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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
一章 出会いと旅立ち
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十二話 獅子奮迅


 時は少し遡る――


 捕らえた罪人五名を乗せた馬車を走らせる中背中肉に緑髪の青年カミルと、護衛として同行している獅子の亜人レオン。

 二人は山々や木々が周囲に広がる平原を馬車で駆けており、ここから地平線の向こう側へと抜ければ依頼主との合流地点だ。


 このまま無事に平原を抜けられそうな事に、カミルは安堵の声でレオンに語り掛ける。


「何事も無くここまで来れて良かったですね。このペースなら晩御飯までには帰れますよ、レオンさん」


「あぁ。今日もご苦労だった、カミル」


 レオンは荷台の上で、同乗している五名の拘束した男女へと視線を移した。

 全員ここまで大人しくしていた。それは助かるが、やはり何か引っ掛かるものがある。

 大人しく反省した振りをしていれば罰が軽くなる、などと考えている可能性もあるが――


 思考を巡らせ思案していると、レオンは馬車の前方から不自然な物音を感じ取った。


 周囲を見渡して、そこにあるものは山々に動植物や虫の気配のみ。そんな中からレオンは、微かに金属音の様な物が耳に入ったのだ。


 そして、前方の左側に位置する大岩の陰から、何者かの気配を感じ取った。肌に突き刺さる様なこの感覚は、敵意で間違いない。


「――ッ! カミル、前方の岩陰に何者かが居る、馬車を止めろ!」


「ひぇっ!?」


 突然の指示にカミルは驚き困惑しながらも、言われた通り迅速に馬へと指示を出し馬車を止めた。


 レオンは馬車から降り、草花の生い茂る地表に足を付ける。続く様にカミルも馬車から降りて大岩の方角を見据えた。

 すると、大岩の陰から一人の人物がゆっくりと足を進めて姿を現した。

 それは金色の髪を生やした頭に帽子を深く被り、軍服を身に着けた三十路の男。

 その姿を見てカミルは驚いた様に声を上げる。


「貴方は、今回の仕事の依頼主じゃないですか!?」


「何だと……!?」


 今回の依頼主はレオンに顔を見せてこなかったので、その姿を見たのはこれが初めてだった。

 犯罪集団残党の討伐と引き渡しを依頼したその人物が今、敵意を発しながら目の前に現れている。


 明らかにおかしな事態が起こっている。レオンは眼前に居る軍服の男に、厳しい視線を突き付けながら問う。


「どういう事だ。何故、依頼主である者が待ち伏せする様に隠れ、待ち構えていた?」


 その問い掛けに、軍服の男は帽子を軽く指で持ち上げながら低い声で答える。


「依頼を出した相手が、しっかり仕事をやり遂げ帰って来てくれるかを待っているのがおかしいかね?」


「あぁ、カミルから聞いた合流地点とも違う、そして岩陰に隠れ……オレ達に対し敵意を放っていた。どう考えてもおかしいだろう」


 そう答えたレオンに、軍服の男は数秒黙り込んだ後、唇を緩めながら


「いやいや、俺は君達の働きには本当に感謝しているとも。ご苦労であった」


「あの、誤魔化さないでもらえますか!? どういう事なのか、しっかりとした説明を!」


「――本当の目的を話せ」


 はぐらかさせるつもりなど毛頭無い。本音を吐かせようと、レオンは威圧感のこもった声で問い詰める。

 すると、軍服の男はレオンと冷たい視線を合わせて。


「働きに感謝しているのは嘘偽りの無い本心だ。『我々』の新兵器の実験材料となってくれたのだから……。後は、口封じに死んでもらえると助かる」


「カミル、この場から離れていろ!」


 直後、軍服の男は瞬く間にレオンへと接近しており、彼の右手に握った剣とレオンの硬い獅子の爪と牙が音を立てながら衝突していた。


「ひぇえっ! 何ですか、これぇ!?」


 カミルは必死に走り、レオンの足手纏いとならない様にその場から離れて行った。


 軍服の男は止められた刃をいったん離し、数歩分後退して睨み合う。


「俺の剣を止めるとは、凄まじい反射神経だ」


「……そこまで高い実力を持つ軍人が、悪人に手を貸しているのか。嘆かわしいな」


 先刻の一瞬のぶつかり合いだけで、レオンには分かった。

 目の前に居る男は今まで戦ってきた者達の中でも上位に君臨する程の実力者だ。

 そんな男が何故こんなことをしているのか、優れた力を悪事の為に使うなど嘆かわしい。それは心の底からの本音だった。


 レオンは直ぐに思考を切り替えて、戦いのみに意識を集中させる。


 対する軍服の男は再び右手に剣を握り締め、今度は腰を屈めて低い姿勢から一気に刃を振り上げた。

 それを頬に掠めながらも避けて、相手の腹部に勢い良く膝をぶつけて反撃する。

 が、軍服の男は膝を滑らせる様にして身体を捻り、膝の直撃を回避する。


 そして休む暇も無く、次は耳にカミルの必死な呼び声が届いて来た。


「レオンさーん! 後ろぉ!」


「――ッ!」


 背後から、複数の殺気のこもる気配が迫り来るのを察知した。

 レオンは咄嗟に地面を強く踏みしめ、足をバネの様にして跳躍し空中を回転しながらその場から退避した。

 その直ぐ後に、数秒前までレオンが立っていた地面に複数の先端の尖った長い触手の様な物が突き刺さっていた。


 その触手が放たれた先に視線を移せば、それは犯罪集団残党のボスと名乗っていた男の背中から伸びていた。あの能力で、自力で拘束を外したのだろう。

 更に他の四人、ブラット、ディダン、イビル、キルコも拘束が解かれそこに立っていた。


 軍服の男は、残党のボスに目を向け声を掛ける。


「ゲドーよ、貴様は初めから拘束されている状態でも動けただろう。今更その触手を使うとはサボっていたのか?」


 ゲドーと呼ばれたその男は、口に笑みを作り「いえいえ」と首を横に振りながら答えた。


「そこの獅子の亜人は本当に強い。真っ向から戦っても私では勝てませんよ。今も私の不意討ちが避けられたでは無いですか」


「そうか。ならば貴様の持っている『人工魔晶石』の力を更に上げるしかあるまい」


「そうですねぇ」


「――人工、魔晶石……?」


 初めて聞く単語にレオンは疑問符が浮かぶ。

 魔晶石とは、魔力の込められた石の事であり、自然発生するものだと言われている。

 人工的に作られた魔晶石など、聞いた事が無い。


「死ぬ前に教えてやろう。古代魔晶石を研究し、発明された我々の新兵器の名だ」


「新兵器だと……貴様らは、一体!?」


「これ以上話すつもりは無い。俺は研究の一環として、ここから見ていよう。やれ、ゲドー」


「分かりました」


 ゲドーはゆっくりと手を上げ、指先をレオンへと向けながら、部下の四人に指示した。


「行きなさい」


 その一言の後、四人の男女は殺気を全身から放ちながら一斉に襲い掛かってきた。


 四人の中で真っ先に口を開いたのは、茶髪の女イビルだ。


「獣クセー糞亜人が、苦しみ喚いて地獄に落ちちゃえ!」


 表情を歪ませながら叫び、レオンの視界のすぐ目の前に、小さい頃死んでいった家族が現れた。

 父が、母が、兄が、姉が、憎悪に満ちた顔で睨んでくる。そして――


『何でお前だけが生きてるんだ』『自分だけのうのうと生き延びやがって』『死ねば良かったのに』『私達は苦しんで死んだのに、卑怯者』


 聞くに堪えない声が一斉に飛び交う、昔の自分ならば耐えられずに心が折れていたかも知れない。だが――今は


「この様な下劣極まりないまやかしで、オレを惑わせると思うなぁッ!!」


 レオンは意思の強さで幻覚を打ち払い、左右からそれぞれ迫って来ていた二人の男。両手にブラットとディダンを迎え撃つ態勢に入った。


 先ずはブラットの右手から放たれる爪による攻撃を頭を下げて回避し、左から迫るディダンの鉄拳を地面を滑りながら避け反撃する。

 瞬き一つの間にディダンの懐まで入り、拳を強く握り締め、相手のこめかみに向けて一発の強烈な打撃を加える。

 ディダンの身体と頭部はそのまま地面に勢い良く叩き付けられた。


 その直後、地面から生えた岩の棘を空中へ跳躍しながら避けて、着地と共に超速で接近するブラットを目で捕捉する。


「ヒャハッ!」


 笑いながらカギ爪を振り回す男の両腕を捕ら、ブラットの顔面へ向け頭突きを叩き付けた。


 そうして二人の男は気絶し、次はレオンの娘ミリーの姿になったイビルが目の前に現れ


「お願い! 私を殴らバはぁッ!?」


「黙れ」


 命乞いを口から漏らす最中に拳を叩き付けられ、イビルは地面に吹き飛ばされる。

 それと同時に、降りかかる岩の雪崩を拳で迎え撃ちながら走り前に進んで行った。


 残る敵は桃色髪の女、キルコのみ。


「フフ。私の岩の絶対防御――抜けられるかしら?」


 眼前に岩の盾が出現する。それに構わずレオンは拳を握り締めて、全力で振りかぶる。

 打ち込まれた拳は眼前の岩の盾にめり込み、盛大にヒビ割れを起こして、拳から血を吹き出しながらもバラバラに粉砕させた。


「ハッ――」


 呆気に取られたキルコは、そのまま勢いの止まらない一撃を叩き付けられ、声を上げる暇も無く地面に倒れた。


 レオンは四人の気絶を気配から確認した後、迅速に呼吸を整えて、ゲドーへと視線を突き付ける。


 するとゲドーは、顔を歪めながら笑い始めた。


「やはり、強いですねぇ。ありがとうございます、これでだいぶ力が溜まりましたよ」


「何?」


 そしてその言葉の放たれた後、ゲドーの背中から四本の触手が一斉に伸びて――それらは先刻倒した四人の身体へと突き刺さる。


「ッ!? 仲間に攻撃……どういうつもりだ!?」


 その疑問を言葉にし相手にぶつけた直後、レオンは異変に勘付いた。

 ゲドーから感じる気配が、空気が、おぞましい悪意が、何倍にも膨大に膨れ上がり始める。


「これが、私に与えられた人工魔晶石の力。人の悪意、怒り、悲しみなど負のエネルギーを吸収し強くなる。もう少し、私達の実験にお付き合い願いましょうか」


 意識を失い地面に倒れる四人の男女へと触手を突き刺し、そこからゲドーは魂ごと負のエネルギーを吸い取り自分の力に加える。

 そして、ゲドーの部下だった四名は、全ての力を吸い尽くされ息絶えていた。


 先刻までとは違う圧倒的な威圧感が、負のエネルギーを纏った邪悪なオーラが肌へと突き刺さる。


「――何故、廃屋での戦闘時にこれをやらなかった?」


 しかしレオンはそれに屈することなく、力強く地面に足を付けたまま、力を込めた視線と共に眼前の男へと問い掛けた。

 それに対しゲドーは、邪悪に歪んだ顔で答える。


「怒り、憎悪、恐怖、悲しみ、悪意、殺意……そういった負のエネルギーがまだ少し足りなかったからだ。君も、一緒に居たあの少年も、思っていたより負の感情が強くなかったしね」


「……それであえて投降し、あと少しの負のエネルギーを溜める為にこうしてオレ達を追い込もうとしている訳か」


「よく分かってるじゃないか、まあ本当は町の中でこの段階までやる予定だったんだがね。あぁ、もしかして町の住民を適当に虐殺して回った方がもっと効率的だったかな?」


「ふざけるな。これ以上はやらせん、ここで貴様を仕留める」


 息を吐くように住民を虐殺などと発言する目の前の男に、レオンは一層不快感を強める。

 この男を野放しにするのは危険だ、ここで勝負を付けなければならない。

 レオンは両手の硬い爪を立てて、戦闘態勢に入る。


 その時、眼前に佇むゲドーは自らの衣服を破り、胸の位置に埋め込まれている黒い石に手を触れながら叫んだ。


「人工魔晶石よ、その力を最大限に引き出せ!」


 次の瞬間、ゲドーの手足を、胴体を、首から上を次々と黒い膜が覆っていき――

 頭部から爪先まで全身を漆黒の鎧に包み込んで、ソレは異形の魔物の様な姿へと変貌を遂げていた。


 素手で殴るだけでは勝てないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 レオンは相手の肉を引き裂く爪を、牙を剥き出しにして、力強く地面を蹴り全速力で一気に敵との距離を詰めた。


 そして、ゲドーだった漆黒の鎧の異形は、支離滅裂でおぞましい声を発しながら迎撃に出る。


「ウフフ、イワノタテ、イワノタテ、殴り潰してコロス!! 糞亜人シネッ!! ヒャハハッ!!ハハァッ!!」


 吸収した人間の魂が入り乱れ、めちゃくちゃになっている様な声だった。

 だが、そんな事に意識を向けている場合ではない。


 漆黒の異形の全身に覆われた鎧の隙間から一斉に伸び出る黒い触手を、視覚、聴覚、空気、気配から動きを予測し次々と避けながら相手の懐に入り、敵の体に両側から硬く鋭い爪を突き刺し食い込ませ、一気に切り裂いた。


「グギギギギッ」


 悲鳴を上げながらよろめく漆黒の異形へ、間髪入れず次は首を狙い岩をも噛み砕く牙を力強く刺し込む。


「アギャアァ!!」


 容赦はしない、このまま食い千切り、確実に首を落とさなければ――


「――ッ!!」


 鎧ごと相手の肉を引き千切ろうとしたその直後、邪悪な気配と異変を感じた。

 漆黒の鎧の中で蠢いていた膨大な負のエネルギーが、噛み付いた部分からレオンの体内へと入り込んでいたのだ。

 そして口から侵入した負のエネルギーは、魔力の塊となってレオンの体内で一気に爆発した。


「グウウゥゥッ!!」


 内側から内蔵を、全身の骨を、肉を邪悪なエネルギーで焼かれる感覚が襲った。

 しかし、口を離す訳にはいかない。このまま顎の力は緩めない。確実に仕留める。


 漆黒の異形から伸びる触手がレオンの全身を次々と突き刺す。

 カミルの叫び声が聞こえる。

 娘のミリー、弟子のウルガーの顔が脳裏を過る。

 このまま終わらせは、しない。


「オオオォォッッ!!」


 レオンは全身を襲う苦痛に抗いながら、鋭く硬い牙で漆黒の異形の首を一気に裂き、食い千切り、その首を地面に落とした。


「アアア、シヌ、ヤダ、シニタクナイ、チクショー、ヒャハハ!」


 地面に落ちた漆黒の異形の首は叫び声を上げている、が――首を落とされて死なない生物は居ないだろう。


 レオンは自分の負傷を感覚で確認する、幸い致命傷はさけているが、放置すれば不味い。即刻この場から退避するべきだ。


 そして、カミルへと指示を出そうと視線を移したその時。

 レオンの胴体を背後から何かが貫く。これは、黒い触手……


「な……ッ!」


 背後を振り向けば、漆黒の異形は落ちた首を拾い上げ、自分の胴体へとくっつけ直していた。


「嘘よ、嘘に決まっているだろ、嘘だよバーカ、死なねぇんだよなこれがぁ!」


 嘲笑を含んだ邪悪な声でそう叫び、漆黒の異形は再び行動し始める。


「不死身、か――!?」


 流石に負傷と出血が多い、相手の倒し方を探るまで戦闘を続行させる事は不可能だ。

 しかしそれでも、今ここでやらなければ――


「レオンさん!」


 その時、離れた場所へ退避していたカミルが走って近付いて来た。

 漆黒の異形は、その近付いて来る青年へと悪意の矛先を変えて。


「アイツ殺そうゼ! そしたらもっと美味しい負のエネルギーが食べられるわ!」


「ひぇっ! ちょっと、待って、うわ怖ぁ!!」


 複数の黒い触手がカミルへと迫り、それらをカミルは足をフラフラさせながらも直撃するギリギリの瞬間に回避していく。

 そして、触手の勢いが落ち着いた刹那の瞬間、カミルは叫んだ。


「アディー!」


 その呼び声と共に、馬車に繋がれていた馬は全速力でレオンの元へと駆け寄り、馬車の荷台で漆黒の異形を突き飛ばしながらレオンの服を口にくわえて運ぶ。


「いい子です、アディー! さぁ逃げましょう、レオンさん!」


「あぁ……助かった、カミル」


 そのままカミルはレオンを急いで荷台に放り込んだ後、馬車へと乗り込み敵の出方をうかがいながら急いで引き返す。


 レオンは荷台の上でゆっくりと腰を上げ、背後へと五感を集中させる。

 そして耳に、軍服の男と漆黒の異形の会話が聞こえて来た。


「……ゲドー、私は味方だ。攻撃を仕掛けるな」


「ミカタ、ソウだっけ、ソウダッたわ!」


「――ふむ、マトモな会話もあまり出来る気配は無い。まだ実用段階には至らない様だな。まあいい、最後の実験だ。ここから向こうにある町を壊滅させてみろ。成功すれば褒美をくれてやる」


「褒美、素敵! ヒャハハ!」


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