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悪役令嬢は壁になりたい  作者: tea


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イライアスとシュゼット⑨ side シュゼット

「いいこと? ちゃんとお行儀良くしているのよ」


伯母から、意地悪な従兄のジェレミーと共に何度もそう言い聞かされ。

どこかのお庭のお茶会に連れて行かれたのは、私が六歳になったばかりの頃でした。


母が亡くなって二年経つというのに。

未だ母の面影ばかりを恋しがって周囲に心開こうとせず、夢の中や空想の中で母の姿ばかりを追い求める私を、伯母なりに心配してくれたのでしょう。


「さぁ、そうやって夜の夢の中に住んでばかりいないで頑張って今日こそはお友達を作っていらっしゃい」


そう背を押されて多くの着飾ったかわいらしい女の子達の輪の中に押し込まれ……。

私は一人途方に暮れました。





「はじめまして、私はクラリッサ。貴方お名前は?」


長いこと誰ともしゃべらず一人ポツンと立ち尽くす私を見かねたのでしょう。

年上の女の子が私に向け優しく話しかけてくれました。


明るく微笑むその姿はまるで真昼に太陽に向かって真っすぐに咲く向日葵のようで。

私はそんな彼女を酷く眩しく感じました。


「わたしは…………」



彼女は長い事辛抱強く私の答えを待ってくれていましたが、


「ねぇクラリッサ、こっちに来て。綺麗なお菓子や絵本が沢山あるの! みんな貴女の事を待ってるわ」


やがてしびれを切らした他の子に強く手を引かれ、こちらを気にしつつもどこかに行ってしまいました。



せっかく話かけてもらえたのに。

私って、どうしてこうなんだろう。


そう思って落ち込んで。

多くの子供達が楽し気に集う場を離れ、お庭の隅でまた一人、自らの世界(白昼夢)に逃避しようとした時でした。



「つまらない?」


今度は一人の少し年上と思しき男の子がそう私に声をかけてくれました。

彼はキラキラと日差しの様に輝く金髪に晴れた空のような青い瞳をしていて、まるで暖かで明るいお日様の様です。


『どうせ彼も、わたしの答えを聞く前にどこかに行ってしまうに決まってる』


そう思ったのに……。


彼は気後れしてますます口が重くなる私を忍耐強く待った後、優しく笑って


「おいで。花冠を作ってあげる」


と、そんなことを言ってくれたのでした。







「ボクはね、この国が好きなんだ。皆少し歪んでるけど」


そう言って柔らかく微笑む彼の言葉に驚いて


「歪んでるのに?」


思わず躊躇う事も忘れ、そう聞き返せば


「そうだよ。歪みながら、それでも一生懸命生きてるこの国の人達が、ボクは好きなんだ」


そう言って、彼はくすぐったそうに笑いました。

その眩しい笑顔にどうしようもないくらい心を惹かれて


「じゃあ……じゃあ、『夜に住んでる』私の事も好きになってくれる??」


思わず泣きそうになりながらそう言えば、彼は一瞬不思議そうにその青い眼を丸くして首をかしげました。

しかしまたすぐ、屈託なく笑って


「あぁ、もちろん」


そう言ってみせてくれたのでした。





彼と共に過ごす時間はとても穏やかで暖かで。


「時間が止まればいいのに。そしたらずっと一緒に居られたられるのに……」


私が思わずそんなことを呟けば


「時は止めてあげられないけど……また会えるよ。キミが夜に住んでいるというなら、今度はボクが夜に会いに行く」


彼はそう言って、一番綺麗な薔薇の花を一輪そっと私の髪に挿してくれました。


薔薇を貰ったことではなく、ずっと孤独だった心を救ってもらったお礼に。

彼に会いに来てもらう対価に。

私に出来る事は何だろうかと、そんなことを思った時でした。


「イライアス様!!」


他の女の子達が彼に気づき走り寄って来ると、私の髪に挿した薔薇を見て


「何よ! 貴女なんてまだドレスも似合わない子どもの癖に!!」

「そうよ! まるで男の子がドレスを着ているみたい。せっかくの綺麗な薔薇が可哀そうだわ」


と、そんな意地悪を言いました。



これまでの私であったら、すぐに怖気づいてその場を逃げ出してしまったでしょう。

でも……。

ここで私が逃げたらきっと、


『歪みながら、それでも一生懸命生きてるこの国の人達が、ボクは好きなんだ』


そう言ってくれた優しい彼は、意地悪を言った女の子たちを責めるのではなく、私をその背にかばえなかった自分を責めるでしょう。


優しい彼にそうさせたくなくて。

その場にぐっと踏みとどまった時でした。


「こんなトコにいたのか? 行くぞ!!」


騒ぎを聞きつけたジェレミーがこちらに走り寄ってくると、そう言うなり私の髪に挿した薔薇を払い落とし、強く私の手を引きました。


「ジェレミー?! 待って! わたし……わたし……」


ジェレミーは私の言葉を無視して、私の手を掴んだまま走り出しました。



息が切れ立ち止まり、やっとの思いでその手を振り解けば、掴まれていた腕はジェレミーの手の形に赤い跡がついてしまっていました。

そしてジェレミーがぬかるんだ道を走ったせいで、靴は汚れ、ドレスには泥が跳ねてしまっています。


こんな姿でもし戻ったら、優しい彼はますます自分を責めるでしょう。


やっと……。

やっと、夜の夢で見る母の傍以外に、暖かな場所を見つけられたと思ったのに。


あぁ、本当にジェレミーはなんて意地悪なんでしょう。



もともと持っていなかった時よりも、見つけたものを取り上げられた今のほうが辛くて、さっきからずっと我慢していた涙が思わず溢れた時でした。


「勝手にいなくなるな。……心配しただろう」


ジェレミーがそう言って、突然私のことをギュッと抱き留めました。


「……ジェレミー??」


こうやって誰かに抱きしめられるのは、母が亡くなって以来で。

ジェレミーなんて大嫌いだと思う頭とは裏腹に、その懐かしい温かさにずっと飢えていた私の体からはカクンと力が抜けました。


「お前の母様の墓前に誓ったんだ。これからはオレがお前を守るって。だから勝手にいなくなるな、オレの傍にいろ」


ぴったりとくっついていると、ジェレミーの腕の中は暖かくて……。

そこはずっと私が求めていた暖かな場所に似ているような気がしました。


「強がらなくていい、変わらなくていい。お前はオレがずっと守ってやる」


そう言って、崩れ落ちてしまいそうな私を支える為、ギュッとジェレミーがその腕の力を込めました。





「シュゼット? 女の子みたいな名前だな?? でもジェレミーの弟ならまぁいいや、仲間に入れてやる。お前も来いよ!」

「この木の上に秘密基地を作るんだ!」


ジェレミーの着替えを借りて、彼に手を引かれ向かった大きな木の傍で。

私をジェレミーの弟と勘違いした男の子達はそう言って、女の子達と違い私をあっさり仲間に迎え入れてくれました。


「シュゼット、何してる。ついてこい!」


そう言って。

ジェレミーが私の返事を待つ代わりに、躊躇いなく私の手を取り、木の枝の上に私を引き上げます。


眩暈がするくらい高い枝の上からは、少し離れた芝生の上で楽しそうに談笑する女の子達の輪が見えました。


「…………」



そうして、私は……。

暖かな陽だまりのような少年と共にあるべく変わ(強くな)れなかった後悔を、ドレスが似合わないと言われ傷ついたストーリーへと記憶を歪め、心の奥底深くへと無理やり押し込めたのでした。

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