2.推しの幼少期が天使なのは鉄板
あ!
思わず総合格闘技やってた前世の癖が。
何もせず壁になるはずが、早速やらかしてしまいました。
でもまぁ、ここで推しが痛めつけられるのを見ていられる程私は人間が出来ていないので仕方ないですよね?
痛みに本を持ったまま体を『く』の字に折ったブライアンの手から本を奪い取ります。
精神年齢大人な私が少年に手を上げてしまった事もどうかとは思わんでもありませんでしたが、何気に彼らも分別がついていていい歳ですし、またこちらの体は十一歳の年下な少女なので、自業自得と諦めてもらいたいと思います。
「お前! 何すんだよ?!」
クリストファーが私から本を奪い返そうと怒りの形相で手を伸ばしてきたので、素早く本をウィルに渡しクリストファーの腕と胸倉をつかむと、
「やあ!!」
クリストファーの掴みかかって来た勢いを利用して思いっきり一本背負いを決めてやりました。
前世での経験、意外と活かされるもののようです。
突然の私の行動にポカンと口を開けていたゼイムスでしたが、子どもの頃のゼイムスはわざわざウィルを女性名で呼んでイジメるくらいの差別的なヤツです。
女の子の私にこのまま負けるのは許せなかったのでしょう。
「リリー、その本をこちらに渡せ!」
そう言って高圧的に睨みつけてきたので、思いっきりアッカンベーをしてやりました。
すると腹を立てたゼイムスが私の頬を叩こうと手を振り上げます。
どうしましょう?
コイツも投げ飛ばす事は容易いですが……。
思わず手を出し挑発的な態度を取ってしまいましたが、冷静になって考えてみれば、兄達とは違い王族を投げ飛ばしたら流石にいろいろマズイでしょうか?
うーん。
癪ではありますが、本も取り返せたことだし、大人しく一発くらい殴らせておくか。
そんな男前な事を思って目をギュッと閉じた時でした。
バシン!!
鈍い音が聞こえました。
しかし、不思議な事に痛みはありません。
見れば、私とゼイムスの間に突然割り込んで来たウィルの頬が赤く腫れています。
「行こう!!」
ウィルはそう言うと、私の手を握ったまま突如走り出したのでした。
「ごめんなさい、私のせいで……」
冷たい水で濡らしたハンカチをウィルの頬に当てれば、ウィルが痛そうに顔を歪めました。
しかし、
「いい、ハンカチが汚れる」
そう言ってやんわりハンカチを押し返されてしまいました。
確かによく見て見れば、ウィルに触れたハンカチの部分が茶色くなっています。
ゼイムスや私の兄たちにいじめられ追っかけまわされていたせいもあるのでしょうが、正妃でないウィルの母が城で冷遇されている為でしょう。
第二王子という高い身分でありながら王位継承権を持たない彼はどことなく薄汚れ、垢じみていました。
「ハンカチなんてどうでもいいですから。それより冷やさないと後で腫れて痛くなりますよ?」
そう言ってもう一度ハンカチの綺麗な面をその頬に当てれば、ウィルは自分が汚れている事を恥じ入る様にギュッと目を閉じました。
推しは汚れていようと、多少臭かろうと、ひたすらに可愛く尊いのですけれどね?
余りウィルに恥ずかしい思いをさせるのも可哀そうになったので、お城の事情にも詳しい優秀な私の侍女の元に向かい、客室を借りてウィルの身なりを整えてもらう事にしました。
用意してもらったお湯が真っ黒になるのと引き換えに、お風呂上がりのウィルの肌は抜ける様に白くなります。
皮脂により、べたついて重く顔を隠すように陰鬱に伸びていた前髪も、綺麗に洗った後本人に許可をもらい侍女に頼んでその美しい黒曜石の瞳が見える様切ってもらうと、想像通り、いや想像以上の女の子顔負けに可愛らしい美少年がそこに現れました。
幸い男の子の着替えも、兄達がゼイムスと遊ぶ際、酷く服を汚したり破いたりするので侍女が持っていたので、それをそのままウィルに着せてみたのですが……
ぶかぶかのシャツから覗く細い真っ白なうなじと、サイズの合わない半ズボンから覗く細く華奢な膝小僧はまさに倒錯的で、
『このまま返すと城の悪い大人に目をつけられてしまう!!!』
と急遽魔導士のローブの予備を調達してウィルに頭から被せウィルの素材の良さを再び隠す事態と相成りました。
綺麗になった自身の姿を見て、ウィルがホッとしたように溜息をついたので、再び超優秀な侍女に用意してもらってお茶の時間にすることにします。
ウィルが満足に食事をもらえない日もある事を知っていたので、クッキーだけでなくお腹に溜まりそうなサンドイッチやスコーンも用意してもらったのですが……。
ウィルは最初恥ずかしがってそれらに手を付けようとはしませんでした。
子どもなのに、そういう矜持をしっかり持っているところも推しの素敵なところです。
でも、
「我儘を言って作ってもらったのですが……どうしましょう、食べきれません。このままではまた叱られてしまいます」
困った顔をして呟けば、ウィルはおそらくそれらが全て方便だと分かった上で、それでも私の思いを無下にしないようそれらに手を伸ばしてくれました。
最初は遠慮がちに。
しかし最後は貪る様に食べるその様はまるで捨て猫の様でした。
こみ上げてくる愛おしさに負けて思わずその髪を撫でようと手を伸ばし、そのまだ湿った髪にそっと触れた時です。
ウィルはやっぱり野良猫のようにビクリと体を強張らせました。
「あ……も、申し訳ございません……」
思わずそう言えば、ウィルは恥ずかし気に首を振り何も私を咎めるような事は言いませんでしたが、残念ながらもう軽食には手を付けてはくれませんでした。