イライアスとシュゼット⑲ イライアスside
ついに待ちに待ったリュシアンの歓迎パーティーの日が来た。
リュシアンの目の前で、美しく着飾らせたシュゼットの腰を抱けば、ゾゾゾ! と、まるで猫の様にリュシアンが全身の毛を逆立てるのが分かった。
期待通りのリュシアンのリアクションが楽しくてたまらない。
さて、次は何して遊ぼうか。
そう思った時だった。
「気が済んだなら、いい加減その哀れなお嬢さんを放してやれ」
リュシアンが突然、そんなつまらない事を言い出した。
「えー!! 嫌だよ。ダンスもまだ終わってないのに。ねぇ? シュゼットもボクと踊りたいよね??」
また、彼女の耳に口付けるように低い声でそう囁けば
「いい加減にしろ」
自分に似ているせいでボクに執着されてしまったシュゼットを気の毒に思ったのだろう。
リュシアンが、ツンと澄ました顔をしたまま、ボクに向かって弓を引く動作をして見せたから。
ボクは先日、リュシアンの国を訪れた際にあまりにリュシアンをからかい過ぎて、狩の際にうっかり事故を装って殺されかけた時の恐怖を思い出したので。
パッとシュゼットの手を離すと、両手を耳の横に上げ、良く躾けられた犬よろしく降参と服従のポーズを取った。
「女王陛下はおかわりなく? あぁ、また陛下にお会いしたいなぁー」
事前に色々考えていた、一見何の問題も無い言葉でリュシアンを執拗に煽りつつ。
会場の人込みにまぎれてしまったシュゼットの姿を眼で探していた時だった。
男物の上着を強引に羽織らされ、今まさに連れ帰られようとしているシュゼットの様が目に飛び込んで来た。
「シュゼット、踊ろう!」
彼女の元に駆け寄り、咄嗟にそう言い繕って答えも待たず彼女の手を取れば。
驚いた事にシュゼットは、その綺麗な瞳に沢山涙を溜めていた。
憤りに任せ、彼女に纏わりつく、彼女を泣かせたのであろう男の香水が香る上着を、彼女と同じ瞳と髪の色をした男に投げ返す。
そして、そのままリュシアンの事なんてもうすっかり忘れ、シュゼットをダンスの輪の中に閉じ込めた。
彼女のその綺麗な涙を他の誰にも見せたくなくて。
必要以上にきつく抱き寄せ、クルクルと周りながら、焦る気持ちを彼女の纏う甘い香りに溶かす。
「こんな状態では帰せないから」
そんな短い言葉に様々な圧を込め、シュゼットを連れ帰ろうと酷く焦っていた男を睥睨すれば。
彼が、それに全く怯むことなくシュゼットを奪い返そうとしてきたから。
ボクは彼女をボクと近衛騎士の背に隠し、怒声と言っても遜色がない彼の抗議を無視して、シュゼットを王宮の奥深くに攫った。
******
侍女に再びシュゼットを引き渡してしばらくした後――
人払いをした後で彼女の許可を得ぬまま、彼女の部屋のドアを開けた。
彼女のベッドに腰掛けシュゼットの足に触れる振りをして、彼女をベッドに押し倒せば
「何……されているんですか? 放してください。人を呼びます」
こんな最低な真似をされているというのに未だボクを信頼しているらしいシュゼットが、そんな事を言った。
そんなシュゼットが愛しくて。
逃げられないよう腕の中に閉じ込め、その細く白い項にボクのものだと歯を立てれば。
「イライアス様……」
彼女が迷子の様な声で、ボクの名を呼んで、縋るようにボクの手に自ら触れたから。
あぁ、帰り方が分からないならずっとここに居ればいいと、実にいい気分でそう思って。
ボクから身を守るにはあまりに頼りない彼女のガウンに手をかけようとした、その時だった。
「ぐはっ!!!」
腹にズドンという衝撃が走ると同時に、目の前をキラキラとした星が飛んだ。
訳の分からぬまま遅れてやってきた痛みに思わずくの字に体を曲げて、それを逃がせば。
シュゼットがこの隙を突いて逃げるでもなく、やってしまったとばかりに深い溜息をつく。
……どうやら、ボクは彼女に尋常ならざる突きを喰らわされたらしい。
意図せず隷属される事を恐れる以前に、どう仕組んでも|思い通りに動いてくれない《つれない》シュゼットが愛しくて。
「やっぱりシュゼットはかわいいね」
寝転んだまま思わず、そんな拙い本音を漏らせば。
実に心外な事に、シュゼットが全く信じてない風な顔をした。
だから、また彼女の反応が見たくて
「本当だよ。ボクが何気なく『その髪、綺麗だね』って褒めたら、その髪を切り落として送りつけてくる令嬢や、自らの心を歪めて涙を零しながら自らその体を差し出してくる級友よりも……シュゼットは歪んでなくて、ずっと可愛い」
そんな、言うつもりもなかった酷い事を言ってしまったのだけれど。
そんな最低なボクの言葉を聞いても、やっぱりシュゼットはリュシアン同様、ボクを諫めるような事も慰めるような事も言わなかったから、ボクはそれが酷く心地良くて。
「シュゼット、君もずっとボクの事を嫌いなままでいてね」
そう言って。
ボクは、いつまでもシュゼットがシュゼットらしくいてくれる事を心から願ったのだった。




