七話 一時の平穏
民家に潜伏していた犯罪集団残党のメンバー四名を全員拘束し終え、その身柄を依頼主に届ける為まずは仲介人に引き渡す。
仲介人は中背中肉の青年。名はカミル。
レオンは彼と何年も共に仕事をこなしており、今では強い信頼関係で結ばれている様だった。
カミルの操って来た馬車の荷台に捕らえた四名を乗せ、更に馬車の護衛としてレオンも同行する。
準備も終わり馬車へと乗る前に、レオンは身体をこちら側に向けた。
そして、ウルガーの後ろに立つ少女と青年の二人組へと視線を向け、丁寧に頭を下げ礼を伝える。
「改めて、協力を感謝する」
その言葉に対し少女は自分の赤い髪を手で払いながらドヤ顔で答えた。
「礼を言われる程の事では無いわ、悪い事はやらせない、当然の事をしたまでよ!」
「すみません。ニア様は調子に乗るとついこんな反応を取ってしまうお方なんです」
ニアの隣に立つ黒髪の青年、テッドは顔に浮かべていた微笑を止めて、真剣な目付きに早変わりし刹那の思案の後、一つだけレオンに小声で告げる。
「――レオン殿。道中も四人への警戒は解かない方がよろしいかと」
「分かっていますとも。お気遣いありがとうございます」
依頼人から聞いていたよりも一人数が多かった事にレオンも疑問を抱いており――依頼人がただ気付かなかったのか、数を間違えたのか。
それならまだいい、もし意図的に数を少なく依頼人が伝えて来たのだとしたら、裏に何か隠されているかもしれない。というのがレオンの見解であった。
そうして最後に、レオンはウルガーへと近寄り視線を合わせて。
「ウルガー、お前は家に戻って休んでいろ。体力が限界に近いのは見れば分かる」
「分かってるよ……言われた通り今日はもう帰って休む。気を付けてな、レオンのオッサン」
「あぁ。夜には帰るとミリーにも伝えてくれ」
「分かった、伝えとくよ」
そのやり取りを交わした後、レオンは馬車に乗る青年カミルへと声を掛ける。
「行くぞ、カミル。出発だ」
「了解です、レオンさん! 夜ご飯までには家に帰れる様に走らせて行くんで!」
「フッ。頼むぞ」
レオンも馬車の荷台へと乗り込み、馬に合図を出して彼等は出発する。
馬車を見送り、カミルが用意してくれたもう一台の馬車に残った四人――ウルガー、カイ、ニア、テッドが乗ることになった。
テッドが手綱を握り、残る三人は客車へと乗り込む。
ちなみに、実はニアは屋内での戦闘で尖った石の破片を踏みつけて足の裏を怪我していたがその痛みを痩せ我慢していた事が発覚。
テッドに「怪我をしたなら言いなさい!」と叱られションボリしていた。
レオンからの勧めで、ニアとカイは家で応急処置を受け一日泊まり身体を休める事になった。
レオンの娘ミリーは病院で働いており医療の知識もある。家も住人の数に比べて広いため、部屋も充分に足りている。
この提案は今回の礼も含めての事だ。
「ウルガー君の家はどちらに?」
テッドに家の場所を問われ、真っ先に故郷の島にある祖母の家が脳裏に浮かび上がってしまうが、それをいったん振り払う。
そして、現在住まわせて貰っているレオンの住居の場所を、指で方角を示しながら答えた。
「了解です」との返答が来て、帰路を目指し馬車が走り出す。
「正直足も凄く痛くて、家で休ませて貰えるなんて嬉しいわ。ありがとうね。ええと……ウガー」
「ウルガーだよ。何だその鳴き声みたいな名前」
「あ、ごめんなさい! ウルガーね! 私はニアよ!」
「一回聞いたよ」
と、お互い再び自己紹介を終えて外の景色に目を向けようとすると、ニアがウルガーの二の腕を触っていた。
何事かと問い掛けようとすると、少女は驚いた様な表情で口を開く。
「あれ? 君の腕、さっきまでここ怪我してなかった?」
言われてみれば傷がまた一つ癒え、消えていた。亜人だからとはいえ、この速さはあまりに異常だ。
「なんか、今日はやけに治りが速いんだよ……」
「日で変わるものなの? それに腕、筋肉で固いわね。私の腕プニプニなのに、全然違うわ」
「そりゃあ、鍛えてるし……つーか、あんまベタベタするなよ」
「ニア様、人の体は不必要に触るものではありませんよ」
そんなやり取りを交わし、横になり眠るカイの様子を確認しながら、農道を出て人々の行き交う町の中を通り過ぎ、更に真っ直ぐ進んだ先にある林道。
その先にある緩やかな傾斜の坂道を進んでいき、木々に挟まれた道を道なりに駆けて行けば――やがて開けた場所に出て、木造建築の一軒家が見えて来る。
「ここね。着いたわよ、ウルガー」
「おう。ありがとうな、ニア。テッドさんも」
二人に礼を伝え馬車から降りると、家の玄関から一人の女性が顔を覗かせて来た。
人の姿に猫の耳と尾を生やした金髪の亜人、レオンの娘であるミリーだ。
彼女はウルガーの姿を見て安心した様な顔を浮かべた後、すぐに不安気な表情に変わって、玄関から飛び出して来る。
「お帰りなさいウルガーくん、顔色が良くないけれど体は大丈夫? 姿が見えないけど、お父さんは?」
「ミリーさん……大丈夫だ、レオンのオッサンは捕らえた奴等の引き渡しに同行しているだけで無事だよ。夜までには帰るってさ。俺も休んでれば治る」
「そう、それなら良かった……お疲れ様」
その言葉を聞きホッと安心した彼女は、次に黒髪の青年と赤髪の少女の二人組へと視線を移して。
「そちらの方々は?」
「あぁ。仕事を手助けして貰って、ついでに俺をここまで送ってくれたんだ」
と、恩人である事を伝えるとミリーは頭を下げ二人に対し感謝の言葉を口にする。
「それは、どうもありがとうございました。御礼に紅茶と御菓子でも頂いて行きませんか?」
「お、お礼だなんてそんな、別にいらないわよ! 見返りが欲しくてやった訳でも無いし……」
「そうですか……」
「いや、その、別に嬉しく無いって訳じゃないんですけど!」
「そんな照れ臭がらなくてもお言葉に甘えようではありませんか、ニア様。休みましょう」
「遠慮すんなよ」
「ま、まあ、折角の御厚意だものね。頂くとするわ。いただきます!」
ニアが照れくさげに答えて、家へと上がる前に、ウルガーは客車に眠るカイを抱えながらミリーにその様子を診てもらう。
「悪い奴等に捕らえられて満足に飯も食わせて貰えて無かったらしいんだ。その上、無理して魔法も使って……」
「これは、酷いね……薬草や果物を混ぜて作った栄養剤があるから飲んで貰おう。何日か休めば大丈夫だと思う」
「分かった」
カイを家の中の一室にあるベッドの上で寝かせて、同時に彼はゆっくりと瞼を開き目を覚ます。
「ウルガー、さん……ここ、は?」
「俺の住まわせて貰ってる家だ。暫くはここで休むといい」
「……何から何まで、すみません……」
「謝らなくていいって」
「……ありがとうございます」
「あぁ、いいよ」
ミリーがカイの体に異常が無いかを確かめ、栄養剤を飲んで貰った後、あまり無理に喋らせるのも悪いだろうと部屋から出た。
そしてそれから居間へと移動し、ニアやテッドと共にテーブルを囲んで集まり、ウルガーも休む前にその場へと同席する。
「こちら手作りのクッキーなんです、お口に合えば良いですが……」
そうして紅茶と共に差し出されたクッキーをニアが口に入れ、感動した表情で絶賛した。
「美味い、凄く美味しいわこれ! 貴女料理の天才ね!」
「天才だなんてそんな……」
普段から食べているウルガーとしても、ミリーの手作り料理や菓子は本当に味も質も良いと思っているので、その絶賛には同意だ。
早速親しげ話しているミリーとニアを見て、ウルガーは脳裏に故郷での記憶を思い描いていた。
複数の知り合いや友人がウルガーの住んでいた家に集まり遊んだ事があった。
その場には友人のアラン……そして幼馴染みのケイトも居て、人懐っこい性格の彼女はほとんど関わりのなかった人物ともすぐに打ち解け仲良くなっていた。
――温かく平穏な時間。あの頃はもう、戻ってこない。
「……んな事、今更考えて、どうすんだよ」
誰にも聞こえていない、自分の口の中だけで呟いた声と、胸中に蠢くグチャグチャになりそうな感情を呑み込んで、意識を目の前の今に引き戻す。
楽しそうに話す周囲の声を聞きながら、温かいクッキーに手を伸ばし、口に入れて噛み締めた。




