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悪役令嬢は壁になりたい  作者: tea


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番外編4 ローザside6

本当にこれで呪いが解けたのだろうか?


息を詰めてゼイムスを見守っていると、再び馬車の窓が強く叩かれ、ついにガラスにヒビが入った。


このままでは二人とも危ない。

意を決して外に出ようとした時、ゼイムスが強く私の手を掴んでそれを制止した。



「一刻も早くここを離れろと言っただろう」


ゼイムスはそう不機嫌そうに言い、独り言のように悪態をつくと、時計を取り出し時刻を確認した。


そして、


「まぁいい」


そう言うと、落ち着き払って椅子に深く座り直した。



「殿下?」


流石にこの状態ではいくらゼイムスでもどうにもならなかったのだろうか?


そう思った時だった。


急に馬車のを叩く音が止まった。

何があったのだろうと恐る恐る外を見れば、そこには驚いた事に近衛騎士団の姿があった。



「ご無事ですか?」


少しして、暴徒と化しかけた人々を下がらせた後そう言って馬車のドアを開けたのは、騎士団の副団長の制服に身を包んだ兄のブライアンだった。


「遅い」


ゼイムスのぶっきらぼうな言い方に、


「申し訳ありませんでした」


ブライアンがちっとも悪びれた様子なくどこか面白げにそう返せば、ゼイムスが微かに左の眉を上げた。

どことなく機嫌がよさそうなゼイムスの様子と気安いブライアンの態度に、あぁ、今ゼイムスは悪友を前に笑ったのかと少し遅れて気づいた。



「どうしてお兄様がここに?」


思わずそんな疑問を口にすれば、ブライアンは


「ゼイムスから呼ばれて一晩中駆けて来たんだよ。全くゼイムスは人使いが荒いよね」


そういかにも人の良さそうな顔をしてそんな事を言った後、さも疲れたとばかりに自身の肩と首を揉んで見せた。



「そもそもお前の仕事はオレ達の警護だろう。それを怠るなど職務怠慢にも程がある」


ゼイムスの言葉に


「ついて来なくていいと言ったのは殿下でしょうに」


ブライアンはまた軽い調子で肩を竦めて見せた。



そして、急に声音を低くして馬車を取り囲んでいた人々を見下ろし、冷ややかな良く通る声で言った。


「それで? コリュージュ伯及び暴徒どもの処罰はいかようになさいますか」



よく訓練された猟犬の様な冷え切った目をしたブライアンとひたと目が合った瞬間、シンと静まり返った中、群衆の後方より手をこまねいて茫然と立ち尽くしていたコリュージュ伯がヒッと息を飲む音が聞こえた。


ブライアンはまだ腰に下げた剣の柄にすら触れていない。


しかし、彼が気だるげにぐるりと辺りを見回して見せた瞬間、さっきまでしきりに馬車のドアを叩いていた背が高くがっしりした男は、その目に恐怖の色を浮かべ思わず後ずさり、ぬかるみに足を滑らせ尻餅をついた。



「ブライアン、そう殺気をまき散らすな。まずは伯の話を聞いてやろうじゃないか」


馬車から姿を現し、怒気を隠そうともしない瞳のままゼイムスがその綺麗な唇を弧の形に歪めて見せれば、人々は彼を恐れ次々に首を垂れた。



「殿下、お許し下さい」


石畳の上に出来た水たまりの中、コリュージュ伯が跪き、ゼイムスの外套の裾に口付け許しを乞いた。


それを見たブライアンが内心実に不愉快そうに、しかし表面上は気だるさを装いつつ剣の柄に持たれるように手を置けば、伯は真っ青な顔をしたままガタガタと体を震わせる。



「私は伯に一時の奇跡に縋るのではなく、危険な土地を離れる勇気を持つ事もまた必要だと繰り返し返事を送ったはずだ。しかし、こちらに来てそれらの改善は見られなかった。……いったいこれはどういうことだ?」


「恐れながら閣下。氾濫のある土地は同時に肥沃な土地でもあるのです。切り立った崖と岩山が広がる我が領土でそこを捨ててしまえばあっという間に民は飢えます」


コリュージュ伯の言葉尻に乗って


「そうです!」

「だからこそ奇跡を!!」


馬車を取り囲んでいた男達の何人かが一瞬そんな声を上げたが、ブライアンの一瞥ですぐさま口を噤んだ。



「愚かな。奇跡の力を食い潰した先に明日は無く、直ぐに追ってくるのはより凄惨な末路だ。『奇跡』は続かない。魔術師を派遣すれば何とかなると言うのは浅はかな幻想に過ぎない。今回の件でそれは良く分かっただろう?」


ゼイムスの冷ややかだが確かな言葉に、人々は空を見上げ、先日よりも明らかに激しく降り注ぐ雨に口を噤んだ。



「幻想を夢見るからいつまで経っても同じ轍を踏んでばかりなのだ。変化が怖くて手をこまねいていることを選ぶなら奇跡等に縋らず、その時が来たならば諦めて潔く死ぬがいい」


ゼイムスの抑揚のない声に


「そんな!」

「横暴だ!」


と人々の口から悲痛な声が洩れる。



その声を聞いたゼイムスが、突如声を荒げた。


「だが勘違いするな! 将来、再び起こった水害によりまだ見ぬキミらの子どもが亡くなった時、その子を殺したのは魔術師を派遣しなかった王家でもなければ、優しいだけで愚鈍な領主でもない。変化を疎んだ君達自身だ!!君達自身の問題を解決できるのは魔術師ではない、他でもない君達自身だ。それなのに、まだ変化を厭うのか。そんなにも過去と対峙する事が恐ろしいか?!」


ゼイムスの言葉に、人々は口を噤んだ。

重苦しい空気の中、雨音だけが激しく響く。


周囲が深い深い失望感に飲み込まれようとした時だ。



ゼイムスが突如短く祈りの言葉を口にしたかと思えば、その手を天に向け突き上げる様に伸ばした。


その瞬間だった。

突然ピタリと雨が止み、ゼイムスに向かって眩い光が射した。



降り注ぐ日差しはゼイムスの翡翠の瞳と雨に濡れた黄金の髪をキラキラと輝かせ、まるで彼は天より遣わされし神の使者のようだった。



皆がゼイムスの美しい姿に息を飲む中、ゼイムスがふと表情を柔らげ慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべながら言った。


「過去と対峙する事が恐ろしい事も、生き方を変えることが難しいかはオレも良く知っている。一方でオレは、過去の呪縛を破り新たな生き方を見つけた一人の男を知っている。そしてオレもまた奪われるしか能の無い無力な子どもから、大切な者たちを守れるような王に変わりたいと思っている。……何も、いきなり土地を全て捨てろと言っているわけではない。ただ、いずれあの土地に頼らなくても安全に安定して生活していけるような基盤を新たに整えていかねばならないと言っているんだ」



「……私たちは、具体的にどうすれば良いのでしょう」


まるで天啓を受けたかのように茫然とゼイムスを見上げ、男が言った。

それにゼイムスは頷き答えた。


「後日、学者を再度ここに寄越そう。その者と相談して解決法を探れ。前回の様に自分の利権ばかりにしがみついてその者の話を軽んずることの無いよう」


ゼイムスの言葉に、コリュージュ伯が再度深く首を垂れた。

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