三話 憤怒の咆哮
――意識が暗い闇の中へと沈んだ中、どこから小さく声が聞こえて来る。
「私一人じゃ駄目なの!? 他の人達には手を出さないで! それに、ウルガーに何をしたの! あんな、酷い姿で!!」
それは段々と、大きくなって行く。よく知る少女の声だ。
更に他にも、悲しみ、絶望、怒り、様々な感情が入り乱れる声が届いて来る。
そして段々と、ぼんやりとしていた意識は覚醒していき……
ウルガーは、瞼を開いた。
「は……?」
その光景に、ただただ言葉を失った。
眼前で繰り広げられているそれが何なのか、理解出来なかった。
洞窟の中、紫髪の男の一団に囲まれている状況で、十人の人間が身体を縛られた状態で『古代魔晶石』の前で座らされていた。
縛られ並ばされている人達は、皆ウルガーの顔見知り、友人、この島の住民達だ。更に全員が二十歳以下の若者で構成されている。
その中にはつい昨日話をした人、親しくしていた人、世話になった人も居た。
そして、そこには幼馴染の少女の姿もあって――
「みんな……、アラン、ケイトまで!? 何で!!」
「――! ウルガー!」
ケイトは、今にも泣き出しそうな悲痛な顔をしていた。
少女の隣に立つ紫髪の男を睨み付け、ウルガーは叫んだ。
「テメェ、コラ! 皆に何するつもりだ!?」
「古代魔晶石を持ち帰る為の儀式ですよ。ウルガー君、でしたか? 君も祝ってください。彼等、彼女等の魂が、この古代魔晶石と一つに合わさり……神の一部となれる事を」
「――は? 何いって、やがんだ……?」
「そうそう聞いてください。この女の子、小さい子供が連れて行かれそうになって泣き喚いていた所を自分が身代わりになると自ら名乗り出たんです。きっと美しい魂をお持ちなのでしょうね」
「……ごめん、ウルガー……」
「ケイ、ト……! クソ、皆、今すぐに助け……アガァッ!?」
身体を動かそうとした瞬間、手足に激痛が走った。立てない、身体を動かせない。
そうだ、四肢を全てへし折られていた。無理に動かそうとしても、痛みに全身から汗が吹き出て苦痛が増すだけで、一歩分も前に進めない。
その時、ウルガーの視界の端……自分のボロボロな身体の背後にもう一人の姿が目に入った。
そこに倒れていた人物は、ウルガーの育ての親であり祖母。同じ様に手足をめちゃくちゃにされ地面の上に倒れて気絶していた。
「婆ちゃん! オイ!?」
「御安心を、彼女はまだ生きています。元気なご老人で、若い頃から強い魂をお持ちだったのでしょう」
島の皆を、ケイトを縛り上げられ、更には唯一の家族である祖母を傷つけられ――少年は怒りで頭が真っ赤になり、叫んだ。
「いい加減にしろ! もう、誰にも手ぇ出すんじゃねぇ!!」
「時間もありません。儀式を始めましょう」
紫髪の青年が合図する。それと同時に、青年の率いる一団の十人は剣を手に持ち――十人の島民の背中へとそれぞれ立つ。
もう数秒後にはどうなるか、理解出来てしまった。激痛も何も耐え、命の限り身体を動かそうとする。だが、どれだけ必死に足掻こうと、手も足も動く事は決して無かった。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろーー!! 殺すぞ、それ以上何かしたら殺す、殺してやる!!!」
「はい。やってください」
紫髪の男が手を上げて合図した――その直後、一斉に剣が降り下ろされた。
悲鳴と断末魔と血飛沫が飛び交い、そこに居た人々は次々とその命を落として行く。何も出来ないまま、少年の目の前で。
何で殺されなきゃいけないんだ。皆、ただ普通に生きていただけだ。明日も日常が訪れることを疑わず、平和に暮らしていたはずだ。
それを、こんな、訳も分からぬまま突然に奪われた。何で奪われなきゃいけないんだ。何で死ななきゃいけなかったんだ。何で、何で、何で――
「……ウル、ガー……」
「――ケイト、ケイ、トぉ……!」
今にも息絶えそうな声で、呼び掛けて来る声がする。ケイトだ。彼女は、涙を流して、それでも何とか笑顔を作ろうとしていて……そして。
「ごめんね、……ごめん、ね……」
「駄目だ、死ぬな、死んじゃ嫌だ、お前まで死ぬなよおぉ!!」
最後に、静かに唇を緩ませながら、少女は言った。
「……あい、して、る……」
その一言を最後にケイトは、息絶えた。
「あ……あ、アッ、うあ、アアアアアァァッッ!!」
頭の中が真っ白になった。声にならない叫び声を上げながら、大粒の涙を流す。
彼女との、ケイトとの思い出が脳裏を過ぎって行く。
もう、戻れないのだ。大事だった……愛おしかった少女は、たった今、目の前で死んだ。
「――悲しむ必要はありませんよ、ウルガー君。きっと彼女も、神の一部になり死ねたことに、満足し幸せを感じていた事でしょう」
「ふざけるんじゃねえ! 満足な死だ!? 訳も分からずいきなり殺される事が、幸せな奴なんか居るかよ!! ふざけんじゃ、ねえっ!!」
殺意が芽生える。眼前の紫髪の男と、皆を殺した一団に、敵意が、憎悪が、膨れ上がって行く。
そして、自分の魂の奥底……ずっとそこに眠っていた何かが、目を覚ますのを感じた。
殺意のままに、憎しみのままに、怒りを込めて、少年は吠える。
「オオオオオォォォッッ!!!」
「――っ、何!?」
ウルガーから放たれる異様な空気に、紫髪の青年は咄嗟に警戒態勢へと入った。
少年の四肢が――再生していく。そして、再生した四肢から銀色の毛が生え、それが全身に行き渡り、顔が、体格が、手足の形が、変貌していく。
そこに佇み、敵対者を睨み付ける存在。それは――鋭く太い爪と、鋭利な牙を生やした、銀色の狼の獣人だ。
ウルガーの意識はもう無い。そこにあるものはもう、純粋な怒りと殺意のみ。
銀狼の獣人は叫び声を上げながら、敵対者へと飛び掛かる。
「うわ、あ、あぁっ!?」
武器は全て頑丈な肉体に薄い掠り傷しか付けられず、剣を紙細工の様に爪で切り裂かれ、紫髪の青年が従えていた一団は、牙で、爪でバラバラにされ、怪力に叩き潰されて行った。
瞬く間に十秒も経たず、そこには大量の屍のみが残されていた。
銀狼の獣人は残る敵――紫髪の男へとその牙を向け一気に距離を詰める。
その間に獣人の全身に複数の衝撃波がぶつかり苦痛に顔を歪める。――だが、人間体の時の様な状態にまでは至らなかった。
「私の魔法に耐えるとは、頑丈で美しい肉体――ハハッ」
次の瞬間、獣人の右腕が降り下ろされ地面ごと抉り叩き付ける。更に紫髪の男が回避した方向へと凄まじい速さで爪を振り下ろした。
そして、その爪は相手の肉を深く抉り、男の左腕を引き千切った。
「グヌッ!? こ……こんなに痛いのは、久しぶりですよ。ですが残念ながら、遊んでる時間は無いんです」
「――――ッッ!!」
「もう完全に我を忘れて暴れちゃってますね。まあ 安心してください、私の目的はあくまで古代魔晶石……もう二度とここには来ません」
動きを見切ったのか、それ以降の爪や牙による攻撃は全て回避されて行き、そのまま紫髪の男は――闇夜の中へと逃げ、消え去った。
銀狼の獣人――ウルガーは力を使い果たし、地面に膝を付け、夜空を睨み付けた。そして、叫ぶ。
「オオオォォォォォッッ!!!」
怒りに燃える瞳から涙を流す銀狼の咆哮は、島中に響き渡って夜の中に消えた。