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悪役令嬢は壁になりたい  作者: tea


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イライアスとシュゼット⑯ side シュゼット

「叔父上?!」


イライアス様の言葉に驚いて、その方の顔をまじまじ見れば。

その方は、国王陛下やイライアス様とどことなくお顔立ちが似ていらっしゃるような気がしました。


という事は、この方はもしかして……。

ずっと昔に事故で亡くなった事にされている、王弟殿下ウィリアム様、その方なのでしょうか???



「どうして叔父上が??」


「どうしてって、リュシアン殿下に雇われたんだよ。殿下個人の元に付けば、ネザリア国王の暮らしに負けない裕福な暮らしを約束してくださると同時に、この国から逃げ出してきた害虫が目障りでうっかり駆除した際にも咎めず匿ってくださるなんて、面白い事をおっしゃるからさ」


そう仰って、ウィリアム様(仮)が一見人が良さげに、しかしその実どこか酷薄そうにその黒曜石の瞳をスッと笑みの形に細めてみせられた、その次の瞬間でした。

突然、イライアス様の何もなかったはずの足元の地面から、彼を吹き飛ばさんばかりの突風が吹き荒れました。


まるで何か強い力で押さえつけようとされているかのように、その突風がうねり、徐々に形を変えていく事から、ウィリアム様(仮)の魔術に対抗する為にイライアス様が渾身の魔力をその瞳に込められたのが分かります。

しかし風は収まるどころか、どんどんとその量を増していくようで……。



「…………」


イライアス様はウィリアム様(仮)に敵わないと、そう悟られたのでしょう。


しばし睨み合った後小さく溜息をつくと、またいつもの様な飄々とした様子でヤレヤレと肩を竦めてみせられました。


そうして。

どこかホッとしたように、しかしこちらの胸が痛むくらいどこか酷く寂しそうな顔をされて。

ついにイライアス様がその場に膝を折ろうとされた、まさにその時でした。


「おや、誰かと思えばそこにいるのは泣き虫ミーナじゃないか」

「何しに戻った。まさか、わざわざオレ達に泣かされに来たわけじゃないよな?」


これまで国民の前では見せられた事の無いような酷く悪い顔をして。

イライアス様の腕を掴むなりその長身をあっさり引き上げてみせられたのは、何と宰相のクリストファー様と騎士団長のブライアン様でした。



突然のお二人の登場に


「おや、害虫駆除は粗方済んだように聞いていたが。何だ、こんなところにでっかい害獣がまだ二匹も残っているじゃないか」


鷹揚に嗤っていらしたウィリアム様(仮)が、その瞬間、表情を瞬時に呪い殺さんばかりの酷く険しいものに変えられました。

またそれと同時に、ブライアン様が腰に下げた剣の柄に手をかけられます。



うっかり再び訪れた一触即発のこの事態を上手い事収拾していただきたく、クリストファー様に目で縋れば


「御心配には及びません。国土の広さは違えど、隣国に舐められて属国になり下がる程、ネザリアは落ちぶれてはいませんから。私達の目の黒いうちはいかに、隣国の王配殿下の前であろうと自国の王太子に私達がそう易々と膝を着かせたりはしませんよ」


私の期待を斜め上に裏切って、事もあろうにクリストファー様は文官にあるまじく酷く好戦的に嗤って見せられたのでした。



イライアス様は私と同じように、しばし酷く驚いた顔をされて呆然とブライアン様とクリストファー様のお顔を交互にご覧になっていらっしゃいましたが……。


何か吹っ切れるものがあったのでしょう。


「……っふ。ははは」


イライアス様はそんな風に吹き出し笑い出すと、どこか寂しげだった優しい王子様のお顔から一変、王者の風格を漂わせ、酷く鷹揚に、しかし強い威圧感を持って、ウィリアム様(仮)の後ろにいらっしゃるリュシアン様を真っすぐご覧になりました。


イライアス様は、いつも優し気に微笑んでいらっしゃる事が多かったので、お母様で在らせられる王妃様によく似ていらっしゃる印象だったのですが。

今の彼は、なるほど、お父様で在らせれる国王陛下によく似ていらっしゃる事が分かります。





そうして。


ますます、互いに引くに引けなくなった今、どうやって互いに矛を降ろすつもりなのだろうかと、ハラハラとその場を見守っていた時でした。


リュシアン様が何か小さく呟かれたと思ったその次の瞬間、私の首飾りが突然眩く光り思わず目がくらみました。


ハッと気づいた時は既に手遅れで。

私はリュシアン様の腕の中に転移してしまっていたのでした。





力を失い、崩れ去っていく首飾りを呆然と眺めていると。


「やられた」


そう言って、少し遠くでイライアス様が頭を掻くのが見えました。


「……嫌な感じがしなかったから全く気づきませんでしたが。アレ、呪いの魔具だったのですね」


私が恨みがましくそう言えば


「心外な。呪いの魔具なんてそんな外交問題になりそうな物騒なもの、僕がこの国の高位貴族の貴女に贈るはずがないでしょう。アレは万が一の際、囚われた子女を助ける為作られた護符(アミュレット)ですよ?」


剣の柄から手を離されたブライアン様をご覧になりながら、また大人の色香と余裕を漂わせ、リュシアン様は今度こそ実に満足そうに綺麗に微笑んで見せられました。



どうしましょう……。

これ以上の争いを助長するのは本意ではありませんが、私が油断したばかりにイライアス様を、彼が愛するネザリアを辱めるのもまた私の望む所ではないのです。


「…………」



悩みに悩んで。

私がついに覚悟を決めたその時でした


「待って! 早まらないで!! 流石にそれはマズイ!」


私の動きに気づかれたイライアス様がそう叫び、リュシアン様がハッと顔を青くし、まるで長い棒状の野菜に気づいた猫の様に私の傍からパッと飛び去られた次の瞬間。


シュン!!


さっきまでリュシアン様がいらしたその場所に風切り音を残して、私の流星突きが虚しく空を切りました。

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