三話 父と娘と懐かしいニオイ
店の中で騒々しくしては迷惑が掛かると、ウルガー、ニア、カミルは無精髭の男を連れて外に出た。
マチルダには念の為に、近場の警戒を行って貰っている。
場所は人気の無い街の裏通り。
ニアから父と、そう呼ばれた橙色の双眸を持つ無精髭の男は、自らの黄色い髪をグシャグシャと掻きボサボサだった頭髪はより一層乱れた。
そして感情がグチャグチャになった様な、どこか後ろめたそうで顔でニアから目を逸らす。
一方で困惑の表情を浮かべていたニアは、段々と唇を緩ませて行きながら喜びの混じった目に変化していき、感極まる様に声を上げた。
「ねぇ、お父さんなんでしょ!? 顔は見たこと無いけれど、どこかで生きてるとはお母さんから聞いていたの。ずっと、お父さんと会ってみたいと思ってて――」
「俺は、会いたくなかったよ」
「……え。なん、で……」
「何で、お前がこんな所に居るんだよ。二度と、顔も合わせたく無かったのに」
「――」
出会えた事に喜ぶ様に足を一歩前へ進めたニアを、父である男は冷たい言葉で一蹴する。ニアの目は困惑と悲しみの色に染まり、飛び出し掛けた足が止まって、言葉を失ってしまった。
ウルガーは、血の繋がりのある両親の顔も、どんな人間だったのかも知らない。血の繋がりの無い祖母だけが家族といえる存在だった。
他所の親子間の事情について偉そうに何か言えるような立場では無い。それでも今の突き放す様な一言は、少女にとってあまりにも残酷だという事は察せられた。
島に居た優しい人達なら……祖母なら、ケイトなら、ここで何も言わず傍観しているだけなどしない筈だ。
「アンタ達の家の事情は俺には全く分からねぇ……だから、偉そうな説教なんてする権利は無いけど。それでも、その言い方は酷いんじゃねぇかよ? 自分の娘に対して」
「ウルガー、いいから……」
「……! けど、今にも泣きそうな傷付いた顔してる奴が居るのに、黙ってられねぇよ!」
少年の怒りの滲んだ声に対し、ニアの父は更に声を荒らげ反論する。
「他所者が出しゃばんな! 何も知らねぇ癖に、何も知らねぇガキが、何も知らねぇ頭と目で見たものだけで説教垂れんじゃねぇ!!」
「別に、説教してるつもりはねぇよ!」
「じゃあ何だ? 自分が気持ち良くなりたいが為にお前の言いたい事を感情のまま口から出してるだけか? そっちの方がよっぽど迷惑なんだよクソガキ!!」
「ぅ、ぐ……っ」
「お父さんも、もう止めてよ!」
「お父さんなんて呼ぶんじゃねぇ! お前は、お前なんかな、俺の娘じゃ――」
「――!」
ニアの父は、何かを言い掛けた。それは絶対に言わせてはいけない言葉だ。
ニアは聞きたくない言葉が飛んで来るであろう恐怖に黙り込み、ウルガーは咄嗟に言葉を遮ろうと何でもいいから叫ぼうとして――
「じゃあ何で声を掛けて来たんですか?」
そこに、男の声を遮る様に青年が疑問を言い放つ。
その言葉に男は言い掛けた所で口が止まり、疑問を投げ掛けて来た青年カミルへと視線を移した。カミルは冷静な表情を保たせたまま続けて口を動かす。
「二度と会いたくなかったのなら、気が付いても無視すれば良かっただけの話でしょう。なのに何故、自ら声を掛けて来たんですか?」
「カミルさん……!」
確かに、そうだ。カミルの言う通りあの男の発言と行動は矛盾していた。二度と会いたくなかったという娘に、わざわざ自分から声を掛けて来て。更には裏通りにまで付いて来ている。
しかし、酒に酔った影響で言動がおかしくなっているとも思えなかった。
感情がグチャグチャで言葉に棘はあるが、会話はしっかり通じている。
「とはいえ、何か裏があるとか深い理由があるとも思えませんね。何故貴方は、言われてる方のニアさんと同じ様な顔をしているんですか?」
「あ……」
カミルの言葉を聞き、俯いていたニアは再びしっかりと父の顔に視線を向けた。ウルガーもそれに合わせて同じ顔を見る。
それは確かに、青年の言う通り嫌悪や憎しみの表情では無い。むしろ――
「うる、せぇ……! 黙れ! 黙れ! テメェら全員黙りやがれ!!」
次の瞬間、こちらの口を黙らせようとニアの父は歯を食いしばり髪の毛を更にグチャグチャに掻き混ぜながら叫び声を上げた。
しかしニアは、それでも父と言葉を交わそうと負けじと声を掛ける。
「お父さん! 何か、あるなら……ちゃんと話して」
心配する様な娘の声に、父は再び苦しげな表情を浮かべていた。しかしそれでも男は頑なに心を開こうとはせず、
「もう二度と、俺に顔を合わせるなっ!!」
そう叫んで、後ろを振り返り勢い良く地面を蹴りつけながら男はその場から走り去ろうとした。
「あ、お父さん――!」
「オイ、待てよ!」
ウルガーは咄嗟に男を追い掛けようとしたが、肩を背後から掴まれ足を止める。そして後ろを振り向けばカミルが「追わなくていいです」と一言だけ溢し。
「彼も今、頭が混乱している状況でしょう……その上、酒も入っていましたし。話すのなら時間を置いて、冷静さを少しでも取り戻して貰った後の方がいいでしょう」
「……分かった」
冷静なカミルの意見に同意し、その場で足を止めニアへと視線を移す。
彼女は涙を堪える様な顔で、静かに拳を握り締めていた。
収穫も無く、今回はただ言い合いになっただけで終わってしまった。
そしてカミルが居なければ、冷静にこの場を切り抜ける事すら出来ず、もっと酷い結果になっていたかも知れない。
「ありがとう、カミルさん。俺はただ気に入らない事に言い返しただけで……役に立てなかった」
「役に立てたとか立てなかったとか、そういう話では無いでしょう。傷付いたり困っている人が居て、不器用ながらでも何かしてあげようと思えるのは君の良い所なんですから」
「それでいいのかな」
「いいんですよ」
そう言った後、カミルは近場を警戒しているマチルダを呼びに駆け出して行き、ウルガーとニアも青年の後を追う。
彼がこの場に居てくれた事に感謝しつつ、迷いの色を目に浮かべるニアへと振り向き声を掛ける。
「俺は、頭も良くないし言葉も上手くないけど……話を聞くくらいは出来る。何かあれば遠慮せず話してくれよ」
「――。うん、ありがとう、ウルガー」
思い詰めていた表情をしていた少女の目に、ほんの僅かではあるが安心の色が見える。そしてニアは一度息を吐き、決心した様に顔を上げた。
「次会ったら、もっとちゃんとお父さんと話したい」
「あぁ……そうだな。今回は俺が図々しかったし、次は二人がちゃんと話せる様に冷静を心掛ける」
「気にしなくていいわよ、私の事を心配して怒ってくれたのは……分かってるから」
「そうかよ……」
そう言われ少しホッとするが、やはり言い合いになりかけた後ろめたさはあるため、気を抜いては駄目だと心の中で自分を戒めた。
魔導会の情報を聞き出すのが一番の目的だが、その前にまず親子でちゃんと言葉を交わせる様になるべきだと思う。
そうして人気のある表通りへと出て、カミルとマチルダの姿を見つけ二人も合流し――
「――ん?」
その時、ウルガーの鋭い亜人の嗅覚が何かに反応を示した。
ニオイのした方向に目を向ければ、白いローブとフードを全身に被せた人物がすぐ真横を通り抜ける。
ニオイがしたのは……あの白いローブの人物だ。
「……ウルガー、どうしたの?」
急に立ち止まった姿を心配し、ニアが顔を覗かせて聞いてくる。
「今――」
嗅覚が反応を示したもの、それは……よく知っているニオイだった。正確に言えばそれは全く同じでは無いが、似たようなものを感じさせるニオイで。
けれど、そのニオイを持つ人物は……島での虐殺に巻き込まれて死んだ。知り合いだった青年だ。
たまたまニオイが似ていただけだろう。まだ島でのトラウマが心に刻み込まれているせいで、似たニオイにも反応してしまっただけかも知れない。
ここに、居るはずが無いのだ。
「いや、たぶん……気のせいだ。何でもない」
「本当に大丈夫? 顔色……悪いわよ」
「……大丈夫だ」
今は過去に囚われている場合ではない。心の中で無理矢理、自分にそう言い聞かせた。




