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悪役令嬢は壁になりたい  作者: tea


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イライアス①

僕の父が治めるネザリア国の王都は美しく華やかで、いくつもの物語の舞台となっている。


でも。

ボクが幼い頃より、この国の人々は皆どこか歪んでいた。


大規模な血の粛清を終えた今、政に興味がないのか御前会議で眠りこけてばかりの父王と、実の娘である王妃に辛辣な宰相。

そんな宰相の息子である次期宰相候補のクリストファーと騎士団団長ブライアンは双子で、他の人から見分けがつかないのをいい事に、気づけば時々こっそり入れ替わっている。


そして父の弟であり母の元婚約者であった魔術師の叔父は……

父に良く似た容姿のボクを酷く憎んでいると同時に、母と同じロイヤルブルーの瞳をしたボクの事をまた、皆と同じように溺愛していた。



初めて会った時、叔父は僕を見て


「お前には魅了(チャーム)の呪いがかかっているな」


と、そんな事を言った。


魅了(チャーム)?」


「あぁ。今は魔力が低いからそれ程大した影響は出せないだろうが、お前が成人する頃には、お前の好むと好まざるに関わらず、皆がお前に全てを捧げようとするだろう」


叔父の話は幼いボクにはまだ少し難しくてよく分からなかった部分も多かった。

しかし要するに将来、皆がボクの望むように動いてくれるようになるらしい。


「それって『呪い』じゃなくて、『祝福(ギフト)』なんじゃないの?」


そう言って喜ぶボクに、叔父は


「いつか分かるさ、困った時には僕を呼べ。助けてやる」


そう言って、来た時同様フッと窓から姿を消した。





そして……。

王妃である母には『秘密の恋人』がいると、侍女達の間での専らの噂だった。



ボクがまだ七歳の、ある夏の午後の事だった。


母の部屋の前を通った時、初めて聞く母のひどく弾んだ楽し気な声を聞いた。

それを聞いてしまった瞬間、ボクは酷い動悸に襲われた。


早く。

早く母の裏切りの相手を知ってしまう前にここを去らなければ。


そうと思うのに、突然息の仕方が分からなくなってしまい、その場から動けなくなった、その時だった。


バッと勢いよく母の部屋のドアが開いた。

そして、母の部屋から姿を現した男の正体は……


なんと父だった。


「イライアス、どうした??」


父はそう言ってヒョイとボクを抱き上げると、そのまま僕の瞳をじっと愛おし気に覗き込んだ。


父に抱かれた記憶なんてなくて。

ボクは、酷く驚いた余り思い切り仰け反ってしまったせいで、危うく頭から床に落ちるところだった。


父はいつだって気難し気に押し黙ってばかりで、ボクが何か失敗すれば苛立たし気にその左の眉をピクッと上げて見せるのが常だった。

こんな風に柔らかく笑う父は見たこと無い。



もしかして、父とよく似た別人なのだろうか?

そう訝しんだ時だ。


「イライアス、お父様に博物館に連れて行っていただいたら?」


母が楽し気に、まるで少女の様に笑いながらそんな事を言った。


「いいや、それより一緒に黒アゲハを取りに行こう!」


父はそう言うが早いか、茫然とするボクを抱き上げたまますたすたと廊下を歩き始めた。





「……僕の息子は、蝶を獲るのが本当に下手だな」


ボクが不器用に網を振り回す様を見て、左眉をピクッと上げ一瞬耐えた後、しかし堪え切れず吹き出しながら父がそんな事を言った。


「……他の子と違ってボクは父から蝶の獲り方なんて習ってきませんでしたから」


初めて正面から父に反論しながら、


『あぁ、あれは父が笑っている時の癖だったのか』


と内心酷く驚いた。


ずっと父は、神童と呼ばれた父に似ず凡庸なボクに腹を立てているのだと思っていたのだが。

どうやらそうでもなかったらしい。


父が遊んでくれるなんて初めてで


『ずっと、こっちの父様でいてくれないかな』


そんな事を思った時だった。



「うっ!」


逃げる蝶を追ってまともに太陽を仰ぎ見てしまった父が、そう小さく声をあげた後、その場に片膝を突いて蹲った。


「父様?」


慌てて駆け寄れば、何でもないと片手を挙げてボクを制した後、父はスッと背筋を伸ばして立ち上がった。


この威圧感溢れる佇まいには、酷く馴染みがあった。


「……父様?」


思わず緊張した声でそう尋ねれば


「僕も父に蝶の習い方なんて習ったことない。だから教え方が下手でも文句は言うなよ?」


父がそう言って網を持った僕の手に自分の大きな手を添えた。



『母の秘密の恋人』である父は、いつもの父のフリをするのが上手で、廊下で臣下達とすれ違った際にも違和感なくやり過ごしていたのに。


父は『母の秘密の恋人』のフリをするのが下手なのだなと、初めて父と二人日が暮れるまで二人で蝶を追いかけながら、ボクはそんな事を思った。

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