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8 マリーヌの花道

バート視点になります。

セシリア視点より話数が多いです。

 両親が突如、そろそろ結婚しろと言いはじめた。


 理由はわかっていた。父上が駐在大使として隣国エルウェズに赴任することになったのだ。母上も同行する。

 五年の任期の間のひとり息子の生活やら何やらを心配しての親心。

 そもそも嫡男なのにこの歳までずっと放任してくれていたことを感謝すべきなのかもしれないが、だからと言って赴任するまでに婚約者を決めなければエルウェズで見つけてくるというのは横暴ではないか。


 しかし、それならばと重い腰を上げたところで思い当たる相手など私にはいなかった。


 私はお祖母様曰く、「受け継いだ血の中から特に男性的な部品ばかりを集めて組み上げたような容姿」をしている。

 その厳つい顔の左側に、墨を刷いたような黒い痣まで貼りついているせいで女性たちには敬遠、あるいは忌避されてきたのだ。

 時おり出る夜会などで恐る恐る話しかけてくる令嬢もいるにはいるが、次期公爵夫人の座を狙ってなのがあからさまで、こちらのほうから遠慮していた。


 そんな中、ふと頭に浮かんだのが、一年前に一度だけ会ったセシーことセシリアだった。


 偶然、森で見つけた娘を置いていくわけにもいかず拾っただけにすぎないのに、私を優しいと評した。

 この顔を見て怖がるどころか痛まないかと尋ねてきた。それは彼女の杞憂だったとはいえ、そんな心配をされたことはなかったので心底驚いたものだ。

 痛みはないと伝えた後に彼女の顔に浮かんだ笑みはこの世の何よりも澄んで美しく見えた。

 あれ以来、何気ない時にあの笑顔を思い出してはセシーはどうしているだろうかと考えた。


 セシーの仕草や表情などにあどけないところがあったから子どものような気がしていたが、もう縁談があってもおかしくないくらいの歳のはず。

 そこに思い至ると、妙に胸のあたりがざわざわとして落ち着かない気分になった。


 とにかく、広大な森の中で出会ったのだ。これも何かの縁に違いない。

 正式には家を通して申し込むことになるが、事前にセシーに会って私の口から直接伝えておきたい。


 あの日、王都に戻ってから、私はひとりでセシーを彼女の家に送っていった。

 ここでいいと言われた場所でセシーを馬から降ろして別れたが、こっそり後をつけて彼女がウォートン伯爵の屋敷の裏門を潜るところまでしっかり見届けた。

 おそらくセシーはウォートン伯爵の娘なのだろうが、念のため確認する必要があった。




 私は森で一緒にセシーに会った幼馴染のレイに相談することにした。

 私が彼女に結婚を申し込むつもりだと伝えても、レイは驚かなかった。


「あの時の娘か。そんな雰囲気はあったよな。あれから特に何も言わなかったが、やはり惚れていたか」


「結婚相手として思いあたる令嬢が他にいないだけだ」


「まあ、バートには良い相手なんじゃないか。婚約したらここに連れて来いよ」


「ああ」


 呑気にも、この時の私は近いうちにセシーと再会できることを疑っていなかった。




 数日後、私はレイの助言に従って、セシーに会うためマリーヌ校に向かった。

 といっても、関係者でもない私が校内に入れるわけではない。


 マリーヌ校には歳頃の貴族令嬢たちが一堂に会するので、独身の男たちにとっては下手な夜会などよりよほど結婚相手を探すのに適した場所だ。

 一方、令嬢たちにとってはマリーヌ在学中に婚約して卒業後に結婚という流れが王道らしい。


 だが、生徒を守る義務のあるマリーヌ校の教職員たちは、思惑が一致しているからと無節操に両者を交流させるわけにはいかない。

 そうして考えられたのが、馬車溜まりを校舎から少し離れた場所に置き、登下校時にその間を移動する生徒たちの姿を敷地の外から柵越しに見られるようにするという方法だった。通称、マリーヌの花道。


 男が令嬢に直接声をかけることはできないが、柵のすぐ内側には生徒を見守るために教師たちが立っていて、見初めた相手がどこの家の娘か、婚約者はいるのかなどを尋ねることはできるし、手紙を託すことも可能だ。

 ただし、男が非常識な振る舞いをするなどして教師たちに不可と判断されれば、令嬢の情報を得られないばかりかブラックリストに名前を記されてそれが社交界に広められるのだとか。


 私は件の花道が見える位置に、我が家でもっとも地味な馬車を停めさせた。

 同じような馬車が他にも二台ほど見えた。

 ちなみに、馬車溜まりからの出入り口となる正門は、花道を見られるこの通りとは校舎を挟んで正反対に位置している。


 すでに下校時間になっており、校舎から馬車溜まりに向かって多くの若い令嬢たちが歩いていた。

 私が卒業したセンティア校と違ってマリーヌ校には制服がなく、授業を受けるに相応しい服装という程度の規定らしいので、社交場ほどではないが色とりどりでなかなかに華やかな光景だ。


 当然、令嬢たちもそこが花道であることを意識していて、隣の友人と言葉を交わしていても淑女らしい微笑や歩みが崩れることはない。

 が、中には柵の外をチラチラと窺っている生徒もいて、私に気づくと一様に笑顔を強張らせた。

 その様子に、やはりセシーは私にとって得難い存在なのだと実感した。




 この日はセシーを見つけることができなかったので、数日後、私は再びマリーヌ校に向かった。

 前回より早めに到着したので、校舎から最初の生徒が出てくるのに間に合った。


 しばらくして花道を並んで歩いてきた数人の令嬢の中にセシーを見つけた、と思ったのは束の間だった。

 視線を感じたのかこちらへと向けられた顔はセシーに瓜二つだったが、私を映した目に嫌悪の色が浮かび、瞬きするくらいの後には淑やかな笑みにすべて覆い隠された。

 同じような目を向けられ慣れていなければ、きっと見間違いだと思ったに違いない。


 そのまま待ち続けたが、ほとんどの生徒が馬車に乗って家に帰ってしまってからも、セシーは花道に現れなかった。

 彼女のことだから、図書室で本を読んでいるのかもしれない。

 まさか、あの時セシーが語ってくれた森に棲む妖精が彼女自身のことだった、なんてことはないだろう。




 さらに数日後、三度マリーヌの花道を見に行った私は、あのセシーによく似た令嬢が出てくると馬車を降り、柵の中にいた四十代くらいの男性教師に彼女について尋ねた。

 教師は私が示したほうを振り返って生徒の顔を確認してから応えた。


「二年生のフレデリカ・ウォートン伯爵令嬢ですね」


 やはりウォートン家の娘ということはセシーの姉妹、少なくとも血縁者だろう。


「彼女に姉妹はいますか? セシリア嬢というのですが」


「我が校には在学しておりません」


「従姉妹や他の親戚は?」


「いないと思いますが」


 教師は困惑した表情になっていた。


 柵越しに教師から得られる情報はあくまで在校生に関するもの、それも最低限のみで、あとはご自分でお願いしますというのがマリーヌ校の基本姿勢だ。

 おそらく、本来なら家族構成や親戚関係も最低限の範囲の外だろう。


 私は教師に丁寧に礼を述べてから馬車に戻り、王宮に向けて走らせた。




 三度もマリーヌ校まで来てわかったことは、セシーはここにはいないらしいということだけだった。

 もう卒業した、あるいは入学前の可能性もなくはないが、一年前のセシーは花道を歩いていた令嬢たちとちょうど同じ歳頃かやや下くらいに見えた。

 もちろん、何らかの理由で娘をマリーヌに入学させない貴族も少数いるし、一年や二年入学を遅らせる場合もある。


 ともかく、セシーに縁談を申し込むためには、少なくとも彼女がどこの娘かをはっきりさせなければならない。


 世の中には『貴族名鑑』というものが出回っているが、掲載されているのはせいぜい当主夫妻の名前まで。

 娘の名を知りたいなら王宮で管理されている貴族籍簿を見るのが確実だが、閲覧するためには面倒な手続きが必要で、しかも目的を訊かれる。


 しばし悩んだ末、私は奥の手を使うことにした。すなわち、側近として仕えている王太子殿下の名を利用したのだ。

 おかげで、セシーがウォートン伯爵の次女であること、さらにフレデリカ・ウォートン嬢とは同じ日に生まれた双子の姉妹であることまで確認できた。


 セシーは十六歳になったばかりのようだから、予想どおりの年齢だったと言える。八つくらいの歳の差は、貴族の結婚ではそう珍しくもないだろう。

 そんなことを考えているうちに、また落ち着かない気持ちになった。

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