一話 鉱山の町 クリスト
夢を見ていた。
目の前に広がるものは懐かしい風景――そこはウルガーの育った故郷。どこの国にも属していない田舎の小さな島だ。
これは幼いの頃の光景。
しょうもない事で度々言い合いしていたが、厳しくも優しく、本当の家族の様に愛してくれた祖母。
幼馴染でよく一緒に遊んでいたケイト。
親しくしてくれていた村の人達――
久しぶりに悪夢では無い、島の皆との平穏な生活の夢だった。
しかし、その親しくしてくれた人達の中で、魔導会襲撃により、ウルガーの目の前で斬り殺された人達が居る。
ケイトもそうだ。
そして、ウルガーには三つ歳上で昔はよく遊んでくれた者が居る。その彼もまた、島で起きた惨劇での、被害者だった。
その青年の名は――――
――目の前に広がる景色がぼやけ段々と見えなくなっていき、やがて闇の中へと移って行く。もうじき夢から覚めるのだと気が付いた。
また、島での思い出の夢を見ていた。見たいものも、見たくないものも、この目に焼き付けようとしてくる。
そうして段々と意識は覚醒していき、周囲の物音が耳に入る……全身に小刻みな揺れが伝わって来た。
ゆっくりと瞼を開けそこに見えるのは、周囲に木々の密集した林道。そこを真っ直ぐ駆けて行く馬車の荷台の上で、ウルガーは胡座をかきながら眠りについていたらしい。
隣に視線を移せば、そこには赤い髪と橙色の双眸を持つ少女、ニアも座っている。
彼女は指先に止まった小さな虫を観察していた。その虫が羽ばたき指から離れて行った後、こちらへと顔を向けて来て視線が合った。
「あ。おはようウルガー、よく寝てたわね」
「おう」
彼女と一言交わした後、太陽の位置を確認して現在の時間を計算する。昼間に眠りにつき、三時間は経過した様だ。
ウルガー、ニア、そして馬車を操る緑髪の青年カミルの三名は、魔導会の関係者である人物と接触する為に向かっている道中だった。
その目的地である町は――
「鉱山の町、クリスト。魔晶石や貴重な鉱物が採掘されやすい土地で有名よ」
「そんな場所に魔導会の関係者か……なんかクセェな」
「あと、クリストの地から採れた新鮮な岩塩を使ったお肉料理が美味しいらしいわ。食べてみたいわね」
「それは別にどうでも……いや、まあ、ちょっと気になるが……」
ニアから肉料理の話を聞き微かに空腹感を覚え始めていた所で、馬車の前方に座っていたカミルがこちらに声を掛けて来た。
ウルガーとニアはカミルの背後へと視線を向け、青年は話し始める。
「もうじき到着しますので、元魔導会メンバーである人物の特徴を伝えておきますね。まず、彼は四十路くらいの中年男性です」
「続けてくれ」
「で、黄色い髪の毛に橙色の双眸……無精髭を生やしていて」
「ふむふむ」
「毎日の様に酒場に来ては、悪酔いしたり世の中への不満をぶち撒けたかと思えば、自分に対しての愚痴を吐き始めたり……後は多額の借金を背負っているとの話もあります」
「オイ、大丈夫かよそのオッサン」
「今の情報じゃ、だらしない酔っ払いのオジサンにしか聞こえないわ」
「僕も最初に聞いた時は耳を疑いましたけど」
その男から有益な情報が得られるのか心配になって来たが、元魔導会関係者に接触出来る機会など滅多に無いだろう。
何にしても、結局自分のやることは変わらない。
「酔っ払ってて会話が通じなかったら、水ぶっかけて醒まさせる。そんで情報を聞き出す。この機会を逃すわけにはいかねぇ」
「そうね、私もお母さんの話が聞けるかも知れない好機を無視できないもの。水ぶっかけるのは怒られそうな気がするけども」
「まあ、彼に接触する際は僕も同行しますよ。それともう一つ……町に着いたらまず、僕の知り合いの元へ行きます」
「あぁ……カミルさんが出発前に言ってた武道の達人の事か?」
「はい。『魔法剣』と呼ばれる、剣に魔法を組み合わせた剣技を極めている老人です」
「魔法剣……レオンのオッサンから話だけは聞いた事ある。難易度が高すぎて世界中でも使い手が少ない剣技だったか」
「そうです。人格面も優れているので、確実に信頼出来ます。もしも戦いになった場合、あの方が協力してくれていれば心強いでしょう」
「そんな凄い協力者が居てくれれば頼もしいわね。勿論、何事もなく進むのが一番良いのだけれど……町の人に何かあっても嫌だし」
「だな」
ニアの言う通り、なるべく人の居る場所での戦いは避けたい。また罪の無い誰かが巻き込まれ、被害に遭うのは嫌だから。
でも、それが嫌だからこそ、最悪の事態に備え最大限警戒しておくべきだろう。
町に到着した後の方針も定まった所で、馬車の進む前方、地平線の先に、出入り口であろう門と町を囲む様に広がる石壁が見えて来た。
門と壁の上からは微かに鉱山らしき山も確認出来る。
「大きな門が見えて来たわよ。あれがクリスト……」
「門兵も居るし、警備が厳重だな」
「鉱山は国の管理下ですし、採掘される鉱物を狙う者達も居ますからね。早朝から深夜まで警備の兵が居ますよ」
「兵士さんも忙しくて大変だわ」
馬車が門へと近づけば、左右に並ぶ門兵が前に出てきて通行を止める。
その後、怪しい物が無いか荷物の検査が行われ、訪問した理由については「人探し」と答えた。
特に疑われる事も無く、三名と馬車は無事門を通過した。
「ふ〜、何故かドキドキしたわ。案外あっさり通してくれるのね」
「まあ、別に怪しい目的なんか無ぇんだから疑われる方が困るよ」
「それじゃあ、僕は馬車を別の場所に停めて来るんで。アディーも休みたいでしょうし」
「分かった、ここで待っとくよ」
「アディーもお疲れ様ね」
馬車を引いていた馬、アディーを労いながらカミルを見送る。
そうしてニアと二人きりになり、町の大通りへと視線を移した。
道はしっかり舗装されていおり、町の奥には鉱山が見える。石造りや木造の建築物が地平線の先まで建ち並び、そこかしこに樹木が植えられていた。
人通りも多く、活気を感じさせる町だ。ニアも町の様子を眺めていた様で、その後静かに呟く。
「広い町ね、ここのどこかに元魔導会のメンバーが……。人が多くて探すのも大変そうだわ」
「あぁ。ニオイでも分かれば探しやすいんだが」
「匂いと言えば、そこのお店から美味しそうな匂いがするわね。あ、いえ、別にお腹が空いたとかでは無いのよ? だから気にしなくていいのだけれど」
と、ニアが何かを誤魔化そうと早口で喋っている最中、彼女の腹から音が鳴った。
つまり空腹なのだろう。
「腹減ってんなら素直に言えよ。別に悪い事じゃねーんだから」
「はい……」
ニアは目を俯かせながら恥ずかしげに答える。
カミルが戻って来たらまずは腹ごしらえでもしようか、と考えていると背後から何やら騒がしい声が聞こえた。
振り向いてみれば、固く閉じていた門が開かれ、兵が顔を出し必死に叫びながら走って来る。
「赤鷲だ! 町に入って来るぞぉ、全員建物の中に避難しろっ!」
その声と同時に町を囲む壁の上から、体長三メートルはあるであろう赤と白の体毛を生やし太いクチバシを持った鳥が、巨大な翼を広げながら上空に現れた。
鼓膜に突き刺さる様な高い鳴き声を発し、血肉に餓えた獰猛な鋭い目付きをしている。
「赤鷲……滅多に人の居る場所には来ないはずだぞ! カミルさんも心配だ……!」
「私達も兵士さんを手伝いましょう、ウルガー!」
「あぁ、そうだな!」
そうして赤鷲に挑もうとウルガーとニアの二人は戦闘態勢に入った。その直後。
二人の頭上――建物の屋根の上から新たな声が聞こえて来た。それは、若い女性の声で。
「皆さん、私にお任せを!」
声のした建物の屋根へと視線を移せば、そこに居るのは短い金髪の少女で両手にはそれぞれ一振りずつの剣が握られていた。
「え、何あの子、いつの間にあんな場所に!?」
ニアが驚愕の声を上げ、それと時を同じくして赤鷲は標的を定めた様に金髪の少女へと鋭い眼光を向ける。
ウルガーは咄嗟に「狙われてるぞ!」と声を上げるも金髪の少女は余裕の表情を崩さない。
「狙われてるのが私ならむしろ大歓迎! 行きますよ、赤い鳥!」
金髪の少女は両手の剣を強く握り締め、戦闘態勢に入る。そして次の瞬間、少女の両手から勢い良く炎が生成され剣を覆う。
高速で迫る赤鷲を睨み返しながら、金髪の少女はその技の名を叫びながら屋根を蹴り跳躍した。
「魔法剣――大渦!」
少女は身体を回転させ炎の渦を空中に作りながら跳躍し、両手に握られた剣で赤鷲の羽を、身体を切り刻み、加えて燃え上がる炎がその巨体を容赦なく焼いて行く。
「――――ッ!!」
激しい熱に、苦痛に、赤鷲は悲鳴の様な叫び声を上げながら町の大通りの上へと落下しその巨体を固い地面に打ち付けた。
「マジかよ、一撃じゃねぇか……!」
その高い実力に呆気に取られていると、空中に居る金髪の少女の声が耳に届く。
「しまった、着地のしかた考えて無かった!!」
「えぇ!?」
「マジかよ、オイ!!」
締まらない発言をしたその少女は、地面に落ちる直前に瞬時に駆け付けたウルガーとニアの闇魔法の影により、無事怪我をせず助かったのだった。