十八話 帰路の二人
ウルガーは五感を限界まで澄まし、森の奥から感じる微かな音とニオイで分かった。
フレデリックが大量の血を流したその後、水に上へ落ち流される音が小さく耳に届いて来る。テッドの荒い呼吸の音は微かにまだ聞こえる。
つまり、フレデリックは倒れテッドが勝利したという事だ。
「う〜、やっぱり、まだ動けるんだから私も行くべきなんじゃ……!」
指示通り待つか、無視して駆け付けるかを悩み落ち着かない様子のニアへと顔を向け、この事を報告する。
「ニア、テッドさんが勝ったみたいだ」
「本当!? 良かった……、ウルガーはそこで休んでて、テッドが動けなくなってたらいけないから見て来るわ!」
「……動ける様になったら、俺も後から行く」
「貴方も普通に重傷なんだから、無理はしちゃ駄目よ!」
そう言いながらニアは森の奥まで駆け足で向かって行った。
そのすぐ後、別の方角から新たな足音が近付いてくる。木の陰から顔を覗かせて来た人物――それは緑髪の青年でレオンの仕事の仲介人、カミルだ。
負傷した民間人を町に送り届け帰って来た所だった。
目の前の光景にカミルは困惑しながら叫ぶ。
「うひゃー!? ウルガー、大丈夫ですか!? 他の皆さんは!?」
「とりあえず戦いには勝ったし、皆生きてる……けど、テッドさんは重傷だ。早く治療した方がいい。先にあっち言ってくれ」
「分かりました、急がないと駄目ですね! ヒェッ、地面に落ちてるこれ手と耳じゃないですか……!」
気分悪そうに顔を青くしながらもその手際は非常に速い。状況を確認した後、乗って来ていた馬車を急いで走らせニアとテッドの居る場所まで走って行く。
そうして静かになった森の中で、ウルガーは歯を食いしばる。
「……クソ……ッ」
まだ力を使いこなせていないせいでフレデリックとマトモに戦えず、テッドに重傷を負わせニアを危機に陥らせてしまった。
そして森の中に居た一般人も全員を守る事が出来ず、死なせてしまった人も居る。
まただ、また、魔導会の手で人を死なせてしまった。
顔も名前も知らない人達だ、だが、それでも悔しい。もっと速く到着していれば守れたかもしれない。自分の五感がもっと優れていれば、危機をすぐに察知出来ていたかもしれない。
もっと力があれば、誰も死なせずに、済んだかもしれないのに……
「――俺は、まだ、弱くて誰も守れない役立たずだ」
「え、そんな事ないでしょ」
「――!?」
自責の念にポツリと口から溢した直後、耳元から少女の声が聞こえた。
思考と感情がグチャグチャになっていて、周囲の気配に気が付かなかった。
カミルはテッドを馬車に乗せ迅速に戻って来ており、ニアは心配気にウルガーの顔を近くから覗き込んでいた。
「ほら、ウルガーもボロボロなんだから。早く馬車に乗りましょ。行くわよ」
「あ……」
ニアはウルガーの手を取り、肩を支えながら馬車へと向かう。
カミルは馬車を動かし、応急処置を済ませたテッドは寝転がった状態で乗っており、ウルガーはニアから手当を受けながら馬車の荷台に座る。
「――こんなになるまで頑張ってたのに、あんなこと自分に言わない方がいいわよ」
目の前に居るニアがこちらに目を合わせ、そう言い聞かせて来た。
あんなこととは、先刻聞かれた自責の念から出た言葉の事だろう。
「――けど、二人、助けられなかった」
同行者に重傷を負わせ、更には一般人を二人死なせてしまった。怖かっただろう、苦しかっただろう、最期の瞬間まで絶望しか無かったはずだ。
助けられなかった。俺は、役立たずだ。
「えいっ」
すると、目の前に居るニアが不機嫌そうな顔でウルガーの両頬を掴み引っ張って来た。
少女の突然の行動に訳が分からず、ただただ困惑するしかない。
すると、目の前の少女はジッとこちらの目を覗き込んで。
「そんな皺寄せて怖い顔しないの。せっかく、解決出来たのに」
「……犠牲が出てて喜べやしない。こんな顔しか、出来ねぇよ」
その返答にニアは悲しげな表情を浮かべ、視線を森へと向けながら答える。
「うん、その気持ちは、よく分かる。死なせてしまった人が居る事は、私も辛いわ……本当は全員助けたかった。けれど」
一拍置いた後、再び視線を合わせ続く言葉を口から出す。
「後悔したり悲しんじゃ駄目って言いたいわけじゃないの。ただ、自分を責めるのは駄目」
「――――」
「ウルガーは頑張ったわ。傷だらけになって戦って、動けなくなった後も知り合って少しだけの私達の為に必死に何とかしようとしてくれて、頑張ってくれたお陰で、テッドは命まで失わずに済んだのよ」
「……」
「後悔は私もあるし悲しい。けれど、助かった人達だってちゃんと居る。ボロボロになってまで必死に頑張った、自分の事まで否定しちゃ駄目」
真剣な眼差しで、ニアはそう言って来る。
「貴方が居てくれたお陰で、救われた命もあるの。ありがとう、ウルガー」
微笑みながらニアは感謝を伝える。
――自分が居たから、救われた命もある。そう思っていいのだろうか。
救えなかった命が、心の中で引っ掛かり続けている。それでも、そう思っていてもいいのだろうか。
まだ、感情はグチャグチャなままだ。
それでもニアの言葉に少しだけ心が軽くなり、どこか救われている自分が居るのもまた事実だった。
だから――
「……ありがとう、ニア」