4.いじめっ子キャラは後に改心していいヤツになりがち
返事をしなければ。
そう思い口を開いた瞬間、また涙がポロッと溢れてしまいました。
「何を泣いている?」
ゼイムスがぎょっとした声を出したので、慌てて何でも無いのだと首を横に振りました。
面倒臭い相手に会ってしまった。
そう思ったときです。
突然ゼイムスが私の前に立ちはだかり私の頭をその胸の中に抱きました。
「なっ?!……殿下?! 何をされているのですか?!!!」
驚きのあまりゼイムスの胸を強く押し離れようとしましたが、大人になったゼイムスはビクともしません。
あの時は男女で成長のスピードが違い大差なかった身長差も、今となってはその差は歴然で、ヒールを履いているのに抱き寄せられた頬は彼の胸までしか届いていませんでした。
前世で習った護身術で、拘束された際に役立つ物が無かったか必死に思い出そうとした時でした。
「あの時は、……手をあげようとして本当にすまなかった。ずっと謝りたいと思っていたが、キミが徹底してオレを避けるからそれが出来なかった。子供の時の詫びだ。投げ飛ばしたかったら投げ飛ばしても今回は不敬罪には問わないぞ?」
低くなったゼイムスの無駄にいい声が鼓膜に響きます。
突然何の嫌がらせかとビビりましたが、どうやらゼイムス、私が泣いている姿を自分が壁になる事で周囲から隠してくれているつもりらしいです。
お気持ちはありがたいですが、心臓に悪いですし、壁になるのは私の専売特許なので、以降は断固として遠慮させていただきたいと思います。
「私の方こそ、あの時は大変失礼しました」
本当は是非あの時、ウィルを殴ったお返しに投げ飛ばさせていただきたい気持ちでいっぱいなのですが。
いろいろ忖度した結果、それをグッと抑え一応大人としてこちらからもしぶしぶ謝罪しました。
するとゼイムスはホッとしたように肩の力を抜き、ようやく私の事を腕の中から解放してくれたのでした。
互いに謝罪が済んだのを機に、私とゼイムスは婚約者らしく共にお茶をしたり、行事などに連れ立って出歩くようになりました。
勿論、私がゼイムスに心惹かれたとかいう事実は全くありません。
ただ、ゼイムスとローザの間にイベントが起こらぬよう、私が婚約者としてゼイムスを時間的に拘束していけば、ウィルがローザと結ばれる可能性が上がるのではないかと閃いたのです。
本音を言えばゼイムスと出かけるより、壁としてひっそりウィルの更なる成長やウィルの青春を見守りたい思いでいっぱいなのですが。
長く一緒に居すぎたせいか壁に擬態しようにも傍に寄ればすぐにウィルには気づかれてしまうので、悲しいですがそれではしばらくの間近寄る事は出来そうにありませんからね。
でも何もしていないと、気づけばウィルの事ばかり考えてしまい鬱々としてしまうので、その気晴らしも兼ねて悪役令嬢らしく様々な手を尽くしてゼイムスとローザの妨害をしようと思った(ひどい)のです。
ゼイムスは子ども時代ウィルを散々イジメてくれた嫌な奴なので、こちらの良心も痛まないのでちょうど良い(やっぱりひどい)ですしね!
そう思っていたのですが……。
大人になり、過去の傲慢さを深く反省していたゼイムスは、ヒーローらしく小説同様めちゃめちゃいいヤツに成長してしまっており、私はそんなゼイムスを利用している罪悪感にある日とうとう耐えきれなくなってしまいました。
「ごめんなさい。私、ウィルに幸せになってもらいたいために、ゼイムスの幸せの邪魔をしているだけなの! だからこれ以上私に優しくしないで!!」
ある日、泣きながらゼイムスにそう謝れば
「オレの幸せの邪魔?」
ゼイムスは不思議そうにつぶやいた後、しばらく考えて
「邪魔するのが辛いならさ、オレの事落としたらいいんじゃないか? オレが邪魔されなくてもリリーにしか興味持てないくらい、リリーがオレのこと夢中にさせなよ??」
そう言って、どこか寂し気に笑って見せてくれたのでした。
『成程! その手があったか!!』
とか一瞬でも思った私のバカ!!
何で自分、イケメンのモテモテ王子を夢中にさせる手練手管を持ってると一瞬でも思ったし??
自分、前世は壁になりたいオタクで、今世は箱入り娘やぞ?
私なりに色々頑張ってはみましたが結果は散々……というより駄々滑りしてばかりでした。
特に、ゼイムスに感謝の気持ちをこめて作った手描きの絵本を贈ってしまった時や、彼や周囲の迷惑顧みずサプライズの誕生日会を開いた時、無理言ってお忍びで下町散策に連れ出した時の、ゼイムスのあの『ポッカーン』とした顔は忘れられません。
でも……。
本当のところ上手く行かなかった最大の理由は、私のコミュ力の低さ云々以上に、私がウィルの事が好きなままゼイムスとの関係を進めることがどうしても出来なかったからだという事は分かっています。
パーティー等でゼイムスに何度かキスされそうになった時、私は思わずいつもゼイムスを避ける様に俯いてしまいました。
そしてその度ゼイムスは
「悪い……」
そう言って拒絶される苦しさに理性の蓋をして、優しく笑って私の事を許してくれたのでした。
そして再び二年の月日が流れ―
シナリオの強制力が絶対的なものだったのか、はたまたただ私の最低さにいい加減ゼイムスが愛想を尽かせたのかは分かりませんが、結局十八歳になったゼイムスは卒業パーティーで、私ではなく妹のローザを彼の妻に選ぶと宣言したのでした。