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番外編3 ウィルside1

母は正妃ではなかったから、生まれながらに僕に継承権なんて無かった。



僕を産んでおきながら上手く立ち回る事も出来ず、寵を失い孤立を深める気位ばかり高い母と、僕に無関心な父。


それ故、僕が持っているものなんて何も無い事など分かっていただろうに。


母に矜持を傷つけられた正妃の僕らに対する報復は執拗で、また正妃の子で第一王子であり将来の王となる事を約束された腹違いの兄ゼイムスからの甚振りは子どもの虐めのそれを越え残忍だった。



汚れてベタついた黒髪と、揃いの色をした長い前髪に隠れた陰鬱な暗い瞳。


垢じみた肌はゼイムスと取り巻きの双子に殴られた痣を隠したり、ゼイムスに対して良からぬ目を向けていた大人達から身を隠すには都合が良かったが、戦災孤児の方がまだまともな恰好をしていただろう。


離宮とは名ばかりの朽ちかけた建物の周辺を腹を空かせてうろつく僕の事を、周囲はまるで野良犬を追い払うように邪険に扱った。





リリーと初めて会ったのは、気まぐれで母から与えられた本をゼイムスに奪われた時だった。



初級者向けの魔導書なんて、ゼイムスにしたら何も珍しい物ではないだろうに。

それを僕が大切そうに持っていた事がゼイムスの気に障ったのだろう。


木陰でそれを読んでいた僕を見つけたゼイムスが、口の端を吊り上げるようにして、歪んだ笑みを浮かべた。

天使の様と称される王子様の本性をうかがわせる歪んだ笑い方。


しまったと弾かれたように走って逃げだせば、すぐさまよく訓練された猟犬の様にゼイムスの取り巻きの双子が僕の後を追って来た。

二つも年上の双子は僕よりも上背があるから、あっという間に追い付かれる。


ゼイムスの指示なのだろうか。

双子は僕に追い付いた後も、そこで僕を捕まえることなく面白がってはやし立て、時に小突きながらもっと怖がって逃げろと追いたてて見せる。


旨い事逃げ道を両サイドから塞がれてしまい、どこに逃げ込む事も出来ず走らされ続け、最後は息が上がるよりも、足がもつれるよりも、先に心が折れ足を止め俯いた。



「おいおい、逃げるのはそれで終わりか泣き虫ミーナ」


悪魔の様に、光の消えた暗い瞳と形の良い唇を弧の形に歪ませてみせるゼイムスをゆっくりと見上げれば、堪えようと思うのに、どうしようもなくガタガタと手足が震えた。



『ミーナ』


そう呼ばれる度、鮮明にゼイムスと双子から与えられた痛みや感触、その時にあげた自分の悲鳴までも思い出してしまい、まだ何もされていなのにふっと目の前が暗くなって行く。



そんな恐怖で動けない僕の手から、ゼイムスが満足げに本を抜き取った。


何をするつもりだろうと息を詰めれば、僕の目の前でゼイムスはその本をヒラヒラと振ってみせた後、おもむろに本を開くとそのページへの章題を読み上げ始めた。



何のつもりだろう?

そう思った時だった。


ビリ!


紙の裂ける音に思わず顔を上げた。


思いもかけない事にぼんやりと立ち尽くす僕の姿は、ゼイムスの満足のいく物だったのだろう。

ゼイムスは楽し気な声で他のページの冒頭を読み上げると、またビリッと音を立ててページを裂いた。


ビリッ

ビリッ

ビリッ


ページが裂ける音があれ程人にダメージを与えられるものだとは知らなかった。

少しずつ薄くなっていく本を見るのが辛くて、思わず両手で耳を抑えて下を向けば、ゼイムスからページの切れ端を受け取った双子のどちらかが、まるで雪の様に細かく裂いたページを僕の頭の上に降らせて見せた。



「その本は大切な物なんだ! 返してくれ!」


耐えかねて、その抵抗が何の意味も無さないとわかりながらも手を伸ばせば、ゼイムスはまた満足げに嗤って本を双子に向けて投げた。


僕の手かない所で飛び交う本が、少しずつその形を歪めて行く。

それがどうしようもなく辛くて、思わず強く唇を噛んだ時だった。



「せい!!」


突然その場に一人の女の子が現れ、双子の鳩尾に拳を打ち込んだ。


その子は、暗いゼイムスの瞳と真っ向から対峙するように、そのルビーの髪とエメラルドの瞳を陽の光に煌めかせ、その美しい顔は教会の壁画に描かれた天使に酷似していた。



あり得ない光景に茫然と、彼女が本を双子の手からもぎ取り、さらに双子のもう一方を綺麗に投げ飛ばすのを見ていた時だった。


「リリー、その本をこちらに返せ!」


ゼイムスが彼女に向かって手を振り上げるのが見えた。



いつもだったら、きっと体が恐怖で固まって動く事など叶わなかっただろう。


しかし彼女が現れた事で、まるで呪いが解けたように僕の体はこれまでになく自由に動いたから、間一髪彼女を守る為ゼイムスの前に立ちはだかることが出来た。



バシン!!


僕の頬を打つ高い音が響いた時、これまでとは反対に愉快そうに笑っていたのは僕で、それを見て酷く悔しそうな顔をしていたのはゼイムスだった。







リリーメイと名乗った彼女は、自分は転生者で僕を助ける為にこの世界にやって来たのだと言った。


他の者にそう言われたら、僕はもちろんそんな言葉など信じたりはしなかっただろう。

しかし微笑むリリーはやっぱり壁画の天使そのものだったから、僕は寧ろ納得さえした。


僕の為に現れた、僕の天使。

こんな素晴らしい特別がこの世界にあっていいのだろうか。


そして僕はリリーに言われるがまま、彼女と共に魔術を習い始めた。



優しい彼女の傍はいつも悲しみや不安を吹き飛ばしてくれるような明るい光で満たされていたから、リリーは『僕を助ける為にやってきた』と言ったけれど、寧ろ僕の方が彼女に出会うその為に、こんな辛い境遇に生まれて来たのだと思った。



それなのに。


「私も頑張るけど、もしもの時は相打ちではなく、絶対に! 確実に! 完膚なきまでに! 確実にオーバーキルで!! 消し炭も残らないよう私の事倒してね?!!! 約束よ?」


リリーは事ある毎に僕に対してそんな事を言った。



そんな事、出来るはずがない。

リリー()の消えた後の世界に、いったい何の生きる価値があるというのだろう。



「きっとリリーの知る大人になった僕が、リリーとの相打ちを選んだのは、助けられないのなら共に死にたいとそう願ったからだと思う」


思わずそんな切ない思いを漏らせば、


「いや、そんなワケないじゃない」


とリリーはまた眩しいばかりに微笑んでそんな僕の気持ちを笑い飛ばした。



リリーは聞こえていないと油断して、僕の事を時々『コミュ障』と言う。

その聞きなれない言葉の正確な意味は知らないが、どうやらリリーは僕の事を生来、口の重い男だと思っているのだろう。


しかし、それは違う。


どれだけ言葉を尽くしてリリーへの想いを語っても、リリーはさっきのように自分の心の周りに壁を作り僕の言葉など何一つ真面目に受け取ってくれなかったから。


『壁になりたい』

『見守るだけでいい』

『自分はあくまで傍観者なのだ』


まるでいつか僕が彼女を置いてどこか遠く離れてしまう事を恐れているかのように、そんな寂しい事を言いながらも誰よりも眩しく笑って見せるから。


僕は次第に彼女に何を話していいのか分からなくなってしまったのだった。

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