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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
二章 再会の町
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六話 危険生物


 鉱山の街クリストには十名程の衛兵が滞在しており、採掘された鉱物を保管している倉庫の前にも一名の衛兵が配置されている。


 しかし今朝、その衛兵が倉庫の中の確認を行った際、中に置かれていた物が全て何者かによって奪い去られていた。気付く事も出来ぬまま持ち去られてしまった事は今回が初めてで、その話を聞き付けた人々もパニックに陥っていたらしい。


 そして倉庫内の石造りの床には、大きな穴が開けられていた。


「……ですが、その穴も地面にあたる部分から塞がれていて、犯人の逃走経路も分からないんです」


「それで亜人の俺にも頼りたいと……だいたい話は分かった」


 マチルダから話を聞きながら街の通りを真っ直ぐと進んで行き、目的地を目指していた。

 話を聞く限り犯人はただの盗賊などでは無い、衛兵に気配も悟らせない相手――恐らく、かなりの手練だろう。


「――――」


 魔導会の情報を聞くためにここへ寄ったのに、魔導会の関係者だったという男は実はニアの父で、しかも昨日は有益な話が一切聞けなかった。

 そして今日は今日で別件で振り回されている。もし、これもまた魔導会の仕業だとすれば――と、焦燥感が段々と強まって行く。


「ウルガー、ちょっと顔怖くなってるわよ」


 その最中、横からニアの声が耳に届き、視線が合う。思考の渦に飲み込まれかけていた寸前で意識が目の前に引き戻された。


「悪い、ニア。――落ち着けよ、俺。こういう時こそ、焦るな」


 一年、共に過ごした師匠レオンからの教えを思い出す。『感情の乱れは思考や身体を鈍らせる。常に冷静であれ』……それが簡単に出来れば苦悩しないが、奥歯を噛んで何とか焦燥感を押し殺そうと努めた。


 やがて人々の押し寄せている鉱山のふもとへと到着し、そこでニアとカミルの二人は足を止めて。


「衛兵さん達の邪魔になったらいけないから、私はここで待ってるわよ」


「分かった。……一応、何かあったらいけないから周りにも気を付けていてくれ」


「分かったわ」


「僕もここに居ますんで、何かあればすぐに呼びます」


「任せた、カミルさん」


 そうして、話を聞きつけ集まっていた人波を掻き分けつつ目的地の倉庫へと足を進めて行った。

 人波を越えた所で、マチルダが前方に佇む倉庫を指差し足を止める。


「ここです」


 倉庫の扉は開放され、周囲では数人の衛兵が調査を行っていた。

 扉の開かれた倉庫内へと視線を向ければ、確かに話で聞いた通り石造りの床には大きな穴が空いていて――


「ん?」


 その穴に意識を向けると、嗅覚が何かを感じ取った。微かな刺激臭の様なニオイだ。倉庫へ向かい、一歩足を進める。

 すると衛兵の一人がこちらに気付き、声を掛けてきた。


「君は誰だ? 野次馬なら帰ってくれないか」


「あ、すんません。調査に協力しようと思って」


「私が頼んだんですよ〜、衛兵さん!」


 衛兵に事情を伝えようとすると、そこへマチルダが横から説得に加わって来る。声を掛けてきた衛兵は「マチルダちゃんの知り合いなら」と納得した様で自分の持ち場へと戻って行った。


「マチルダさん、結構有名人なのか?」


「はい! 街に来てからまだ一年ですが、例えば盗賊団を追っ払ったり! あとは街中で盛大に滑って転んで衛兵さんに助けて貰ったり、街のお祭りで踊りを披露したら間違いまくったりしていましたからね!」


「なるほど、そういう目立ち方か」


 倉庫内に足を踏み入れ、床に空いた穴へと目を向ける。それは壊されたというよりは、切り抜かれた様に綺麗に穴が空いていた。

 そこから露出して見える地面の部分――土に手を触れてみる。外の地面よりも少し柔らかく、一度掘り返された後である証拠だろう。


 そして、ウルガーの嗅覚に反応した微かなニオイ――それは、穴の周囲から感じる。

 何かに抉り取られた石床の表面に指を軽く触れ、鼻に近付けてみる。その瞬間、鼻をツンと突き刺す様な強いニオイが嗅覚を刺激した。


「ウッ! 何だ、こりゃ……!?」


 その様子にマチルダが「どうしましたか!?」と横から顔を覗かせて来る。

 空いた穴の周囲からニオイがする事を彼女に説明するが、どうやらそれは亜人の鋭い嗅覚で無ければ感じ取れないものだったらしく。


「ニオイですか? 私には分かりませんが……」


「そうか……たぶん、このニオイが何か関係あると思うんだが」


 外には警備が居たにも関わらず、石造りの床は壊され、保管していた鉱物を勘付かれる事も無く持ち去られた。

 武器、道具や魔法による力任せな破壊ならば、音で気付かれるはずだ。それならば、いったいどうやって気配や音も無く石の床に穴を開け鉱物を持ち出せたのか。


 良いわけでも無い頭で一人考え込んでいても埒が明かない。いったん立ち上がり、この情報をマチルダや衛兵達にも話し、共有する事にした。しかし――


「んー。ますます頭がこんがらがって来ました。音も無く石を壊せて臭いものって何なんですか? 溶かしでもしたんですか? しかも臭いって何!?」


「武器や道具じゃ有り得ないし、そんな魔法も聞いたことねぇぜ。訳が分からねぇよ」


 どうやら誰もがこの状況に困惑しているらしい。倉庫の周囲も調べてみたが、何らかの痕跡も怪しいニオイも残されてはいなかった。

 もう一度頭の中を整理し、分かっている少ない情報を再度確認する。そして衛兵やマチルダの発言を再び脳裏に思い返して行き――


「――ん?」


 その中で、思い返したマチルダの言葉に気になる言葉を見つけた。

 『溶かす』……彼女は特に深い考えも無く言ったのだろうが、その様な発想は自分の中には無かった。

 もし石の床を溶かす事が出来れば、確かに音を出さずに穴を空ける事は可能かも知れない。

 その後どうやって鉱物を持ち出したのか、そもそも溶かす手段など存在するのかは分からないが。考えてみる価値はありそうだ。


「ありがとう、あんたの発想に助かった、マチルダさん!」


「え、はい? よく分かりませんが、どういたしまして?」


 マチルダに軽く礼を伝えた後、仕事柄知識の豊富なカミルの元へと駆け足で向かって行く。

 人波を掻き分け、それを越えればカミルとニアの姿が視界に映り目が合った。


「あれ、ウルガーじゃない。早いわね、何か分かったの?」


「いや。カミルさんに一つ聞きたい事が!」


「僕にですか?」


「実は――」


 倉庫内にある数少ない痕跡の情報。そして石造りの床を音も無く『溶かす』様な手段は存在するのか、といった事を全てカミルに話し伝える。

 一緒に話を聞いていたニアは難しい顔をしながら考えていて、カミルは思考を巡らせるべくしばし沈黙し……


「似たようなものなら三年前に一度、レオンさんと一緒に遭遇した事があります」


 やがて口を開き、そう語り始めた。


「レオンのオッサンと……?」


「えぇ。当時行方不明事件が多発していた地域がありました。それの解決の為にレオンさんと共に仕事として現場に向かいまして……その犯人だったモノと特徴が一致していますね」


「そん時の犯人の特徴と一致って……どういう事だよ!?」


「同じ人がまた悪さしてるって事なの!?」


「まぁまぁ、落ち着いて最後まで聞いてください。ウルガーもニアさんも。そもそも、その時の犯人はヒトではありません」


「え?」


「スライム、という生物をご存知ですか?」


「スライム……? 何だそれ?」


「これは遠くの島国の――しかも広い森の片隅にしか生息していない希少な生き物なので知らないのも無理はありません。レオンさんと討伐しに行ったスライムはどこから現れたものなのかは分かりませんが」


「そのスライムって、どんな生き物なんだ?」


「液体になったり、部分的に硬化する事も出来るゼリー状の生き物です。大きさは個体によって差がありますね」


「ゼリー状の生き物……何だかプルプルしてそうね」


「はい、その通りプルプルしています。でも危険なので絶対に触ったらいけません」


「危険なの!? あ……でもそうよね、討伐しなきゃいけない程なんだし」


「スライムは、体から出した溶解液で生き物を溶かし、取り込んで食事をします。しかもこの液体は石くらいの固いものならば溶かす事が可能なんです」


「え……怖い……」


 話を聞き青ざめるニアの横で、カミルは口を止めずに続けて話す。


「更に、足も無くゼリー状の体で地面を這い移動する為、足音もありません。レオンさんから聞いた話では、スライムの出す溶解液からは刺激臭を感じたそうです」


「――ニオイのする部分触っちまったんだが」


「え、嘘、大変じゃない! どうしよう、カミルさん! ウルガーが溶けちゃう!」


「落ち着いてください。溶解液は空気に触れれば数分で効力を失います。ニオイはしばらく取れませんが」


「それなら良かったわ……」


「とりあえず触れた部分に何も無いなら安心だ。けど……スライムには、人のモノを器用に盗むなんて出来る知能まであるのか?」


「そこまで器用な知能は無いと思います。スライムが溶解液を使うのは基本的に食事か、敵に襲われた時のどちらかの場合です」


「て、事は――」


 スライムが自分の意思で保管されている鉱物を盗みに来ることはまず有り得ないと考えて良さそうだ。

 仮に穴を空けた手段がスライムの溶解液だった場合、その溶解液のみを利用したのか……またはスライムを操っている人間が居る、という事なのだろうか。


「もし操っている人間が居るなら、ヤバいんじゃないか……」


「そうですね。スライムを自分の思い通りに動かし悪事に利用しているとなれば、考えたくないくらい恐ろしいですよ。危険な能力を持った生物を、知能を持った人間が自由に扱えるんですから」


「それ、早く犯人を見つけた方がいいわよ。放っておいたら何が起こるか分からないわ!」


「あぁ、俺も同感だ」


 ここに来た目的は元魔導会メンバー――ニアの父親との接触と話を聞き出す事だ。

 しかし、放置すれば何が起こるか分からない爆弾とも言えるものを放置するのは気が咎める。自分の目的の為なら知らない街の人間がどうなってもいいとは思えない。

 もしここに故郷の人達が居たら、他人を見捨てる判断をする自分を許さないはずである。


 そして、この街に居るニアの父親の身に何かが起きてもいけない――早急に解決しなければ駄目だ。


「よし、早速この話をマチルダさんや衛兵の人達にも話して来るぞ」


「そうね!」


 事件の解決に向けて体を動かし、スライムの情報について他の人達にも伝えて行く。

 そんな騒々しい倉庫の周囲を眺める様に、近く生える高木の枝から視線を向けている一匹の小さな鳥の姿があった。






 ――一方クリストの宿屋の一部屋にて、額から一本の角を伸ばした紫髪の少女がベッドの上で寝転がりながら目を瞑っていた。

 そしてベッドの下には、ゆっくりと蠢くゼリー状の生物が一匹。

 ベッドの上に寝転んでいた少女は静かに片目を開き、唇を緩めて……


「あーあ、早速バレちゃったかぁ。もしかしてリシェルちゃん結構ピンチ? アハッ」


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