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22 あなたと一緒に

 クリスマス当日は午前中にお祖母様とバート様と教会のミサに参加し、それから領主館でいつもより豪勢な食事をいただいた。


 午後には、客間に並んでいた王都から私が持ち込んだフレデリカの持ち物がすっかり姿を消し、代わりに新しいものが揃えられていた。

 化粧道具や筆記用具から寝巻や下着などまで、いつの間に用意されたのか。

 キティによると、すべてお祖母様から私へのクリスマスプレゼントだという。


 私はすぐにお祖母様のもとに行き、心からのお礼を述べた。


「ですが、こんなにしていただいても私には何もお返しできなくて、申し訳ありません」


 お祖母様は優しく微笑んだ。


「セシリアがそばにいるとバートがとても良い表情をしているわ。私にとってはそれが何よりよ。これからもあの子と一緒にいてあげてちょうだい」


「それこそ私の本望です。他には何も要りません」


 バート様が私を選んでくれた。それだけで私は満ち足りている。

 だけど、お祖母様は眉を寄せた。


「バートも言っていたでしょう、それでは駄目よ。バートと一緒にいるということは、将来、ラトクリフ公爵夫人としてあの子とともに重荷を背負うということなのだから、その立場に見合うものを求めてくれないと」


 そうだった。私はバート様の隣に立つのに相応しい人間にならないといけないのだ。


「申し訳ありません」


「大丈夫よ。そういうことも私がきちんと教えていくわ」


「はい、よろしくお願いいたします」


 この方がバート様のお祖母様で本当に良かったと思う。




 その翌日には、再びお祖母様に様々なことを教えていただく日々が戻ってきた。

 以前と異なるのは、その生活にバート様もいること。


 バート様はエルウェズにいらっしゃるラトクリフ公爵の代わりに次期領主として仕事をするにあたりお祖母様と相談したいということで、執務室から書類を運んできてお祖母様と一緒に居間にいた私の隣に座った。


 書類を挟んでお祖母様とバート様が領地経営について話し合っている間、私はできるだけ耳目をそばだてないようにした。


「セシリアに知られて困るようなことなら、ここでやらないわよ。あなたももうすぐ我が家の人間になるのだから、無関係ではないのだしね」


 お祖母様がそう仰ってくださったので書類に視線を向けた。


「ラトクリフ領の収支報告書だ」


 バート様がそこに書かれた項目を一つ一つ説明してくれた。


「以前にも同じようなものを見たことがあります。こちらのほうが数字が大きいですが」


「それはどこで?」


「実家の父の書斎です」


「だったら、おそらくウォートン領の収支報告書ね」


「そんなものまで読んでいたのか」


 バート様は呆れ半分という風に呟き、お祖母様はフフと笑った。


「その方面も期待できるなんて本当に頼もしい嫁だこと」


 それからはお祖母様とバート様の話し合いに私も耳目をそばだてることになった。




 夕食後のエルウェズ語を教わる時間、客間に来られたお祖母様はそこにバート様もいるのを見てお顔を顰めた。


「バート、今度はそこで何をするつもり?」


「お祖母様の授業の見学を」


「セシリアの隣にいたいだけだと正直に言ったらどう?」


「仰るとおりです」


 悪びれることなく認めたバート様に、お祖母様は嘆息した。


「それならいっそのこと、エルウェズ語はあなたが教えなさい」


「私がですか?」


「そうよ。そのくらいできるでしょう。頼んだわよ」


 お祖母様が「おやすみなさい」と部屋を出て行ってしまい、私はバート様と顔を見合わせた。


「私でも構わないか?」


「もちろんです。お願いします」


「こちらこそ。それで、お祖母様にはどんな風に教わっていたんだ?」


「本を少しずつ読みながら発音を中心に教えていただいていました」


 私は説明しながら急いで立ち上がり、棚から本を取ってきた。


「教本はこれです」


 私が差し出した本を見て、バート様が目を細めた。


「『真の王冠』か」


「はい。お祖母様がちょうど良いと選んでくださいました。ここまで進んでいます」


 頁を開いて示すと、バート様が受け取ってゆっくりと読みはじめた。

 お祖母様同様、その口からはエルウェズ語が淀みなく出てきた。

 バート様が騎士様の台詞を読む時はつい頬を緩めて彼の横顔を見つめてしまった。

 バート様は私の視線に気づいたようで、こちらを見て眉を寄せた。


「セシー、ちゃんと聞いていたか?」


 私は慌てて「はい」と頷いた。


「それなら、君も読んでみて」


「その前にもう一度だけバート様にここを読んでほしいです」


 正直にそう口にすると、バート様は仕方ないという表情を浮かべながらもまた騎士様の台詞を読んでくれた。

 続けて私もバート様を真似て同じ箇所を読んだ。


「私が教えることはあまりなさそうだな」


「バート様、お祖母様のように厳しくしてください」


 バート様をジッと見つめて言うと、彼は苦笑した。


「私にとってはこの上なく難しいことだが、努力しよう。いつかふたりでエルウェズに行く時のために」


「私もエルウェズに行けるのですか?」


「君が望むなら」


「行きたいです」


 ほんの半月ほど前までは実家の外に出ることさえままならなかったのに、隣国に行けるかもしれないなんて。

 だけど、バート様といればそれも夢ではないと思える。


「バート様は行ったことがあるのですよね?」


「もうずいぶん前だが」


 結局、その夜はバート様からエルウェズの話を聞くことと、彼に騎士様の台詞を読んでもらうことに終始してしまった。




 約束どおり、バート様と私はお互いに様々な話もした。

 子どもの頃のこと、好きなもののこと、森で出会った時のこと、その後のこと、再会してからのこと。


 バート様はもともと私に求婚するつもりでマリーヌ校に行き、そこでフレデリカを見初めたと誤解されて姉と婚約することになったそうだ。


「ごめんなさい。正直にマリーヌには通っていないと言わなくて。バート様に本当のことを話すのが恥ずかしかったんです」


 バート様の大きな右手が、私の頬を慰めるように撫でた。


「気にするな。私だってあの時は本名を名乗ることさえしなかった」


「お忍びの王太子殿下のお供をなさっていたのですから仕方ありません」


「それでも今はこうして一緒にいるのだから、やはりセシーとは縁があったのだな」


 バート様の左手も私の頬に触れた。その眼差しが先ほどより熱っぽく見えた。

 次に来るものを期待して目を閉じると、すぐに口を塞がれた。




 その年の最後の日、私はバート様に街から少し外れた場所にある湖畔へと連れて行ってもらった。


 朝から生憎の曇り空だったが、馬車から降りた時には冷たい風も吹きはじめていた。


「わあ、寒いですね」


「そのわりに楽しそうだな」


「バート様が一緒だから心はとても暖かいんです」


 先に立って湖のほうに歩いていくと水面があのレストランよりさらに近く見えるどころか、足元の砂地に波が寄せている。

 その波に触れようと手を伸ばして足をさらに前に出していくと、ふいに身体が浮いて後ろに引き戻された。


「濡れたらどうする」


 バート様が私を見上げて眉を顰めた。

 クリスマスマーケットで見かけた幼い子どものように、私はバート様の腕に軽々と抱き上げられていた。

 彼の行動が、私を子ども扱いしているためでないことはもう理解している。


 バート様の逞しい肩に両手を置いて尋ねた。


「バート様のような方を過保護と言うのでしょう?」


「セシーを守るのが私の役目なのだから、このくらい過剰ではないと思うが」


 今まで私にこんなことを言ってくれる人も、抱き上げてくれる人もいなかった。しかも、とても甘い表情と声で。

 身体の内から湧き上がってくる何かに押されるようにして、彼の首に抱きついた。


「どうした? やはり寒くなったか?」


 私はコクリと頷いた。

 本当はバート様の体温が近くなって先ほどより暖かいけれど、今はとにかく彼に甘えたかった。


「このまま馬車まで連れて行ってください」


「セシリア嬢の仰せのままに。何なら、眠ってしまってもいいぞ」


 バート様は嬉しそうに言って、私の背中を優しく撫でてから歩き出した。

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