十六話 魔女と騎士
ニアは、ある貴族の家にて生まれた。
「どういうことだ、アンネリー! 何故、また呪いの子が生まれた!?」
「お父様……」
「呪いの刻印に、血筋は関係ないはずだ! なのに何故、二代に渡り刻印が現れた!? まさか、この家が近い内に破滅するという事なのか……!?」
「お父様、呪いの子だなんて、迷信に決まっているわ! 持っている力が危険だと言うならば、しっかりとした倫理観を持って扱える様に育ててあげればいいのよ!」
ニアの母親、アンネリーは呪いの刻印をその身に授かっていた。
彼女の持つ炎の形をした刻印は二の腕に刻まれていて、娘のニアの刻印は黒い太陽の様な形で背中に刻まれていた。
呪いの刻印は女性の身体に現れ、それを持つ者は『魔女』と呼ばれる様になる。
何故、呪いの子と呼ばれ、災いを呼ぶ者として扱われているのかは不明だ。誰かが詳細に調べられた訳でも無い。しかし、そういった噂話のみが世界中で一人歩きしている。
アンネリーはそんなもの、ただの迷信に過ぎないと信じている。
アンネリーの持つ炎の刻印によって扱える魔法には他人の傷を癒やす力があった。そんな優しい力が、呪いなんかであるはずが無いと思っているからだ。
だからずっと、自分の力は困っている人達の為に使おうと誓い生きて来た。
しかし、周囲はそんな生易しい反応はしてくれない。
彼女がこれまでこの家の中で生かされてきたのは、治癒魔法の存在が便利だからだった。
だが、呪いの刻印を持つ娘が生まれ魔女が二人目となった瞬間に、父からの、周りからの視線はより一層冷たいものへと変化し……アンネリーの夫でありニアの父でもあった男は、それに恐怖して家から逃げ出し姿をくらましてしまった。
当時は知らなかったが、家の中では『アンネリーとニアを殺処分するべきだ』という声もあったらしい。
そしてニアが生まれてから一年も経たぬ内に、父は娘アンネリーへと告げる。
「――アンネリー。ニアと共にここから出ていけ。お前達を、この家から追放する」
――――それから時が経ち、ニアが七歳になった頃。
アンネリーとニアの親子は山奥の小さな一軒家にて暮らしていた。
「ジョン、こっちおいで〜。きゃははっ」
ニアは元気に育ち、元は野良だった犬と仲良くなり名前も付けて毎日の様に外で一緒に遊んでいる。
アンネリーは、娘を育てる為に元の身分を隠しながら街まで降りて働き金を稼いでいた。
「ニア、そろそろお昼ごはんを食べましょう。お外から帰る前に手もちゃんと洗うのよ?」
「はーい!」
母から名を呼ばれて、ニアは元気よく声を返す。言いつけ通りに家のすぐ側を流れる川で手に付いた汚れを洗い流し、家の中へと戻ろうとすると……林道の中から誰かがやって来る姿が目に入る。
それは黒い髪に整った顔立ちをした少年。物心ついた頃からニアがよく知る人物だった。
「あ、テッドだー! お母さん、テッドが来たわよ!」
「あらあら、テッド君。遊びに来てくれたの?」
アンネリーと目を合わして、黒髪の少年は背筋を整え礼儀正しく目の前の二人と挨拶を交わす。
「はい、今日もお元気そうで何よりです。アンネリー様に、ニア様も」
「えぇ。テッド君も変わりなさそうで嬉しいわ」
「こんにちは、テッド! 早速ジョンとも一緒に遊びましょ!」
「ニア、今からお昼ごはんって言ったでしょう?」
「そうでした」
「フッ」
アンネリーには五人の兄妹が居り、一番上の兄の息子がテッドだ。
彼は幼少からアンネリーに懐いており、非常に真面目な性格で、民や弱き者を守りたい一心から騎士団に入った。
ニアも彼には非常に懐いていて、時間の空いた時にはこうして会いに来てくれる。
ニアは、この生活が好きだった。
山の中で娯楽も少なく暇な時間も多いが、優しい人達がすぐ側に居てくれるから。
母が買ってきてくれたりテッドが持って来てくれる本に書かれている様な物語とは違い、友達と言えるものは犬のジョンとテッドくらいのもので、お父さんも居ないし、街に行けばあまり良い目で見られない事もある。
それは母が周囲から魔女と呼ばれていて、その娘であるニアにまで警戒の矛先が向かっていたからだった。
母の刻印は隠そうとしても何かあれば簡単に人に見られる様な位置にあるので、魔女だと分かる人にはすぐに分かってしまうのだ。
母は時折ニアに申し訳なさそうな顔を向ける事があったが、ニアからすればアンネリーは自慢の母だった。
普段は隠そうとしていても、目の前で早急に治療の必要な怪我人を見れば迷わずにその力を使う。
後先考えない愚か者と言われる事もあるかも知れない。だが、ニアはそんな優しい母が大好きだった。
だからニアは、笑顔で母にこう言う。
「呪いなんかじゃない、だって、人を助けられる力なんて立派でしょ! 私はすごく、素敵な力だと思うわ!」
その言葉を聞いて、母は涙ぐみながら優しく微笑んでいた。
――――それから更に年月は経過し、ニアが十五歳になった頃だ。
相変わらずその親子への風当たりは厳しいが、助けられたりその人柄に触れた者で、魔女だと差別したり避けたりせず親切に接してくれる人達も少なからず居た。
人の世は辛い事もあるし、酷い人も居る。けれど優しい人達だってたくさん居る。ちゃんと正面を向いて関わり理解し合おうとすれば、人と人とは仲良くなれるのだ。
ニアはそう信じ生きる様になっていた。
テッドは騎士団の仕事が忙しくなり会える回数が減り、母は『魔導会』と呼ばれる魔法を研究している組織に協力していた。
『魔導会』は魔法を平和利用の為に研究しており、魔女に対しても友好的な組織で、母は「人々の平和の役に立つのなら」と自ら入会を志願したのだ。
街には数人程度だが友人も居て、ニアは平穏な日々を送っていた――この時までは。
それはある日の夕方、帰宅すると、母のアンネリーが椅子に腰を掛け頭を抱えていた。体調が悪いのだろうかと心配を声に出そうとすると、アンネリーはニアの顔を見て咄嗟に立ち上がり、今にも泣き出しそうな顔で抱きついて来た。
「わ、きゃっ! ちょっと、急にどうしたの、お母さん!?」
「ごめん、ごめんね……ごめんね、ニア」
「な、何を謝ってるの?」
「大丈夫、ニアには、手出しなんかさせない」
「……お母、さん……?」
「私が、一人で、終わらせるから」
アンネリーは翌日、何か覚悟を決めた様な真剣な眼差しで玄関に立つ。
彼女は出発の前に愛娘を抱きしめながら、精一杯の愛を込めて言葉にした。
「ニア、愛してるわ」
――それが、ニアが母の顔を見た最後の日だった。
夜になっても母が帰って来ず、異変を感じ取ったニアは街中で情報を探して回る。
しかし、誰も母の行方を知らない。異変を聞き付けたテッドも山奥の一軒家まで顔を出し、今までに見たことの無い焦燥感に満ちた表情をしていた。
それでも何とか、意志を真っ直ぐに保とうとしていて。
「ニア様、大丈夫です。アンネリー様は必ず、私が見つけ出しますから」
「うん……」
母はどこへ行ってしまったのか、無事で居てくれているのだろうか、何故、帰って来てくれないのか。
様々な思いが、悲しみが、不安が、胸を締め付け痛みが押し寄せる。
居ても立ってもいられない、世界中を歩いてでも、母を探したいと決心し立ち上がった――その時。
玄関を開く音が聞こえた。
「――!」
ニアとテッドは反射的に玄関へと目を向ける、アンネリーが帰って来たのかと。
だが、その視界に映る人物は全くの別人で、金色の髪を生やした軍服の男だった。
その男を見て、テッドが驚愕の表情を見せながら声を上げる。
「フレデリック騎士団長!? 何故、ここに!?」
「え――」
フレデリックと呼ばれた男は、冷たい表情にフッと唇を緩ませて、口を開いた。
「テッドよ、俺はもう、騎士団は抜けた」
「は……?」
「今の俺は、魔導会の幹部だ」
「魔導、会……」
それは、母が協力していると言っていた組織の名だ。ニアはそこに希望を見出し、咄嗟に母の事を尋ねた。
「あの、フレデリックさん! お母さんが帰って来ないの! どこに居るか、知らない……?」
それを聞いたフレデリックはニアへと視線を移し、「ハッ」と笑いをこぼした後。
「アンネリーの事かね? 彼女なら、もう、帰って来ない。言う事を聞かせる為に少々手荒な手段を取らせて貰った」
「え」
予想外の返答に、ニアは一瞬思考が混乱し頭が真っ白になった。だがすぐに、それは嫌な予感への怒りへと変化して行く。
「い、言う事を聞かせるって、どういう事!? お母さんに何をしたの!?」
「脅しただけさ、甘くて愚かなあの女はすんなりと従う様になった。よっぽど、娘のお前が大事だったらしいな」
「――っ!?」
その言葉にニアは感情的に相手を掴み掛かりそうになったが、それをテッドが手を差し出し制止する。
そして彼は騎士剣を抜き、その切っ先をフレデリックへと突きつけた。
「無駄な問答をする気はありません。今すぐに、アンネリー様を解放してください」
「上司だった俺に剣を向けるか。残念だが、それは無理な相談だ……あの女は利用価値があるし、使える。殺処分するには勿体ない程にな」
「お母さんをモノみたいに言わないでよ! 魔導会って、平和的な組織なんじゃなかったの!? あなた達は、何がしたいのよ!」
「あぁ、魔導会の最終目的は勿論変わらず、平和な未来への到達だとも。ただ最近、トップの首が変わり構成員も激しく入れ替わってね。甘い考えを持つ者は皆排除したんだ」
詳しい事は分からない、だが、察することは出来た。つまり、魔導会の上に立つ人間が変わって、組織の在り方も変わってしまい、それで、母はあんなに苦しそうな顔をしていた――
テッドもその表情に怒りを見せながら、フレデリックへと詰め寄る。
「お優しいあの方を、そんな怪しい組織に預けておく訳にはいきません。アンネリー様を返してください、ニア様も悲しんでいる」
「テッド、一度言ったことが分からんのか? それは出来ん相談だと。それより本題に入ろうではないか」
「本題だと……?」
刹那の間の後、フレデリックはテッドからニアへと冷たい視線を移して。
「アンネリーは必死に隠そうとしていたが、調べはついている。ニア、お前も魔女なのだろう? 我々、魔導会の元へ来い」
「…………絶対に、嫌」
ニアは脳裏に母の顔を思い浮かべる。そして、フレデリックからの勧誘を拒否した。
大人しく従って、母を、アンネリーを、悲しませたくなかったから。
――――そして、現在。森の中でニアはフレデリックと再会し、異様な負の魔力を発する漆黒の異形と交戦していた。
この町で知り合った銀髪の少年ウルガーの力もあり、漆黒の異形を倒すことには何とか成功した。
少年の傷も心配だが、テッドも心配だった。
ニアは立ち上がり、テッドとフレデリックが交戦している場へと目を向ける。
「……え?」
そこに映る光景、それは飛び散る血飛沫に、地面に転がる血塗れの手。
テッドが手首を切断され、腹部を剣で貫かれて、地面に膝を付き倒れていた。
衝撃に全身が震え、思考がグチャグチャになる。悲しみが、恐怖が、怒りが、一気に押し寄せて、叫んだ。
「テッドオォォッ!!」
 




