イライアスとシュゼット① side シュゼット
ある午後の事です。
「なぁ、シュゼットなら何を贈られたら嬉しい?」
今年で二十歳になる二つ年上の従兄のジェレミーから、突然そんな事を言われました。
風の噂によると。
従兄殿は先日の夜会でデビューしたばかりの男爵令嬢のその小動物のような可憐さに一目で心奪われ、次の夜会に彼女を誘う為、まずは贈り物で彼女の気を引こうと必死なのだとか。
ジェレミーはスラリとした優男風の容姿をしていながら、意外と硬派で女性陣からの人気は高いですから、贈り物は花でも菓子でも何でもいいような気がします。
それなのに、そんな風に悩むという事は、それだけ彼がその男爵令嬢に本気だという事なのでしょう。
ジェレミーとは幼い頃より兄妹同然に育てられ、また彼はいつも私と共に領地の為に真面目に働いてくれていた為、いずれ私と結婚して辺境伯である私の父の跡を継ぐ気でいるのかと勝手に思いっていましたが……。
どうやらそれは私の一方的な勘違いだったようです。
「なぁ、次の夜会に誘うのに何を贈れば喜んでもらえると思う?」
ジェレミーがまるで弟にするかのように、いつものように気安く私の肩を抱きながらそんな事を言いました。
しかし男性から贈り物なんかを貰った事のない私に、そんな事、見当がつくはずもありません。
男爵令嬢との恋の噂など何も知らない振りをして、いつもの様にその手をいつもの様にペシンと払い除ければ
「シュゼット! そんななりしていても、お前だって一応女だろう。なぁ、何がいいと思う? お前なら何が欲しい??」
そう言えば昔から乙女心というものが全く分からないジェレミーが、妙に浮かれた甘やかな声で、そんな留めの一言を放ってきました。
失礼な従兄の言動を流すのには慣れているはずなのに。
男爵令嬢との噂を聞いてしまった今日は何故か酷く胸が苦しくて……。
「花でも何でも好きに贈れば!」
そう言い捨てて、父の手伝いで忙しい振りをして書庫に逃げ込みました。
少しカビ臭く、シンと静まり返った書庫の中――
本棚のガラスを覗けば、自分の姿が映っていました。
猫の様にツンと吊り上がったアイスブルーの瞳と、背が高く薄い身体。
似合わないドレスの代わりに領地の騎士服を纏ったその姿は、ジェレミーが言うように線の細い青年の様にしか見えませんでした。
そう、ジェレミーが男爵令嬢を見初めたと言う例の夜会ですが……。
本当は私も社交界デビューを果たす為、参加する予定でした。
私の社交デビューの為に王都に住む伯母がわざわざ贈ってくれたのは、キュッとくびれたウエストとそこから美しく広がる光沢あるスカートがどこまでも美しい、純白のドレスでした。
「きっとジェレミー様も、お嬢様のお美しさに改めて驚かれるでしょうね」
着替えを手伝ってくれた侍女のそんな言葉に、
『そうかしら。……でもそうだったらいいな』
と柄にもなく密かに胸を高鳴らせた時でした。
コンコンとドアをノックし、部屋に入って来たジェレミーが私を見るなり盛大にその顔を引きつらせながら言いました。
「まさか、それでパーティーに参加するつもりか??」
ジェレミーのそんな言葉を聞いた瞬間、不意に幼い頃参加したどこかのお茶会、で愛らしく着飾った少し年上の女の子達から言われた言葉を思い出しました。
『まるで男の子がドレスを着ているみたい』
はっとして鏡を見れば、そこに映っていたのは綺麗なレディなどではなく、まるで嫌がらせで女装させられた青年のような姿でした。
「私……パーティーには行かない」
「お嬢様?!」
「こんな姿誰にも見られたくない!!」
「そんな! お嬢様!!」
急に取り乱した私を何とか宥めようとする侍女や家の者を
「本人が嫌だと言ってるだ。無理させる事ないだろう。ドレスを無駄にした事は、俺が母に謝っておく」
ジェレミーはそう言って説得してくれました。
『こんなトコにいたのか? 行くぞ!!』
年上の女の子達の言葉に傷つきその場に凍り付いてしまったあの時も。
そう言って私をその場から連れ出し助けてくれたのはジェレミーでした。
そしてジェレミーは、他の子の輪に入れずずっと一人ぼっちだった私に自分の着替えを着せ、私の手を取って男の子達の遊びの輪に入れてくれたのでした。
だから……。
その時からジェレミーは私のヒーローで、私の中でジェレミーの言葉こそが真実なのです。
いつも誤字報告本当にありがとうございます。
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イライアス、中々に曲者で、この一か月書いては消してを繰り返していました。
書けたとこから投稿予定ですので、気長にお付き合いいただければ幸いです。




