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28 姉の行末

 これで決着、とはいかなかった。


「どうしてですか」


 ウォートン嬢が金切り声で叫んだ。


「あの子にすべて奪われて、私はどうなるの?」


「ただ収まるべきところに収まっただけだと思うわよ。あなたも最初の予定どおりオーガスト殿と結婚すれば良いわ」


 お祖母様はにこりと笑ってそう言ったが、オーガスト・テニスンと結婚できたとしても、その生活は当初ウォートン嬢が想定していたものとはまったく異なるだろう。

 ウォートン家の後継を外れたふたりは結婚後は貴族ではなくなるのだから。


 しかし、ウォートン嬢の顔が歪んだ理由は別にあった。それを伯爵が口にする。


「実は、テニスン家とは近々、婚約を解消する予定でして」


 ウォートン家の見張りをさせていた者からは、ウォートン嬢とテニスンがパーティーで起こした騒ぎは言い争いからの別れ話だったようだと報告を受けていた。


 それにしても伯爵がやけにあっさりと婚約解消を決めたのは、やはり、以前からそのつもりで準備をしていたからに違いない。書類やら、慰謝料やら。

 どちらにせよ私が下手な策を弄す必要などなかったわけで、止めてくれたレイには感謝だ。


 もちろん、報告は私からお祖母様の耳にも入れてあった。


「あら、そうでしたか。それは困ったわね。フレデリカ嬢に修道院暮らしなんて到底できないでしょうし」


 一時は社交界で才媛などと謳われていた令嬢に対するその言葉は、侮辱に他ならない。

 それでもウォートン嬢が反論しないのは、「それなら、修道院に入れば良いわ」と返されるのが目に見えているからだろう。


「となると、このままずっとウォートン伯爵令嬢として生きていくのが良いのかしら?」


 その道を選択したとしても、今までどおり我儘放題に暮らしていけるわけではない。

 ウォートン家からの年金で生活のすべてを賄うことになる。つまり、将来的にはセシーの温情を受けて、ということだ。

 それに、私としてはウォートン嬢をウォートン家の屋敷から出すことは譲れない。


「新しい縁談が来れば結婚も選択肢になるのだけれど」


「来るに決まっているではありませんか。私を妻にしたい方はいくらでもおりますわ」


「まあ、いなくはないでしょうね。実家を継ぐ可能性のない次男以下の方か、すでに嫡子をもうけた方なら」


「なぜそんな風に限定されるのですか?」


 強い口調で尋ねるウォートン嬢の横で、彼女の両親は恥じ入るように身を縮めた。それも今さらだが。


「あなたはラトクリフ次期公爵の婚約者でありながら、妹の婚約者とお付き合いしていたのよ。誰の子を身籠るかもわからないような娘が、貴族の当主や嫡男の妻に迎えられるとでも思っているの?」


「私はオーガスト様とはそんな関係ではありませんわ」


「年末のパーティーでセシリアを名乗ったあなたがオーガスト殿と騒ぎを起こしたことは、すでに噂になっているわ。社交界で多くの浮名を流しているオーガスト殿とお付き合いしていたと知れば、誰もがあなたは彼とそういう関係だったのだと考えるはずよ。事実がどうだったとしてもね」


「ですが、本当に違うのです。それに、私はオーガスト様がそういう方だと知らずに騙されて……」


「また言い訳?」


「言い訳ではありません」


「いいえ。あなたは自分の見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞き、周囲の人たちばかりでなく自分自身をも様々な言い訳で誤魔化し続けてきたのよ」


「私はそんなことはしていません」


「その言葉が真実かどうかも、これまであなたが何をしてきたのかも、すべてを知りうるのはあなた自身だけ。でも、そうやって積み重ねてきたものはいつか自分に返ってくるわ。例えば、きちんとした教育を受けられなかったセシリアが、それでも諦めずに本を読み続けた結果が、あなたが今見ているものなのよ」


 お祖母様の声にはウォートン嬢を教え諭そうとする響きがあった。


「あなたはセシリアに負けないだけのものを積み重ねてきたと言えるの? 私やご両親ではなく、自分自身に対して」


「当然ですわ」  


 ウォートン嬢は胸を張ったが、どう見ても虚勢としか思えなかった。

 お祖母様が深い溜息を吐く。


「そう。だったら、きっとそれに見合う伴侶が見つかるでしょう。だけど、人を妬んだり貶したりしてばかりではせっかくの可愛いらしい顔立ちが醜悪に見えて良縁を逃すわよ。精々気をつけなさい」


 それから、お祖母様は伯爵夫妻に視線を向けた。


「おふたりはフレデリカ嬢を慈しみ、愛情を傾けてここまで育ててきたはずです。例え手放すにしても、その前にしっかり向き合って話し合うべきだと思いますわ」


 伯爵夫妻は気まずそうな顔になって頷いた。


「はい。そういたします」


 伯爵が婚約者変更の書類にサインをする間も、セシーと私の結婚に向けた今後の予定を確認する間も、ウォートン嬢は明後日の方向に視線を向けていた。




 ウォートン一家を送り出すと、時刻はすでに昼を回っていた。

 お祖母様とセシーと食堂でいつもより軽い昼食をとってから居間に移動すると、食事中にはあえて誰も口にしなかった話題をお祖母様が徐に取り出した。


「黙って座っているだけのつもりだったのに、一度口を開いてしまうとやっぱり駄目ね。でも、ちょっと手加減しすぎたかしら」


 私はセシーと顔を合わせて苦笑した。


「お祖母様、バート様、本当に色々とありがとうございました」


「お礼を言うのはまだ早いわよ。ようやくこれからはじまるところなのだから」


「はい。どうぞよろしくお願いします」


「ところで、セシリアは今の時点ではご両親やフレデリカ嬢のことをどう思っているの? 今後の参考にしたいから、正直なところを聞かせてちょうだい」


 セシーが目を瞬いた。


「セシリアがもうご両親とは関わりたくないなら伯爵から早めに爵位を譲っていただけるようにするし、フレデリカ嬢のことが憎くて許せないならマリーヌの校長に不正の事実を伝えて退学にしてもらうわ」


 どうやらマリーヌの校長が友人だというのはウォートン嬢を脅すためのでまかせではなく本当のことらしい。

 もっと早くに知っていれば、わざわざ花道を見に行かずとも済んだのに。


 セシーはしばらく考えこんでから口を開いた。


「両親に関しては、私にまったく関心がなさそうだったのに跡継ぎにするつもりだったと言われても信じきれません。関わりたくないとまでは思いませんが、どう付き合っていけば良いのかまだわからないです」


「何かご両親に望むことはないのか?」


 セシーはまた考えて、首を振った。


「私がウォートン家の次期当主になるために必要なことをすべて教えてもらえれば、それだけで構いません」


 帰り際、伯爵夫妻はセシーに言葉をかけていたが、彼女はただただ困惑している様子だった。

 とっくの昔に諦めていたものを今になって与えられたところで、喜べなくて当然だ。


「では、フレデリカ嬢のことは?」


「姉の婚約者がバート様だと知った時は妬ましくて仕方なかったのですが、バート様と一緒にいられるようになってからはどうでも良くなってしまいました。このままマリーヌ校を無事に卒業して、良いお相手と結婚できればと思います」


「本当にそれで良いのか?」


「はい。そもそも私がバート様と出会えたのも、今ここにいられるのも、姉のおかげだと言えなくもないですし」


「その言葉には私は賛同できないが」


「もちろん姉と仲良くできるとは私も思いません。それは姉も同じでしょうけれど……。とにかく、私はこれからたくさんのことを学ばなければならないのに、姉のことを気にしている時間なんてないんです」


「君は前向きというか、ずいぶん切り替えが早いんだな」


「それはバート様のおかげです。バート様が隣にいてとても幸せなのに、後ろ向きになんてなれません」


 愛しい婚約者に花のような笑顔でそう言われれば、私も笑い返すしかない。

 もう向かいに座るウォートン嬢の顔を見て溜息を堪え、セシーに会いたいと焦がれることはないのだから。


「セシリアの言うとおり、いつまでもフレデリカ嬢に拘っているのは時間の無駄ね。フレデリカ嬢がセシリアを逆恨みしてさらなる問題を起こされても面倒だし、そうでなくても彼女がセシリアの姉だという事実は変わらない。それを踏まえて、フレデリカ嬢に合いそうな相手を探してみるわ」


「ありがとうございます」


「せめて今からでも勉学に励んで、それなりの成績でマリーヌを卒業してくれると良いのだけれど」


「そう言えば、セシー、君はマリーヌはどうする?」


 セシーはキョトンとした表情を浮かべた。


「もし通いたいなら通うと良い。入学は9月だから少し先になるが」


「え、良いのですか?」


「もちろん。ただ、途中で休学させることになる可能性もあるが……」


 セシーが首を傾げ、お祖母様の視線が生温くなった。


「次期公爵夫人だけでなく次期伯爵にもなるのですから、それだけ忙しいかもしれないということですね」


 予想どおりセシーは勘違いしていたが、お祖母様がズバリ言ってしまった。


「ええ、とっても大変よ。いつ子どもができるかだってわからないのだもの。もちろん、私も早く曾孫の顔を見たいですけれど」


「バート様との子ども……。ああ、そう、ですよね」


 セシーの頬がポッと染まった。

 彼女の反応に、私もソワソワした気持ちになる。


「いや、その、とりあえずマリーヌの件は考えておいてくれ」


 セシーがハッとして応えた。


「いえ、マリーヌには行きません。確かに以前は入学したいと思っていましたが、今はお祖母様に色々教えていただくのが楽しいので。あ、でも、マリーヌ校を卒業しておいたほうが良いのなら通います」


「セシリアならきっと首席で卒業できるから箔はつくでしょうけれど、どうしても必要ではないわ。それに、あなたは机上より実地で学んだほうが良いと思うのよね」


「実地?」  


「あなたは本を読むことで多くの知識を得てきたけれど、本物はほとんど知らないでしょう。だから、これからはどんどん外に出て行って、できるだけたくさんの本物を見なさい」


 それはまさに、私がクリスマスマーケットの時に考えたことだった。


「私もそれが良いと思う」


 セシーは「わかりました」と頷いた。


「まあ、まずはきちんと採寸してもらってドレスを仕立てて、ウェディングドレスのデザインも決めないといけないわね。それからバートと王都を色々と見て回りなさい」


「そうですね。セシー、行きたい場所を考えておいて」


「はい。あ、王立図書館は是非行ってみたいです」


「セシーらしいな」


「あとは、春になったらまたラトクリフ領に行きましょう。今度はもっとあちこち連れて行ってあげるわ」


「では、すぐにレイに休暇の申請をします」


「必要ないわよ、セシリアとふたりで行くから。友人だからと言って、あまり殿下に甘えるのはおよしなさい」


 確かに、レイにはセシーのことで借りも作ったのだった。

 しかし、ここで簡単に引き下がることはできない。


「では、長期休暇になってからにしませんか?」


「長期休暇はあなたたちふたりでウォートン領を見てくれば良いわ」


 つまり新婚旅行ということだろうか。

 ならば、それを励みにセシーのいない期間を乗り越えよう。

 またレイに愚痴をこぼしてうんざりされることになりそうだが。

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