十四話 ゲドーVSウルガー&ニア
魂を掻き乱される様な鼻に付く醜悪な香り。それは眼前に立つ、全身を鎧に纏った漆黒の異形より放たれている。
本能で理解した。目の前に居る怪物は、放っておいてはいけないと。今ここで完全に叩き潰しておかなければ、ひたすらに破壊と殺戮を続けるだろう。
「アラアラ、カワイイアジンノオトコノコネ。ケモノクッサ! ヒャハハ!」
支離滅裂な言動を取る漆黒の異形は、醜悪な香りを強めながら全身から黒い触手を大量に伸ばす。
対するウルガーは眉間に皺を寄せながら睨み付け、拳を構えた。
「うるせぇ化け物が、黙らせてやる!」
テッドも騎士剣を構え、ニアは魔力を高め始める。お互いの総攻撃が早速始まろうとした――その時だ。
「待て、ゲドー。戦う前に少し話したい相手が居る」
「――!」
「エーッ、ナニ? ナニー!?」
漆黒の異形は動きを止めて、背後へと顔を向ける。そこから現れたのは、帽子を被り軍服を纏った金髪の男。
そして、その軍服の男を見たテッドとニアが愕然とした表情を浮かべていた。その普通ではない反応に、ウルガーは二人へと問い掛ける。
「オイ、知り合いなのかよ?」
「……えぇ。今はまだ、会いたくなかった知り合いですが」
テッドがそう答えた後、ニアは驚きと怒りを含んだ様な声で手と足を震わせながら声を上げた。
「フレデリック! 貴方が、ここに居るという事は、やっぱり魔導会が関わっていたのね!?」
名を呼ばれた軍服の男――フレデリックは、唇を緩めニアとテッドへと一見穏やかに見える視線を向けながら答える。
「お久しぶりです、ニアお嬢様。テッドも、元気そうで何よりだ」
端から見ているウルガーにも分かった。あの軍服の男、フレデリックから感じる圧倒的な強者の気配。
しかし、テッドはそのプレッシャーに気圧される事なく強い意志を持って真っ向から言葉を返した。
「騎士団長……いえ、もう騎士団長ではありませんでしたか。魔導会幹部フレデリック、以前私達に剣を向けておいて、よくその様な言葉が吐けますね」
ニアとテッドは、強い警戒心を軍服の男へと向けていた。
それに対しフレデリックは、二人へ向ける視線を冷たいものに変えて。
「――刻印を刻まれし呪われた少女。即ち魔女は、本来我々魔導会の保護対象だ。だが、ニアはそれを拒否した。拒むのならば強硬手段を取ってでも、その身柄を奪うしかあるまい」
怯えすらあった少女の目は、彼の言葉を聞き次第に怒りに火が付いていったた。そして、フレデリックへと指を差し叫ぶ。
「あんた達なんかに協力しないわ、するわけ無いでしょう! お母さんを利用する為に拐った癖に、何が保護対象よ、ふざけないで! だいたい何が呪われた少女よ、私は私よ!!」
「強がっている様だが、魔女として生を受けて、嫌な目に何度も合って来たはずだ。差別や迫害を受け魔女である事を呪ったこともあるだろう」
「確かに、嫌な事も辛い事もあったわ。けど魔女として生まれた事を呪ったことなんか無い。それを呪うのは、魔女である事を受け入れて生きたお母さんを否定することになっちゃうもの!」
強い意志の込められていたその返答に、フレデリックは一度大きく息を吐き残念がる様な表情でニアへと目を向けた。
「以前と変わらず、その答えのままか。分かった、説得が無理ならば強硬手段しかあるまい」
そう言いながらフレデリックは腰の鞘から剣を抜いた。それにテッドは素早く反応し、騎士剣を構えながらニアとウルガーへと向けて叫ぶ。
「フレデリックの相手は私がやります! ニア様は、ウルガー少年のサポートを!」
「……っ! 分かったわ!」
「ウルガー君、ニア様を頼みます!」
「あぁ。こっちは任せろ」
「ヒャハハ! フレデリック、ワタシモタタカッテイイ!?」
「あぁ、構わん。後は好きにしろ、ゲドー」
次の瞬間、ウルガーの横から刃同士の激突する音が響き渡る。テッドとフレデリックの交戦が始まった。
そしてウルガーの眼前では、漆黒の異形が叫び声を上げながら全身の黒い触手を大量に伸ばし、射出されている。
――右腕を『銀狼の腕』に変化させるのは、まだ早い。短時間しか使えない上に、体力の消耗も激しいからだ。勝負を決められる時まで温存しておくべきだろう。
弱点が胸に埋め込まれている黒い石である可能性は馬車での移動中に聞いたが、現在の相手の姿では漆黒の鎧に全身が隠されていて本当に胸に石があるのかさえ分からない。
まずは相手の弱点を確認することが優先だ。
「オォラァッ!」
地面を強く踏みしめ、迫り来るいくつもの黒い触手を一つ、また一つと拳で叩き落としながら一歩ずつ前進して行く。
「影の鞭!」
更に背後からはニアが自らの影を鞭の様に伸ばし、相手の黒い触手に巻き付かせ地面に落としていた。
ニアの協力のお陰で相手の懐まで近付きやすい。
レオンから聞いた話では、漆黒の異形の攻撃手段は黒い触手と、鎧の下に渦巻いている負の魔力らしい。
安易に近付き考え無しに殴り付けるのは危険だろう。
だから、靴で人体を防護されている足で相手の胸の位置を狙い鎧の上から全力で蹴りつけた。
そうすれば案の定、漆黒の鎧の下から漏れ出る醜悪な悪臭が強まった。危険を察知し、反射的に地面を強く蹴って後退し距離を取る。
もし、先にレオンから聞いた情報が無かったら危ない目に遭っていたかもしれない。
すると、漆黒の異形は胸を抑え苦しげに悶えていた。
「ウアアァグゥゥ! オマエオマエオマエェェッ!」
怒り狂う様に叫びながら、全身の鎧の隙間から邪悪な負の魔力が激しく漏れ出す。恐らく、蹴りを入れた部位がちょうど胸の石が埋め込まれている位置だったのだろう。
しかし、怒号と共に敵の黒い触手の飛び出る数が倍近くに増加してしまっていた。
それらは一斉にウルガーへと狙いを定めて、負の魔力を纏いながら襲い掛かって来る。一つ一つに殺意の込められたその攻撃を、拳で、足で、地面に打ち落としていく。
「クソッ、数が多い!」
しかし、手数があまりにも多い、このままでは捌ききれない、攻撃の手は刹那の間も緩むこと無く後退し離れる暇すら無くなった。
このままでは不味い、手数の差で押し切られて……
「影糸!」
その時、背後から聞こえた少女の声と共にウルガーの身体が宙へと浮かび、ニアの側へと高速で移動した。
それを行ったのは、ニアの闇属性魔法による影の操作だ。
自分の影を糸の様に伸ばし、ウルガーの影を捕らえて引っ張り、その場から引き剥がしたのだ。
大量の黒い触手はそのまま、先刻までウルガーの居た地面に突き刺さり、何とか息を整える時間が出来る。
「助けてくれたのはニアか、ありがとう」
「うん。だけど、アイツ……さっきまでより更に強くなっている気がするわ」
「あぁ。不快な臭いも強まってやがる。触手の数も多くなっちまった、さっさと決着を着けた方が良いな」
呼吸が落ち着き、ウルガーは自分の魂へと呼び掛ける。奥底に眠る銀狼の力の一端へと、再び手を差し出した。
魂が咆哮する。それと同時に、ウルガーも狼の如く雄叫びを上げた。
「ウオオォォォッ!!」
右腕から一気に銀色の毛が生え肩から指先までを覆い、狼の右腕へと変貌を遂げる。
時間は掛けられない、短時間で終わらせる。
「これで、ケリつけてやらぁッ!」