二話 橙色の眼が合って
鉱山の町クリストの一角、その店内で四人組がテーブルを囲みながら食事を摂っていた。
その内の一人、金髪の少女は頭を下げながら向かい合って座る人物に対し感謝を伝えている。
「本当に助かりました。お二人には感謝しかありません。あのまま落ちていればどうなっていた事か」
「別にあれくらい当然の行いよ、マチルダさん。お礼を言われる程の事では無いわ」
金髪の少女――名はマチルダ。彼女からの礼の一言にニアは分かりやすく頬を染め照れ隠ししながら答えた。
そ後、その隣に座るウルガーは、自らの失態を恥じる様に頭を下げるマチルダと視線と視線を合わせて。
「本当に危ないからもうちょい後先考えて行動して欲しいな……だけど、助けられたのはこっちもだ。アンタが手速く赤鷲を撃退してくれたお陰で被害も無く済んだ」
「いえ、あんなお恥ずかしい姿を見せしてしまい、私はまだまだ半端な未熟者。もう今日一日お爺さまに顔向け出来なければ、あなた方に頭を上げる事も出来ません!」
「いや、頭は上げてくれ。頼むから」
「あまり頭下げられたらこっちが困るわよ……」
つい30分程前に、街に現れた獰猛な獣『赤鷲』は彼女の手によって人に被害が出る前に撃退された。その実力は確かなのでもっと自分に自信を持って欲しいのだが。
「ずっとその態勢だと食えなくて飯が冷めるぞ」
「そうね、せっかくのお肉料理が勿体ないわ」
「むむ、確かに! それは作ってくださった方にも失礼、顔を上げて頂きましょう!」
二人からの言葉に納得し、マチルダはやっと頭を上げ食事を再開してくれた。
そのやり取りの最中、同席し肉料理を頬張っていたカミルは口の中のものを飲み込んでからマチルダへと一つの疑問を投げ掛ける。
「マチルダさん、先程言った『お爺さま』とは……まさかチャドさんの事ですか?」
その名を聞き、肉を口に近付けていたマチルダは反応を示し、カミルと視線を合わせ答える。
「はい、私のお爺さまの名はチャドですが……知り合いの方ですか?」
「はい、彼には何度か世話になった事があります。しかし、お孫さんが居たとは知りませんでした」
「ひのふはふぁひああひへふふぁはへぇ」
「なんて!?」
「ゴクンッ。失礼。私、実の孫では無いんですよ。お爺さまとは遠い親戚みたいな感じです」
「あ、そうなんですか。実は僕達チャドさんにも用事があったんですが」
「申し訳ありません! お爺さまは今朝、外に出掛けていて街には居ないんです。明日には帰って来る予定ですが」
「むぅぅ、入れ違いでしたか」
どうやら、魔導会関係者との接触前に協力を取り付けようとしていた男はちょうど外出していて居ないらしい。
明日には帰って来るらしいので、接触は明日に変更するべきか……。しかし、その延ばした一日で、標的を見失ってしまう可能性もある。
難しい顔をするカミルと共に思考を巡らせていると、前方に座るマチルダが席を立ち自分の胸を叩きながら提案した。
「何かは知りませんが、私でも良ければ協力してあげましょうか? 少しお茶目でドジな所のある私ですが、一応剣技には自信がありますので」
「……!」
確かに彼女の実力は赤鷲との一戦で理解出来た。魔法と剣技を組み合わせて戦う『魔法剣』の使い手で、体付きや動き方から身体能力の高さもうかがえた。
何か起きた場合、戦力として頼りになるのは確実だろう。だが――
「……最悪の場合は本当に、命の危険に晒される事になるかも知れない。それでも付き合ってくれる覚悟は」
「命の危険、ならば尚更あなた方を無視は出来ませんね。分かりました同行しましょう」
「そんな簡単に決めちゃってもいいの!?」
ウルガーから覚悟を有無を問われ即答で同行の決断を下したマチルダに、ニアは驚愕の表情を浮かべながら反射的に声を上げた。
強力な味方が付くのは嬉しいが、あまりにもアッサリしすぎていてニアの驚きも充分に理解出来る。
「ほ、本当に危ないのよ……? マチルダさん」
「えぇ。危険だと言うならば尚更私も引けません。私の剣技は、困っている方々を助けるために鍛えられたものですから」
彼女の目の色は本気だった。適当なのでは無い、本気で人の為に剣を振るいたいという強い意志があるからこそ、迷いもなく答えたのだろう。
ウルガーは大きく息を吐き、静かに口を開く。
「――分かった、マチルダさん。アンタに協力を頼もう。それでいいか? カミルさん」
「そうですね……凶暴な赤鷲を一撃で倒し、ウルガーが認める程の実力ならば、問題無いでしょう」
「決まりですね、お話はまた後でうかがいましょう! まずは腹ごしらえです!」
元気よく話をまとめて、再び肉料理を食べ始めるマチルダに、ニアは少し不安気な視線を向けながら呟いた。
「戦いに関しては私は素人みたいなものだから、偉そうには言えないけれど。やっぱり少し心配だわ……」
「私を心配してくれるなんて、ニアちゃんは優しいですね!」
「べ、別に優しくなんかないわよ! ちょっと心配なだけで!」
最早否定になっていないが、そこには触れずに食事を再開しようとした……その時だ。
背後から床に固いものが落ちて割れる音が聞こえた後、液体が床にぶち撒けられる音、ガラス片の飛び散る音が同時に耳に届いた。
何事かとウルガーは真っ先に後ろを振り返り、テーブルを囲む他三名――そして店中からの視線が、音のした方角へと一斉に向けられ周囲の話し声も止まる。
音のした場所、店の玄関扉の前には一人の大人の男が佇んでいた。その足元の床には瓶が割れ中身の酒と一緒に散乱している。わざと床に叩き付けた形跡は無い、手から滑って落としたのだろう。
男は全身から酒のニオイを放ちながら、何かに驚いた様に呆然とした表情を浮かべていた。
「あの、どうされました? 何かありました?」
真っ先に口を開いたのはマチルダだった。彼女は席を立ちながら心配そうな声で佇む男に声を掛ける。
続けてニアも背後に立つ男と視線を合わせ。
「アナタ、どうしたの? 顔色が悪いわよ。体調が悪いとか……」
そう、ニアから話し掛けられた男は一層表情から生気を無くしていき、震える様な小さな声で、目の前の赤い髪の少女の名を口にした。
「ニ、ア……」
「え?」
男はニアの名前を知っていた。だが、一方のニアは面識が無さそうに反応している。
そして何より、あの男の特徴――年齢は恐らく四十代くらい。ボサボサな黄色い髪の毛に、無精髭、そして橙色の双眸……カミルから聞いた『魔導会関係者』の特徴と一致する。
その怪しさにウルガーはニアの身を守ろうと咄嗟に立ち上がると、佇んだままだった男は一歩だけ前に出て、再びニアの名を口にした。
「間違いない、赤い髪、橙色の双眸……ニア……さっき、そう、呼ばれていたよな? お前、ニア、なんだな……?」
「え……?」
知らない人から何度も名前を呼ばれ、訳が分からずニアも困惑し始めた。
痺れを切らしたウルガーは男へと向けて指を差しながら、その目的を問い詰める。
「オイ、お前の目的はなんだ。ニアはお前を知らないらしいぞ……何を企んでやがる」
ウルガーから厳しく問い詰められ、その男はウルガーに視線を移した後、吹き出した。
「ぷっ、ハッ! ハハハ、そうだよな、知らないよなぁ! ハハハ! ハァ……そんぐらい言われなくても分かってんだよこのガキが!」
笑ったかと思えば次の瞬間にはいきなりキレる。
ウルガーは眉間に皺を寄せながら再び目的を問い詰める。
「テメェはニアの何なんだよ、目的を言いやがれってんだ!」
「俺が何なんだって? 目的だ!? あぁ!? 自分の娘の顔を知ってんのがそんなおかしいかよ、クソガキが!!」
「あ?」
聞こえたその単語に、ウルガーは言葉が詰まる。今、目の前の男は、ニアを『娘』と呼んで……
そしてポツリと、ニアの震える様な声が耳に届く。
「――お父、さん……?」
次の瞬間、その場は再び沈黙に支配された。