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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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八話 リシェルとの戦い


 紫色の髪の毛を長く伸ばし、額から一本の鋭い角を生やした少女が、目を細め笑いながら視線を向けて来る。

 恐らく、有角人種と呼ばれる世界中でも数の少ない亜人だ。名は、リシェルと名乗っていた。


 現在、建造物が左右に立ち並ぶ大通りで前方にはゼリー状の生物『スライム』とリシェル。背後には金色の体毛と鋭く太い爪を生やした巨大な『鬼土竜』が現れ、挟み撃ちにされている。


 そして両横に立つ二人の少女――ニアは顔に緊張感を滲ませつつも全身に魔力を高め警戒し、マチルダも二振りの剣を構えながら戦闘態勢に入った様だ。


 聴覚を研ぎ澄ませ離れた場所の気配もうかがう。

 あちこちで悲鳴や叫び声、戦闘音が聞こえている。衛兵も十数人居る為すぐに住民への被害は広がらないと思いたい……が、街中に現れた『人喰い蟻』の数は多い。悠長にはしていられない状況だ。


 マチルダから聞いた、予言の内容を思い出す。『紫の髪を持つ悪魔と救世主』――今、目の前に居るリシェルが悪魔だとすれば、救世主とは誰なのか。

 紫色の髪を持つ人物と言われ、真っ先に浮かぶ顔。ウルガーにとってそれは……故郷の人々を地獄に落とした、あの男。


「――まさか」


 嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 そしてそれと時を同じくして、真正面と背後から感じる殺意が大きく膨れ上がり、一斉に襲い掛かって来た。


「――ッ!」


「アハッ!」


 前方からは、スライムの上から大きく跳ねたリシェル――彼女は跳躍と同時に全身を魔法の風で纏わせ、速度を何倍にも上げながら一気に接近し飛んで迫る。

 更に背後からは鬼土竜が鋭く大きな爪を剥き出しにし、整備された地面の表面を破壊しながら走ってきた。


 マチルダは両手の剣を強く握り締めながら魔力の炎を纏わせ、背後振り向き鬼土竜の迎撃に移る。


「背後の鬼土竜は私にお任せを!」


「あぁ、任せたッ!」


 マチルダの高い実力はこの目で見た、一人でも鬼土竜と戦えるだろうと信じる。

 一方、目の前からは風魔法を纏わせたリシェルの高速の蹴りがすぐそこまで迫って来ている。その攻撃を、両手を交差させ盾の様にしながら防ぎ衝突した地点にて風の魔力が爆発し強烈な猛風が吹き荒れる。


「わっ、すごーい! 頑丈じゃ〜ん!」


「ッグぅぅっ!」


「ウルガー、危ない!」


 暴風が直撃しその場から飛ばされそうになるも寸前の所で背後に居たニアに『影の鞭』で体を受け止められ何とかその場に留まれた。

 一方、リシェルはウルガーの腕を足場にし蹴り付けながら体を回転させ後退し着地する。


「ありがとう、ニア。ぶっ飛ばされる所だった」


「お礼は後でもいいわ。今は目の前に集中しなきゃ」


「そうだな」


 迅速に呼吸を整え、全神経を研ぎ澄ませ、どう戦うべきか頭を回転させ思考を巡らせる。

 攻撃を防いだ腕に痛みはあるが、出血や骨折は無い。身体能力や攻撃の威力そのものは並より少し上くらいだろう、それを風魔法で補っているのだ。


 気掛かりなのはリシェルの背後に居るスライムだ。今はまだ動かない――いつ、何をしてくるのか分からない。


 先刻、カミルから聞いていたスライムの特性を脳裏に思い返す。スライムの厄介な点は二つ。骨まで溶かす強力な溶解液……そして、討伐の難易度の高さだ。


 ただ、ゼリー状の体に攻撃を加えているだけでは傷口が瞬時に再生するだけで意味が無い。

 体の奥――中央部分に確認できるボール一個分くらいの球体。それこそがスライムの核であり心臓部分。核を破壊しない限り疲れる事も無く生きて行動を続けるらしい。


 更にスライムの持つ溶解液と体を構成する液体部分は見た目が全く同じで目視だけではまず判別不可能。亜人の嗅覚を使い、ニオイで判別するしか無いのだ。


 背後を振り向き、ニアに視線を合わせ声を掛けた。


「ニアは俺の後ろから援護を頼む。迂闊にアイツに……特にスライムに近づく事はしないでくれ」


「分かったわ、援護は任せて!」


 両拳に力を込め握り締めながら、地面を強く蹴り真正面の敵目掛け真っ直ぐに駆け抜ける。横目でスライムの動きに注意を向けながらリシェルに攻撃を仕掛けた。


「っらぁぁッ!!」


「影の鞭、行けぇ!」


 大きく振りかぶった右拳を、地面ごと破壊する勢いで振り降ろそうとした瞬間、何か鋭利なものが掠めて右の拳と腕に数か所の切り傷が発生し出血する。

 ニアが闇魔法で放った二本の影の鞭もリシェルの体に近づく前に細切れにされ、攻撃は失敗してしまった。


「チィッ――!」


「嘘っ!?」


 ウルガーはすぐに右腕を引っ込め、体を数歩後退させた。

 その様子をリシェルは笑みを崩さぬまま見ており、奥歯を噛んで睨み返す。

 巻き込まれた住民が気になり、強い焦燥感が湧いてくる。しかし、焦って勝てる相手では無いと自分を落ち着かせる様に努めた。


「その傷大丈夫なの!? いったい今のは何が……」


「これくらいなら問題ねぇ。アイツ、目の前に風の刃を設置してやがった……俺が迂闊だった。いけねぇな、もっと冷静にならねぇと。…………あ?」


 ――その時、ウルガーは異変に気付いた。

 先刻までリシェルの背後に居たスライムの姿が、その場から見えなくなっていたのだ。

 ニアもそのことに気が付き、焦った周囲を見渡して探るが、どこにも見当たらない。


「ウルガー、スライムが居なくなっちゃったわ!」


「ニア、下手に動くなよ! 俺の近くに居ろ!」


「う、うん」


 リシェルに攻撃を加え一瞬目を離した間にスライムが消えてしまった。恐らく、どこかに潜伏しているはずだ……こんな状況で溶解液を使われるのは危険極まりない。

 全神経、全感覚を研ぎ澄ませて気配の感知に集中させる。

 それをリシェルをクスクスと笑いながら見つめて。


「さ〜て、スライムちゃんはどこに行っちゃったのでしょーか?」






 ――その頃もう一方では、マチルダと『鬼土竜』の戦いが繰り広げられている。


 鬼土竜の体毛は針金の様に柔らかくも固い性質で、皮膚も同様に固い上に分厚く炎を纏わせた『魔法剣』でも薄皮を切り裂くのが限界だった。

 炎の熱による痛みは効いているらしいが、これだけでは決定打に欠けてしまう。


「なんですかこのカッッッタイモグラ、厄介過ぎるでしょう!」


 文句を吐きながらも戦意は一切落としておらず、両目は常に敵対者へと向けられている。戦いが終わるまで絶対に敵から意識を離してはいけない……剣の師匠でもある祖父からの教えだ。


 再び剣を構え、鬼土竜の次なる行動をうかがっていると


「……あれ?」


 鬼土竜はこちらから目を離し、別の方向へと目を向けた。地平線まで立ち並ぶ建造物の中の一つの玄関が、ゆっくりと開かれたのだ。

 そこから顔を覗かせていたのは、幼い少年だった。


「まだ避難してない人が――!?」


 次の瞬間、鬼土竜は標的を切り替え、顔を覗かせた幼い少年に牙を剥き出しにし涎を垂れ流しながら襲い掛かって行った。


 咄嗟に足が動き、体がその方角へと向かった。

 そして……


「やらせませんからぁ!」


 直後、宙に血飛沫が舞っていた。


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