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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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十二話 救世主


 鉱山の街クリスト全域にて地面を掘り起こしながら同時発生した大量の『人喰い蟻』は、人々を狙いその牙を向ける。


 幸い、早朝に起きた事件により街の中では全衛兵が警戒態勢で警備を行っていた事、そして鉱山を狙う者が襲撃を仕掛けた場合に備え住民は頻繁に避難訓練を受けていた為、緊急事態への対応は素早く被害は最小限度に抑えられていた。


 緑髪の青年カミルも、厩舎に預けておいた愛馬のアディーを引き連れ住民の避難の手助けを行っていた。

 その道中、人喰い蟻に追い掛けられ逃げ惑う住民をまたもや発見し。


「やらせません、よぉっ!」


 愛馬の剛脚で地面を蹴りながら一気に駆け寄り、人喰い蟻の頭部へと衛兵から借りた一振りの剣を突き立てその息の根を止める。

 人喰い蟻は、牙の力が圧倒的に強いが耐久性は脆い。仕事仲間であるレオンとの行動の中で何度か対処に当たった事もあった。


 だから、愛馬の脚さえ借りれば自分の様な素人でも充分に戦う事は出来る。


「それでも出来れば危険な事はやりたくないんですが」


 そう思いながらも命の危機にある人達を無視出来ないのが昔ながらの性分だった。

 アディーを労った後、避難に遅れた人が居ないか周囲を見渡しながら避難場所へと直行していく。

 ここまで自分の見た限りでは、怪我人や重傷者は居たが死人は出ていない。だからといって気は抜けないが。


「――――」


 しかし、引っ掛かる点もあった。どの負傷者も手か脚だけに怪我を負っていた。放置すれば血を失い死に至るが、手当さえ間に合えば命は助かる。まるで殺すのが目的では無いかの様に。


 先日の赤鷲の出現や、早朝の鉱物盗難事件、人喰い蟻の大量発生と、今まで起きなかった事件が立て続けに起きている。そしてギリギリで殺さない程度に傷を与えられていて。


 もしこれらが人為的に引き起こされたものだとすれば、その目的は何なのか。鉱物の盗難が目的ならばもう目的は達成出来ている、人喰い蟻で襲撃を仕掛けるメリットがあるとは思えない、殺すわけでは無いなら口封じでも無い。

 なら、その他に考えられる可能性は――


「人々に、恐怖を与える為……?」


 何故そんな事をする必要があるのかは分からないが、ここまで起きている事が全てが偶然だとしたらあまりにも出来すぎている。

 何者かの手が加えられているとしか思えない。


 思考を巡らせながら愛馬を走らせていると、段々と避難所が視界に見えてきた。

 避難所として使われている建造物は希少な金属も使われ設計されており、壁も床も頑丈で人喰い蟻の牙や、並の魔法程度では破る事は不可能である。


 避難所の前の道には一人衛兵と、新たに逃げてきた街の住民数名が歩いていた。彼等が避難所の入口まで残りニ十メートル程の地点へと到達した頃。


 衛兵と住民を囲む様に、地面を掘り返しながら六匹の人喰い蟻が出現していた。


「な――!?」


 衛兵は一斉に剣を抜き、住民達は怯え、悲鳴を上げ、助けを求める。

 カミルもアディーに指示を出し直ぐに救援へ向かおうと愛馬を走らせた。しかし、人喰い蟻の数が多い。

 衛兵は腕を噛み砕かれ剣を地面に落とし、次は住民へと牙を向けて――直後、柔らかい男性の声が耳に届く。


「皆様、ご安心ください。あとは私にお任せを」


 そしてその次の瞬間――住民を襲おうとしていた一匹の人喰い蟻の頭部がグチャグチャに潰れ、同じ破壊の光景が残る五匹の人喰い蟻にも加えられ……六匹全て、一瞬の間に屍と化していた。


 その光景に呆気を取られて――声のした方向へと目を向けた。するとそこには一人の、紫色の髪をした眼鏡の青年が佇んでおり、彼は住民達へと視線を移し礼をしながら穏やかな口調で話し始める。


「弱き者を救う為、この街の危機を救う為に、ここへ参上いたしました。私の名は――」






 ――その頃、人々が逃げ静かになった街の中で、生気を失った表情で地面に膝を付いている人物が居た。

 それはボサボサな黄色い髪の毛と無精髭を生やした男、ニアの父親だ。彼は人喰い蟻の襲撃によりボロボロになった街を目にして、恐怖に足が震え上手く立つことさえ出来ない。


 そして現実逃避をするかのごとく、妻アンネリーの顔を思い浮かべる。


『ねぇ、ノーマン。ニアにはそろそろ会わないの?』


 ニアの父――ノーマンと、アンネリーは魔導会で再会し、以前の様な良好な関係に戻ろうとしていた。

 だが一度見捨てて逃げた罪悪感はいつまでも残っていて、娘と会う決心が付なかなかけられずにいた。

 そうしてズルズルと、娘と顔を合わせる時を先延ばしにしていた矢先。事件は起きた。


 旧魔導会の主要メンバーの九割を殺され、そのまま組織を乗っ取られて、妻のアンネリーは囚われの身となっている。


 そして、自分は――


 思考の最中、全力で地面を蹴り走って近付いてくる音が耳に入り、意識を現実へと引き戻された。

 反射的に音の聞こえた方角へ耳を向けると


「あ」


 ノーマンの視界には、ニアと同年代くらいの少女が必死の形相で一匹の人喰い蟻から走って逃げて来る姿が目に入った。

 少女はこちらの様子に気が付いたらしく、恐怖を堪える様な目で涙を拭いながら声を掛けて来る。


「おじさん、大丈夫ですか!? 立てますか!?」


「あ……」


 この少女は、自分が命に危機にありながら見知らぬ他人に気を掛けている。

 自分が恥ずかしくなってきた、情けない、自分はあの頃から何も変わっていない。誰よりも怖がりで、臆病で、弱虫で、泣き虫で、何も出来なくて――


『ノーマンは優しいわ』


 優しいだと、どこがだ、こんなクズが、こんな腰抜けでクズのどこが優しいって言うんだ、アンネリー!


『ニアを死なせたくないから、逃げたんでしょ?』


 ニア……久しぶりに会った娘にあんな悲しい顔をさせてしまった男が、優しい訳が無いだろう。


 どこまでも格好悪くて、最低で、父親失格だ……


 でも、これ以上――!


「これ以上、自分を嫌いにさせるんじゃねえよぉぉ!」


 叫びながら、震える膝を無理矢理奮い立たせる。全身の震えは止まらない、それでもここで、このまま、何も出来ずに死ぬのは駄目だ。

 ニアにこれ以上、悲しい顔をさせたくない。


「あああぁぁぁっ!」


「おじさん!?」


 少女の制止を振り払い、ノーマンは護身用の短剣を取り出し人喰い蟻に飛び掛かっていく。脚を強力な顎で抉られ激痛が走る。脂汗をかきながら痛みに耐えて、右手を振りかざし短剣を蟻の片目に突き刺した。


 人喰い蟻は苦しそうに藻掻くが、まだ生きている。更に、蟻の後方から新たな仲間の人喰い蟻の姿が見えてきた。

 せめて、後ろに居る少女だけでも


「俺は良いから逃げろ! 早く行け!」


「――っ!」


 このままでは、自分は死んでしまうかもしれない。まだ死にたくは無い、アンネリーにも、ニアにも、会いたい。だが、状況はそれを許してくれない。

 それに、ここで人喰い蟻の数を減らせば、そのぶんニアが無事に助かる確率も高まるはずだ。

 本当は死にたく無い、怖い、それでも……


「死んだら死んだだ、ちくしょう! 来いや蟻共ぉ!!」


 覚悟を決め、刃を強く握った。その次の瞬間。

 ――信じられない光景を目の当たりにした。


「は」


 皮膚が潰れ、血液や体液の飛び散る音が聞こえる。牙を剥き出しにし襲い掛かろうとしていた人喰い蟻達が、一斉にグチャグチャに潰れて死んだのだ。

 何が起きたのか理解できずに思考が停止した刹那、その答えはすぐに分かった。


「大丈夫ですか? 助けに来ましたよ」


 聞き覚えのある声、二度と聞きたくない声、穏やかな佇まいとその口調が、恐怖心をより一層掻き立てる。


 恐る恐る、その声の聞こえた方角に目を向けた。

 そこに立つのは、紫色の髪の毛と眼鏡が特徴的な青年――彼は穏やかに笑みを浮かべ、ノーマンの背後に居る少女に視線を向けながら


「もう大丈夫ですよ。私、ベルモンドが……この街を助けに来ました」


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