、人々を覆いながら一帯を漂う醜悪な気配を感知した。


「――っ!? なに、これ……!?」


 本能的に、ソレを体内に入れては駄目だと理解して、反射的に手が動き自らの鼻と口を覆い隠した。

 目では見えないが、確かに邪悪な『何か』がこの一帯を流れ漂っている。頭痛さえ引き起こされそうな程の気持ち悪い気配、これが人々を惑わす一番の原因なのだろううと感付いた。


「あなた、この街の人達に、何をしようとしてるのよ! これ以上何かしようってなら、ただじゃおかないわ!」


 ニアが何かに気付いた様子を見て、ベルモンドの変わらなかった穏やかな表情に僅かな変化が生じ笑みが一瞬消える。


「――コレに気が付くとは、厄介ですね。闇の力を司る魔女は」


 誰にも聞こえない程の小さな声で呟き、再び顔に穏やかな笑みを戻して、両手を広げ住民達にも呼び掛ける様にして声を上げた。


「そこに倒れる少年ウルガーと、横に立つ少女ニア、あの二人こそが全ての元凶です! この街を襲った有角人の悪魔リシェルと共謀し、住民やマチルダさんすらも騙して、皆様を陥れようとしていました! ウルガーとニアが私に敵意を向けているのは、企んでいた計画を邪魔されたからに他ならない!」


「は……っ!? ちょっと、勝手な事言ってんじゃないわよ!!」


「皆様、あの二人を捕えなさい! ウルガーとニアは、この街クリストを地獄の底へと誘う真の敵です!!」


「――っ!」


 周囲を囲む様にして動かず遠目に見ていた人々が、ゆっくりと動き出した。男も、女も、子供も、大人も、老人も、亜人も、衛兵も、皆が敵意の視線をウルガーとニアに向けながら近付いて来る。

 その中には先日仲良くなった子供や、お店の人達なども含まれていた。


「う、そ……皆、駄目、騙されないで!」


「うるさい、よくも騙したな、悪魔!」

「こんなめちゃくちゃにして、許せない!」

「いきなり外からやってきて怪しいと思ってたわ!」


 住民達にはもう声は届かない。そして、自分達がベルモンドに命令されているなど明らかにおかしいのに気が付いていない。

 思考する力が奪われ頭が回らなくなっているのだ。完全にベルモンドを信じ切っている。

 これも恐らく、一帯を覆い尽くす邪悪な『何か』の影響だろう。


「酷い……!」


 悔しさと怒りに歯を食いしばる。人々の平穏な生活だけでなく、人としての尊厳すら破壊する様な下劣な行為だ。

 許せない、なのに、今の自分ではどうすればいいのか分からないのがもっと悔しくて、たまらなかった。


 ここで二人揃って捕まればどうなるのか分からない。今出来る事は、反抗では無い。恐らくベルモンドへ攻撃を仕掛けても逆効果だ。


「うぅ! 悔しいけど、今は、逃げなきゃ――!」


 小さい頃から力仕事を手伝ったりもしていたので、同年代の子を一人を背負う力くらいはある。しかし、流石にウルガーとマチルダの二人を同時に背負う事は出来ない。


 どうこの場を切り抜けるか必死に思考を巡らせていると、足元から微かに声が聞こえた。それは地面に倒れ込んでいたマチルダから弱々しく発せられたもので。


「に、げて、ください……二人で……私は、大丈夫ですから……」


「で、でも……」


「いいから速く!」


「っ!」


 鬼気迫る勢いで言われ、覚悟を決めた。見捨てて逃げるみたいでとても胸が痛むが、彼女の意思を無視するわけにもいかない。

 迷いを噛み殺し、マチルダをこの場に置いて、ウルガーと共に逃げる事を選ぶ。


「無事で居てね」


 それだけ伝えて、意識を切り替えて今はこの場からの離脱を第一に考える事にした。

 気絶し地面に倒れている少年を背負い、迫りくる民衆へと視線を移してから逃走経路を確認する。


 身体が密着していれば、自分だけでなくウルガーも闇魔法の『黒い霧』で覆い気配を掻き消す事が出来る。思考が奪われている今の状態の人達にならば、特に効果はあるはずだ。


「黒い霧」


 静かに詠唱し、闇の魔力で生成された霧で全身を覆いウルガーとニア、ニ名の気配を消した。

 作戦は成功し、住民達は追うべき相手の姿を見失ってしまった様だ。

 街の人達の事も助けてあげたいが、今はどうしてあげる事も出来ない。弱気な考えを今だけ振り払い、走って遠くまで逃げる事に集中する。


 大通りに立ち並ぶ民家と民家の隙間を通り抜け、その先にある小さな森の中に逃げ込もうと走り出したその瞬間、目の前の整備された地面が突如衝撃音と共に抉れ一メートル程の浅い穴が出来上がっていた。


「なに!?」


 視線を移すと、そこにはベルモンドが表情を変えずにただこちらを見ている。――これは、脅迫だ。これ以上先へは逃げるなという脅し。


 一瞬で地面を陥没させる程の威力だ、あれが人体に当たれば見るも無惨な結果になる事は容易に想像出来た。

 それでもこのまま何もせずに捕まれば、ベルモンドから何をされるか想像も出来ない。逃げるしか、無い。


「……っ!」


 せめてもの抵抗として『影の鞭』発動の準備を始めながら、また一歩前に足を進める。

 それと同時に、再び迫り来る嫌な気配を感じて――背中のウルガーを庇うようにして自分の体の正面をベルモンドの佇むに方向に向けて、更に目の前に四本の影の鞭を発動し盾の様にして衝撃波を受け止めた。


「きゃあっ!!」


 直撃は免れたが、衝撃の余波は二人を容赦なく襲う。

 そのまま身体を吹き飛ばされ、二人一緒に地面に叩きつけられそうになって――


 その瞬間、地面が音を立てながらヒビ割れ、土砂を吐き出しながら地中から巨大な影が現れる。


「今度は何ーー!?」


 現れたのは、先刻戦った個体よりも小さな鬼土竜だった。


 吹き飛ばされたウルガーとニアは、突如出現した小型の鬼土竜に大きな口で捕らえられ、そのまま地中へと連れて行かれてしまう。



「――――リシェルめ」


 誰にも聞こえない、怒りを滲ませた青年の声が、口の中だけで呟かれていた。


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