十三話 森の中の決戦
レオンの手当をミリーに任せ、町に迫り来る襲撃者を迎え撃つ為、馬車に乗り込み全速力で林道を駆け抜ける。
移動の最中ウルガーは、レオン達の身に起きた事、彼等が帰って来るまでの経緯の全てをカミルから教えられていた。
「クソ、全部茶番だったってのかよ……ふざけやがって!」
全ては『人工魔晶石』とやらの研究と実験の為に仕組まれていた事で、犯罪集団残党のボスであるゲドーは漆黒の異形へと変貌しこの町へやって来るという。
『古代魔晶石』から研究したらしいという話も聞き、故郷を地獄に変えた者達を思い出した。ウルガーは悔しさに、歯を食いしばり拳を強く握り締める。
そして、隣からその話を聞いていたニ名の同行者の内の一人、ニアが真剣な面持ちで口を開く。
「まさかその人達、魔導会の関係者じゃないかしら」
「――魔導会」
その単語はウルガーも知っている。
大陸に来てからこの一年でレオンの仕事を手伝い各地に赴き、軍や裏社会に属する人間とも触れながら出来る限り調べた、故郷と大事な人達の仇とも言える集団の名称。
紫髪の男ベルモンドがナンバー2として所属し、現在世界中で勢力を広げている組織だ。
元々は魔法や魔晶石に関する研究をしているだけの組織だったはずが、トップに立つ人間が変わってから組織の在り方も変貌したという話も耳にしたが、今となってはそんなことはどうでもいい。
「ニアも、知ってんのか」
「えぇ。研究だの実験だのと称し悪事や残虐な行為を平然と働くなんて……魔導会が絡んでいるかもしれないわね」
「魔導会の目的は一体なんなんだよ。今から虐殺までするために町へ来るとか、意味がわかんねぇ」
「彼等がどんな思考回路をしているのかは私にも分からないけれど、研究や実験の過程で犠牲になる命は死ぬ側にとっても尊くありがたいものだと教えられているらしいわ」
「気持ち悪い話だ、反吐が出る」
「同感よ」
何故こんな少女が魔導会に詳しそうなのか気掛かりではあるだが、今は襲撃への対処が最優先だ。
ウルガーは聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませ出来る限り遠くまで感知するが、まだ怪しい気配は無い。
その最中、静かに話を聞いていたもう一人の同行者であるテッドが口を開いた。
「話を整理しましょうか。敵の外見的な特徴は鎧を纏った様な姿に全身黒ずくめの異形。まぁ、見間違える事は無いでしょう。そして、レオン殿から聞いた話では……首を落とされてもすぐに復活したらしい、と」
「まるで不死身じゃねぇか。レオンのオッサンでも勝てないなんて、どうすりゃいいんだよ」
「――本当に不死身なんて話は無いと思うわ。必ずやっつけ方はあるはずよ」
異形と化したゲドーへの対策について話し合う中、馬車を操っていたカミルが視線を前方に向けたまま背後に座る三人へと語り掛ける。
「そういえば、ゲドーの姿が変わる前に彼は自らの衣服を破いていて……その時、胸の部分に黒い石の様な物が埋め込まれているのを目にしましたよ」
その話を聞き、ニアは何か閃いた様な表情で「それよ!」と答えた。
「きっとその石こそが人体に移植された人工魔晶石……力の源であるそれを壊せば、やっつけられるかもしれないわ!」
「なるほどな、試してみる価値はありそうだ。けど……」
正直まだ不安はある。レオンでも傷だらけになるほど苦戦した敵を、そんな簡単に倒せるとは思えない。
しかし、それでもやらなければならない。レオンやミリーを、この町で出会った人々を、故郷での一年前の虐殺と同じ様な目には遭わせたくない。
だから、不安の言葉は口には出さず、そのまま呑み込んだ。
すると、隣に座るニアが心配そうに顔を覗かせて。
「けど、どうしたの?」
「いや、何でもねぇ。やってやろうぜ」
「そうね、やってやりましょう! テッドも頑張るわよ!」
「えぇ、ですがあまり無茶はなさらぬように――ッ!」
ニアの言葉に穏やかな音色で答えたその直後、テッドは異変を感じ取った様に咄嗟にニアへと顔を近付けた。
「ニア様、どうされましたか?」
「何か、気持ち悪い……けど大丈夫。心配しないで」
ニアは気持ち悪そうな顔で、眉間に皺を寄せていた。それでも気を強く持とうとしていて、彼女の目にはまだ力強い意思を感じる。
時を同じくしてウルガーも、ニアと同様に邪悪な何かを感じ取っていた。
その醜悪な臭いは、町の外へと繋がる橋が架かっている方角から来ている。
ウルガーは今迄に感じたことの無い、言葉では表現出来ない魂を掻き乱される様な不愉快な刺激臭に反射的に身体が反応し立ち上がっていた。
「何だ、この不快極まりねぇクセー臭い……! まさかこれが、ゲドーの野郎か!?」
「……臭いですか? 私は分かりませんが」
「私も気持ち悪い感覚はあるけど、臭いに関しては感じないわ」
「まあ、あんたらは普通の人間だろうからな。オイ、カミルさん。レオンのオッサンは臭いについて何か言ってなかったか?」
「いえ。レオンさんは特に臭いの話はしていませんでしたよ?」
「何……?」
獅子の亜人であるレオンも、ウルガー程では無いにせよ普通の人間よりは何倍にも嗅覚が優れている。
だからこんな、明らかに異常な臭いを感じ取ればそのことについて言及しないとは思えないのだが。
「いや、今はいい。とにかく、あっちからヤバイのが来てる! カミルさん、向かってくれ!」
「私も、ウルガーが指差してる方角から気持ち悪い気配を感じるわ……」
「了解です! 急いで向かいますよ!」
――その頃、町の外にある森の中で複数の男女の声と必死に駆け回る足音が響き渡っていた。
「ウフフ、ニゲマワッテ、カワイイ。クソニンゲンガ、シネッ!!」
逃げ惑う人々を追い回すソレは犯罪集団残党のボスであるゲドー……だったもの。
今の彼は全身に鎧を纏った漆黒の異形と化しており、元の人間性も完全に消え去っている。
「何だよ、アレ! 何なんだよぉ、もう!」
「もう嫌ぁ!」
逃げ惑う四人の男女は、森の中の一部に群生する夜だけに開く花を獲りに来ていた。彼等は医療機関に携わる人々であり、その花の蜜は夜にしか採取出来ない貴重な薬だった。
その帰り道、不運にも四人は森の中にて漆黒の異形と遭遇してしまったのだ。
「ニゲルナニゲルナニゲルナ、ツブシテコロスカラァッ!!」
「ひっ――!」
森の中に大量の黒い触手が飛び交い、木々を破壊し、草花を潰し、虫や獣も巻き込まれ死んでいく。
「に、げ、て……っ」
そして、逃げ惑う中の女性一名が黒い触手に心臓を貫かれ、声を振り絞りながら息絶える。
「ナンダコレ、マズッ! コノオンナ、タマシイガキレイスギルンダヨ! マズイマズイマズイイイッ!」
漆黒の異形は怒りに声を震わせ叫び、ますます破壊の勢いは増して行く。
「がっ! あぁ! ――ヴッ」
そして、逃げ惑う男性の一人に暴走する黒い触手が全身を貫き、更に彼が膝を付いた地面に高木が倒れて、また一人の命が失われた。
「コイツモカヨ! マズインダヨ! ウマイタマシイヨコセェッ!!」
残るは、若い二人の男女のみ。男は女の手を引いて、必死に逃げる。走る。ただひたすらに駆けて――
「キャハッ!!」
黒い触手が男の脚を削り取り、横に居た女は触手に叩き付けられて地面を転がった。
「あ……あぁ……っ!」
「クソ、クソッ! 許さない、許さないからな、この化け物がぁ!」
怯える女性を背中で庇いながら、その若い男は必死に叫ぶ。だが、叫んだ所で、何も変わらないのだ。
「弱者は死ぬ。だが、貴様らの魂は美しい未来の為の礎となる。だから……喜び、感謝して死ぬがいい」
そんな冷たく非情な声が耳に届いて来た。それを言い放ったのは漆黒の異形の背後から現れた軍服の男。
もう身体は動けない。目の前からは、迫り来る破壊の触手。
助けてくれる人間はどこにも居ない。このまま残る二人も無惨に殺されて――
「ハァッ!」
「やらせっかよおぉ!!」
その時、二つの声が聞こえた。その瞬間、迫っていた複数の黒い触手は瞬く間に潰され、そして切断され、当たる前に止められていた。
そして二人の男女の眼前には、騎士剣を構えた黒髪の青年と銀髪の少年が現れそこに立っている。
「カミルさん、この二人を頼むわ!」
「了解です!」
そして続けて現れた赤髪の少女が二人の男女を庇う様に前に立ち、緑髪の青年が二人の怪我の手当を開始する。
逃げていた若い男女は、目に涙を浮かべながら感謝の気持ちを伝えた。
「あ、ありがとう……ございます!」
「いえ、遅れてすみませんでした!」
「あなた達は下がっていて、私達が守るから!」
ニアとカミルが言葉を返し、前衛に立つウルガーとテッドは、眼前の漆黒の異形と睨み合う。
今から手当すれば背後の民間人二人は助かるだろう。だが、他の場所から大量の血のと……死のにおいを感じ取った。
既に殺された人間が居る。
ウルガーは歯を食いしばり、拳を強く握り締め、戦闘態勢に入った。
「よくもやってくれやがったな。これ以上はやらせぇ、ここで完膚なきまでに叩き潰してやらぁ!」