二十話 出発
森での戦いを終え、十日が経過。ウルガーの傷は塞がり、激しい運動をしても問題無い程までに回復した。
一方、重傷を負ったレオンとテッドは命に別状は無いものの、まだ回復しきっておらず町の病院に入院している。
今日もまたウルガーは、ニアと共に病院まで見舞いに来ていた。
「調子はどうだよ? レオンのオッサン」
「あぁ、だいぶ良くなって来ている。来月には退院出来るだろう。若い頃はもう少し、回復も早かったんだがな……」
病室での二人の会話の最中、背後から新たな足音が耳に届く。
それは町の病院で看護師として勤務している、レオンの娘のミリーだった。彼女は父レオンとウルガーにそれぞれ視線を動かした後、口を開き。
「ウルガー君、今日もお見舞い来てくれてたのね」
「おう。ミリーさんもお疲れ」
「うん、ありがと。――で、お父さん。本当に、心配したんだからね……もうあそこまでの無茶はしないでよ?」
当時ミリーは重傷を負ったレオンを見て、今にも泣き出しそうなのを必死に堪えながら全力で治療を施していた。
やがてレオンの容態が落ち着き普通に話も出来る様になった頃、ミリーは父の前で泣きじゃくりながら今までの不安もぶちまけた。
それからレオンは娘へ頭が上がらないようで、申し訳なさげに謝罪の言葉を口にする。
「うむ。心配掛けさせて、すまなかった。ミリー」
「分かってくれたならいいの。それにお父さんももう若くは無いんだから……」
「む……」
何か言いたげな顔をしていたが、心配させた後ろめたさからかレオンは何も言い返せずに口を噤んでいた。
一通り話し終えた所でミリーは自分の仕事へと戻り、ウルガーも見舞いの品を置いて、次はテッドの入院している病室へと向かった。
そこには既にニアが居り、ベッドで横になっていたテッドもこちらの姿に気が付き声を掛けてくる。
「ウルガー君ですか。また来てくれるとは律儀ですね」
「あぁ……知り合って間もないが、一緒に戦った仲だからな」
本心では、あの時自分の力をもっと使いこなし戦闘を続行出来ていれば、ここまでのテッドはここまでの重傷を負わずに済んだかも知れないという後悔や罪悪感の念もあった。
彼は先日の戦いで右手と右耳を失ってしまった。もう、元に戻す事は出来ない。
「君がそんな辛そうな顔をする必要はありませんよ。私が自分で選んだ行動の結果なのですから」
「――!」
どうやら感情が顔に出てしまっていたらしい。
気を使わせてしまいますます申し訳ない気持ちが込み上げて来る。
そんな中、テッドは穏やかな口調のまま言葉を続け。
「右手が使えないならば、左手で剣を振るえば良い。私はまだ諦めてなどいませんよ、回復した後は今の身体で戦える様に訓練するつもりです。だから君も、私の事など気にせず精進なさい」
その言葉には力強い意志が感じられた。
こんなにボロボロになっても強くあろうとする人間の前で、これ以上情けない顔を見せるわけにはいかないと、気を引き締め答える。
「分かった。お互い頑張ろう、テッドさん」
「はい」
そうして見舞いも終わり、ウルガーとニアは病院から出て、町の大通りを歩く。
居候させて貰っている家を目指す最中、ニアが心配そうな口調で声を出した。
「テッドはああ言ってたけど、本当に大丈夫なのかしら。無理はしないで欲しいのだけれど……」
「まあ、な。楽にはいかねぇだろうよ……けど、あの目は本気だった」
彼は自分の言った事を一切曲げず、本気であの身体でも戦える様に訓練するつもりなのだろう。そういう意志を感じさせる力強さだった。
感情的にはテッドの熱意を応援したいが、ニアの心配も正しいし気持ちは理解出来る。
「テッドさんも、そんだけ本気になるくらいニアが心配だから、また戦える様になりたいんだろ」
「それは分かるけども……」
どちらも互いを思いやっているが故の行動なのだろう。
この十日の間に二人の関係性も聞いた、要するに歳の離れた兄妹の様な関係らしい。
兄弟は居た事が無いので分からないが、家族として大事にしたいという気持ちならばよく分かる。
そんな話をしながら人気の無い林道へと入った時、ふとニアが疑問を投げかけて来た。
「そういえば、ウルガーは私が『魔女』だって事は気にしてないの? とっくに気が付いてるでしょ?」
「あぁ……」
『魔女』についての話は、田舎の島に住んでいても小さい頃から耳にするので知っている。
呪いの刻印が身体に刻まれている女性を『魔女』と呼ぶ。その刻印に応じて扱える魔法の種類も変わり、『魔女』の魔法は一般的なモノと違い特別なものだ。
だから少しでも魔法の知識があれば、一般的な魔法か『魔女』の特別な魔法なのかは素人でも見分けられる。
フレデリックとの会話や知らない魔法を見て、彼女は『魔女』なのであろう事は察していた。
そう呼ばれる者が、災いを呼ぶ呪われた存在として扱われ差別を受けている事も知っている。だが――
「故郷の婆ちゃんが言ってたんだ。『若い頃に会った魔女は普通の人間だった』ってな」
「……」
「それにニアは分かりやすいくらいお人好しだ、そんな人間が悪い奴な訳無いだろ。魔女が呪われた存在だなんて噂、当てにならねぇと思ったよ」
「そ、そう目の前でハッキリ言われると照れるわね……」
ニアはボソボソと呟きながら照れ臭そうに視線を逸らした。
やがて帰る家が見えて来た頃、背後から馬車の近付いて来る音と、青年の呼び声が耳に届く。
「あれ、カミルさんじゃない?」
「そうだな。何か焦ってる雰囲気だが」
道中で振り返りながら立ち止まり、カミルの馬車が到着するのを待つ。
そうして二人の眼前にて馬車が止まり、カミルが急いでそこから降り地面に足を付ける。その後すぐに彼はニア、ウルガーへと視線を向け喋り始めた。
「とんでもない情報が入りましたよ……! 魔導会の関係者が滞在しているらしい街を一つ、突き止めました!」
「え、本当に!?」
「カミルさん、それは信頼出来る情報なんだな?」
「情報元は昔からレオンさんと親交のある情報屋ですから、信憑性は高いと思います。ただ魔導会が穏健派だった頃のメンバーらしいですから、今も関係しているのかは分かりません」
「……」
突然耳に入って来た、魔導会との関係者が見つかったとの情報。
旧魔導会のメンバーはそのほとんどが行方知れずになったと聞いていたが、その頃の生き残りが居るかも知れないというのは貴重な話である。
何か重大な情報や現在の魔導会に関する話を聞き出せるかもしれない。
しかし、もし現在の魔導会にも関与していた場合、接触する際には危険も伴うだろう。
思考を巡らせていると、カミルは更に言葉を続けて話す。
「もし仮に、関係者と思われるその人物が逃亡中の身であった場合、時間を置けば別の場所へ移動し見失ってしまう可能性もあります。接触するのならば、早い方が良いでしょう。勿論接触するには危険な可能性もありますから、無理強いはしませんが……」
「分かったわ。なら行きましょう」
「決断早っ!?」
即答するニアにカミルが驚愕の表情で声を上げた。しかし、適当に答えた訳で無いことは彼女の顔を見ればすぐ分かる。
「以前の魔導会の関係者という事は、お母さんについての情報も聞けるかも知れない。こればかりは例えテッドに注意されても止める気は無いわ」
曲げる気の無い強い意志の込められた声で、ニアは語った。しかし、危険が伴う可能性があるのは事実だ。
だからといってレオンやテッドが戦線復帰出来るまで待っていたら、関係性らしい人物は別の場所へ姿を消してしまうかもしれない。
「まあ、私が勝手に決めた事だから、私一人でも……」
「いや、俺も行くよニア。俺も接触するつもりで考えていたし」
「ウルガー、でも危ないかもしれないのよ?」
「いや、お前一人で行く方が危ないと思うが」
「それもそうね」
二人共意志は固く、一度決めた考えを曲げるつもりは無い。
そこへカミルも、決心した様に口を開く。
「流石に若い子二人だけに行かせるのは気が重いですから、僕も同行しましょう。その街には武術の達人である知り合いも居ますし」
「そうか。ありがとう、カミルさん」
「大人が居てくれるなら心強いわね!」
こうして、ウルガー、ニア、カミルの三名で、魔導会関係者との接触に向かう事が決まった。
――そして出発の日である翌日、カミルの馬車に必要な荷物を乗せ準備を済ませてから、病院へと向かう。
出発の前に、レオンとミリーに挨拶をしておきたいからだ。
「――てわけで、昨日の夕方にも伝えた通り、今日行ってくるから。……レオンさん」
「そうか。気を付けて行って来い」
「あぁ」
彼とは一年近く暮らして、普段は砕けた調子で名を呼んでいたくらいには親しくなった。危険かもしれない、何が起きるか分からない場所へ出発する前くらいはと、彼への呼び方を変える。
言葉を少なく交わした後、ミリーも心配そうな表情で涙を堪えながらウルガーへと視線を合わせた。
「ウルガー君、怪我しないようにね。ちゃんと元気に帰って来るんだよ?」
「うん、なるべく怪我はしない様にするし、ちゃんと帰る」
この人達を悲しませる訳にはいかない。だからしっかり目的を成し遂げ生き延びようと心に誓い、ウルガーは立ち上がる。
それと同時に、レオンとミリーからそれぞれ言葉が届く。
「行ってらっしゃい、ウルガー君」
「……必ず生きて帰って来いよ。ウルガー」
一年共に暮らした二人の言葉。それを聞き、拳を握り締め、少年は力強く答えた。
「行ってきます」
一章はここで完結です!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
2章開始までは少々時間が空くと思います。